表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の腕  作者: 白風水雪
20/36

十章〈マリア・オルレアン〉前

ヤバル (本名:サクラス・ザラスシュトラ 潜入捜査中偽名:サイ・セセラギ・シルヴィア)


マリア・オルレアン (滅びの魔女と恐れられている)

ジューダス・ガリラヤ(貴族・国衛軍第六部隊・中尉)

モート・ギリティナ伯爵(貴族・港町プロピナの領主)


アーロン・クイール・シルヴィア(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊副分部隊長・伍長)

レミエ・ラグドロビン(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊・兵長)


クラーク・サスラ(ヤバルのクラスメイト)


ヒスイ・ルサールカ(スラオシャ大神殿の従業員として潜入調査中。アーロンの協力者)

マイカ・カスヴァス(スラオシャ大神殿の業務員として潜入調査中。アーロンの協力者)



 ――その忌まわしき両の腕は、この世にあってはならない。

 圧倒的で巨大な存在として、父はヤバルの前に立っている。光を失った父の瞳が捉えているのは、ヤバルの幼い両腕のみ。

 そして、彼は呪いの言葉を吐くのだ。


「その忌まわしき両の腕は、この世にあってはならない」


 頼もしくさえ思えたはずの大きさは、もはや恐怖の対象でしかなかった。

 逃げようとするヤバルはあっけなく捕まり、右腕をいつしかの血に汚れた椅子に押さえつけられた。左腕がいつの間にかなくなっていることに気づいて、ヤバルはここがあの最悪で残虐の続きだと知る。

 必死の抵抗。

 繰り返す哀願。

 許しを乞う言葉も、今の父には通じない。


「その忌まわしき両の腕は、この世にあってはならない!」


 父の高く振り上げられた斧が、断絶の脅威の具現となる。

 最後の抵抗で、ヤバルは叫びをあげた。

 ヤバルが、これが夢だと気づくのは、ベッドから弾むように起き上がった後だった。深く深く溜息をついて、額の汗を拭った。


「クソ……」


 彼の視線は、父親に切り落とされた左腕に向けられる。



 ワヒシュタの首都ユーピテル北方では、首都の外壁より一回り大きく高い壁が円を描いていた。その中央には、壁を越えてなおも天を目指す白い柱がある。

 神王教の総本山、スラオシャ大神殿だ。

 この世界の人間のほとんどが信仰する宗教、神王教。かつて世界を生み出したされ、人間をも作り出した、この世界の父であり神の存在、ヤダルバオートを崇めている。

 壁に囲まれた敷地は小さな町ほどあり、首都の四分の一もの土地を有している。敷地内では農畜産も行われていて、生活水も十分に確保できている。例え外界から隔離されたとしても、数百人が生活できるくらいの地力があった。

 スラオシャ大神殿区域内には、この国の行政機関本局や軍本部もあり、神殿としてだけでなく統括する重要本拠としても機能していた。

 外からでは見え辛いが、区域内も町のような造りになっていて、局や部署ごとに細かく区分されている。

 ヤバルたちの通うダカーハージ学園も、スラオシャ大神殿区域内にあった。

 神王教の理解を深めるため、そしていつかくる滅びに神王と共に立ち向かわんために創設された学園は、ワヒシュタのみならず各国有人の子息が集っている。神王教総本山のお膝元ということもあり、国としても国際としても重要性が高くなっていた。

 区域内には学生たち専用の寮があり、ほとんどの学生がそこから通っている。寮は年度とクラス、性別ごとに細かく住み分けられていた。卒業できるまでの四年間、クラスが変わるようなことでもない限りは、同じ寮の部屋で暮らさなければならない。

 本年度生徒の寮の一つから、ヤバルも学園に通学している。

 他の寮が大きすぎるというのもあるのだが、AやBクラスのより二回りほど小さな建物がヤバルたちDクラスの寮だった。といっても、例えるなら没落貴族のアーロンが住んでいる館よりは大きく、部屋数は五十を超えている。

 食堂やバスルームもちゃんと設備されていて、学びの場とはいえ平民が受けられるものとしては十分すぎるくらいの待遇だった。もちろん、BクラスやAクラスとなれば、これ以上だ。

 しかし、その本年度生徒のDクラスの男子寮は、早朝からちょっとした騒ぎが起きていた。



 早朝、ある部屋を中心に通路に集まった生徒たちを隅へよけさせながら、この寮の管理人が険しい表情で歩く。彼女の腰につけている金属製の輪が揺れて、ガチャガチャと物々しい音を立てている。

