表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/136

春雨

 ほたほたと雨の降る休日。

 春の雨は優しくてどこか甘い。()糠雨(ぬかあめ)だ。

 沖田君がどこかぼんやりした風情で縁側に胡坐を組んでいる。

 そんな端近くにいれば濡れるだろう。


「沖田君、ここに来たらどうかね」


 私は自らが座るチョコレート色のソファーを指差した。妻は台所の床を磨いている。余り磨き過ぎると床に塗ったワックスが剥げるので、バランスが大切なのよとは彼女の言だ。

 沖田君は私の勧めにゆるゆると首を振る。


「雨を見ていたいのです。春雨は、いつでも見られるものではありませんから」


 私の胸に、不意に込み上げるものがあった。

 志半ばで病となり、屯所で静養していた彼も、やはりこのように春雨を眺めたのではないか。それは詮方なく侘しい光景だった。現存する沖田総司最後の書状で、彼は自らの病を打ち明けている。そこには相手に心配を掛けまいとする沖田君の気配りが見て取れた。


 床磨きを終えた妻が立ち上がり、何か甘い物でも作ろうかしらと呟いている。心臓に悪いアイシングクッキー以外なら大歓迎だ。


 沖田君は相変わらず、雨と、雨にそぼ濡れるすっかり葉桜と化した樹を眺めている。

 雨による湿気が、彼の髪をしっとりと艶めかせ、男性に特有な色気がある。女性には女性の色気があるように、男性の色気もまた確かにあるのだ。

 繊細な作りの彼の唇が動いた。信じられない音を伴って。


「お子さんのことは気の毒でした」


 沖田君の声はささやかで、語尾が春雨の微音に紛れて溶けた。




ご感想等頂けますと、今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