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王の腕  作者: 白風水雪
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六章〈望まれた光〉前

◆主な登場人物◆

ヤバル (本名:サクラス・ザラスシュトラ)

マリア・オルレアン (滅びの魔女と恐れられている)

イサク・ジズ(貴族・国衛軍第十部隊・中佐)

ジューダス・ガリラヤ(貴族・国衛軍第六部隊・中尉)

ポルドレフ・ガーディン(ジューダスの部下・国衛軍第六部隊・軍曹)

マーイヤ・レイア(ジューダスの部下・国衛軍第六部隊・伍長)

モート・ギリティナ伯爵(貴族・港町プロピナの領主)

 ヤバルはジューダスの後ろで、一緒に騎馬に乗っていた。片腕だけで器用にバランスを取っている。


「で、具体案を教えてくれ」

「お前のアイオーンで、マリアのアイオーンを奪って欲しい。私のものを奪ったときのように」


 ヤバルのアイオーンは他人のアイオーンを奪い、使用できる。つまり、マリアの脅威を封じるどころか、ヤバルが手に入れることすらできるのだ。


「そうだろうと思ったが。けど、俺はあいつのアイオーンに触れたとき、なんかおかしかったぞ。頭が割れるかと思ったぜ。あんなのは初めてだった」


 ジューダスは肩越しに振り向いてから、再びマリアとの部下たちの戦いに視線をやった。


「そうか。しかし、あの後お前とマリアは気を失った。アイオーンの暴走もなかった。無効化する条件は満たしている。こちらとしては問題ない」

「あれはもう勘弁してもらいたいところだけど」

「ならば今すぐ下りろ。お前にはそれ以上の期待はしていない」

「冗談が通じねえのかよ。やらないとはいってねえだろ」

「ならば問題ない。作戦内容を説明する。お前のやることは至って単純。最終目標はマリアのアイオーンを、お前のアイオーンで無効化することだ。最悪それだけに集中してもらって構わない」

「目的がはっきりしているところがいいねえ。でもいいのか。俺があんたらが怖がるアイオーンを奪っても。それで仕返しするかもしれねえぜ。あんたには腹も蹴られたし」

「対処する対象が変わるだけだ。その場合、こちらに保護の必要性がない」

「ほんと冗談通じねえな」


 マリアのアイオーンがどれほど強大で強力なのか、現時点でのヤバルでは計り知れていない。能力で使用権を奪う前に気を失ってしまったからだ。あれがどんな現象だったのか、ヤバル本人ですらわかっていない。しかし、仮にマリアのアイオーンがどんなに強力な力であれ、ジューダスが率いる軍隊に刃向かう前提で行動するのはあまりに無謀すぎると、ヤバルは考えていた。

 数の利を知っていた。

 何よりまずは、マリアの無謀すぎる無茶を止めなくてはならない。


「まあいいや。俺はとりあえず突っ込めばいいんだな」

「私が道案内をやる。一度は私のアイオーンを使ったお前なら、この力は十分に理解しているだろう」

「ああ、あの目ぇ回しそうなやつだな」


 ジューダスのアイオーンは数秒先の未来を見せる。それは決して一つではない。様々な行動と結果、可能性の数だけいくつもの未来を見せるのだ。

 目まぐるしく変わる未来視の視界は、慣れていない者には不快と苦痛を与えていた。負荷の大きい能力だ。ジューダスはヤバルたちを拘束するとき、常時展開し続けていた。それがどれだけの力と、技量を必要とするのかヤバルは十分すぎるほど理解していた。

 ヤバルは彼の実力を、アイオーンを通して認めていた。


「……お前はまだマリアにこちら側に協力していると思われていない。近づくだけなら、お前だけの方が容易だろうと考えもあった。しかし、不審に思われたらすべてが終わる」

「確かに」


 周囲は見晴らしのいい草原だ。身を隠すところは、国衛軍のテントと馬車くらいだ。しかし、それらからマリアのいたテントは離されていた。今はマリアが匿われていたテントは兵士たちによって壊されていて、視界を遮るものは両者の間になかった。


