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王の腕  作者: 白風水雪
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十四章〈潜むもの〉5/?

 振り返って二人を見据えた男が、後ろ手に扉を開いた。

 人の集う特有のざわめきが質感のある空気になった。その向こうに大勢が各々隣人と語らい会う光景があった。

 新たな来訪者に視線が集められる。しかし彼らの興味はすぐ離れていった。

 今さら引き返すことはできない。ヤバルは大人しく足を踏み入れた。その後ろを少年が続く。自分から誘っておいて、嬉しい表情どころか緊張で強ばっていた。


「結構な人数が集まっているのですね」

「そりゃそうだろ。学園でも一大派閥になりかけてたんだから」

「もちろん噂で知ってましたよ。でも、これほど大きくなるには何か秘密でもありそうですね」


 ヤバルは少年を解す目的で話題を振っている。

 ついでに彼の知っている情報を仕入れたかった。


「世界救済のエデンの扉、それを見たものは救済者として選ばれる、てか。この世界が崩壊に向かってるって言われてるし、救済者になれば崩壊から逃れられると考える人もいるんだろ。でもここで一番は、ほら、あれだよ」

「クスリ、ですか」

「大神殿崩落以降は摘発が相次いで、末端価格は結構高くなってるが。ここでならお手頃で簡単に手に入る。政界か軍か知らねえけど、関係者にお偉いさんがいるかもしれないな」


 何かの粉をワインか水に混ぜて飲んでいる。また別のところではお香のように燃やして煙をあびていて、他にはパイプのタバコで煙を吸引している人もいた。彼らにそれらを隠す素振りはなかった。恍惚としていて、焦点があっていない。


「しかし、扉を視る真偽はともかく、このような旨い話はたいがいカラクリがありそうなものですけどね。末端が高価になるほど入手困難なものが、いかに関係者がいようとも、ここにいる人たちすべてに配るというのは、ただ事では無いと思いますよ」

「なんだってそうだろ。旨いところ摘まんで楽しむのが慎み方ってもんだ」


 ヤバルは少年から仕入れた情報で納得を得る。集まった人たちに階級は存在しても、狭い空間に集まっていられるのは目的が共通しているからだ。

 信仰と麻薬で強い執着を作り上げていた。


「クスリに興味ない奴もここでの儀式は楽しいことがあるらしいぞ。俺たちもお零れに与れるかもしれないぞ」


 麻薬以外にも何かがある、と。

 ヤバルは逃走ルートを探した。この部屋の一番奥、儀式を行いらしき祭壇の近くにも扉があるのを捉えた。機会を窺う必要がある。

 ところが。無視できない既視感に襲われた。

 マリア・オルレアンの影を、部屋を探る視線に一瞬見えた気がしたのだ。

 決して幻覚ではない。もうひとり、視線で追っていた。

 カチリ、と石を積み上げる音が鳴る。職人だ。ヤバルにしか見えず聞こえない、幻影かどうかさえもわかっていない正体不明の老人。枯れ木のような男だ。いつからかすっかり現れていなかっていなかった彼は突然また現れても何かするわけでもなく、無言でマリアの影を追う。

 二人の視線の先、フードを被っている人がいた。

 顔を隠している人は珍しくもない。頭から何かを被っている人も大勢いる。貴族も平民も身分を隠したい者はそれなりの装いで来ていた。

 結果、誰も彼もが個々を隠蔽しているようで、その実、この場での個性を完結させている。身分を隠す新たな身分の集まりの、歪な光景だ。

 木を隠すなら森の中。仮初めの身分が集まれば個性も霞み、ただ景色の一部ともなる。

 さながら雑草から目的の花を識別するかのように、二人はほぼ確信を持っていた。 

 体格は小柄。前髪しか見えず、まだ誰とも判別できない。それでも二人の視線はあれが彼女であると、断定している。

 もう少し角度を変えれば、フードの中の顔も見えそうだった。

 そのとき、フードの人がヤバルに向いた。視線の気配を感じ取ったかのような、ふとした動きだった。互いに人と距離を挟んでの対面だ。目が合う。蒼の色。

 相手がフードを、内部が見えるほどにあげた。

 彼女の目が語る。警告だった。私に関わるな、と。

 ヤバルの隣にはまだ少年がいる。彼女との接触が目撃されるのは望んでいない。ましてや終末の女王、滅びの魔女と恐れられもするマリアが、神王教過激派の組織内にいると宣言するような行動は避けたくもあった。

