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王の腕  作者: 白風水雪
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十四章〈潜むもの〉3/?

 そろそろ夜の帳がおりきる夕刻の終わり。

 学生の裏門としても使われている西門は、物資運搬と今は学生の自主退学及び帰国のラッシュでほぼ一日中混雑している。学園本格運営を控えてピークはすぎているが、それでも検問の順番待ちができていた。

 黒い服に着替えたヤバルは見張りの気怠げな視線を避けながら、積み荷のある荷馬車に近づいた。物一つ盗るのは造作もないことだが、今回は目的が違う。

 これらに紛れて関門を突破しなければならなかった。脱出するのだ。

 荷物の具合から客層の予想をする。

 検問が甘くなりそうなのを選ばなければならなかった。商人は顔が利いてなければ検問は厳しくなる。逆に顔が利いてるような商人は見張りが多い。役人も同様に護衛をつけていて荷台に近づけない。

 商人や役人以外を狙うつもりでいた。学生だ。

 学生で身分もそれほど高くなければ護衛は少なく、荷台に近づけないほど有能でもない。かつ身分は学園側が保証してくれているゆえ、検問も幾分か緩いと考えられた。

 現状の帰国ラッシュの期間中ならば尚更だった。検問の兵士たちは学生の荷馬車を見飽きて辟易しているところもあって、気も緩んでいた。

 ヤバルは経験から兵士たちの状態を掴んでいて、自分の忍び込めそうな荷馬車を探していた。

 しかし、ピークは過ぎているためえり好みはできない。

 いくつか荷馬車を見送ったヤバルは、一つに狙いを定めると慣れた動きで人の流れに乗って、荷台に忍び込む。音も立てず隠れるところを確保して、身を小さく丸めた。

 内部はアーチ状の骨組みに布がかぶせていて十分な空間が作られていた。やがて周囲に人の気配と音がして、荷馬車が動き出す。

 外は何やら楽しげで浮かれているのが声質からわかった。ヤバルの狙い通り、検問は簡単にすまされて西門を潜った。

 馬車が止まるまで悠長に待つ気の無いヤバルは、そろそろのタイミングで隠れていたところから顔を出す。検問は過ぎたのだ。荷馬車にも用はなかった。


「……!」


 しかし。荷馬車が緩やかに止まった。

 荷台後ろを塞ぐように男ふたりが無感情に立った。手にはそれぞれ松明を持っていて、暗い荷台内部を照らす。ヤバルは覚悟を決めていまさら隠れるような真似はしなかった。

 男二人に視認される。彼らは呆れた顔こそしたが、不審者のヤバルをすぐさま捕まえそうな気配がなかった。

 ヤバルがゆっくり荷台から降りようとしたら、男に動くなと止められる。ひとりがヤバルを注視して、もうひとりが後ろの誰かに目配りさせた。

 ひとりの少年が、ニヤニヤと笑みを浮かべて前に出た。


「運が悪かったな。俺は記憶力がいいんだよ。荷物の配置がずれていて、馬車の重さも増えているようだったからな。こういうときは何かしら良からぬものが増えているというのを学んだこともある」

「別にあんたのものに興味はないさ。大神殿の外に出られたらそれで良かった。見逃してくれないか」

「俺も責めてはない。ちょうど遊び相手が欲しかったんだ。これから行くところにお前も付き合えよ」


 男ふたり、付き人に見えるのだが、彼らのあきれ顔はヤバルに向けられたものではなかった。雇い主の我が儘に辟易しているのだ。


「坊ちゃん。十日後の朝には港にいないといけませんよ」

「わかってるよ。うるさいな。明日の昼までには宿に戻ってればいいだろ。お前たちは荷物を持って先に行ってろ。俺はこいつに用がある」


 苦言を訂した男が大きなため息を隠さなかった。

 それでも逆らう気はないようで、護衛のひとりがヤバルに外へ出るよう顎で促した。

 ヤバルは相手の出方を窺うのをやめる。観念して荷台から出た。人の多い通りから脇に逸れた路地で、無抵抗の意思表示に手を頭より高く上げる。


「これから行きたいところがある。付き人じゃあ目立ちすぎるからお前で丁度がいい。付き合えよ。天下の無手、セセラギ流なら頼もしい」


 記憶力の証明のつもりか、少年はヤバルの学園生徒の、サイ・セセラギ・シルヴィアを知っていると明かした。薄ら笑いをしているあたり、称賛ではない。使い勝手がいいと暗に言ってるのだ。

 セセラギ流。

 没落貴族のかつてに編み出した、アイオーンも剣も使わない、対剣の無手武術。

 飛び道具の発展した現代に取り残された遺物だ。そもそも対剣体術なので相手に最接近しなければならず、アイオーンの能力などを考慮すると、最大限の能力を発揮できる状況は限られていた。