「これだけよく見える場所なら、俺が突然馬に乗って駆けつけてもお嬢ちゃんのところまで辿り着けるのによっぽどの不自然がなけりゃ不可能だな」

「その通りだ。だから騙し討ちの案は却下した」


 ジューダスは馬を歩かせた。ゆっくりだが、人の足では早足の速度で戦いの渦中へ向かう。後ろを馬に跨がったポルドレフが着いている。


「そこで、一つ確認をさせて貰う。お前のアイオーンの能力は、触れることだけが条件なのか」


 アイオーンの能力を話すことは、己の手の内を明かすということだ。手の内を明かせば、その相手にはもう同じ手は使えない。アイオーンが通じなくなる。


「だいたいあってるが、もう一つ条件がある」


 しかし、ヤバルは躊躇いもなく話はじめた。自身がすでにジューダスのアイオーンの能力を知っている有利をフェアにするとか、そういう考えではない。

 マリアを止めるため、これから話す条件を満たすにはどうしてもジューダスたちの協力が必要だろうと考えた結果だった。


「俺のは相手に抵抗されると、すぐには奪えない。最低でも数秒は触れていないといけない。触っただけの段階じゃ、相手のアイオーンを鈍らせたり、調子を少しだけ狂わせることはできても、所詮は腕のふとした痒みを我慢する程度だと思ってくれ。効果はほとんどない。だから、俺がマリアのアイオーンに触れてからも時間を稼いで貰えると助かる」

「お前は、私のとき未来視をかいくぐったどころか、一瞬で奪ったではないか」

「あれは……」


 ヤバルは言葉に詰まる。

 答えを持たないというより、探しているようにも見せる顔だった。


「あんたの不意を突いたからな。あとはまぐれだったと思ってくれ。普通は時間がかかる。すぐにこっちで操れるようにはならないんだ」

「……わかった。いいだろう。こちらでも援護する。時間はどれくらいかかると見ている」

「一分以下だ。嬢ちゃんのアイオーンが剣なら、奪って逃げてればしばらくして勝手に操れるようになるんだけど。あの手の浮遊タイプは、たぶん触っただけでは嬢ちゃんから離すことはなかなかできないと思う。それでも、抵抗されても一分程度でどのアイオーンも奪える。だから、その時間さえ稼いでくれれば十分だ」

「ならばその六十秒を任されよう。お前は己の役割を必ず果たせ」

「ああ、わかってる」


 ヤバルの両腕から、光の粒子が生まれる。青白い光はやがて黒いグローブを形作った。ヤバルのアイオーンは、無かったはずの左腕に確かな質量を持たせ、実体のある左手を造り上げた。

 今はアイオーンの存在をわざわざ隠す必要は無い。ヤバルは、アイオーンを完全に現出させていた。見かけに違いこそないが、具現の硬度や能力の精度が実のところ上がっている。

 二人の会話は静かに終わっていた。

 失敗した際の打ち合わせはしない。成功を信じているからではない。ジューダスはヤバルに余計な考えを捨てさせるために。ヤバルはジューダスが勝手にやってくれるなら気楽でいられる理由から、敢えて話さず、互いは聞こうとしなかった。

 ジューダスは一度大きく息を吸ってから吐いた。表情を改めて引き締める。


「よし。作戦開始だ。ポルドレフ軍曹、行くぞ!」

「はっ」


 ジューダスの馬に続いて、ポルドレフも馬を走らせた。

 後衛の分部隊の方角から二騎の騎馬が走るのを合図に、マリアの囲み攻撃を繰り返していた部隊は攻撃を継続のまま、ジューダスとポルドレフの二騎のための進路を開けた。

 青白い光が煌めく。

 自身の魂の化身。ジューダスはアイオーンを具現化する。

 数秒先の未知を見る未来視の剣を掲げた。

 戦渦の騒音に負けない、強く響く声が草原を走った。


「止めるぞ! たった一人の少女を止められずいったい我々は何だ。止めるぞ! さあ、魂を掲げろ。さあ、進め。我々は国衛軍。止め行くぞ! 我々の誓い。我々の魂。今こそ振るえ! 今こそやるぞ! たった一つの意志を曇らせるな。たった一つの意志を濁らせるな。守るべきものを守るとき。今がそのときだ。故に止まるな! 迷うな! ここで止めることこそが、我々の魂が試されていると思え! 穢れなき意志は、我らと共にあるッ!!」


