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王の腕  作者: 白風水雪
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十三章〈崩壊〉前

ヤバル (本名:サクラス・ザラスシュトラ 潜入捜査中偽名:サイ・セセラギ・シルヴィア)


マリア・オルレアン (滅びの魔女と恐れられている)

ジューダス・ガリラヤ(貴族・国衛軍第六部隊・中尉)

モート・ギリティナ伯爵(貴族・港町プロピナの領主)


アーロン・クイール・シルヴィア(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊副分部隊長・伍長)

レミエ・ラグドロビン(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊・兵長)


クラーク・サスラ(ヤバルのクラスメイト)

ウェールズ・アンヌーン(ヤバルのクラスメイト)


ヒスイ・ルサールカ(スラオシャ大神殿の従業員として潜入調査中。アーロンの協力者)

マイカ・カスヴァス(スラオシャ大神殿の業務員として潜入調査中。アーロンの協力者)

 ぽつりと語り出したウェールズの表情には、疲れがあった。


「学園がおかしいって、どういうことなの」


 さすがのヤバルも、話を流すわけにはいかなかった。

 ベッドに座ったままの姿勢を、ウェールズのほうに身を乗り出すように寄せる。


「クラークから何も聞いていないのか」

「いや。まだここには来てないよ」

「そうか……」


 ウェールズは、何か思うところがある、悩ましい顔で頭をかく。

 ため息を区切りにして、話を切り出した。


「学園にさ、俺たち学生の間で派閥があるの知ってるか」

「いくつかあるのは知ってる。剣聖くらいしか覚えてないけど」


 剣聖とは、学生独自の実力派グループだ。

 人材の優劣を、家柄や血筋で決めず、学力、戦力、人望、アイオーンなどで見定める。個人の総合能力を重視する思想から生まれた。

 学生間の、多数ある派閥では最も人数が多い。

 生徒会でも、全体の三割を占めていた。

 そのため、生徒たちへの影響力も、時には教員以上になる。


「まさか、剣聖が何か問題を起こしたのか」

「ああ、いや。剣聖だけではないんだ。他の派閥もだが、今、校庭とか廊下、屋上でも演説をするようになっただけでなく、他派閥と論争もしている」

「は?」


 ヤバルは、ウェールズの言葉を理解するまでに数拍要した。


「もしかして、学園がおかしいって、そういうことなのか」

「そうだよ。サイも学園に来たらわかるよ。あれは異常だ。大袈裟ではない」

「君がいうなら、そうかもしれないけど。でも、やっているのは論争なんだろ」


 ヤバルが再び聞き返すようなことを言ったのは、ウェールズに言葉の真意を確かめる意図があった。

 派閥同士での論争は、確かに珍しいものではあるが、まったくないわけでもなかった。


「熱気が違うんだよ。まるで、何かに取り憑かれたみたいな奴もいるくらいだ。どいつもこいつも、自分たちこそが世界を救えると、叫んでやがる」


 苦虫を噛み潰したかのような顔だった。


「世界が滅びに向かっているのは通説だから、いいことじゃないのか。実際、ダカーハージ学園は神王教を基盤にして、滅びに立ち向かうために創設されたんだろ」

「そうなんだろうけど。とにかく、異常なんだよ。急に信仰心が深まっておかしくなった奴がいるとするだろ。現実と聖書との区別がつかなくなるような。あれの集団発生一歩手前みたいな状況だ。唖然としたぜ」

「そんなに酷いのか」

「お前もいたら俺と同じように思ったはずだ。あんなの、普通じゃない」


 ヤバルは、ウェールズの表情と言葉でしか事態の深刻さを推測できない。


「どうして、そうなったんだ」

「エデンの使徒って派閥を知ってるか。たぶんだけど、発端は、あれが急に大きくなったことなんだ」

「エデンの使徒?」


 ヤバルも、派閥をいくつか知っている。

 剣聖が最も大きな勢力だ。他にもいくつかある。剣聖とは違う思想や、出身国が同じの留学生で集まった派閥もあった。

 だが、すべてを知っているわけではなかった。


「まあ、知らないと思う。そいつらが突然演説をはじめるまで、まさかあるなんて、思っていなかったから。サイは、エデンの鍵穴、ていう夢の話を知ってるか」

「聞いたことはある。鍵穴の向こうには荒野が見えて、そこから声が聞こえた、という夢だろ」

「そうだ。ちょうど、お前が入院した次の日だった。その夢を見た者こそが世界を救えるのだと、演説をはじめたんだ。確か、最初は五人程度だったはず。そいつらが、エデンの使徒だ」


