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王の腕  作者: 白風水雪
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九章〈試験試合〉前

ヤバル (本名:サクラス・ザラスシュトラ 潜入捜査中偽名:サイ・セセラギ・シルヴィア)


マリア・オルレアン (滅びの魔女と恐れられている)

ジューダス・ガリラヤ(貴族・国衛軍第六部隊・中尉)

モート・ギリティナ伯爵(貴族・港町プロピナの領主)


アーロン・クイール・シルヴィア(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊副分部隊長・伍長)

レミエ・ラグドロビン(国衛軍百十三番隊国衛軍安全調律部隊第十分部隊・兵長)


 やや緑がかって見える青の生地を白のラインで飾る制服に袖を通す。鉄紺色の学生服を、ヤバルは纏った。

 サイ・セセラギ・シルヴィアとして、ヤバルがスラオシャ大神殿内ダカーハージ学園に編入をしてから一ヶ月がすぎた。一年のDクラスに入っている。クラスの他の生徒とは、初回のコンタクトには失敗をせず、とりあえずの問題は無事通過していた。

 一ヶ月が経ったとはいえ、まだクラス全員の顔と名前を覚えることや、学園内での生活に馴染むのには日数が足りていない。ようやく周囲の流れのようなものをつかみかけてきたところだった。

 そんなヤバルに学園側から申し渡されたのが、試験試合だ。

 軍人輩出にも力を入れている学園は、戦闘訓練を授業にも入れていた。軍人教育は三年生に上がるときに受けるかどうかを決めることができて、スラオシャ大神殿の外にある軍人育成の学校に進学することができるようになる。

 学園内でも個人戦やチーム戦の訓練は行われるが、あくまで学園内のもので、この国の軍人としての訓練は行われていなかった。

 しかしながら、戦いの基礎の知識や身体作りは専門家や退役した軍人などが教員として学園内に勤めているため、ダカーハージ学園内で鍛え上げられた生徒は現役軍人に次ぐ実力を十分に育てられていた。

 編入して一ヶ月、そろそろ慣れが出始める段階でヤバルに試験試合が設けられたのも、まずは個人の実力を測るためでもあった。学園側はヤバルに説明している。本人の同意こそ必要とされても実行はすでに決定済みで、理由無き欠席は力量なしと判断されることも、その結果がヤバルの生徒としての立場にどのような影響があるのかも、丁寧に教員が話していた。

 本来の入学生であれば、二ヶ月以上の期間を挟み、基本的な知識の学習や訓練を経てから受けさせるものだったが、編入生であるという肩書きの手前、前の学校でも軍人見習い程度の訓練は受けていたということになっており、新入生に必要とされる期間は不要とされたのだ。

 なので、学園側としては、今回の試験試合はヤバルの実力を測るためだけでなく、他校の修練レベルを知るためでもあった。

 ヤバルを編入生として潜入調査させたアーロンは、もちろんそのくらいの事態は織り込み済みだ。

 約二ヶ月程度ではあったが、学問と共に武術面もヤバルにたたき込んでいた。短い期間で育て上げられたヤバルは荒削りながらも、アーロンが学園に通じるだろうと認める程度には強くなっていた。

 試験試合は、スラオシャ大神殿内にダカーハージ学園側の施設として、対戦用の空間が設けられていて、そこで行われる。

 内装はスラオシャ大神殿同様に真っ白で、階段状の観客席がぐるりと囲んでいる。その中央の、円形の平地が対戦場となる。闘技場だ。

 対戦場の東と西に鉄格子の門があり、そこから対戦者が入退場する。門の造りは頑丈だ。簡単に壊せそうにない。対戦場から観客席の一番低いところでも四メートル以上あり、対戦者は門以外からは対戦場を出る退路はない造りになっていた。