 しかし、彼女がここにいる理由も無視できなくなってしまう。無意味でいるはずがない。

 マリアからの警告は受け取ったが、ヤバル自身が関わらない選択に至る理由にはならなかった。


「お。はじまるぞ。ほら」


 奥の祭壇に、司祭服を着た男たちとひとりの女が現れた。

 司祭たちは顔の一部を仮面で隠しているが、女は一糸まとわぬ恰好でいた。見事な美形だ。彼女の表情から、平静さを保っているが興奮と歓喜が漏れていた。

 これから何が行われるか示唆できる。儀式だ。

 女は渡された白い粉を水に溶かして飲み干し、壁に向いて立たされて、あげた両腕を手首で固定されてしまう。口には布を詰められて、両側から司祭ふたりで壁に押さえつけられた。

 徐に他の司祭が取り出したのは、儀礼用のナイフだった。その切っ先が女の背中に宛がわれる。そして、ぷつりと皮膚を裂いた。

 皮膚だけじゃない。肉を、掘っている。肉片を摘まんで渡されるほどにしっかりと、切り裂いていた。

 女が苦痛の声をあげた。布で塞がれた口からでも空間全体まで届いている。絶叫だ。

 壁を向かれて見えてないが、凄絶な痛みに顔を歪めていることだろう。

 女の背中で何かが描かれている。溢れる血で生々しい肉の線が乱れる度に布で血が拭き取られて、またそれで女は叫んでいた。

 彼女の背中で描かれているものを、ヤバルは知らない。見たことも無い。しかし。


「救世の印」


 ぼそりと呟いたのは職人だった。

 ヤバルは反応しないことに徹する。このトリップ空間、何がきっかけで異分子扱いされて排除対象になるかわかったものではなかったからだ。

 スラオシャ大神殿がクーデターに襲撃される前、学園内で起きた殺人事件の時に聞いた言葉だった。大司祭、ガルラ・ヒンノム・ティンヤンも関係していたと思われるものでもある。

 ヤバルは心底逃げ出したいのが顔に出ていた。

 神王教過激派、エデンの使徒。麻薬の横行。そして、救世の印。

 揃ったものが悪すぎた。

 この首謀者だったと思われた枢機卿カプト。メンティーラは自殺していて、現在統括している者は不明だ。学園内まで浸透してするほどの規模を考えても、簡単に侵入していいところではなかった。不安が危機感を煽る。後悔が先に立った。

 儀式進行は女の叫びとは乖離されていて、滞りない。

 血なまぐさい異様な光景が繰り広げられてる間に、空間には煙が充満していた。部屋の至る所でお香を焚いている。立ちくらみを覚えたヤバルは急遽、袖で口元を覆った。眉を顰める。これも麻薬なのだ。陶酔効果がある。

 この空間に居合わせた人の半数以上が半ば服を脱ぎ捨てた状態で、男女問わずペアで交わっている。どちらともなく始められていた。焦点の合わない目で、誰もが誰とも認識してるか怪しい中で肉体を合わせている。

 人々が快楽に溺れていく異様な光景だった。

 祭壇では女が仰向けに寝かせられて、司祭と体を合わせていた。血が滴り床を汚してるし、女は男が動く度に痛みで声を上げている。しかし行為は止まらず一層激しくなっていった。

 この空間全体の興奮状態が高まっていった。

 いつの間にか隣にいたはずの少年がどこかへ消えている。職人も、これはいつも通りだが、足跡も残していなかった。

 逃げるなら今しかない。

 奥の扉は儀式を見る人の視線に入るため利用できない。

 元来た扉しかなかった。見張りもいない。ヤバルの判断は早かった。こんなところ、とっとと去りたかった。

 しかし、歩みかけた足が止まる。舌打ちをして振り返った。彼にはどうしても無視できない存在がいた。


「おい。こんなところで何してんだよ。社会見学にしては順序飛ばしすぎだろ」

「はあ? それはこっちの台詞よ。あなたこそ部外者でしょ。私は私の意思でやってるんだから、ここに何しに来たか知らないけど、さっさと出て行きなさいよ」

「てめ……っ!」


 思わず声が大きくなりかけるのを、ヤバルは黙ることで耐えた。

 マリアのそれは、声をかけられるとわかっていた、待ち構えていた反応だった。

 ヤバルに詰めて睨みつけていた。だから彼女の顔がはっきりと見えた。マリア・オルレアンで間違いなかった。

。。。

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