 寮の管理人は、まだ通学準備もままならず着替え途中の者も見受けられる生徒たちを割って突き進み、渦中の部屋の前で足を止めた。

 部屋番は0109。ヤバルの部屋だ。

 寮の管理人ツィポラ・ノコは、ボサボサの長髪と教師用運動服の恰好の女だ。腰のベルトに取り付けられた金属の輪が不釣り合いで、異様に引き立っている。

 彼女はまず怒鳴らず、部屋の様子を正視する。

 ツィポラの見つめる先で、管理人登場に気づいたクラーク・サスラが顔を青ざめた。この寮には二十名近い生徒がいて、唯一彼だけがヤバルの部屋に入っていた。


「おい。サイ、いい加減にしろって!」


 生徒一人に与えられた狭い一室の最奥で、クラークがベッドに座ったままのヤバルに焦って制止の言葉をかけているのだが、ヤバルは聞く耳を持たず、ただ一点を見つめたままだった。

 ヤバルの見つめる両腕からは常に青白い光の粒子が流れていた。人がアイオーンを現出させる際に出る、アイオーン形成から溢れた欠片、人の精神の光とも呼ばれているものだ。

 早朝からの騒ぎの原因は、アイオーンの気配だった。

 公の場での無断使用が厳しく禁じられているアイオーンだが、これはスラオシャ大神殿内も同様だった。むしろさらに厳しく、例え職員用の自室内でも無許可であれば厳罰に処される。

 つまり、ヤバルの今の行いは違法行為だ。

 本来ならば明確な理由がない場合、このまま拘置所送りになる。最悪は処刑まで至る。

 しかし、ヤバルが現在いるところはダカーハージ学園内だった。

 学園には外の国からの生徒も多く、しかも王族や貴族が多いため、生徒の扱いは時に国際問題にまで及ぶときがある。そのため、寮や他施設を含めた学園の敷地内は、神殿区域内でありながら、また違った別の特別地区の立場に置かれていた。

 この学園の生徒であるならば、生徒の地位と安全を約束する一方で、例えどんな身分にあるものでも学園側がその者を生徒として裁くことを許されていた。

 今回ヤバルのアイオーンの無許可使用は、法としても、校則としても罰則にあたる。なので、ヤバルは学園側に生徒の立場として守られるが、校則を破った罰は受けなければならない立場にあった。


「サイ・セセラギ・シルヴィア。これはどういうことかしら」


 管理人ツィポラは厳しい目でヤバルに説明を求める。まだ部屋に踏み込んですらいないが、二人には彼女の激情は十分に伝わっているはずだ。

 しかし、ヤバルは答えない。

 ツィポラは冷たく視線を、もうひとりの生徒に移した。


「クラーク・サスラ。現状を報告しなさい」

「は、はい」


 あまりの迫力にクラークは気を付けの姿勢で直立不動になる。


「えっとですね。自分が起きたのはサイの部屋からアイオーンの気配がしたからで。どうしたんだと思ってノックしたのですが、それでも返事がなく、ドアに鍵をかけ忘れていたようで」

「簡潔に。現状のみをまず述べなさい。経緯はあとで聞きます」

「はい! サイはアイオーンの具現化に試みているところですっ。しかし、なぜか形にならず、この状態であります。サイも冷静になれないのか先ほどから俺の言葉も耳に届いていなくて、何度言ってもやめようとしてくれませんでした」