「なるほど。身を隠せそうなところはないね」

「満足できた?」

「うん。十分。地形は把握できた」


 ヤバルは、席が隣ということで交流を持った男子生徒の案内でダカーハージ学園の施設で、試験試合に使われる闘技場を見に来ていた。

 クラーク・サスラ。

 黒髪に銀色の瞳。ヤバルよりも身長は高いが、顔に幼さがある。その童顔と人のいい性格からクラスでは人気の高い男子生徒だ。編入初日、隣の席になったことからヤバルは声を掛けられ、その日のうちからクラークとは親しげに話すようになった。

 話し方が上手いのか、距離感が絶妙なのか。ヤバルは会話をはじめて僅か数分で気を許していた。

 彼も他の生徒と例外に漏れず、ヤバルが隻腕のことに視線が向けられていたが、あくまで相手の特徴としてしか見ていないようだった。片腕欠損の理由を知っても態度は変わらず、むしろ片腕で器用に日常を熟していることに関心すらしたほどだった。

 そんな彼と今は試験試合が行われる闘技場まで来ている。

 午前中クラス担任の教員に試験試合が決まったことと、日時と相手を言い渡された。ヤバルはさっそく会場の確認をしていた。戦いでは地の利は勝敗を決することもある重要な知識だ。 闘技場は遮蔽物のない平地。逃げて隠れるところは一つとして存在していなかった。

 となると、ヤバルの立てられる対策は、武力と知恵での抵抗のみだった。


「対戦相手はアプロ・エウロペだったね。剣証八十一位。第五十六部隊所属副隊長、階級は少尉だね」

「八十一位か。強いのか弱いのかわからないね」


 ヤバルは、サイ・セセラギ・シルヴィアの設定人格に徹している。少し気の弱さが見え隠れするような態度で、悩ましげな顔をする。

 その隣のクラークは、やれやれといった風に笑った。


「あんまり気に負いすぎじゃないかな。相手は剣証だよ。普通なら勝てなくて当然なんだ。今回は君の実力を測るのが目的になのだから、焦るよりは生き延びるほうを優先するのも一つの手だと僕は思うよ」

「つまり、逃げてればいいってこと」

「さすがにそればかりだと減点されるだろうけど。下手に勝ちに行かなくてもいい勝負ってこと」

「なるほど」


 ―――剣証。

 ヤバルが数日後にする試験試合のような試合で、上位百位以内の人たちの総称だ。いずれくる滅びの女王に立ち向かうために、神王に忠誠を誓った同士で互いに高め合う目的ではじめられたことがはじまりだ。

 さらに上位十位以内を神王誓証剣闘隊と呼ばれて、教皇直属の名誉部隊になる。教皇近衛兵部隊とはまた違い、政治色の強い名前だけの部隊だ。

 それでも、このワヒシュタで上位十人に入る実力は確かだった。

 今回のヤバルの相手はそれと違いさらに下位の八十一位だが、神王誓証剣闘隊に入っていなくてもそこへ続く実力は当然備えている。しかも、現役の軍人だ。勲章だけより剣証の順位のほうが個人としては武力に直結していた。

 ワヒシュタ全土で百人に入る実力者とみれば、相当な力量を持っているということだ。


「アプロ・エウロペ少尉のアイオーンの形状は片刃の剣。能力は仮面。四つの仮面を出して仮面の数だけ分身を造ったり、また異なる四つの仮面を身に付けることで身体能力を限定的に底上げするらしいよ。詳細までの確かな情報はわからなかったけど。参考になったかな」

「うん。ありがとう。あとは何とかしてみるしかないかな」


 ヤバルは自信なさげに笑ってみせた。

 軍人のアプロ・エウロペの情報は、軍内で得ることができる。軍に記録もあった。軍人なり軍に通じる何かしらのパイプがあれば、クラークの持ってきたような情報は誰でも知ることができた。

 クラークがどのような手で情報を持ってくるかはヤバルには不明だが、少なくとも軍に繋がりがなければ知り得ないものだった。クラークはそのことを隠そうとする素振りは見せない。しかし、どこから、どのようにという詳細はぼかすばかりでヤバルに教えなかった。

