1ともだち
「行ってきます」
青年は白いコートを羽織り、母の写った写真立てに手を合わせた。
青年の名は神威命、二十二歳。少し重々しい名前なのが本人はそんなに気に入ってはいない。ミコトは十五の時までは母と二人で暮していた。
高校生の頃に、ミコトの母はパラジットになって現在もHI刑務所で服役している。この七年間会ってもいない。
HIとはHorrible Insecteの略称である。フランス語で"恐怖の虫"という。
ミコトはしばらく目を伏せ、頷いたあと黒いショルダーバックを肩にかけ玄関へ向かった。彼の職業はHI捜査官保護班。パラジットの保護を主に仕事としている。アパートの扉から出て駆け足で会談を降りていく。ちょうど朝日が出はじめていた。
道路も少しずつ車が走るようになる。ミコトのアパートから十分ほどする駅につくとビルのテレビで朝のニュースが報道されていた。
『昨晩パラジットと思われる人間がHI捜査官に無事保護され死者は出ておらずー』
ミコトは少しだけニュースを見てまた足を動かしてホームへ向かった。
パラジットとは、約五十年ほど前から現れるようになったHIに寄生された人間のことを言う。本当はもっと昔からいたようだが日本に現れるようになったのは近年だ。フランスで事件は起きた。何かにとりつかれたように人格が変わり、最後には人を無差別に襲ったりした出来事からであった。謎の事件が起き始め、じきに"視える者"という人間が現れた。その者は奇妙な虫が人間に寄生していると言った。
その言葉からHIが視える者はHI対策本部を設立しHI退治が始まった。
時代が進んでいく中HI対策本部も進化し、各国に増えたパラジットを退治する支部が増え現在にいたる。
ミコトは電車を降り速足にHI対策日本支部警察署へ向かった。すれ違う人に軽く会釈をする。するとスッと隣に長身の男が寄ってきた。
「おはよう神威、寝坊でもしたのか?寝ぐせついてるぞ」
男は自分の頭を指さしながら笑った。
「おはよう下浦さん、ちょっと昨晩レポートまとめていたら夜更かししてしまって」
ミコトははにかむ。声をかけたのはミコトの相方、下浦健、二十五歳。パートナー歴二年年の仲である。いまだにミコトは敬語が抜けないでいた。
HI警察は二つの班に分かれる。HIを退治する討伐班とパラジットを保護しHI刑務所に送る保護班。二人はその保護班であるが、ミコトには決定的な欠点があった。
HIが視えないのだ。
本来なら視える者しか捜査官にはなれないのだがミコトは違う形で捜査官になった。
「今朝のニュース見たか?」
「ああ、昨晩のパラジット事件?区域外だったから僕は関与してないけれど無事保護されたみたいですね」
「区域外って…相変わらず冷めてんな…」
下浦は苦笑いをする。ミコトはどこかのヒーローアニメの主人公のようにパラジットを倒して保護して世界を救うなどという気持ちはない。
母を助ける、ただそれだけの理由で動いていた。
--
「おはようございますー!」
元気よく二人の後ろから走ってきたのは、顔にそばかすがある少年三上雄介十九歳。同じHI捜査官保護班の者だが入社一週間目という新人である。あちこちに飛び跳ねてる天然パーマを揺らしてにこにこしていた。
「おはよう三上今日も可愛いな元気そうで何よりだ」
「はい!下浦先輩!今朝も早起きできました!」
びしっと敬礼する三上。しかしミコトは顔を合わせようとはしなかった。彼は三上のことが気に入らないのである。
「神威先輩?おはようございますー!頭に寝ぐせついてますよ!」
自分が苦手意識されているとは思ってもいない三上は構わずミコトに声をかけた。ミコトはいやいやそうに「おはようございます」と小さく挨拶を交わした。
ミコトが三上のことが気に入らない理由は、三上が天才だからである。若きながらHIが視えることに臆することなく、手際よくパラジットを確保できる優等生、学生を卒業して即入社。そして初めての仕事が下浦とミコトと共に任につくからだった。
正直にミコトはその才能に嫉妬し、嫌っていた。志望動機が「平和な世の中にしたいから」ということも、ミコトはムカついているようで、それを知っている下浦は冷や汗をかいていた。
要するにミコトは自己中なのである。気に入らない人間とは息を合わせようとしない。
「A区域担当は確か神威の班だったな、三上を頼むぞ」
同じ班の班長がミコトの背中をバシンと押す。うっと小さくうねると軽く班長を睨んだ。三上はうきうきしながら任の準備をしていた。下浦はため息をつく。
HI捜査官保護班の仕事はパラジットを見つけできるだけ傷つけないで捕獲し、刑務所に送ることである。パラジットになった人間はHIに寄生され脳を侵食され徐々に精神を食い殺し殺人鬼になってしまったり、精神がおかしくなり奇行をおこしたり、身体的に病ませたりなど様々ある。
もちろん視える者としてHIは目視できるのだがそれの駆除はHI警察捜査官討伐班の仕事である。あくまで保護班はパラジットの保護。HIは人間に寄生するとその人間に居座る、その邪魔をしようとする者、つまりHI捜査官が向かってくればパラジットは牙をむくのだ。
「確か首を守ればいいんですよね?」
防護服に着替えながら三上は二人に問いかけた。
「基本です、そんなこと聞かなくても覚えているでしょう」
ミコトは相変わらずそっけなかった。