 エデンの鍵穴は、試験試合相手のアプロ・エウロペから聞いていた。

 ヒスイ、マイカからも、調査を頼まれていた。

 彼らは、エデンの鍵穴を注視していた。

 だが、派閥ができてるところまでは、ヤバルは辿り着けていなかった。僅か五人の少数派閥。見つけられなかったのも、無理もなかった。


「演説の後、夢を見たと進言する奴らが続々現れたんだ。他の派閥からも、あの剣聖からも出て、エデンの使徒に移った。気づけば、エデンの使徒は剣聖と肩を並べる大きさになっていた」

「だから、学園中で、論争がはじまったのか」

「ああ。他の派閥も危機感は持っていたんだろうが、何より、剣聖が動いたのが一番影響していると思う。今日みたいな、エデンの使徒と剣聖が睨み合ったときなんか凄かったぞ。あのまま乱闘騒ぎになりそうな勢いだったからな」

「……学園側とか、教会側は取り締まりをしていないの」

「お前もさっき言っただろ。論争自体は、別に間違いじゃない。神王教も、政治批判もしていない。軍の連中も注意すらしていないぞ。といっても、今日のような騒ぎはさすがに教員が止めに入っていた。もしかしたら、明日から規制が入るかもな」

「なら、ひと安心だろ。完全ではなくとも、静かになる」

「……表面上はな。もう収まりはつかない」


 ウェールズは事態を楽観視できなかった。

 ため息をついて、悪い、と謝った。


「怪我で入院中なのに、こんなこと愚痴ってしまって」

「いいよ。ただの骨折だし」

「しかし、イウのせいで災難だな」


 視線がヤバルの左腕に向けられた。

 怪我の話題は一度している。再度話題を振ったのは、陰気な空気を払うためだ。

 ヤバルも、これみよがしに左腕を見ながら、わざとらしく落胆する。


「まったくだよ」

「でも、美人のお姉さんたちに触る触られで、楽しめているだろ」

「そう思うのは君だけだよ」


 むっとした顔でヤバルは、ウェールズを睨んだ。

 サイとして、品性のない発言を注意していた。


「男なら当然だぞ。お前も、そのあたり素直になれよ。どうだ、ひとりくらい抱いたか」

「おっさんかよ」


 二人の間に笑いが生まれる。明るい雰囲気になった。


「ここの看護師さんは美人ばかりでいいよな。そういえば、あのマリア・オルレアンも、この病院に通っている噂けど。会えたか」

「そうなのか。会ってないよ。彼女、何か病気でも持っているのか」


 ヤバルは、はじめて知ったとばかりの顔をする。


「そこまでは知らない。このあいだ仲良くなった彼女の話だけど。神殿から祈りの帰る途中、ここの病院の窓から外を眺めているところを、下の道路から見かけたらしい。ここ、神殿と繋がっているだろ。もしかしたら、通っているかもしれないぞ」

「で。もし見かけたら、お近づきになれる機会を用意してほしいのか」

「さすが理解が早い。あの人、神殿にしかいないから。なかなか出会えるときがないんだよ」

「神殿しかって、なんでだよ。学園でいいだろ」

「なんだ。知らないのか。あの人、学園の生徒として席は置いているけど、ほとんど通ってないぞ。スラオシャ大神殿内の、司祭か要人用の個室にいるって話だ」

「本当なのか」


 目を、大きく見開く。

 ヤバルの反応に、ウェールズ自身も驚いていた。


「あ、ああ。学園でも、あの試験試合以来見たことないだろ。時々来てるらしいけど、基本は隣の大神殿内で授業も受けているって話だぞ」

「いや。でも、君も知っているだろ。マリア・オルレアンは、スラオシャ大神殿に戻ってきた最初の日、すぐに神殿から出て行ったじゃないか」

「まだ着いたばかりだったんじゃないのか。そのあたりの詳しいことは俺もわからない。でも、マリア・オルレアンが学園にいないのは確かだぞ。今いたら大騒ぎどころか、彼女は標的になるぞ」

「そう、か……。そうだよね」


 ヤバルの全身から力が抜けた。

 現在、学園は派閥同士の争いが激化して、論争合戦まで起きている。

 自分たちこそが世界を救えると彼らが演説しているのなら、そこに滅びの魔女として忌み嫌われているマリアがいたらどうなるのか、考えてみればわかることだった。


「お、どうした。お前、もしかして、ああいうのがタイプだったのか。お嬢様で、薄幸の少女みたいで。試験試合の後は、怒鳴り散らしてると勘違いされるくらい愛を叫んでいたものな」

