春雨
ほたほたと雨の降る休日。
春の雨は優しくてどこか甘い。粉糠雨だ。
沖田君がどこかぼんやりした風情で縁側に胡坐を組んでいる。
そんな端近くにいれば濡れるだろう。
「沖田君、ここに来たらどうかね」
私は自らが座るチョコレート色のソファーを指差した。妻は台所の床を磨いている。余り磨き過ぎると床に塗ったワックスが剥げるので、バランスが大切なのよとは彼女の言だ。
沖田君は私の勧めにゆるゆると首を振る。
「雨を見ていたいのです。春雨は、いつでも見られるものではありませんから」
私の胸に、不意に込み上げるものがあった。
志半ばで病となり、屯所で静養していた彼も、やはりこのように春雨を眺めたのではないか。それは詮方なく侘しい光景だった。現存する沖田総司最後の書状で、彼は自らの病を打ち明けている。そこには相手に心配を掛けまいとする沖田君の気配りが見て取れた。
床磨きを終えた妻が立ち上がり、何か甘い物でも作ろうかしらと呟いている。心臓に悪いアイシングクッキー以外なら大歓迎だ。
沖田君は相変わらず、雨と、雨にそぼ濡れるすっかり葉桜と化した樹を眺めている。
雨による湿気が、彼の髪をしっとりと艶めかせ、男性に特有な色気がある。女性には女性の色気があるように、男性の色気もまた確かにあるのだ。
繊細な作りの彼の唇が動いた。信じられない音を伴って。
「お子さんのことは気の毒でした」
沖田君の声はささやかで、語尾が春雨の微音に紛れて溶けた。
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