十四章〈潜むもの〉2/?
夕方よりも少し早い時間にヤバルはクラークを訪ねた。
他にやるべきことができたが、友人との時間も失い難かった。
ノックしたドアが開けられ、クラークが顔を覗かせた。生気の薄い目だ。しかし希薄とも違う。
入るよう促されるが、ヤバルは仕草で断った。
舌が重いのか、気を取り直してから言った。
「クラーク。もう帰る準備は済ませたの」
「完了している。そちらの体調は万全のようだな。安心した」
隙間から彼の部屋の様子が窺える。
すでに帰国の準備は完了していた。
布団以外の荷物が大きめのバッグ三つにまとめられて、部屋の隅に詰まれている。明日、手配されている馬車に乗せて、帰国の船に乗るため港町プロピナへ行く手筈だ。
「もう帰ってくることはないのか」
「帰るとは正しくない。僕の帰るところは自国だ。そうだな。でも当面はあり得ないと回答しておくよ」
「そうかい」
ヤバルは違和感が拭えず耐えきれない気分を、頭をかくことで誤魔化した。
彼にしては簡素すぎていた。人間らしい言葉に迷うこともない。まるで、用意されたものを読み上げているような、そんなあり得ない印象だった。
「最後になるかもしれないから、今日はその挨拶に来たんだ」
単刀直入に自分の要件を述べた。
まだ彼から人間らしい返答を期待していた。
「そうか。でも、最後ではないよ。この世界は明日に終わらないから、また会える」
「壮大だな。死にかけて世界が変わって見えてんのか」
クラークは、かくんと首を傾げた。
「死にかけ……そうだったな。変わってはいない。僕は僕のままだよ。また会おう。サイ」
「変なこと言ってすまなかった。こちらこそだ。また会おう」
握手をしようとした。
どちらからでもなく、自然に二人が。
ところが、クラークの手が突如止まる。表情が固まり、感情が抜け落ちた。
「握手は次の再会に取っておこう。すまない。今してしまうと、君に会えない予感がするんだ」
「あ……わかった。お前、本当に大丈夫なんだよな」
「問題ない。僕はもう失礼する。船旅に備えて体調を万全にしたいから、ゆっくりさせてくれ」
わかった、とだけしか返せなくなった。
閉められたドアの前で立ち尽くす。
何か失礼に当たる言葉をいってしまったかもわからなかった。
「どうなっちまったんだよ……やっぱりあのとき、俺がお前を助けに行くべきだったのか」
振り絞って言葉にしたのは、後悔だった。
ドアの向こうからの返答はない。ヤバルは諦めて帰ることにした。
無力に俯いて事実に戻る。
気を落としている暇は、今のヤバルになかった。要件は済ませたのだ。あとは己のやるべきうことをやらなければならなかった。
決意のある表情で夕焼け色の廊下を歩いた。
――スラオシャ大神殿を脱出しなければならない。
。。。




