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王の腕  作者: 白風水雪
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十四章〈潜むもの〉1/?

 オルテイの診断通りに数日で完治してガリラヤ領地を出ていた。ジューダスやマリアとはあれ以来会っていない。

 ヤバルは1年の学生寮に戻って学業がはじまらない学生生活を送っていた。気怠げな顔で自室のベッドから起き上がると、顔を洗いに外に出る。

 朝日を浴びながら身体の筋を伸ばした。

 治療を終えて二週間が経っていた。学生や教員、軍人は当時ほど何かに追い立てられてはいない。余裕が顔に出ていた。

 ただ、未だ復興作業は続けられている。今日も朝早くから作業の準備に精を出す人たちの声や音が聞こえていた。

 学生寮は外壁側に寄っているためか、外の騒動が伝わってくるときもある。人づての噂もあった。クーデターの燻りはまだ残っているらしく、大神殿外壁門を時々突破する人や外壁を登り越えてくる人も出ていると聞く。

 ヤバルは寮の外になる井戸の傍で洗い終わった顔を拭きながら、人や物の動きを視界と聴覚で読み取っていた。体調は万全だ。彼のお腹が空腹を訴える。

 寮での食事はこれまで通り時間は決まっているが、状況の厳しさから食料は前ほど豊かではなくなっている。パンとバターに合わせて、野菜か卵がついてくればいい方だった。


「おはよう」


 サラサラな金髪がだらしなくボサボサのウェールズがいた。長髪があちらこちらに広がって凄いことになっていた。顔だけは爽やか好青年だ。いつもの朝の光景だ。


「クラーク、今日帰るそうだ。会っていくか」

「……」


 水を張った桶に頭ごと突っ込むのを横目に考え込む表情で黙る。

 法廷の調査結果を言えば、クラーク含め神王教の保守過激派は死傷者で発見される。法廷の崩落は酷いものだったが、生者は崩落外で気を失っていた。

 生きている者は捕虜名目で治療を受けさせた。法廷の崩壊具合からは想像もつかないほど、彼らは奇跡的に傷の具合が深くなかった。

 ヤバルが寮生活に戻って数日足らずでクラークたちも治療を終えたが、彼らは犯罪者として捉えられている。クーデターの首謀者との関係を疑われて、尋問にかけられていた。

 実際のところクラークは救済教で、クーデターは主に神王教の過激派だから関係性は薄いのだが、それを知る人はヤバルも含めて限られている。自ら告白するはずもない。

 ましてや、今回燻りを刺激してクーデターを起こしたのは、他でもないマリア・オルレアンだった。イサクの仇の手がかりを探す目的があった。

 救済教をおびき寄せること自体には成功したのだが、港町プロピナで起こったクーデターの犯人に繋がる情報は得られなかった。プロピナで彼女を攫おうとしていた組織と疑われた救済教は、その計画こそしていたが利用された立場でしかなかった。

 スラオシャ大神殿からの脱出の際に助けてくれた男の言葉が嘘でなければだが。

 つまるところ、クラークはマリアを守ろうとしていただけなのだ。

 クラークと一緒に捕らえられた神王教過激派こそ、マリアを敵視していた。男の言葉を裏付けるように神王教過激派を尋問してわかったことは、ワヒシュタ政府ないし軍の内部にこそマリアを排除したい思想の疑いがあり、政府組織内の反政府思想の陰りの認識だった。

 しかし、彼女たちは思想以外を語らないらしい。仲間意識かどうかわからないが、クーデターの起因や首謀者も知らず、スラオシャ大神殿半壊も知らされたなかった。

 暴動に参加していたが、その実、クーデターに合わせていただけのほぼ行き当たりばったりでマリアを襲撃していたのだ。

 と、ヤバルは伝わってくる噂と自分の持ちうる情報をつなぎ合わせて、現状を解釈している。

 一方でジューダス側がどこまで把握しているかはヤバルにはわからない。

 現在、クラークはすでに釈放されて治療を完了している。疑いは晴れていないが、決定づける証拠もなく、ましてや他国要人のご子息となれば長期間の拘束は難しかった。釈放当日にヤバルは再会を果たしている。それから数日会わず、彼が帰国する旨を知ったのは昨日だった。

 親の方から帰るよう命じられたらしい。

 ワヒシュタの現在の国政事情を鑑みると、当然の判断とも言える。一時帰還かどうかは聞けていなかった。

 だが。ヤバルの表情に曇りがあるのは、彼が国に帰るからではない。


「なあ。クラークにあれから会ったんだよな。どうだった」

「……まだ様子はおかしかったが。生きるか死ぬかを体験したら人が変わるのも無理はないだろ」


 ウェールズは渋面を作った。どこか自分を納得させるためのような言葉だった。

 再会をしたヤバルたちは、まるで人が変わったかのようなクラークと対面したのだった。問いかけには普通の反応だったが、いつもの優しい印象は影もなく、表情が死んでいた。何かが欠けたという表現が正しいかもしれない。