 ヤバルの頬に笑みが生まれる。高揚感から溢れたものだ。

 国衛軍第六部隊、ジューダス・ガリラヤ中尉。彼の指揮官としての鼓舞が、平原にいるすべての軍人に伝わる。人から人へ。たぎる感情は伝播する。

 ヤバルもその流れに巻き込まれていた。表情に不快はない。これから起こすこと、起こることへの使命感と興奮が、彼の表情に表れている。強い眼差しでマリアを見つめ、口元はどこか楽しげだ。

 ヤバルたちが目指す先、二十数名に応戦しているマリアがいた。朱色の布で盾と剣をいくつも形成し、一度に複数名を相手している。押され気味で、立ち位置を変えながら補っていた。

 時には盾でも兵士を殴っている。

 時計回りの後退を続け、なるべくプロピナの関所から離れないようにしていた。

 兵士たちもそれには気づいている様子で、ならばとマリアの後退する方向とは逆からも攻めていく。マリアは諦めず今度は反時計回りに後退をした。

 戦力差があっても、押し巻けても、彼女が諦める理由にはならなかった。

 そんなマリアの蒼い目が、ジューダスと、その馬で彼の後ろに座るヤバル、後方についているポルドレフを捉えた。マリアの耳にもジューダスの鼓舞する声が聞こえていたのだ。

 蒼い瞳の目が大きく見開かれて、表情の感情が驚きから怒りへ、憎しみへと変わっていった。

 手の届く距離であれば今にも首を絞めてしまいそうな、そんな顔だ。

 ヤバルとポルドレフの裏切りを見たからか、マリアが突然盾と剣を乱暴に大きく振り回した。軍人たちは距離を取って、ほとんど問題なく受け流す。大ぶりの攻撃はマリアに隙を生んでいた。

 兵士たちが攻め時を見逃さず突っ込む。

 マリアのアイオーン、本体を巻く朱色の布が瞬時に形を変える。巨大な両の腕になった。地上スレスレを神話の巨人のような腕が、凪ぐ。五指が大気をかいた。

 風圧と、巨大な脅威を前にした本能から、兵士たちの動きが止まる。マリアと兵士の、攻勢が変わろうとしていた。ずっと防御を主体として動くしかなかったマリアが、好機を作り出した。

 偶然かどうかわからないが、兵士たちの不意を上手く突いていた。

 このまま攻撃に移ろうとするマリアだが、その頭上で刃が光っていた。空気を裂くか細い音がいくつも連なり重なって、地上を穿つ矢が降り注ぐ。

 マリアは堪らず防御するしかなかった。

 剣を造り出していたところも盾に回して、いくつもの盾で傘を造る。さながら亀のような守りを固めた。

 マリアのアイオーンと刃を交えていた七分部隊、二分部隊はすでに一時距離を取っている。矢の範囲からも離れていた。絶妙なタイミングだったのは、ジューダスが北方で陣を構えている八分部隊に矢を放たせたからだった。

 自らのアイオーンを青空に掲げて太陽の光に輝かせていた。肩を使い、大きく振ることで合図を送っていたのだ。そして、他の分部隊も、八分部隊が矢を放つのを見逃していなかった。

 南方から矢の放ち続けている八分部隊に続いて、南東方角の三分部隊も矢を打った。

 二方角からの矢を受けてもマリアの盾の傘は砕けない。ただの矢では盾一つ壊せていない。

 盾の傘がもそりと前進する。方角は南。プロピナの関所を目指していた。矢が降り注ぐ中を、鈍足だが進んでいる。矢はマリアの動きを大きく制限するが、兵士たちを近づけさせない盾にもなっていた。