「誰の記憶だよ。あのときは本当にどうかしていたんだ。そんなふざけた馬鹿はしていない」

「ムキになるなよ。余計怪しいぞ。正直どうなんだよ。そんなに気になっているってことは、好きなんだろ」


 マリアを気にするヤバルを、ウェールズは面白がっていた。

 ところが、ヤバルの怒る顔から、すっと感情が引く。真顔になった。


「そうだよ。悪いのか」

「あ……。そうではないのだが」


 今度は、ウェールズがたじろいだ。

 絶えきれないとばかりにヤバルが吹き出した。


「この野郎」


 ウェールズは、ベッドに座るヤバルの肩を掴んで寄せると頭突きをした。仕返しだった。

 二人はふざけて、格闘をした。

 看護師の一人が偶然病室を覗くまで続いていた。しっかり叱られた。

 ようやく解放されて、また二人だけに戻ったところで、ウェールズが椅子から腰を上げた。帰るのだ。腰に手を当てて、ぐっと筋を伸ばす。

 名残惜しさからか、それとも単に疑問か、ヤバルはウェールズに聞いた。


「そういえば、クラークは、どうしているの」

「あいつは………。そうだな。あいつは、エデンの使徒に入っている。あいつとはあまり話さないほうがいいかもしれない。取り憑かれたみたいに、聖書を読んで笑っているときもある」

「クラークも、夢を見たのか」

「創設メンバーかもしれない。最初の演説のときも、一緒に並んでいた」

「……」


 殺人事件前後から、クラークの様子がおかしかった。

 ずっと寝不足のようで、昼間も起きていられなかった。

 ウェールズの話が事実ならば、些細だが予兆らしいのは、確かにあった。


「気にかけとくよ」


 ウェールズは眉根を下げて、頼むぜ、と笑った。


「クラークといえば、ほら、イオニアスは剣聖に入ったようだぜ。試験試合って、お前は見ていなかったか。成績優秀で、剣聖からの勧誘らしいぞ」

「イオニアス……。ああ、あの人」


 ヤバルの反応は、クラークのときより興味のないものだった。

 イオニアス・アベスターグ。

 ヤバルと同じ時期に編入してきた生徒だ。ヤバルは、これまでで直接会話したのは二度だけだ。しかし、イオニアスの独特な人間性の印象が強すぎて、彼のことはよく覚えていた。