 ヤバルは腑に落ちない顔をした。何かが引っかかる。


「で。見送りはどうするんだ。明日だぞ」


 顔を拭き終えて、眠気も寝癖もすっきりさせたウェールズが投げかける。


「一応、夕方に部屋に訪ねてみるよ」


 別れの挨拶くらいはしたかった。

 ともあれまずは朝食を取って、起きたばかりの頭と身体に栄養を与えたかった。ヤバルは自分の空腹の音を聞いて、ウェールズと一緒に仕方ないと笑みを溢した。

 まだ学園の開業はされておらず、一部の施設利用だけ許されている状態だ。予定の一ヶ月をそろそろ迎えようとしている。生徒たちは自主学習を許されているが、ほとんどの時間を持て余して勉学に励んでいなかった。

 寮か神殿敷地内の娯楽施設などで時間を潰している。

 大事件から三週間経っているが、原則、スラオシャ大神殿敷地から出るのを許可されていなかった。

 せっかくの期間にわざわざ勉強するほどヤバルは学業を好んでいない。寮の自室か一人になれる敷地内のどこかでのんびり空を見上げてばかりだった。

 神殿からの噂では、礼拝堂の使用目処が立ったらしい。しかし未だ瓦礫や崩壊部分の補強は完全に終わりきっていない。人の出入りの安全性だけが確保できた、とのことだ。

 枢機卿の自殺と、彼が裏で行っていた麻薬売買は未だ尾を引いているらしく、神殿側は傾いた信用の立て直しに予断を許せない状況は続いていた。

 大神殿を破壊して自殺した枢機卿のカプトが、今回のクーデターの首謀者とみられる大筋だ。ダカーハージ学園内で勢力拡大していたエデンの使徒に麻薬を横行させて、裏で統括していたことが決め手になっている。

 とはいえ、今回の件はマリアが本当の黒幕なのだが。

 救済教をおびき寄せるために自らを餌に神王教過激派や反政府思想の人の、滅びの魔女嫌悪意識をも刺激して、いずれかもしれなかった襲撃の時期を早めたのだ。

 そちらは闇に葬られる。

 ヤバルは枢機卿がクーデターの首謀者なのは違和感があった。マリアではない。理由が見当たらないため誰にも言わず黙っている。

 家畜用の枯れ草から起き上がる。気晴らしに外壁を沿って歩いた。10メートル近く高さの壁は、頑張ったら登れるだろう。もちろん見張りの目もあり、実際は登るのがとても難しく、侵入者や逃走者用の対策の細工が施されているらしい。

 慌ただしい世間とは裏腹にやることのないヤバルは欠伸を漏らす。

 クラークに会うのは別に夕方である必要は無かった。

 ただ、彼と対面するための自分に胸中の整理が必要だった。

 死地を体感したとはいえ、あの生き物として何かが食い違ったような違和感をヤバルは異常に思っていた。だが、他の誰も気にしていない。


「学生身分はいいな。クソ坊主」


 聞き覚えのある声だった。

 ヤバルは自然と臨戦態勢を取りつつ、声の方へ振り向いた。

 彼の雇い主、ある目的のためにヤバルをダカーハージ学園に入学させた男。アーロン・シルヴィアがあきれ果てた顔でいた。


「勉強もせず暢気にお散歩か? それとも壁登りに挑戦でもしたかったか? やめておけ。門を潜るよりも難しいぞ」

「これはこれは叔父さん。外の様子がまったくわからないので心配していました。ご覧の通り大神殿は酷い状況です。人もいっぱい押し寄せて大変でした。そちら、町の方で暴動は大丈夫でしたか」

「気色悪さも板についたな。今日はお前にビッグニュースを持ってきた」


 柔らかな笑顔で応じたヤバルを、悪態で吐き捨てた。

 ヤバルは小さく呼吸を整える。


「それは?」

「お前の帰国だ。どいつもこいつも帰国ラッシュだ。この機にお前も帰してしまおう、てな。良かったな。懐かしの故郷に帰れるぞ。お父さんとお母さんに抱きしめてもらえ」

「……いつになる予定ですか」

「明後日だ。学園が本格的に体勢を整えると後から手続きが面倒だからな。早い内にやる」

「急ですね」

「遅すぎたくらいだ。お前は用済みだとちゃんと言い渡していただろ」

「ちなみにですけど、僕の国がどこかわかっているのですか」


 盛大なため息をつかれた。


「長すぎた学生でボケたかクソ坊主。プロピナでの件を遡らせてもらっている。イサクに預けられる時期と、難破船発見とを結びつければわかることだろ。馬鹿が」

「あなたの甥をやめるのに異論はありませんが、別の国にしてもらえませんか」

「お前は本当に馬鹿だな。できるはずがないだろ。俺の甥は明後日でいなくなる。だが、お前は誰になる。難破船の遭難者だ。あと二日足らずの学生を楽しんでおけ。じゃあな。今日はその手続きを済ませるためにもわざわざ出向いてきているんだ。暇じゃねえんだよ。こっちはこっちでてめえなんぞに構ってる時間すら惜しいところなんだよ」


 最後の一言から、アーロンの余裕の無さが窺えた。

 理由こそわからないが、彼に不都合な何かが起きたようだ。どのみち、今のヤバルにはもはや無関係なことだった。

 それどころではないのはヤバルも同じだった。

 思い詰めた顔をしていた。

 事態は最悪に傾いていた。彼は自国に帰ることだけは避けなければならなかった。


「……」


 西門を行く物資運搬用の馬車が、ヤバルの目に映った。

。。。

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