 ダカーハージ学園の生徒のアイオーンも、入学時に学園側が登録している。形状と自己申告での能力、そして今回ヤバルが受ける試験試合を含めての実践での情報が記録されることになっている。

 ただし、学園には他国の留学生もいるため、特にアイオーンの能力に関しては自己申告での記録のみとなっている。もちろん、試験でのデータも記録されていくにつれて情報も更新されるが、本人が明かさない限りは無理に自白させてでも能力を吐かせるようなことはしていなかった。これは他国のみならず、本国の生徒への配慮も考えられていた。

 有事の際、万が一にでも他国の軍隊とぶつかるとき、必要以上の情報が漏れてしまっては軍どころか国の危機を招く恐れも考えられたからだ。

 ヤバルのアイオーン、黒いグローブも、その外見こそ正確に記録されたが、能力は指先が器用になる程度と誤魔化してある。まったくの虚偽ではなかった。

 マリアとの戦闘のときみせた、相手のアイオーンを奪う能力は申告していない。あまり使い時の少ない能力だが、奥の手はできるだけ隠せるなら隠しておきたかったのだ。

 アイオーンの能力は雇い主のアーロンにも教えていない。アーロンも、深く聞こうとはしなかった。


「さて。じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「いいの? もうすぐ上級生の練習試合も始まるみたいだけど」


 みると、闘技場に訪れたのはいつの間にかヤバルたちだけではなくなっていた。男女の生徒それぞれのネクタイの色が、一年生のヤバルたちのものとは違うことから、彼らの学年が上だと一目でわかるようになっている。ちなみに、ヤバルたちのネクタイは赤だ。

 現在闘技場には、緑と白のネクタイの生徒が多かった。三年生と四年生の生徒たちだ。三年生以上からは、申請さえあれば、教員立ち会いの下で闘技場を使わせて貰えるのだ。

 まずは三年生同士の対戦のようだ。他の生徒はヤバルたちと同様に観客席から、対戦場を見下ろしている。


「いや。いい。試合に集中したいから、余計な情報は入れたくない」

「格好いい」

「茶化すな。こっちは至って真面目だよ。寮に戻ろう。管理人に門限の小言を言われたくない」

「そうだね」


 学園に通う生徒は、貴族以外の例外を除いてほとんどが学生寮で生活している。スラオシャ大神殿の敷地内にある別館だ。男女別で、学年とクラスでも棟が分けられている。

 それぞれ学年ごとに管理人がいて、ヤバルたち一学年の管理人は小言が多いことで有名だった。門限や寝坊など、例え守れていても余裕と節度を守っていなければ延々と小言を聞かされる羽目になる。

 学生以外での生活は穏やかに過ごしたいヤバルにとっては、管理人の存在は厄介以外なにものでもなかった。

 ちらほら見学の一年生の生徒も見え始めたとき、ヤバルたちは闘技場を後にしていた。



 スラオシャ大神殿内、大礼拝堂は訪れる礼拝者のため、ほぼ無休で解放されている。平民が唯一入れるスラオシャ大神殿の入り口だ。

 白を基調として様々な細やかな装飾が施された大礼拝堂は、息を呑む美しさで礼拝者を包み込んでいた。

 その大礼拝堂の西端。本来大礼拝堂の手入れなど、いわゆる裏側のために設けられた階段に通じる通路には、著名画家のものや教会側が選んだ絵画などが飾られている。光の反射具合で白い通路はさながら神の下界を見やる視線を演出し、絵画は天界から見る世界の一幕を演じていた。