「よろしい」


 頷きを持って現状の確認を済ませたツィポラは、ヤバルの部屋に踏み入った。ツカツカと歩いて、狭い部屋の最奥で窓際につけられたベッドまで寄る。

 そこに座って、未だアイオーンの現出をやめようとしていないヤバルを見下ろし、彼の右腕を掴んだ。


「無許可のアイオーン使用は厳罰だと伝えておいたはずですよ。サイ」

「……」

「おい。サイ」


 クラークも見かねて呼びかけてみるが、反応がなかった。

 やれやれ、とツィポラが嘆息する。長い前髪を掻き上げた。


「よほどのショックだったと見受けます。混乱状態にあるものと判断。よって―――、一週間の拘束の罰に処します」


 ガチャン、と重い音がした。

 ツィポラが腰にぶらさげていた金属の輪を、ヤバルの首と右手首に嵌めたのだ。重い金属音は、金属同士のかみ合う、鍵をかける音だった。

 あっという間にヤバルの手や腕から溢れていた青白い光が弱まっていく。

 彼女がヤバルにつけた金属の輪は、罪人に付ける拘束具と同じものだった。アイオーンの現出を阻害させる、滅びの欠片と呼ばれる物質を含んでいる。


「………何、するんですか」


 ようやくヤバルの意識が、ツィポラに向けられた。

 口調こそサイを保っていられたが、目つきは元のヤバルになっている。殺意があった。


「学園側としての判断です。あなたはしばらく反省として拘束具を付けたままにしてもらいます」

「すぐに外してください」

「鍵は私が持っておきます。最低一週間はそのままでいてください」

「外せよ!」


 突然跳ね上がるように動いてツィポラから鍵を奪おうとしたヤバルだったが、その身体は壁に叩きつけられることになった。


「あっ……!」

「攻撃の意思ありとみて反撃を判断させてもらいました」


 痛みで声をあげたヤバルの眉間に突きつけられたのは、ノコギリ刃の剣。ツィポラ・ノコのアイオーンだ。現出と同時にヤバルを、アイオーンの刃の腹で壁に叩きつけたのだ。


「ここではアイオーンの具現化は禁止のはずだろ……」

「学園内での教員は条件下での抜剣の許可を貰っています。半日の独房行きも加えましょうか。今のままでは他に危害が及びかねません」


 目が本気だった。

 さらに抵抗するなら、これ以上の傷を負わせるのも厭わないのをヤバルにも伝わるほどだ。

 ヤバルの睨み上げる目と、ツィポラの冷徹で見下ろす目の視線がぶつかり合う。

 二人の間では、クラークがあわあわとしていた。


「ここは落ち着けって。最悪退学だぞ。マジだからな!」


 クラークの言葉が利いたのか、ヤバルは悔しさを噛み締めた溜息をする。明らかに聞かせるように隠しもせず舌打ちまでした。


「……もう大人しくする。だから、独房行きだけは簡便してくれませんか」

「わかりました。では、それはあなたの事情を聞いてからにしましょう。―――その前に」


 やや反抗的が残る口調ではあったもののツィポラは承諾して、廊下側に振り返る。アイオーンを床に突き立てた。


「いつまで見ているのです。脅威は去りました。さっさと学生の本分に戻りなさい。もうすぐ登校時間が終わってしまいますよ。それとも、遅刻も立派な校則違反だと全員ここでしっかり覚えていきますか」


 蜘蛛の子を散らすように慌てはじめる生徒たちに嘆息してから、ヤバルと向き合う。


「誰が聞いているとも限りませんから、場所を変えましょうか。立てますか」

「大丈夫だ。身支度くらいはさせてください」

「どうぞ。学生の本分は規則正しい生活も含まれています。しっかり支度することはとても大切なことです。さて、クラーク・サスラ。あとで事情を聞くことになるかもしれませんが、あなたも登校しなさい」

「あの、サイはアイオーンが出せなくなってしまっていたんです。何かしようと、よからぬことを企んでいたわけではありません」

「参考意見として覚えておきます。もう行きなさい。遅刻は許されません」

「……わかりました。サイ。あとでな!」


 クラークはヤバルに手を振ると、走って去った。最後までヤバルの心配をしていたことが、彼の態度から見て取れた。

 部屋を出て行ったクラークを横目で見送ったツィポラは、二人きりとなった部屋でヤバルに言った。


「さあ、早く身支度なさい。弁明は……そうね、食堂でお茶でもしながら聞かせてもらいましょうか」

「はあ……わかりました」


 先ほどの剣幕とは打って変わっての明るい笑みを向けられて、ヤバルは毒気を抜かれてしまう。


「昨日の試合を話に聞いていたから、見当はついています。でもね、この学園に校則があって、少なからず守っている人たちがいる以上、何事も手順があるの。あなたにはしかるべき罰が下されます。免れることをさせれないけど、同情はします」

「…………着替えたいのですが」

「ごめんなさいね。過去にそれで逃げられて大騒動の事件になったこともあるから、部屋を出て待つことはできません。なるべく見ないようには心がけるから、さっさと着替えてしまって」