 だから、マリアが確実にプロピナを目指せるチャンスにもなっていた。

 しかし、そのような単純な方法は、国衛軍には通じない。

 矢の巻き添えを食らわない、射線から外れたところを、騎馬隊が走る。

 騎馬隊が武装しているは、長さ三メートルある長槍だ。馬の突進力を生かした槍の攻撃が騎馬隊のメインだ。マリアの周りを大きく弧を描くように行き、突撃するタイミングを計っていた。

 矢の勢いが弱まる。その兆しを、五分部隊は見逃さなかった。馬が一斉に速度をあげた。

 マリアの進行を阻むため、騎馬隊が進行方向に回り込んだ。矢の攻撃がもうすぐ終わる、そのとき、まずは二騎がマリアの防御陣に突っ込んだ。

 マリアの反応は正確で迅速だった。

 馬との距離が狭まったとき、彼女は足を止めていた。盾の傘で視界が制限されている状況で、マリアの耳は間違いなく馬の蹄の地を蹴る音を聞き逃していなかったのだ。

 騎馬隊の重い一撃を受けきるために、マリアは盾の密度を変えた。自身からも盾の位置を離して万が一の貫通時に備えている。

 まったく速度も緩めず駆けた二騎が槍を構え直した。

 距離はすでに射程内。

 銀が走る。馬の重量と速度が加わった重い一撃が放たれる。

 朱色の布で造り上げられた盾は、大人でも当たれば飛ばされるだけでは済まされない攻撃を受けた。衝撃が盾を伝わり、布のように柔らかそうで、しかし鋼のような硬度を形成できる朱色の布は、本体から伸びて盾に繋がっているところが大きくしなった。まるで、柔らかい枝を抑えつけたときのように、ぐっと内側に押される。

 一撃離脱。突進時からマリアに対して、やや弧を描く形に走っていた二騎は、盾に槍を当てると、マリアの防御陣を撫でるように左右に散る。再び距離を取った。

 攻撃は止まない。一度しならせた盾の枝を、ほぼ同じ進路で来た後続の二騎が槍で突く。

 また朱色の盾の枝がしなる。耐えているマリアの身体が、地を引き摺って後ろに下がる。衝撃を殺しきれず、後ろに押されていた。

 マリアは踏ん張ることが精一杯だった。表情に苦悶が浮かぶ。しかし、また別の後続の二騎が、容赦なくマリアの盾を突いた。

 盾と槍の激突は重い音を鳴らせる。

 五分部隊の騎馬隊の攻撃が終わるのとすれ違いで、一分部隊が、騎馬隊が攻撃していたところとは逆方向、つまり防御を固めていたマリアの後方から攻める。

 人の足で地を走る。

 アイオーンでの遠距離や中距離の攻撃から、マリアに防御をさせて、距離を詰める。もう何度目かの衝突だが、国衛軍はマリアから先手を奪うことで防戦に固めさせて先攻を取っていた。

 一分部隊は流れるような動きで近距離戦にスタイルを変えていく。

 通常ならここから再度七分部隊が加わり、そして一分部隊は二分部隊と交代する形でマリアへの攻めを継続させていくのだが、今回は違った。

 二騎の馬を先攻させて、七分部隊が行く。マリアとの戦闘に参戦する構えだ。しかし、その先頭を行く二騎は七分部隊の兵士ではなかった。

 ジューダスとヤバル、そしてポルドレフだ。

 未来視の剣を持つ国衛軍中尉は、馬を手綱で叩いて加速させる。ポルドレフも続く。二騎が召さず先では、マリアの蒼い瞳が待ち構えていた。

 乱戦のような状況でありながら、彼女の美しい蒼は、二人の動きを見失っていなかった。

 二騎が距離をつめていくに連れて、マリアの表情の険しさが増していく。怒り、憎しみ、恨みが沸き上がっていた。


「サブロ」


 マリアが何かを叫ぶ。

 すると、朱色の布のすべてが、盾に使っていたところもすべてが、剣に形を変える。防御主体の応戦体勢から一転して、攻撃特化。しかし、デタラメではない。その攻撃は激化するが、狙いは定まっていた。

