哀しい影
落下した葛餅は無事だった。
私は子供のように、鷹雪君に手を引かれて通常の空間に戻った。陰陽師ってすごいね。彼は私を測るように一瞥して、今度こそ去った。あの子、大丈夫かな。沖田君のこととは別に、私は鷹雪君が心配になる。あの年齢から大人び過ぎている。生と死の理に精通していることは、必ずしも現代社会を生きて行く上で有利とは思えない。ご住職が良い方向に導いてくれると良いんだけど。
妻は冷やした緑茶を用意していた。良妻だとしみじみ思う。
今日は沖田君、土方君、斎藤君と揃い踏みだ。私は彼らに断ってから、シャワーを浴びて縁側に並んだ。はたはた、と団扇で煽ぐ。朝顔が描かれた団扇の風は、ささやかな涼をもたらしてくれる。葛餅はみんなに好評だった。冷えた緑茶ともよく合った。
夕飯をいつものようにわいわい食べたあと、私は書斎に籠った。
程なくして土方君がやってくる。そういう、合図をしておいたからだ。
「総司の話か? さんなんさん」
「うん。彼が、あんな風になってしまった経緯を知りたいんだ」
土方君は懐手をして、しばらく遠い目をしていた。彼の中で、回顧されるものがあるのだろう。
「あいつは気立ての良い、素直で優しい奴だった」
「うん。そうだよね」
「――――そういう奴を、人殺しに仕立て上げたのが俺だ」
「土方君」
「言い訳はしねえ。あいつの天賦の才を、俺は暗殺剣に利用したんだ。総司が、俺の言うことなら従うのを良いことに。皮肉にも総司の才能は暗殺において開花した。だが、人を斬る度、あいつの中に黒い澱が溜まっていった。少しずつ、少しずつ。総司は時折、暴走するようになった。まるでもう一人の沖田総司が生まれたみたいに」
沖田総司は愚かだった。
呟いた彼を思い出す。唯々諾々と土方君の命じるまま、人を斬ったことを、悔いる心が彼にもあったのか。
「……」
「無理があったんだ、最初から。今の、はりぼての沖田総司は、剣に狂った側面を覆っているに過ぎない。真正の総司の大部分は、別にいるのさ」
水に眠る沖田君。
剣に狂わなければ、彼こそが私の元を訪れていたということか。いや、そもそも、既に転生していたとしてもおかしくはない。
「土方君。自分を責めるのは、止めなさい」
「……」
「君に非があると言うのなら、私にも、近藤さんにだって、非はある。黙視していたのだから。沖田君を追い詰めたのは、何も君一人じゃないんだよ」
くしゃり、と土方君が総髪を掻き上げた。
「さんなんさんには敵わねえな」
重荷を負って、辛かっただろう。思えば土方君は、労苦を一人で抱え込むところがあった。悪役振って。沖田君のことも、そんな風にして一人で、抱え込んでいたのだ……。