 それら見る人が感動のあまり涙するような絵画たちで、毎年のように張り替えられていく中で、一つだけ数年間ずっと同じところに同じ絵が飾られている。

 〝朝焼けの夜〟。

 夜が明ける瞬間の黒に近い青と赤のコントラストが美しい絵があった。


「……ここにいたのね」


 言葉遣いこそ女性の調子なのだが、声質は男性のものだ。野太い。


「場所自体は間違ってないだろ。時間は少し早いはずだ」

「もう。先に行ってるからね。あとから来て」


 白い廊下の壁に絵画が飾られているところで佇んでいたヤバルは、背後から去る男を尻目にまた視線を目の前の絵画に戻す。〝朝焼けの夜〟。亡くなった友人のエイディが一度は見てみたいと言っていた、有名な絵画のひとつだ。

 ヤバルは定期報告のとき、必ず一度はこの絵画を見つめている。

 彼の耳の奥。カチリ、と彼にしか聞こえない音が響く。


「何を見つめる。何を探している。そこには何もないぞ。その者が残したもの以外何もない。あるのは、お前の内側だ」

「だったらお前は知っているのか。俺が何を探しているのか。職人」


 自分しか聞こえないように声を細めて、名を呼ぶ。

 カチリ、とまた音が鳴る。


「お前のことなど、我は知らぬ。我が知るのは我のみ。この燻る感情と、あの焼け焦げた荒野で無力に打ち拉がれた我のみだ」

「たまに会話できてもコレか。いい加減浄化されろよクソジジイ。チッ、ここは天下の神王教本拠地スラオシャ大神殿だろ」

「我は何を無くした。いったい何を。あのとき見えたあれはいったい………」


 ヤバルは再度舌打ちをして歩き出した。職人を置き去りしたかった。だが、すでにあの枯れかけの老人の姿は、ヤバルが去った後のどこにもなかった。

 大礼拝堂に戻ったヤバルは、礼拝者用の長椅子で先ほどの男が祈りを捧げている。

 この男が熱心の神王教なのかヤバルは知らない。彼は、ヒスイ・ルサールカ。ヤバルがアーロンの館にいたときから、時々ヤバルの見張り役と指南役と訪れていた一人だ。アーロンの協力者で、主にスラオシャ大神殿の敷地内で業務をしている。潜入捜査の一員だ。

 もうひとり女がいるのだが、定期報告で大礼拝堂の場所が指定されているときはヒスイが担当していた。

 野太い声のイメージとずれて身体は少しだけふくよかで、身長もそれほどはない。顎には髭を蓄えた野性的な男は作業着の恰好のままでいて、ヤバルの気配に気づくと閉じていた瞼をゆっくり上げた。


「状況をいいなさい」


 益荒男に相応しい低い声なのだが、口調は柔らかな女性そのものだ。加えて、外見的体格とサイズも声質とミスマッチすぎて、ヤバルはわかっていても顔に皺が寄ってしまう。

 どかり、とヒスイの隣に座った。サイの仮面の脱ぎ捨てる。ヤバルの本来の態度が出ていた。今大礼拝堂に生徒は数人見かけるが、ヤバルが気にするほどではなかった。


「何もねえよ。まだ一ヶ月だ。救済教に関することは何一つわかっていない。次の試験試合の準備は、とりあえず順調だ。あとはやって結果を残すだけだ」

「成績に影響することだから、ベストを尽くしなさいね。けど無理はしないように。負けてもいい試合なのだから、頃合いをみて降参するのも手だわ。力量差を見せつけられたときがおすすめのタイミングよ」

「わかんねえよそんなもん」

「まあ、そうよね。クラス内のことはどうかしら。以前よりわかったことはある?」

「そっちも収穫無しだ。恋占いみたいなものが女子の間で流行っていること以外わかってねえ」


 クラス内で広まっている噂や話題も、ヤバルは集めてくるように命じられていた。

 噂には呪いのものもある。

 魔方陣を描き、ワヒシュタ硬貨を中央において、最低四人で硬貨を囲んで指を置く。呪文を唱えている間の硬貨の動きで、今後の占いをする。

 また、恋文では。

 いくつかの紋章を手紙の縁を囲むに書き、相手の名前を書いて燃やす。このとき、誰にも見られてはならない。そうすると、相手がこちらに好意を抱く。

 このような、いわゆる恋沙汰関係が広まっていた。年頃らしく平和なものだった。


「いくつか女の子に詳しく聞いてみたかしら」

「先輩繋がりで知ったのが多かったな。もう数人が、二年のグループに入ってもいるみたいだ。誰かまではわかっていない」

「次までにそのクラスメイトの名前をお願いね。男子のほうはどうなの」

「開かずの間、謎の中庭、外壁の階段とか。まあこっちもあんまり女子の奴らとわかったことは変わんねえ。この神殿のどこかに宝があって、こういう謎の建造物が、そのヒントになっているらしい」