 ジューダスたち二騎が、マリアの剣が届く範囲内に入ったのだ。

 朱色の布にも限界はある。作れる数、距離に限りがある。無限ではない。

 マリアは、造り出した剣を伸ばして届かせることのできる距離を把握していた。

 兵士たちとは刃を交えているのとは別の剣が、ジューダスたちを襲う。ジューダスとポルドレフは、これらの最低限を剣で受け流す。剣が次々と押し寄せるところを行く。道はジューダスが切り開いて、その後ろをポルドレフが続いた。

 しかし、このままマリアの元へ辿り着けるかというとき、兵士たちには焦りがあった。自身らを率いる指揮官に危険が及んでいたからだ。

 兵士たちの中で、ジューダスの援護に回ろうとする者たちが出た。

 その密度が弱まるときを、マリアが逃すはずがなかった。


「デュナミス!」


 彼女の声に応えて、朱色の布で造られていた剣が急速に解けて、二つのものを造り出す。全容は十メートルは超えようかという巨大な両腕だ。右の腕で援護に回ろうとしていた兵士を、他の兵士ごと払う。

 もう一方。左の腕は、今まさにマリアに迫っていたジューダスたちへ放たれた。

 五指を広げ、一握りで大人十人以上は軽く握りつぶせそうな巨大な左手が、ジューダスたちに迫る。

 一直線に走っていた馬の急な方向転換は難しく、ジューダスたちは躱しようがなかった。馬から飛び降りても、逃げ切れる可能性は低い。

 しかし、ジューダスには未来視の剣があった。自身のアイオーンの能力で、先の数秒をすでに見通している。

 ならば、彼の行く道は活路になる。この先にこそ、ジューダスが選ぶ、望む未来へ続いている。


「ポルドレフ!」

「はっ!」


 いつの間にかジューダスと併走していた、ポルドレフ・ガーディン軍曹の乗る馬が前に出る。ジューダスが合わせて馬の速度を落としたことで、ポルドレフが素早く前を務めることができた。

 眼前に迫る巨大な手。

 視界は完全に塞がれ、ポルドレフの目には朱色の壁が迫っているようにも見えていたはずだ。だが、彼は臆す恰好を微塵も見せなかった。

 すでに手には、自身のアイオーンを現出させている。

 刃の部分が葉状に広がり、形状は刃の腹がやや湾曲していて、五角形の盾にも見える。分厚く重い剣を、ポルドレフはすぐそこまで迫る巨大な手に向けて掲げた。

 朱色の手と、鋼鉄の盾が激突する瞬間、あることが起きた。

 マリアのアイオーンで形作られた巨大な左手が、一瞬で弾けてただの布に戻ったのだ。まるで風船の弾けた瞬間に似ていた。

 一方でポルドレフには、彼の乗る馬にも影響らしいものはなかった。衝撃で怯んだ様子すらなく、むしろ何事もなかったようでもあった。

 ポルドレフのアイオーンの能力は、カウンター。

 触れたものの衝撃を倍にして返す。無敵の盾だ。ただし、使えるのは一時に一回きり。次までに数秒は使えない。戦場ではその数秒が命取りになるときもある。使いどころを選ぶ能力だ。

 その無敵の一撃を、ジューダスはこの時を選んで使わせた。

 ここが、戦況の境目だからだ。

 朱色の布を幾重にも束ねて造られていた巨大な左腕は、カウンターの衝撃に耐えきれず、内側から破裂した。千切れるほどはいかなくとも、形成が解かれて、朱色の布がバラバラになる。

