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王の腕  作者: 白風水雪
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二章〈選択〉前

ヤバル (記憶喪失。本名:サクラス・ザラスシュトラ)

マリア・オルレアン (少女)

エイディ・ガローン (記憶喪失前のヤバルと知り合い。ヤバルをサイと呼ぶ)

イサク・ジズ(名のある貴族)


二章〈選択〉


 ヤバルは牢屋から脱出し、先頭の赤髪の少年を追って走る。

 他の牢屋の鍵もすでに開けてあった。鉄の檻から脱した罪人たちが我先に地上を目指していた。ヤバルは少年が自分の居た階の牢屋をすべて開けてから逃げているので、二人は脱走の集団としてはほぼ後方を走ることになった。

 拘置所内は人の叫びや怒号が絶え間なく飛び交っている。兵士と、脱走した罪人が争っているのだ。ヤバルたちはまだ兵士とは鉢合わせしていない。少年の道の選択が正しいのか、まだ出会っていないだけなのか、兵士だけでなく他の脱走者の姿もヤバルたちが走る廊下にはいなかった。

 他の脱走者より後ろを走っているのも大きな要因だった。

 二人はランプが照らす階段を駆け上がる。地下の層は自然石の壁だったが、地上の階からは煉瓦造りの壁に変わる。


「ほら。もっと早く走れないのかよ!」

「ちょっと待ってくれよ」


 ヤバルは懸命に着いていく。浜辺で拾われてからの衰弱は回復しつつあったところ、酷い牢獄環境に数日間閉じ込められて、つい先ほど解放されたばかりなのだ。まだ、ヤバルの身体が本調子を取り戻していなかった。むしろ不調だ。

 赤髪の少年はヤバルを見捨てず、先頭を走りながらもヤバルの走る速度に合わせていた。その背中が、拘置所内に響く罪人と兵士の喧噪に負けず声を張り上げた。


「サイ。前に話したことがあったよな! 夢があんだよ。俺さ、この国でしかできないことがあるんだ。きっとそうだと、信じているんだ。もちろん全部上手くいってからだろうけどさ」


 ずっとヤバルのことをサイと呼ぶ少年。

 ヤバルは、罪悪感を顔に浮かべていた。記憶喪失なのだ。目の前の少年が人違いかどうかすらも、本人は確かめようがなかった。


「なあ、一つ言っておきたいことがあるだ」

「あ? なんだよ」


 少年が走る速度を落として、身体をヤバルへ向かせる。そのとき、ヤバルは廊下の角から、剣先がランプの光を反射するのを見た。咄嗟に叫ぶ。


「前っ!」

「おわ!」


 少年は寸前のところでわざと倒れることで剣の一振りを回避する。身体を動かしたその勢いで、兵士の足を払った。

 倒された兵士が床に頭を強く打ったところへ、走って跳んだヤバルが追撃の膝を兵士の顔面に落とした。気持ちの悪い鈍い音を立てて、兵士は動かなくなる。気絶した。


「あー。くそ。さんきゅーな。サイ」

「おう。お前、何しようとしてんだよ」

「何って、とどめだよ。やっとかないと背中から刺されるんだぜ」


 少年は身体を起こして、兵士の上に跨がった。手には兵士の剣を逆さに持っていた。

 ヤバルが目に見えて不快な顔をする。


「いいよ。どうせ気づいた頃には俺らはいないんだから」

「だめだめ。こういうのはきっちりやっとかないと。同情とかそういうのは、全部終わって酒と一緒に乾杯するもんなんだから」


 まるで、魚を絞める要領で、躊躇いのない動きで剣の先が兵士の喉元に突き立てられた。ビクンと兵士の身体が撥ねる。兵士は激痛で覚醒し、亡者のごとき必死の形相で少年が突き立てた剣を抜こうとした。