「わかりました」


 ヤバルはしぶしぶの様子で着替えはじめる。あまり左腕、特に切断されたところをツィポラに見られないようにしていた。一糸まとわぬ姿を見られるのとは別の恥があるのは、ヤバルも表情から窺えた。

 制服に着替えたヤバルを連れて、ツィポラが向かったのは寮の食堂だった。四十人以上の人間が座れるだけのテーブルと椅子が設けられた、広いフロアだ。

 後片付けをはじめている段階だったのか、厨房から食器を洗う音が絶えない。その厨房からツィポラの姿に気づいて、ひとりの調理人が帽子を外しながら顔を出した。

 ヤバルより背の小さな男だった。子どものような体格と大きな顔が不釣り合いの、この寮の調理長だ。


「あ、ちょうどよかったです。今日、上の階でどっかの馬鹿がアイオーン出してたでしょ。あれのせいでほとんど朝飯食べずに登校されて、せっかくの料理があまりに余ってしまっている状態なんですよ。これ、また再調理しますんで、晩飯あたりに出して問題ないか相談しようと思っていたところなんです」

「加熱調理なら許可します。生ものがあるなら傷まないようにしっかり処理して午後まで保存しておいてください。それと、今朝の渦中で元凶の生徒を連れてきました。お茶を二人分お願いします。茶葉まかせます」

「ああ、両腕の。やんちゃもほどほどにしとけよ。ここの罰則はガチだからな」


 調理長はヤバルに忠告だけ言って厨房に引っ込んだ。


「座って待ちましょう。すぐに調理長がお茶を持ってきてくれるでしょうけど、その間だけでもまずはなぜ早朝からアイオーンを現出させようとしたのか、その理由を確認させてくれないかしら」

「……―――昨日の、試験試合後からでした。あのときから、違和感があったんです」


 ヤバルはアイオーンを出せなくなった現状を認め、ツィポラに話した。

 彼女を信頼し、信用したわけではない。罰則を軽くしてもらう思惑がある。

 そもそもヤバルが学園に通っているのは、アーロンからの任務のためで、これが継続不可と見限られると自身の命が危なくなる。

 退学などの、捜査が不可能になるのはさけなければならなかった。

 つまり、ヤバルもアイオーンが出せなくなるのは、命が掛かっている状況でも我を忘れてしまうほどの、大きな衝撃だった。

 ヤバルは、ツィポラに事情を説明した後は寮での待機を命じられた。不必要の退室も禁じられる。そして、正式な罰則が学園側から下されたのは、その日の夕方だ。

 退学はなかった。

 謹慎も二日だけに免れて、謹慎後の翌日からは通常の授業に参加していいとのこと。

 しかし、罰則は継続される。

 ヤバルの首と、右手首には罪人のものと同質の拘束具が付けられたままになる。数日間、ヤバルはアイオーンも使用が禁じられた。

 どのみちアイオーンの具現化ができない状態であるため、拘束具の効力事態はあまり意味のないものだ。だが、拘束具は無骨で目立つところから、罰則中であるのを示す意味合いもあった。



 学園内の事務室前。


「あまり目立ちすぎるな」

「今回はあんたの接触に自然で問題ないからいいだろ」

「馬鹿野郎。お前が下手に動けなくなるのが問題なんだ。こちら側はこちらで勝手にやるし、お前よりできている。今の状態で他に接触できるのか。どうだ。他の生徒と話ができているか」