 虚を突かれて、マリアは即座には何が起きたのか理解できていない。まだ、朱色の布は散り散りに宙を舞っている。

 所持者の意思がなければ、彼女のアイオーンもただの布同然だ。馬が走り抜けるのは簡単だった。ポルドレフが前で、二騎が突っ込んだ。

 彼らの先で、マリアが我を取り戻した。マリアはポルドレフのアイオーンの能力を知っている。だから、驚きからの回復も早かった。

 ポルドレフの完璧なカウンターは、一瞬の隙しか作り出せていなかった。

 解かれて宙に舞う朱色の布が、マリアの回復に合わせて、まるで意思を取り戻したかのように動く。瞬く間よりも速く、剣の形を作り出す。切っ先はポルドレフ、ジューダス、そしてヤバルに向けられていた。

 マリアが回復するまでに、ジューダスたちは間合いを詰めていた。ポルドレフを先頭に、朱色の布が舞う中を突き進むジューダスが、すれ違いざまにマリアにアイオーンで突きを繰り出す。マリアは身体ごと傾けてることで、眉間に狙いを定められた剣の切っ先を回避した。

 彼女にアイオーンを躱されるのが早いかほぼ同時で、ジューダスが叫んだ。戦場に声が響く。


「総員、矢を放てぇ!」


 マリアの速さがここで追いつく。ジューダスの号令に動揺を微塵もせず、止まらない。

 ジューダスのアイオーンを回避しながら、朱色の布で造り上げられた剣でジューダスたちを狙った。

 いくつもの剣がジューダスたち貫こうと走るが、せいぜい馬を掠めるだけで終わる。一頭は驚いて明後日の方向へ走り去り、もう一頭は転倒してしまった。

 しかし、二頭の馬に乗っていたはずの人間の姿はすでにない。

 彼らは馬から飛び降りていた。

 マリアの目は、ジューダスたちを見失っていない。しっかり目で追っていた。

 馬から飛び降りた勢いで地面を転がって衝撃を殺している、三人がそれぞれいる。マリアの横を過ぎていて、後方にいた。

 その背中向けて、振り向いたマリアが狙いを定めて剣を放つ。

 だが、これも防がれる。

 朱色の剣は、盾のような形状と分厚さを持つポルドレフのアイオーンに阻まれた。ポルドレフは自らのアイオーンを地面に突き立ててブレーキを掛けて、素早く身体を反転させてから、ジューダスたちとマリアとの間で構えたのだ。

 しかし、マリアの攻撃はこれで終わりではない。ポルドレフも含めて、ジューダスとヤバルはまだマリアの攻撃範囲内にいたのだ。次々と剣が造り出され、放たれる瞬間を待つ。

 ポルドレフの無敵のカウンターは、数秒間に一度しか使えない。まだ使える状態ではなかった。このまま一斉攻撃されれば、いかにポルドレフといえどふたりと守り切れる保証はなかった。

 そのときだ。マリアの視線は、上空へ向けられた。

 空を埋め尽くさんばかりの無数の矢が、マリアを中心に狙いを定めて放たれていたのだ。放物線の頂点を超えていて、あとは落下しながら必殺の一撃を地上へ届けるため加速していくばかりだ。

 ジューダスがマリアとの接戦のとき叫んだ号令。

 分部隊のすべてが彼の言葉を違わず従っていたのだ。指揮官が弓兵の分部隊へ一斉に矢の合図をする。目標はマリア・オルレアンだ。

 流れるような見事な動作で素早く準備された矢は、一切の躊躇いと迷いをつけずに放たれていた。彼らの迷いのない行動は、ジューダス・ガリラヤ中尉への信頼と忠誠の証でもあった。

 人ひとりの隙間もなく矢が迫る。

 その数も、範囲も、ジューダスたちが巻き添えになるのも恐れないものだった。

 一分部隊、ジューダスたちの後方を走っていた七分部隊の二つの分部隊は一時退避、方向転換して矢の範囲から大きく離れている。今、このとき、矢から逃げられないのはマリアと、ジューダス、ヤバル、ポルドレフのみだった。