 しかし、剣を握ったところで兵士は力尽きる。少年は兵士の手から力が抜けて動かなくなったのを確認してから、ようやく兵士の喉元から剣を抜いた。

 剣はその場に投げ捨てる。


「さてと。んじゃ、行くぞ。そういえば、なんかさっき言いかけてたな」

「あ、ああ。どういっていいものかわからないけど。俺……」

「ちょっと待て」


 少年がヤバルの続こうとしていた言葉を制して、険しい顔で後ろを振り返った。。これから向かおうしていた通路の先を見ている。


「隠れるぞ。来い!」


 近くのドアを鍵が掛けられていないのを確認すると、ヤバルの手を引いて部屋に入る。ランプの光源すらない真っ暗な空間だ。埃の濃い臭いが満ちていた。

 煉瓦造りの一室は、ヤバルたち以外の人はいない。普段からあまり使われていないためか、人の気配の残滓みたいなものもなかった。

 ドア近くの壁にヤバルと身を寄せ合うようにして、じっとする。少年はヤバルの口を塞いで、耳元で静かにするようにと囁いた。

 ドアの向こうからは、人の、兵士の鎧のものとわかる足音が聞こえていた。

 ほぼ怒声で、あっちかこっちかと言い合っている。少年の警戒がヤバルの口を押さえる手から伝わっていた。力がやや入っていた。

 いつでも飛び出せる気構えの面で、少年はドアの向こうにいるはずの兵士たちを睨んだ。

 やがて気配と共に兵士たちの声も遠ざかってから、少年の手がようやくヤバルを解放する。


「いったようだな」


 まだ声は顰めていた。


「で、なんだよ」

「何がだよ」

「言いかけてたことだよ」

「あ……ああ。そのことか」


 ヤバルは緊張で自分が何を話しかけていたのか、忘れかけていた。

 ドアの隙間から漏れる光でぼんやりとした輪郭だけしか見えていない相手を見つめて、言った。


「俺、記憶喪失なんだよ。実は、お前のことも、本当は何も覚えていないんだ」

「こんなときに冗談挟むなよ。こっちはいろいろ考えながら逃げてんだからな。だから……」


 少年はドアを少しだけ開けて、その隙間から外を窺っていた。と、差し込んだ光に照らされたヤバルの顔をちらりと見て、少年は表情を改める。


「……………………………マジなのか」

「ああ」

「俺のこと。覚えていないのか」

「ああ。この島に流れ着いたらしいことは、助けてくれた人たちから聞いている。だけど、彼らに出会う前の記憶がないんだ。何も見てきたのかも。何を聞いてきたのかも。ただ、物の名前とかはわかるんだ。医者が言うには、いつ戻るかわからないらしい」

「マジかよ。そういうことはもっと最初に言えよ」

「言おうとは思っていた、けど」


 ヤバルは言葉に詰まっていた。

 少年は深くため息をついた。表情は思い悩んでいるようだったが、すぐに吹っ切った顔をして言った。


「まあいいや。じゃあ、俺の名前も覚えていないんだよな」

「そうだな」

「俺は、エイディ・ガローン。お前とは同じ船でこの国に来たんだ。一緒に仕事をしたこともあるぞ」

「……すまないが思い出せない。俺は、ヤバル。助けてくれた人たちが名付けてくれた」

「ヤバルって呼んだほうがいいのか」

「どっちでもいい。でも、ヤバルは気に入っている」

「決まりだな。移動するぞ、サイ」


 赤髪の少年、エイディ・ガローンが先行して部屋を出る。続いて出るヤバルの、光に照らされた横顔は、サイと呼ばれて小さな笑みを溢していた。

 拘置所内の争いの音は激しさを増していた。人の怒号と叫び、ぶつかり合う金属音、重く鈍い音までもが通路内で反響している。地上が近づいている証拠でもあった。

 それは、外界が戦地と化していることの知らせでもある。

 赤髪を追いかけるヤバルの表情が硬くなっていた。決してそれは、無事逃げられるかどうかの不安だけが原因ではない。彼も拘置所内に満ちる空気から、事態の深刻さを感じ取っていた。