「もうちょっとリアクションしろよ。相手はお前のこと気に入っているのだぞ」

「なんか、嫌なんだよ」


 渋面で、言葉を溢した。

 サイとしての人格設定を忘れていないが、それでも拭いきれない嫌悪感が表情にまで出ていた。


「ウェールズは、あの人とは、仲がいいのか」

「いや。お近づきにもなれてないぜ。でも、あいつはAクラスだろ。ハルワタート国の王族の末裔らしいぜ。仲良くするだけでも損はないだろ」


 将来設計を鑑みての人間関係の構築をするのは、間違ったことではない。

 各国有数の貴族や王族、有力者の子どもたちが通うダカーハージ学園なら、なおのことだった。


「僕は、そんなことに興味はないよ。ただ、平和であれば、それでいい。もう厄介事はこりごりなんだ」


 汚れのないシーツに視線を落とした。


「ま、お前の場合、問題行動と話題が尽きないほど、いろいろやらかしているからな」

「うるさいな。もう、その話はいいだろ。人にかまけず、今は自分の心配をしたらどうなんだ。門限はいいのか」


 ヤバルの視線が窓に向けられた。

 日が落ちかけていて、赤い空には夜の色がじわりと広がりつつあった。


「うわ、マジだ。じゃあ、またな。ちゃんと治せよ」

「おう」


 慌てて病室から飛び出していったウェールズを見送る。

 ひとりになった病室で、ヤバルは、布団に潜って身を縮めた。眠ってはいない。まるで、身を守る亀のように、じっと動かなくなった。



 ウェールズが病室を訪ねてから二日後の夕刻。

 病室でひとり、ヤバルが退屈そうにしていたところ、イオニアス・アベスターグが顔を見せた。彼の登場は、ヤバルをぎょっとさせる。

 しかし、イオニアスは病室のドアを開けて、足を踏み入れたところで止まってしまった。

 彼特有の雰囲気もない。

 どこか怖じ気づいた顔で、ヤバルに何かを言おうとして、また口を閉じた。

 耐えきれずに声をかけたのは、ヤバルだった。


「どうしたの。イオニアス君。お見舞いに来てくれたようだけど、何か元気ないみたいだね」

「……すまない。君にどう言葉を並べて伝えていいものか、考えて、わからなくなってしまったんだ」

「何か、あったの」


 イオニアスは問われて、赤茶色の前髪の向こうにある金色の瞳を揺らす。

 顔を俯かせてしまった。


「失敗をして、しまったんだ。もう、いいと思っていた。できるはずだった。その通りになっていなければならなかった。でも、できなかった。僕は、どうして失敗したのか、わからなくなって、君を見に来たんだ。あのときも、そうだったから」


 イオニアスの言わんとしている意味を図りかねる。

 自然と、ヤバルの表情に苛立ちが生まれた。


「何を言っているのか、僕にはわからないのだけれど」

「――――ッ」


 イオニアスは、泣きそうになるのをぐっと堪えた。

 拳まで握りしめて、ヤバルの言葉に苦しんでいた。

 反射的か、何かを言おうとする。

 しかし、また口を閉じて、言葉を飲み込んだ。

 そして、弱々しい表情で、笑った。


 「…………そう、か。そうだね」


 ふらりと病室のドアを開ける。

 最後まで、ヤバルとは噛み合わず、去ろうとした。


「なら、きっとまだなんだ。わかった。でも、次は、きっと成功するはずだから。待っていて。僕はきっとできるようになっているから」


 力のない足取りで病室を出て行く姿は、病室のドアで隠された。

 またひとりだけになったヤバルは、ふてくされた顔でつぶやいた。


「だから、なんだんだよ。あいつ」



 ウェールズが面会してから四日後。

 濃藍色の軍服を着た二人が、ヤバルの病室を訪ねる。

 シェミアと、その付き添いの軍人だった。

 いつもの聞き取りできたものだろうと、ヤバルはそのつもりでいた。

 彼の話では、ライナーの聞き取りから、漏洩情報の取引相手の特定にまでは至っていないらしい。取引相手の特徴が一貫していなかった。

 だから、関係者と近しい人物にできる限りの聞き取りを行っている、とのことだった。

 もう何度目かわからない聴取のとき、シェミアの口から説明された。

 この数日で、シェミアの聴取の態度も変わっていた。

 付き添いの軍人もひとりしかいない。発言内容を細かく書き留められるのもなくなっている。

 彼の椅子に座る姿勢も崩れて、猫背になっていた。


「あれから、何か新しく思い出したことはありますか」


 挨拶後の、いつもの質問だ。

 しかし、シェミアの表情は硬さがあった。


「いえ。思い出したことはありません」


 ヤバルの返答も、いつものものだ。

 あとは軽く世間話を交わしてシェミアは去るのだが、今日は違った。


「サイ君。今日は他に確認したいことがあるんですよ。正直に答えてほしい。いいかな」

「いつもそうしてますよ」


 苦々しく笑う。


「そうだったね。君は、二年Aクラス、イーラ・スクウカという女子生徒を知っていますか。最初の犠牲者、ハイリ・セラピアの知人なのだけど」

「いえ。知りません。その人がどうかしたのですか」

「また殺人事件が起きたんです。犠牲者は、その女子生徒だ。状況がハイリ・セラピアのときと似ているから、私たちは同事件の二人目の犠牲者と見ています」

「ハイリさんの知り合いだから、僕に聞いたところですか。でも、前にも話しましたけど、僕は、ハイリさんの名前も知らなかったくらいの仲でしかありません。知り合い関係も、最初に会ったときに居合わせた人たちくらいしか、僕にはわかりません」

「うーん。そうだよねえ。その人たちの中で、今回の犠牲者の女子生徒について、何か話題になっていたかどうか、わかりますか」

「いえ。何も。僕のこと以外も話題にしていましたけど、あの生徒や教員がムカつくとか、そういうのばかりでしたよ」

「そうか。ありがとう」

「………」

「どうかしたのかな?」


 いえ、とヤバルは首を振る。

 考え込んでいた顔を改めて。


「他に、何か気になることありますか」

「あー、いや、すまなかったね」


 シェミアが椅子から立つ。


「天気は曇りか。雨も降りそうかなあ」


 ぐっと背伸びをする。

 あとは、軽く世間話をして、次に来る日程を話してから病室の後にするのが、いつもの手順だ。しかし、今日は違った。

 ところで、とシェミアが窓へ向けていた視線を、ヤバルに戻した。


「君は、〝救世の印〟という言葉を知ってるかな」


 ヤバルが、既知の反応を見せなかったのはまったくの僥倖でしかない。

 会話と会話の隙間を狙ったタイミングで、シェミアは、一刀の問いを差し込んだ。


「救世の印、ですか。ええと。それが今回の事件と関係があるのですか」

「うーん。私としては、そんなに重要視しているわけでもないのだけどね。ただ、調査をしていた部下が、噂で聞いたみたいなんですよ。もしかしたら、どこかで、誰かから聞いていないかなと思っていまして」