「あら。それはこっちでも知っているわ。懐かしいわね」


 ヤバルはヒスイの学生時代を想像してしまったのか、嫌な顔をした。


「もちろんパンツを履いてたわよ。スカートはさすがに許してくれなかったわ」

「知らねえよ」


 話題に乗る気はさらさらなかった。興味ないとばかりに無愛想な返事をする。


「他には」

「……自分の国の経済とか、文明、文化、習慣とかいろいろだな。そういう違うところで遊んでいるみたいだ。悪いところでは、虐めにもなっていた。あからさまなほど酷くはないから、問題はないだろう」

「アウトローだったくせに、そういうところは嫌いなのね」

「俺の育ちと、その好き嫌いに関係はないだろ。どちらにしろ、俺はあいつら貴族様が全員嫌いだ。仕事じゃなかったら声を聞くだけでも嫌気がさす」


 くすくす、とヒスイは微笑ましい顔をする。


「でも、お友達はできたんでしょ」

「ここだけのだ。俺の友達は、もう死んでいる」


 エイディと、もう一人。故郷でできた最初の友人。

 ヤバルの表情に影が落ちた。


「それでもいいわ。話が脱線したわね。例の編入生はそっちでも調べてみたかしら」

「噂以上のことは何も。Aクラスだと近づき辛い」


 名前は、イオアニス・アベスターグ。

 ヤバルより二週間前に一年のAクラスに編入。貴族などが多いクラスへの編入は、その家柄や身分、資産の証明でもあった。出身国はハルワタート。噂によれば、末端とはいえ王族らしい。

 奇しくも、サイ・セセラギ・シルヴィアもといヤバルの、本名サクラス・ザラシュトラと同じ国だった。時期の近い編入の珍奇は無視できないところがあり、ヤバルは彼の調査の任務も渡されていた。

 ヤバル本人としては、相手が王族でもあるため、興味が完全に失せていた。クラスメイトややクラークの話をうわべだけで相づちを打っていた。

 どんな生徒なのかは、ヤバルはまだ知らない。移動教室の際でもまだすれ違いにすらなっていなかった。簡単にクラスを訪ねられるほど、クラス間での壁は薄くなかった。AとDではなおのことだ。


「確か試験試合は同じ日にあるのよね。せっかくだから顔を覚えておいてね。接近は難しいでしょうから無理しなくていいわ」


 イオニアスも、ヤバルと同じ日程で試験試合を行うことになっている。

 順番はヤバルの次になっていた。


「わかった。あとで人相書きでもするのか」

「そんなところよ。情報が何より重要なの。些細なこと、なんでもね。余分ならあとで捨てればいいだけだから。試験試合、頑張ってね。次の報告は試験試合が終わるまではないわ。詳しい日時はマイカが教えてくれるから、それまで試合に集中してね」


 マイカ・カスヴァズ。

 スラオシャ大神殿に潜入している捜査官のひとりだ。アーロンの館で顔を合わせている。ヤバルの指南役、見張りもやっていた女だ。彼女はここスラオシャ大神殿では、ダカーハージ学園で主に事務職をやっている。


「わかった。じゃあ、俺はもういくぞ」

「ええ」


 腰をあげたヤバルを、ヒスイは見送った。

 ヒスイは一息ついて、もう一度祈りに入った。



 スラオシャ大神殿内。ダカーハージ学園、四年制の全生徒数約五四〇名。内、五年制以上となる特待生は一五名。一学年のクラスはA~Dの四クラスに分かれている。成績や生まれなど、クラスで格付けされていた。生徒はA~Dのバッチを胸元につけている。