 例え、今から引き返してもこの事態では人権は保障されない。脱走し、すでに何度か兵士と衝突している時点で、もはやヤバルは保護されるべき権利も立場も放棄していた。

 引き返せる道はない。捕まったら殺されてしまう。突き進む道しか残されていなかった。

 見張り役で通路を塞いでいる兵士は少ない。脱走者を追いかけていたのか、探していたのかのどちらかで廊下を見回っているほうが多かった。

 兵士たちは、通常は三人一組。ヤバルたちが最初に出会した一人だけの兵士が例外だった。もし兵士の姿が見えた場合、正面からぶつかるのは危険だった。

 ヤバルたちは主に隠れてやり過ごしていた。

 しかし、それでも見つかったり、隠れる場所がなく逃げ切るのが不可能で戦闘を余儀なくされるときもある。

 まずはエイディが突っ込み、ヤバルがフォローする。片方が補助に徹することで、即席の連携を上手くつなぎ合わせていた。

 戦闘になったすべての兵士たちは、絶命させるか、致命傷かもしくはそれに近い傷を負わせている。そのため、後方からの追手は少なく、前方の敵のみに意識が集中できた。


「やっぱりお前はサイだよ。間違いねえ。お前はサイだ!」


 エイディは赤髪を風に靡かせながら、後ろを走るヤバルに言う。ヤバルからは彼の顔は見えないが、声だけでも嬉しそうなのが伝わっていた。


「記憶喪失ってホントかよ。息合ってんじゃねえか!」

「ただの感だ。エイディの行動が分かり易すぎるんだ」

「いいねえ。今のサイっぽくて好きだぜ」

「そう言われてもわからない」


 だろうな、とエイディは大きな声で笑った。兵士に聞かれる心配すらしていなかった。


「身体の調子も良さそうだな。さっき不調って言っていたのは実は嘘だろ」


 ヤバルは何度か戦闘が続いたとき、愚痴でまだ本調子ではないことをエイディに言っていた。


「嘘じゃねえよ。キツいものはキツいんだ。ただ……なんていうか、慣れているみたいだから、動きやすくて」

「なんて言ったんだ。聞こえねえよ」


 後半ヤバルの声が小さくなっていたためエイディの耳には届いていなかった。


「何でもない」


 ヤバル自身もなかったことにしてから、赤髪を揺らすエイディの背中に言った。


「この先どうすんだよ。もうすぐ外だろうけど、兵士が待ち構えてるんだろ。出た瞬間に終わりなんてごめんだぞ」

「脱出路の確保は基本らしいぜ。任せろって。ちゃんとそのあたりは聞いてあるし、覚えている。そういえば、お前、アイオーンは出せるのか。てか、知ってるか。俺たちが剣を出せるってこと」


 十字の廊下で足を止めたエイディが、角から頭を出して様子を窺う。声はもう小さく素振りすらなかった。


「アイオーンというものがあるのは知っている。けど、俺は自分のアイオーンを知らない」

「まあ、そうだよな。記憶喪失だもんな。お前のは剣の形をしていなかったぜ。珍しかったけど、そういうのもいるんだなって思ってたよ。こう、なんだ。肘近くまである黒いグローブのアイオーンだった」

「黒いグローブ……」

「能力だと思うが、お前の、その左腕も復活していたぜ。ちゃんと指の先まであったぞ」


 エイディが指さしたのは、力なく垂れ下がる左腕の袖だ。ヤバルの左腕は肘から先がない。


「お前は隠してたみたいだったけどよ。隠密の能力もあるのか、腕がアイオーンなんて最初はわからなかったぜ。それで、何日目かの朝に見ちまったんだよ。お前が寝返りを打ったとき、左腕がないのを。その日の早朝、こっそりアイオーンを出しているのも」

