君は誰
春は曙と言うが、休日の昼下がりの、安閑とした心地も捨て難い。
私は沖田君と縁側に並んで、三色団子を食べつつ茶を飲んでいる。妻は台所で今晩の夕食の用意をしている。良い刺身があったから、今晩は飛び魚の刺身と筑前煮、それからじゃがいもとえのきの味噌汁だそうだ。純米吟醸とさぞ合うだろうと、私は今から楽しみだ。
左党ではあるものの、私は甘い物も好きで、三色団子の、上から緑、白、ピンクと並んだ物を味わいながら食べている。漉し餡である。ちなみに私は粒餡派で、妻は漉し餡派だ。このあたり、我ら夫婦の力関係が如実に表われている。
庭にはささやかな桜の樹が一本あり、今を盛りと華やいでいる。ちらほらと、散り急ぐ様もまた一興。
思えば今、私の隣に座る沖田君も、散り急いだ憂国の士であったのだとしみじみ思ってしまう。
憂国の士は現在、緑の団子に齧りつき、にょーんと餅を伸ばしているが。
それを咀嚼し、茶を飲んだ彼は、どことも定まらない視線で宙を見ている。彼には桜より感じるところのある過去を見ているのかもしれない。
少し色の薄い茶色の瞳が、茫と何を見ているのか気になり、私は声を掛けた。彼に戻ってきて欲しかったのかもしれない。春は人を寂しくもさせる。
「昔も花見をしたかね」
沖田君ははっとしたように私を見て、それから曖昧に頷いた。
「したんでしょうねえ、多分。もうよく憶えていません。僕は物心ついてから、剣の道に邁進したから」
そう言えば新撰組の沖田総司と言えば、泣く子も黙る剣豪だった。
「僕が崇敬した平山行蔵先生は、蝦夷地(北海道)海防を唱えた方で、『それ剣術とは、敵を殺伐する事也』と言った方でして」
「ほう」
ピンク色の団子を食べる。美味い。
「その影響か僕も太刀筋が荒っぽくて、短気なもので、『敵を刀で斬るな、体で斬れ』が口癖でした」
「……今の君からはちょっと想像出来ないな」
私の目には沖田君は、温厚で物腰柔らかな草食系男子に見える。しかし草食系が幕末の世を、刀を頼りに駆け抜けたとは思えない。人は見かけに寄らない。
沖田君はまたも、物思いに耽るようにぼんやりとした。
いかんな。
これでは泣く子も黙る新撰組一番隊隊長の名が廃るではないか。
私は自らのことでもないのに躍起になり、彼に往時の話を振った。
「沖田君と言えばあれだな、菊一文字則宗!」
沖田総司の愛刀として有名だ。それぐらいは私でも知っている。
団子が消えた串を刀に見立てて行儀悪く振り回す私に、沖田君は小首を傾げた。傾いだ頭に桜のひとひら、ふたひらが舞い降りて、これが非常に絵になる。
「いえ、僕の刀は違いますよ」
「へ?」
「僕が佩刀していたのは、加賀国(石川県)金沢在住の刀工・藤原清光の作です。菊一文字なんかは、専ら神社への奉納用ですよ」
「え、じゃあ、近藤勇の長曽彌虎徹は」
「よく出来た偽物」
「土方歳三の和泉守兼定は……」
「うーん。そこまではちょっと。土方さんが大事にしてたのは確かですけどね」
同じ時代を生きた人間でも解らないことはあるのだ。私は何だかしゅんとしてしまった。
その時、一陣の強い風が吹いた。桜花が一斉に散るかという勢いのある風だった。
風の合間に、私は確かに聴いた。
「沖田総司は愚かだった……」
そう、沖田君が言うのを。背筋をひやりとしたものに触れられた気がした。
沖田君。
君は沖田君ではないのかい。
沖田総司を愚かだったという、君は一体誰なんだい。
桜と風に乱された髪を直した沖田君が、私に向かってにっこりと笑んだ。
どこかうすら寒い、現ならぬ気配のする笑みだった。
魔性の笑みだった。
沖田総司たちの佩刀に関しては参考文献に主に従っており、諸説あります。
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