 困っている顔のシェミアだったが、彼の目は、ヤバルを捉えてぶれていない。

 ヤバルは考える素振りをした。


「そう、ですね。先日友人が見舞いに来ましたけど、その話は聞いてませんね。あ、もしかしたら、派閥の名前でしょうか」

「派閥?」

「友人の話ですけど。学園は今、派閥抗争でちょっと大変な状態になっているとか。ご存じ有りませんか」

「ああ。その話ですね。いや、こちらでも把握しているよ。議論をし、見解を広めるのは必要な機会ですからね。よほど大きな騒ぎにならない限りは、こちらとしても、放任しておくつもりでした。ただ、今回は度が過ぎたから、三日ほど前かな? 面目上は過激な行動を取り締まるように通達を出しています」

「つまり、国衛軍が、公式で、学園を見張るということですか」

「そういうことだね。君も学生同士で語らうのもいいけど、度を過ぎてはいけないよ。と、なんの話だったかな。ああ、派閥だったね。こちらでも調査中だけど、救世の印なんて名の派閥は確認していません」


 今日はすまなかったね、とシェミアは言った。


「ありがとう。次は二日後に来る予定だ。そのときもよろしく頼みます」


 連れ添いと一緒に、退室した。

 ヤバルは彼らがいなくなって、肩の力を抜いた。ずるずると、身体をベッドに埋めた。


「救世の印が、特徴ってことか……。あー、クソ。マジでビビった………。勘弁してくれよ。これ以上面倒ごとはごめんだ」


 アーロンから関係を切られているため、情報収集は危険でしかない。もう何も調べなくていいのだから、無関係に徹するのが一番の安全だった。

 ただでさえ、密入国と国籍偽装などの違法を犯している身の上だ。

 必要以上の関わりも、過度な行動も、バレてしまう切っ掛けになり得ない。

 彼が優先しなければならないのは、無事退院した後、スラオシャ大神殿を足跡も残さず抜け出すことだ。退学しても問題がなければ、今すぐにでも行動に移さなければならない。

 それでも、気になるものはある。

 ヤバルは脱力しきって、考えに耽る。

 白い天井を見つめた。


「救世の印………ね。俺はただ聞いただけだつーの。クソが」


 まさか、ここで関わってくるものだと予想もしていない。

 その聞こえた声の主すら、ヤバルは知らない。

 二日後。

 シェミアの聴取日程になったが、彼は現れなかった。

 この日、病院は少しばかりざわついていた。

 学生の誰かが搬送されたのだ。

 しかし、病気や怪我の類いではなかった。救急搬送のように慌ただしくもない。同伴は教員ではなく、軍人だった。十数人が、先に搬送された学生のもとへ案内された。

 ここまでは、ヤバルも人づてで把握できた。詳細まではわかっていない。

 噂だけが流れる。ヤバルは看護師の会話を盗み聞きしていた。

 どうやら、女子学生が自殺したらしいのだ。

 さらに二日後、ヤバルは翌日の退院を言い渡される。突然だった。

 シェミアが訪ねてくることはなかった。



 ヤバルは、予定よりも一週間早く退院した。

 シェミアの訪問を最後に、誰も病室に来ていない。

 病院でマリアに会うこともなかった。


「さて、監禁生活も終わって、晴れて無職、半分自由の身か……」


 と、病院をでてから、ぐっと身体の背伸びをする。

 青い空と雲の光景を眺める顔は、しかし晴れていなかった。


「なんで退院が早まったのかねえ」


 医師から退院の知らせを聞いたのは、昨日だった。

 それまではまだ数日かかる見込みだった。

 退院を知らされる前日の定期診断のとき、医師は傷の治りの早さには関心しても、回復の経過は慎重に見ていた。次の日に退院できるなんて、言っていなかった。


「誰の意図も何もなければいいけどなあ……」


 ぼりぼりと、頭をかく。

 右腕はギブスで固定されたままだが、軽くならば動かせるようになっている。医師から、過度の運動は禁止されていた。完治までは、あと何度か通院しなければならなかった。