 教員とその他業務員の部屋の前で、ヤバルはマイカ・カスヴァスと会っていた。口調は男らしく低い声音だが、体格は小さい栗毛の女だ。

 アイオーン無許可の具現化の問題行動に関する書類をまとめて、業務員で働いているマイカにそれを渡したところだった。あの早朝から五日が過ぎていた。


「問題児なら問題児なりの振る舞いがあるんだよ。せっかくだからそっちにアプローチしてみるつもりだ」

「………教員たちから目を付けられているのは覚えておけ」

「わかってる」


 マイカも、ヒスイと同じ調査員のひとりだ。こうして時々接触することで、互いに情報のやり取りを行っている。


「あとの報告はヒスイにやれ。今日、放課後、礼拝堂だ」

「唐突だな」


 通例なら、最低一日くらい挟んでいた。


「お前のやらかしたことを思い出すんだな」

「わかったよ」


 直接報告を受けるのはヒスイと決まっている。

 マイカは情報の仲介役だ。

 一日すら挟まないのは、ヒスイ側から急ぎの指令か情報があると考えられる。

 問題行動の件は、ヤバルが黙っていてもアーロンへ早々に伝わる。

 今日ヒスイが最終通告を持ってくる可能性も考えられるが、とりあえずそれまでは生かされた。見限られてしまったかどうかは、それまでわからない。


「こちらの報告書は受け取った。もうすぐ昼休みも終わるだろう。戻っていいぞ」


 そう言って、マイカは事務室に戻っていった。ヤバルの前でドアが閉められる。


「さてと。こちらも、それらしくやるか」


 ヤバルは表情を改める。

 サイ・セセラギ・シルヴィアとしての顔をつくった。

 優しい、少しだけ気弱そうな少年だ。

 サラサラの金髪を風に靡かせて、自分が向かうべき教室とは違うところへ向かった。

 まだ五日ほどしか経っていないが、拘束具をつけた姿は目立つ。他のクラスや学年にも、ヤバルの問題行動はある程度知るところになっていた。

 その姿は罪人だ。

 こうした目的が学園側にあるのも、拘束具の意味合いの一つなのだ。校則を守れ、と罰則対象者を使って広告していた。

 だからこそ、ヤバルはどうせなら現状を利用してみようと行動に移していた。目立つ様なりに、避ける人も寄る人も変わってくる。

 不手際をやってしまったところで、アーロン側に媚びを売っても意味がない。どうせやるなら成果を持っていかなければならない。

 焦りはしない。下手な行動は無意味以上の無価値に成り下がる。

 ただ、現状でもこれだけのことができると示すことこそが、今のヤバルに必要とされていた。猶予は今日の放課後までだが、何もやらないよりはずっといいとヤバルは考えたのだ。

 授業の開始を知らせるチャイムが構内に響く。雑然とした空気がある種の規則性を持って静まっていく。生徒たちが授業に合わせて教室やグラウンドなどに動いていた。

 ヤバルは人気のない廊下で息を潜ませるようにして、学園内の空気が授業中のものに変わるまで待っていた。

 やがて、静かに動き出した。


「こういうところでのたまり場ってのはわりと決まっているもんだろ」


 向かったのは、学園内でも人があまり来ることのない東棟の端、外階段だ。建物でグラウンドからは死角になっていて、階段のある壁には窓がない。誰かが直接見に来ない限り、誰がいるかもわからないところだった。


「と思ったんだが………」


 探していたのは、今のヤバルのように授業をサボるような、普段から態度が良くない生徒だった。しかし、ヤバルの予想に反して、東棟の外階段には人がいなかった。誰かがいた気配すらない。


「当てが外れたか。サイ・セセラギ・シルヴィア」

「!」


 ちょっとだけ物影から顔を覗かせて階段を窺っていたヤバルの背中に、突然声が掛けられて、身体が撥ねる。反射的に防御に入る動きで振り向いた。


「後方不注意だ。一つのことに集中しすぎるのは長所にもなるが、短所でもある。気をつけろ」

「アプロ・エウロペ少尉。気配を消して近づいて言う台詞ではないと思いますよ」


 赤毛のアフロ頭で、中肉中背の男。

 知人だとわかり、ヤバルは防御の姿勢だけを解いた。だが、表情からは緊張が抜けていない。

 アプロがくつくつと笑った。


「教室に居づらくなったから、受け入れてくれそうな連中でも探していたか?」

「その点の心配でした無用です。転校した身ですから、悪目立ちはあまり支障がありません。むしろ最近静かに過ごせて心地いいくらいです」

「そうかよ。両腕の件は悪かったな。具合が戻らなかったら恨んでいいぞ。返り討ちにしてやる」

「考えておきます」


 アプロにもヤバルの現状は伝わっていた。ヤバルは今さら驚かず、軽くとはいえ謝られたことにも表情をあまり変えなかった。

 自身を守る手段として、アプロの行動理由を知るために話題を振る。


「アプロ少尉はどうしてここに」

「巡回だ。非常勤だが、実技教員でもあるからな。生徒の風紀も安全も守ってやるのも任務のうちに入っている。巡回役からのアドバイスだ。サボるなら馬鹿でも思いつくところと、馬鹿じゃ思いつきそうにないところは選ぶな」