 Aクラスは貴族が多い。他国からの留学生も集うダカーハージ学園で、王族や由緒ある家元のところなどは、このクラスになっている。

 比べて、ヤバルのいるDクラスは元貴族や平民が多い。学園の入学試験に合格できて、学費も納められる程度の資金は持ち合せていても、生まれの問題で分けられている。ヤバルがヒスイとの会話で、近づき辛いと話した理由があった。無用な衝突などをさけるためでもあった。

 差別意識を持っているのは、貴族に限った話ではない。平民も貴族を疎ましく思っている生徒もいて、問題の引き金になりかねないからだ。

 ヤバルが編入したとき、隻腕を奇異に見られても、サイ・セセラギ・シルヴィアという人間が没落貴族の一族の生まれで生徒間の問題や衝突が少なからず起きなかったのは、最初から受け皿が用意されていたからだった。

 ダカーハージ学園は、滅びのとき神王の下に集うために創設された。そのため、神王教としての宗教面はあるが、神学だけでなく学問面、戦闘面にも力を入れている。

 この世界のほとんどが神王教を信仰しているため、神王教の総本山で学ぶことのできる貴重な機会は、世界的に見ても魅力で、その存在は重要視されてきた。

 そのため、他国からの留学生も多数ある。

 国内外から人が集うため、例え試験に合格基準を満たしていても落とされることがあるほどだった。そんな学園の編入試験は、入学よりも難しいとされていた。

 実際にはやや程度で、最終的な決定は審査員と複数の神官、教皇が決めることなのだが。ともあれ、入学に比べて狭き門であることには違いなかった。

 その編入試験を合格できたのだから、多少なりとも噂が立つ。ヤバルも、隻腕以外で注目されていたのは、そういう要因があったからだ。

 ヤバルのアイオーンも形状も、注目された要因にある。

 通常のアイオーンは何らかの剣の形をしている。しかし、ヤバルは珍しい腕を包み込むグローブだった。マリアのソフィアなど、剣の形をしていないほうが一般的ではなかった。

 しかし、学園中の生徒がヤバルに注目していたわけではなかった。上級生は噂で知る程度で、同じ学年でも興味を持つのはせいぜい同じクラスか、隣のCクラスで数人くらいだった。

 その理由はヤバルが編入する二週間前、同じく編入した来た生徒がいたからだ。―――例え剣の形をしていないアイオーンが珍しいからといっても、過去に例がないわけでもない。少数派というだけで、ヤバルやマリア以外にも、学園在中の生徒には剣ではないアイオーンの生徒はいた。

 注目の的になったのは、ヒスイへの報告のときに出た名前の人物だ。イオアニス・アベスターグ。

 高貴の血族と平民の編入ならば、当然視線は高貴のほうへ向かうことになる。ヤバルは、偶然であれ何であれ注目を逸らしてくれたことには、その編入生の存在と自身の幸運に感謝した。

 ダカーハージ学園内闘技場。

 ヤバルは、白い観客席に囲まれた中央の平地に立たされていた。試験試合当日、正午過ぎ。観客席には同じ学年の生徒や教員がいる。友人のクラーク・サスラの姿もあった。

 その中には、上級生もいた。

 試験試合のときは、決められた期間で行われるため、通常であれば全学年クラスの授業は一旦休みとなっている。しかし、今回は編入生のために急遽設けられたものだ。ヤバルとイオニアスだけであるため、二人以外は通常通りの授業が開かれているはずだった。

 つまり、今現在、ここに来ている生徒は全員サボりだ。

 教員がこれを黙認しているのは、彼らは授業を一回休むだけで成績に響くほど、そもそも学力が低くないからだ。そして、ただの授業より、実践で得られる知識を優先しているからでもあった。

