表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/136

君は誰

 春は曙と言うが、休日の昼下がりの、安閑とした心地も捨て難い。

 私は沖田君と縁側に並んで、三色団子を食べつつ茶を飲んでいる。妻は台所で今晩の夕食の用意をしている。良い刺身があったから、今晩は飛び魚の刺身と筑前煮、それからじゃがいもとえのきの味噌汁だそうだ。純米吟醸とさぞ合うだろうと、私は今から楽しみだ。

 左党ではあるものの、私は甘い物も好きで、三色団子の、上から緑、白、ピンクと並んだ物を味わいながら食べている。漉し餡である。ちなみに私は粒餡派で、妻は漉し餡派だ。このあたり、我ら夫婦の力関係が如実に表われている。


 庭にはささやかな桜の樹が一本あり、今を盛りと華やいでいる。ちらほらと、散り急ぐ様もまた一興。

 思えば今、私の隣に座る沖田君も、散り急いだ憂国の士であったのだとしみじみ思ってしまう。

 憂国の士は現在、緑の団子に齧りつき、にょーんと餅を伸ばしているが。

 それを咀嚼し、茶を飲んだ彼は、どことも定まらない視線で宙を見ている。彼には桜より感じるところのある過去を見ているのかもしれない。

 少し色の薄い茶色の瞳が、茫と何を見ているのか気になり、私は声を掛けた。彼に戻ってきて欲しかったのかもしれない。春は人を寂しくもさせる。


「昔も花見をしたかね」


 沖田君ははっとしたように私を見て、それから曖昧に頷いた。


「したんでしょうねえ、多分。もうよく憶えていません。僕は物心ついてから、剣の道に邁進したから」


 そう言えば新撰組の沖田総司と言えば、泣く子も黙る剣豪だった。


「僕が崇敬した平山(ひらやま)(こう)(ぞう)先生は、蝦夷地(北海道)海防を唱えた方で、『それ剣術とは、敵を殺伐する事也』と言った方でして」

「ほう」


 ピンク色の団子を食べる。美味い。


「その影響か僕も太刀筋が荒っぽくて、短気なもので、『敵を刀で斬るな、体で斬れ』が口癖でした」

「……今の君からはちょっと想像出来ないな」


 私の目には沖田君は、温厚で物腰柔らかな草食系男子に見える。しかし草食系が幕末の世を、刀を頼りに駆け抜けたとは思えない。人は見かけに寄らない。

 沖田君はまたも、物思いに耽るようにぼんやりとした。

 いかんな。

 これでは泣く子も黙る新撰組一番隊隊長の名が廃るではないか。

 私は自らのことでもないのに躍起になり、彼に往時の話を振った。


「沖田君と言えばあれだな、(きく)一文(いちもん)字則宗(じのりむね)!」


 沖田総司の愛刀として有名だ。それぐらいは私でも知っている。

 団子が消えた串を刀に見立てて行儀悪く振り回す私に、沖田君は小首を傾げた。傾いだ頭に桜のひとひら、ふたひらが舞い降りて、これが非常に絵になる。


「いえ、僕の刀は違いますよ」

「へ?」

「僕が佩刀していたのは、加賀国(石川県)金沢在住の刀工・藤原清光の作です。菊一文字なんかは、専ら神社への奉納用ですよ」

「え、じゃあ、近藤勇の長曽彌(ながそね)()(てつ)は」

「よく出来た偽物」

「土方歳三の和泉(いずみの)守兼(かみかね)(さだ)は……」

「うーん。そこまではちょっと。土方さんが大事にしてたのは確かですけどね」


 同じ時代を生きた人間でも解らないことはあるのだ。私は何だかしゅんとしてしまった。

 その時、一陣の強い風が吹いた。桜花が一斉に散るかという勢いのある風だった。


 風の合間に、私は確かに聴いた。


「沖田総司は愚かだった……」


 そう、沖田君が言うのを。背筋をひやりとしたものに触れられた気がした。

 沖田君。

 君は沖田君ではないのかい。

 沖田総司を愚かだったという、君は一体誰なんだい。


 桜と風に乱された髪を直した沖田君が、私に向かってにっこりと笑んだ。

 どこかうすら寒い、現ならぬ気配のする笑みだった。

 魔性の笑みだった。




沖田総司たちの佩刀に関しては参考文献に主に従っており、諸説あります。

ご感想など頂けますと、今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