「腕……? アイオーン……」

「お、何か思い出したか」


 エイディが、考え込むヤバルの顔を横から覗き込む。

 まるで何かを振り払うかのように、ヤバルは小さく首を振った。いったい誰が腕を使えと言っていたのか。


「いや、何も。それで、出口はまだなのか」

「もうすぐだよ」


 エイディが指で、角から覗きこめ、と仕草をする。ヤバルは習って、そっと顔を出してみた。真っ直ぐ伸びる煉瓦造りの通路。その先の、突き当たりで金属の無骨な扉があった。


「裏口だ。見張りは二人だけ。近くに部屋が二つ見えるから、他に兵士がいないと考えないほうがいいな」


 左右の壁にドアがそれぞれ一つずつある。標識もないため、控え室か、倉庫なのかもわからない。そして、一番奥、金属の扉の前では、兵士が二人立っている。


「そこに居るのは誰だ!」


 裏口の鉄の扉から、ヤバルたちが潜めている交差路まで通路は一直線だ。視界を遮る物はない。兵士が角から顔を覗かせたヤバルたちに気づくのは当然といえた。

 慌てて顔を引っ込めるヤバルに対して、エイディは至って冷静だった。エイディの案内で道を引き返す。後ろからは兵士の追いかけてくる音が迫っている。


「サイ。その袋をくれないか。中身も一緒にもういらないだろ。どうせこの国じゃ使えないハルワタートの硬貨なんだから」


 エイディはヤバルの横に並び、彼の腰のベルトに吊してある厚手の布の袋を指さした。

 記憶を失っているヤバルに残された唯一の持ち物だった。記憶を失う前の手がかりでもある。本来なら数日程度で解放されることが決まっている身柄のため、持ち物は取り上げられなかったのだ。


「なんで中身まで知ってるんだよ」

「前っつーか。記憶無くす前のお前と知り合いだからだよ。いるのか。いらないのか」

「……必要なんだな」

「もちろんだ」


 ヤバルは仕方ないといった顔で、巾着袋をエイディに渡した。


「さんきゅ。お前先攻で囮な」

「は!?」


 行き先が直進か右折の、二手に別れるT字路。

 エイディは分かれ道の中心に巾着袋を落とす。そして、右手側の通路に曲がった。咄嗟の事で追いつけなかったヤバルは、エイディに置いて行かれる形になる。急な方向転換をして、エイディを追いかけた。

 その僅かな間にも、兵士がヤバルを視認できるところまできていた。


「脱獄者がいたぞお!」


 兵士の怒号が廊下全体に響き渡る。現状ではその叫びはどこでも起きているが、増援が来ないとも限らない。

 ヤバルたちが逃げ込んだ通路に隠れることができる場所はない。当然、兵士はヤバルたちが逃げ込んだ通路を真っ直ぐ目指していた。


「クソが! だから俺はまだ調子が悪いって言っているだろうが!」


 ヤバルは足を止めて後ろを振り返る。彼の顔は迷いを振り切ったものだった。エイディの台詞と、巾着袋の意味を理解していた。

 兵士はヤバルたちを追いかけながらも、足下の巾着袋に注意をする。視線は床を見る。そして、床に映し出された人影に気づくのだ。

 何者かが天井あたりからぶら下がっている影。

 兵士は右折しながら、視線はやや上を見る。

 その隙を突いて、ヤバルが壁に身を寄せて姿勢を低くすることで死角から、兵士の懐に滑り込んだ。しかし、兵士も十分な対応をする。ぎょっと顔を硬直させつつも、反射的に剣を抜き取ることでヤバルをけん制した。

 一歩踏み出すことを躊躇してしまったヤバルは、兵士に取っ組む機会を失う。急激なブレーキをかける形になり、ヤバルの身体の動きが止まった。

 このままだと、ヤバルは一方的な不利な状況に立たされてしまう。その頭上を通過するものがいた。エイディだ。

 元はランプが吊してあっただろう金具を使い、天井近くにぶら下がって待機していた彼は、二人が睨み合って動きが止まる瞬間を狙って跳んだのだ。

 壁を蹴って跳んだ勢いと、エイディ自身の重さが合わさって、重い蹴りが兵士の顔面に突き刺さる。勢いそのままで兵士は頭を後ろの壁にぶつけられて、濁った呻きのような声を漏らして気を失った。見事に鼻が折れ、明らかに有り得ない方向へ曲がっていた。

 着地に失敗したエイディは腰をさすりながら起き上がる。


「ナイスアシスト」


 ヤバルに親指を立てて、にかりと笑ってみせた。

 ところが、ヤバルは激昂に似た焦りの表情で叫んだ。


「しゃがめ!」


 言葉は単調に。ヤバルは、とにかく意図と伝えることを優先した。エイディはヤバルの声に従って素早く身を屈める。その頭上を、鋭い刃が斜め上から走った。エイディの肩を掠めて皮膚を裂く。