 貴族の古くさい高貴な思想だけが残り、時代が進むにつれて役に立たないものとされた。

 その頃には一族の経営も上手くいかず破産しかけていたのも拍車にかかって、貴族の位を剥奪されたのだ。

 ヤバルに付き人ふたりを力尽くで何とか出来るだけの力量はなかった。逃走すら許してくれそうにない。この場だけでも受け入れるしかなかった。


「もちろん付き合わせて貰いますよ」

「話が早い。では俺の案内でお前が先を歩け。面白いところに連れて行ってやるよ」

「いきなり襲わないでくださいね。こう見えて後ろは清いままなんですよ」

「興味ねえよ。あそこの小麦屋の看板から路地に入れ。お前たちはとっとと宿に行ってろ。着いてくるんじゃないぞ」


 護衛に釘を刺した。男二人は観念した顔で先へ行くよう促した。

 貴族の少年が顎で道を指した。


「おら。進めよ。逃げようなんて考えるなよ。無断で抜け出したこと通告するからな」

「わかってますよ」


 今さら密告されたところで脱出には成功しているので逃げ切れればいいだけだった。なるべく発覚する時間を遅らせたいヤバルは、この場限りで従っているのだ。

 それに今は護衛の二人も近い。

 彼らが遠ざかってからのほうが蒔いて逃げられそうだった。

 店じまいをはじめている小麦屋の横を歩いて路地に入る。夕暮れの僅かな光の届かない狭い路地は、すでに夜の気配を醸し出していた。慣れた人でなければ避けたがる暗さだ。


「随分暗い道ですね。どこに続いているんですか」

「倉庫区画だ。この道の先にある。真っ直ぐいけ」

「はいはい」


 狭い道は足下が暗すぎて見えづらい。走って逃げるのは多少リスクがある。土地勘もないので、脇道も突き当たりがあるのさえわかっていない。

 従順に暗い道を奥へ進んだ。


「左に曲がれ。二つ目の角を右に曲がる。突き当たりの倉庫に用がある」

「何があるかぐらいそろそろ教えてほしいですね」

「着いてからだ。誰に聞かれるともわからない。ただの遊びに余計な宿題はつけたくないだろ」

「そういうものですか」


 荷馬車のためのひらけた道だ。人が隠れられるだけの物もほぼない。夜も近いためか人通りが少なかった。ヤバルたちが歩いているときも、すれ違った馬車は一台のみ。会話を気にするほどの警戒心を持つ必要性は薄かった。

 無警戒無防備は論外だが、気にしすぎるのも不自然だった。

 ヤバルは自分の裁量を言わなかった。わざわざ言うものでもなかった。

 目的の倉庫前に到着する。

 夕暮れは終わり夜に変わっていた。

 星々が地上を照らしている。薄暗い世界でもヤバルは視界に困らなかった。雲一つないのが幸いしている。

 大きな引き戸の両扉は取っ手が鎖で固定されていて錠前も付いていた。

 見張りらしい人もいない。一見はただの倉庫にしか見えなかった。


「こっちだ」


 少年に呼ばれてそちらへついていく。倉庫との間の路地に入っていった。

 完全な闇があった。星の光も届かず真っ暗で何も見えない。

 ヤバルたちの背中に男性の声がかけられた。


「君たちは誰だい? その先は行き止まりだよ。こちらに出てきなさい」


 落ち着いた声質はその行動自体に慣れを感じさせる。

 後光のせいで顔が見えない。奥へ逃げるか男のほうへ飛び出すかの選択をできずにいる二人を、男はランプの灯りで照らした。

 しかし再度の呼びかけは出るのを促すものではなく。


「……君たち、落とし物は拾ったかい?」

「ああ。紙切れが一枚」


 少年の声には自信があった。

 これが予定調和であるのはヤバルにも伝わる。


「それは私のだ。暗がりから出て星の下に見せて欲しい」

「わかった」


 男に従い、二人は通路から出た。

 軍服を着た男が本を開いた。星光りでも辛うじて書いてあるものが見えた。少年はポケットから一枚の紙切れを取り出して、男の持つ本に合わせた。広げられたところは二枚で完成する扉絵だった。

 少年の紙が男の持つ本に合わせることで、天界の頂の扉まで続く階段の絵が現れた。

 男は深く笑みを作る。星明かりの下、顔の皺に闇が巣くう。


「欠けた物は受け取った。エデンの使徒にようこそ」


 ヤバルは息を呑みそうになるのを堪えた。解体されてすぐの派閥をここで聞くと思ってなかった。

。。。

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