 しかし、アーロンからすでに関係を切られている状態のため、スラオシャ大神殿に残る理由もなかった。わざわざ通院する必要性は、ほぼない。


「ただで退学できれば、だけど」


 自然と言葉に溢してしまう。

 不安の表れは、アーロンの人柄を知ってのことだった。


「ここも牢屋みたいなものか」


 白い壁を遠くに見る。スラオシャ大神殿を囲んでいるものだ。外へは、あれを超えなければならない。

 そのための算段ができるだけの情報すら、ヤバルは持っていない。

 神殿内をうろつくのは、事件とは無関係でも、少なからず危険があった。

 殺人事件のせいで、神殿区域内の国衛軍の警備人数が通常より増やされていた。

 ヤバルは、未だ拘束具を外されていない。見た目は犯罪者のそれだ。学生服を着ているが、問題児なのは隠せていない。

 軍人がヤバルの事情を知っていても、間違いなく警戒対象になる。

 余計な疑いは、さけたかった。

 大神殿区域内からの脱出のために、現状把握が最優先される。

 一人で調べることも可能だが、まずは当たり障りなく誰かに聞いてみるのも、一つの有効手段だ。


「………まずは知ってそうな奴に聞いてみるが一番、かな」


 しかし、手短に頼れそうな知り合いは、友人の二人しかいなかった。

 アーロンに関係を切られたのが、ここでも響いていた。情報提供で、ヒスイとマイカに頼れないのは痛手だった。状況次第では、彼らもヤバルを捕らえる側に回る。

 友人の二人、ウェールズとクラークは、まだ授業を受けているはずだ。

 学園に向けば、彼らから必要な情報を得られるかもしれなかった。


「……」


 だが、ヤバルは、ふと神殿を見ていた。

 寮に帰ってからでも友人の二人に会える余裕からか、すぐにでも情報収集しようとしなかった。

 彼は、熱心な信仰者ではない。

 吸い寄せられるように足を向けるのは、ただ一つ、そこにある絵画を求めていたからだ。

 ―――スラオシャ大神殿の画廊。

 ただの日常の昼間。

 夕方との境目の時。

 礼拝者の人の流れが収まりを見せるひとときに、ヤバルは礼拝堂を訪れた。

 ヤバルの他に数名しかいない。

 祭司の姿もない。

 広い空間は、静かだった。

 ヤバルは、礼拝堂では祈らず、そのまま絵画の廊下へ向かった。人の息の音すら聞こえてきそうな礼拝堂は、歩くだけでも音が響いた。

 廊下は、真っ白な壁が窓からの光を反射させて、人の思い描く天界を作り上げていた。絵画は、さながら天界の窓から覗いた下界の光景だった。

 ヤバルは、ここの〝朝焼けの夜〟という絵画を見に来たのだ。


「なんで、ここにいるの………」


 驚きを押し殺した声が、ヤバルの足を止めた。

 目的の絵に近づこうとしていたヤバルを振り向かせたのは、マリア・オルレアンだった。

 彼女の白銀の髪は、純白の廊下であっても映える。

 学園の制服とも違う乳白色の服は、この大神殿の修道者に与えられるものだ。

 マリアの青い瞳に見つめられて、ヤバルの表情にも驚きが浮かぶ。巡り合わせを予期していなかった。


「退院したんだよ」

「それ、まだ治ってないのでしょ」

「あと少しだそうだ。ほら、もう軽くなら動かせる」

「違う。そうではないのよ。どうして、今、あなたはここに来てしまったの」


 ヤバルは、マリアの言わんとしている意味を理解しかねている顔をした。

 だが、突然の状況が、何よりの知らせになった。


「世界を滅ぼす厄災を消滅させろ!」

「ここに滅びがある!」

「世界を救え! 滅びの魔女を探せ!」

「滅びの魔女はどこだッ!」


 神殿内に叫びが響く。

 押し寄せて来た。

 沸き立つ気配があった。


「おいおい。嘘だろ……ッ!」


 ヤバルは驚愕の表情で廊下の向こうを睨んだ。礼拝堂だ。

 アイオーンが、一斉に展開されたのだ。

うわあー。

申し訳ありません。


更新が一日遅れました。


ちょいと物語をここからさらに加速できれば、と思っております。

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