 もう一人の兵士がすでに追いついていたのだ。裏口を見張っていた一人だ。

 ヤバルが走り、右の拳を振るう。攻撃は肩で受け止められたが、兵士の身体を壁に叩きつけた。衝撃で動けなくなっているところを、エイディがしゃがんだままの姿勢から、最初の兵士が持っていた剣で、兵士を腹部から貫いた。

 うめき声を上げる口から血を吐きながら、しかし兵士は止まらない。剣を持つ手に力が込められた。

 最後の力を振り絞る兵士を、ヤバルが思いっきり蹴り飛ばす。兵士の身体はやや地面から浮いて、剣は腹から抜けず刺したままで後ろへ倒れた。

 ヤバルとエイディの二人は肩で息をしながら、兵士の様子を窺う。本当に事切れたのか、彼らには確認の手段を持たなかった。

 しばらくして、息を整えたエイディがゆっくりと歩み寄って、回り込むようにしながら、兵士の顔を覗く。少々及び腰の姿勢で、兵士の手から離れた剣を持ち、喉元へ切っ先を向けた。

 一気に突き刺す。兵士は飛び上がることも、抵抗することもなかった。ただの肉の塊だった。

 完全な絶命を確認したエイディは、一旦緊張の頬が緩んだが再び引き締めて、もう一人の兵士へ視線を向けた。まだその兵士は気絶している。

 ヤバルは、エイディが兵士にとどめを刺しているのを止めることはせず見ているだけだった。ただ、人の殺される瞬間だけは、視線を逸らしていた。

 最後の兵士にとどめを刺したところで、ようやくエイディからも緊張が抜けた。


「サンキュ。助かったぜ」


 疲労が目に見える笑顔で、エイディは笑ってみせた。

 ヤバルはむっとする。


「お前、ふざけんなよ。さっきのは無謀すぎるだろ。俺が気づかず通り過ぎていたらどうするつもりだったんだよ」


 ヤバルの抗議は最初の奇襲の件だった。


「気づくと思ったからやったんだよ。ちゃんと成功してたからいいだろ」

「せめてもうちょっと説明しろよ。あれじゃわかりにくいぞ」

「はいはい。善処します」


 エイディは取り合わない。血で汚れた剣を捨ててから、ぐるりと、前後の通路を見やる。増援がいないかどうかと見ていた。


「そうそう。お前は記憶喪失だからわからないだろうけど。兵士から剣を取り上げても安心するなよ。俺たちにも、こいつらにもアイオーンがあるんだから」


 まるでそこらの雑草のように指さされた兵士は、喉元と口から血を出してぐったりしている。目は何も映さず、虚ろを見つめていた。

 ヤバルは一見して死体とわかる兵士の変わり果てた姿を見て、うっと顔を顰めた。


「いい加減慣れろよ」

「うるさい」


 ここに来るまでに、兵士に傷を負わせても致命傷に近いものや絶命させてきたのは、すべてエイディがやってきた。兵士の命を奪うことを止めることはしなくても、彼自身が兵士を手にかけることはしなかった。

 ヤバルは苦し紛れに言った。


「アイオーンは普通は使用が禁止されているはずだろ」

「使っちゃいけないと言われているし、法律でも決まっている。けど、アイオーンを出すこと事態は止められないだろ。いざとなれば誰でも使うさ。命がかかっているんだから。だから、武器を奪った後も、こうして殺すまで気を抜くなよ。絶対だぞ」

「……覚えておくよ」


 そう答えたヤバルの目は、エイディを見ていなかった。

 エイディは少し怒った顔で念を押した。


「死んでわかることなんてないんだからな」

「……」

「ちっ。そら、行くぞ」


 舌打ちをしたエイディは巾着袋を拾う。ヤバルに先を急かした。

一章に引き続き、こちらも読みやすいように分割します。

内容に変更はありません。改編はまたの機会です。

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