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金目鯛

 私たち夫婦の間に子供はいない。それを寂しいと思ったこともない。明るく朗らかな妻は私の宝だ。その宝に接近しようという男は、例え幽霊であっても、非常なイケメンであっても(いや、非常なイケメンだからか)、私としては断固として許す積りはない。


 だがしかし。風呂上りに沖田君とビールを注ぎ合っている状態の私がいる。


「お、と、とととと、」

「や、どうもどうも」


 どういうことだ、これは。

 妻と沖田君が言うには、沖田君の食い意地、もとい、食への欲求は相当なもので、霊体であったとしても飲食を可能にせしめる程なのだそうな。

 それで私は今、湯上りほかほかの状態で、沖田君と注しつ注されつしているという次第だ。

 薄茶色のテーブルには四人分の椅子がある。私が部下たちを連れてきた時の為に、椅子は常備してあるのだ。妻は急に部下を自宅に招いてもにこにこ。沖田君にもにこにこ。

 良く出来た妻であると思うと同時に、少し愛想が良過ぎはしまいかと、嫉妬混じりに私は思う。男とは勝手な生き物である。

 金目鯛は今が旬なようで、身がほっこりとして、醤油やみりんも程良く利き、薄く切った生姜がまたぴりりとして、生臭さを消す役割を果たす。

 日本酒でも良かったかもと思いつつ、沖田君を見ると、満足そうに金目鯛を突きながらビールを呷っている。

 箸使いの所作は綺麗で、良い飲みっぷりだ。……白い(ひげ)になっているのも愛嬌か。私がそれを指摘すべきかどうか、右手人差し指を上げ下げしていると、沖田君は気付いたようで、恥ずかしそうに口元を拭った。何だ、可愛いじゃないか。

 

「君はビールを生前、嗜んだことがあるのかね」

「いいえ、まさか。そんなハイカラな物は」

「どうだね、ビールの味は」

「大変、結構です」


 そう言って沖田君はにっこり笑った。

 私は春の逢魔ヶ時、この笑顔に釣られて彼を引き入れてしまったのかもしれない。

 ともあれ、今は金目鯛である。

 眼球の下の頬肉を抉り取り、食べると、何ともふくよかな味がした。



一話に挿絵を挿入しました。

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