「どういう意味です」

「そのままだ。こっちだって仕事でやっているんだ。どっちも想定して巡回しているんだよ。だったらわかるだろ。ここは、必ず通るところだ」


 つまり、単純に人気のないところや、その裏をかいたようなところは見つかりやすいということだった。


「中間を狙えってことですね。いいんですか。そんなアドバイスして」

「常勤じゃないんでね。ああ、それと、サボりついでに変な連中を見かけたら、誰でもいいから教員に報告しろ。最近、生徒内で妙な噂があるからな」

「噂、ですか」

「ちょうどお前との試合の後あたりで耳に入ったんだが。エデンの鍵穴を知っているか」

「なんですか、それ」

「夢の話だ。ふと目の前にドアが現われて、その鍵穴を覗くと荒れ果てたエデンが見えたそうだ。すると鍵穴の向こうから誰かが近づいて、傍に座り込む。ドアを隔てた向こうでそいつが言ったそうだ。王の証を捧げよ。救世の一員として、この扉の向こう側を行く資格が得られる、だと」

「噂になっているということは。それと同一の夢を見ている生徒が何人もいるという話ですか」

「そういうことだ。似たようなことは前にもあったが、あまり加熱すると変な儀式やら、最悪傷害事件まで起きることがあるから、準警戒中といったところだ」

「でも、夢の話ですよね」

「馬鹿野郎。同じ夢を見たという連中がいるんだ。本当にしろ、嘘にしろ、裏には集団の意識ってものが絡んでくる」

「信仰じみているってことですか」

「珍しいことでもないが、熱が入ったヤツはお告げがあったとの騒ぎようだ」


 やれやれ、とアプロは嘆息した。

 ヤバルの方では、そのような噂を直接耳にしたことはなかった。

 寮でのアイオーンの騒ぎから、クラスメイトを含めて生徒たちは若干ヤバルをさけている。以前とほとんど変わらず接してくるのは、クラークともう一人くらいだった。転校生の身分でただでさえクラスメイトとまだ距離のあるヤバルだったが、今回の件でさらに溝まで掘ってしまう事態になっていた。

 そのため、学園の事情が耳に入り難い状況ではあった。

 事情通でもあるクラークから聞かされていないことから、噂もまだ一部にしか広まっていないとも考えられた。


「お告げかもしれませんよ。ほら、ここはスラオシャ大神殿なのですから」


 冗談めかしたヤバルの言葉は、しかしアプロのため息が増えるだけだった。


「本当にそうなら、いよいよ滅びが本格化する兆しだ。どちらでもあまりいいとは言えん。さてと、サボりもほどほどにしとけよ。あと、どうせやるなら上手くやれ」

「お気遣いありがとうございました。ああ、そうだ。一つ、聞いてもいいですか」

「なんだ」


 去ろうとしていたアプロを、ヤバルは止めた。


「アプロ少尉は神王を信じていますか」

「信じているさ。今日も酒が美味けりゃな」


 アプロが去るのを待ってから、ヤバルは逆方向へ歩き出した。


「噂、ね。なあ、職人。エデンへはどうやっていけるかお前は知っているか」


 〝朝焼けの夜〟を見ていたとき、エデンを知っているかのような発言をしていた。どこかにいるかもわからない相手に、ヤバルは言葉を呟いてみる。

 あの何かを積み上げるような音も、職人の姿も見えなかった。

 拘束具の影響か、それともアイオーンを出せなくなったためか、あれ以来職人の声も姿も見ていない。


「チッ。使えねえな」


 いつもは疎ましく扱う存在を、今だけは現われないことに悪態をついた。

 学園の校舎裏で、ヤバルは首輪の拘束具をいじりながら、どこかへと歩いて行った。


 はい。というわけで。


 初めましての方は、初めまして。

 お久しぶりの方は、お久しぶりですっ!


 ゲリラ更新をしました、白風水雪です。

 まだまだ暑いですね。皆さん、体調管理には気をつけましょう。


 さて、本来ならあと半月は更新までの期間があったのですが、なぜ早めたのかというと、最近執筆速度が上がってきた気がするからです。

 このあたりはツイッターでも呟きましたね。


 まあ実験的なものです。

 内容が面白くなくなるのであれ、やめますし。

 無理矢理更新しても、内容が蛇足ばかりではつまらないですし。


 というわけで。

 まだまだ愚行をする白風水雪にお付き合いください。


 ではでは。またの更新をお待ちください。

 目指せ。半月更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