 何より、観客席がほぼ埋まるまでの盛り上がりに水を差すのは不粋とされた。


「なんでこんなに盛り上がるのかな」


 ヤバルとしては、ここまでの盛り上がりは迷惑だった。ちなみに、声に出したのはサイとしての言葉だったが、内心はもっと毒づいている。

 任務上の問題もあるが、性格的にこういったもので、その注目の的になるのは好んでいない。

 目の前の鉄格子の門が開かれる。対戦相手の到着だ。

 すでにヤバルの傍で待機している審判役の教員とヤバルが見つめる先、門の向こうの通路の影から、余裕の見える歩みでヤバルの前に姿を現した。

 赤毛のアフロ頭の男。剣証八一位。アプロ・エウロペ。

 中肉中背のたる腹を揺らしながら、ゆっくりとヤバルの前に立った。


「よう。待たせたな。ションベンはしてきたか? お漏らしは恥ずかしいぞ」


 片頬を吊り上げる、嫌みったらしい笑みだ。ヤバルでなくともアプロの性格はわかる。

 表情一つ変えない審判の教員が、二人の間に立つ。対戦相手を名前で確認してから、簡単なルールの説明がされた。

 一つ、アイオーンを使用していい。

 一つ、相手を殺してはならない。

 一つ、武器の使用は自由とするが、身に付けられるものに限定される。

 一つ、第三者の協力を得てはならない。

 一つ、ルールに抵触したとき、審判が止めに入る。場合によっては処罰する。

 これらのルールは、試合事前に説明されている。審判は確認のために敢えて言っているに過ぎない。

 二人の確認を取った審判が、対戦の定位置まで誘導させる。ヤバルとアプロの間に距離が置かれた。

 会場のざわつきが徐々に大きくなりつつある。もうすぐ試合が開始される。


「どうする、坊主。もし俺のアイオーンが収納の能力で、瞬時に点火済みの大砲が出せるとしたら。その距離は不利じゃないのか。もっと近づいたほうが良くないか」


 観客席からのざわつきを撥ね除けるため、敢えて声を張っていた。

 ヤバルはじわりじわりと利き足をずらして、いつでも動ける体勢を作っている。アプロの言葉に乗らず、自分の準備に努めた。


「知ってるぜ。セセラギ。お前のミドルネーム。セセラギ流を使うのか」


 審判はアプロの挑発を止めない。止めるほどでもないからだ。


「では、これより、サイ・セセラギ・シルヴィア対アプロ・エウロペの試合を開始する。両者、準備はいいか」

「いつでも」


 軽く返答してから、アプロは見下した目でヤバルに促した。


「こっちもいい。いつでも行ける」


 審判が二人に目配りをして、数秒の間を置く。

 そして。


「はじめッ!」


 審判の腕が振り上げられる。 

はい。

というわけで、ヤバルのどきどき青春学園生活が始まりましたね。広げた風呂敷を少しずつまとめていく準備でもはじめましょうか。

といっても、本来の一話がここからのようなものなので。まだまだ話は続きます。第一部完までは書き進めていく所存なので、どうかまだしばらくお付き合いください。


あの、感想とか意見とか、いろいろ書いてくれると嬉しいです。

直して欲しいところとかもありましたら、お願いします。それらをさすがに鵜呑みにはできませんが、参考にさせていただき訂正や修正をしていきます。また、変更もしていきます。


序章も、いろいろと読んでくださった方々から意見をいただき、改稿をいたしました。今の私で書けるだけの技術を詰めたつもりです。内容は一緒ですが、また違った世界が見えるかもしれませんので、よかったら成長の程を覗いていってください。


今回のあとがきは珍しく長くなりましたが、ここまでとします。

またの更新をお待ちください。


あと、少しずつ暑くなってきましたね。季節の変わり目は体調が崩れやすいので、お気をつけください。

日中は気温が高い日もありますので、暑さ対策も忘れないようにしましょう。


ではでは。これにて。

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