ケーキと誠
妻は時々、休日にケーキを焼く。ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキだったり、チョコレートケーキだったり、スポンジケーキだったり。
花曇り。薄く空に紗が掛かっているような天気だが、妻の機嫌はお構いなしで晴天である。今日はスポンジケーキを焼いているようだ。甘い匂いが漂ってくる。沖田君が物珍しそうに台所の妻を振り返って見ている。『西洋好き』とは言え、ケーキが焼き上がるのを目にするのは初めてだろう。妻はふんふんと楽しそうに台所をぱたぱた動いている。活き活きしてるなあ。
やがて焼き上がったスポンジケーキに、妻は生クリームを塗り始めた。加えて、苺が乗る。円周上に苺と生クリームを絞り出したものを交互に乗せる。それから、今度はチョコレートクリームを絞り出す袋に詰めた。ここで、沖田君を手招きする。
「沖田さん沖田さん、ここに好きな文字を書いて?」
「これを絞れば中身が出るのですか」
「そうそう、この、中心に」
「どんな文字でも良いのですか?」
「良いわよぅ。好きな女の子の名前とか。きゃっ」
いや、それはないだろう。
そして待て。何となく事態の落ちが見えてきたぞ。しかし私の制止の声が上がる前に、沖田君は生真面目な顔をして、チョコレートクリームでケーキに文字を書きつけた。
実に堂々とした達筆である「誠」の一字が、可愛らしくデコレーションされたケーキの中央に鎮座する。
これ、切っちゃ駄目な奴だろう。
流石に妻も黙ってそれを眺めている。
結果としてケーキは「誠」の文字を避けて、端から削ぐように切り分けられるという、奇妙な形になった。最後に残った中央の「誠」の箇所は、もちろん沖田君に食べてもらう。大人三人ではあるものの、スポンジケーキをホールで食べればそれなりに胃に来るものだが、沖田君は実に嬉しそうに「誠」を平らげていた。文字の部分は一口で。拘りなのだろう。
「誠」という言葉は「言」と「成」から出来ており、言ったことを成す、転じて武士に二言はないという武士を意識した言葉だそうな。士分ばかりではなかった新撰組だからこそ、重んじた言葉だったのだろう。
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