 マリアが上空を睨んだのは一瞬で、すぐさま鋭い目はジューダスに向けられる。彼の手には、アイオーンの未来視の剣がある。どこまでが織り込み済みで、どこまでが彼の計算どおりなのか、マリアは計りかねていたのだ。

 迷う時間はすでにない。

 考える時間は許されない。

 まさに捨て身といえる攻撃を、マリアの表情に怒りを浮かべて睨んでいた。それは、イサクを救おうとして阻まれ、ヤバルたちにも裏切られたのとは別の感情だった。

 ジューダスは地面に膝をついて構えているだけで動かない。ポルドレフが自らのアイオーンを上空に構えているが気休めだ。それでは自身だけしか守れない。ジューダスも、ヤバルも、矢に貫かれてしまう。


「守って。ガマリエル!」


 朱色の布が剣から盾に形を変える。

 マリアの声と意思に応えて、まるで生き物のような滑らかで素早い動きで、いくつもの盾をマリアの上空に展開した。盾の傘だ。

 盾で造り上げた傘を自身のみにしておけば、身を守る術を持つのはポルドレフのみだった。彼も矢から身を守るのが精一杯で、矢が降り注ぐ間は誰もマリアに近づけなくなる。

 ―――そのはずだった。

 彼女の朱色の盾は、ジューダス、ヤバルの上空にも展開されていた。自分と彼らを含めた範囲に集中して盾を重ねて、矢を防いでいた。

 マリアは忌々しげにジューダスを睨む。それでも盾を解かず、矢から彼らを守っているのは彼女の優しさだった。イサクを助けるためそれを阻む者を傷つけることは構わないが、命を奪うことはしていなかった。

 マリアの信念が、そうさせていた。

 ジューダスが感謝の言葉を言った。


「ありがとう。君が私の信じる君でいてくれて良かった」

「どっちでも、同じよ。降伏、しなさい。もう逃げようも、防ぎようもないわ」

「忘れていないだろう。私には未来が見えている。どうなるか興味があるならやってみたらいい」

「興味、なんて、ないわ。早くしなさい。ヤバルも、変な企みを、しないで。今すぐ、やめなさい」


 ヤバルはジューダスの後ろに隠れてるようしている。彼の手にはあるものが握りしめられていた。朱色の布だ。剣や盾に形を変えてきたマリアのアイオーン。ぐるぐる巻きの本体から無数に伸びた内の一本を、掴んでいた。

 ポルドレフが無敵のカウンターでマリアのアイオーンを弾いたとき、マリアの横を過ぎるまでの僅かな時間で掴み取っていたのだ。

 しかし、本体からは切り離せないので、色だけでも目立つ朱色の布が一本だけジューダスの後ろへ伸びるという無様な恰好になる。

 マリアに睨まれて、ヤバルは観念したという顔で立ち上がった。朱色の布は離さない。


「よう。嬢ちゃん。何カリカリしてんだよ。鏡見たか? お前、結構酷いぞ。何だそれは」


 ヤバルの指摘は間違っていない。

 疲労とそれによる衰弱、焦りと恐怖、狂気に虐められ続けた少女の顔は、もはや笑っているのか泣きそうなのか、はたまた怒りを必死に我慢しているのか、誰が見ても判別がつかず、不気味に思ってしまうほど、崩れていた。

 感情がぐちゃぐちゃに混じった顔で、それでも何とか理性を捨てずにいられているマリアが、きっと怒りたかった顔に笑みを滲ませていた。呼吸もおかしい。ずっと緊張にさらされた彼女の身体はすでに限界に近かった。全身が汗を流していた。

 とても息苦しそうだ。


「どうだって、いいのよ。私のことは。どうしてイサク様を、裏切ったの。どうして皆、イサク様を、救おうとしないの。なんでなの、ねえ、なんでなの!」

「イサク・ジズは救済教の信徒だった。彼は神王の教えも魂も裏切った。そして、マリア、イサク・ジズは君を滅びの魔女として祭り上げて、かつての惨劇を君にもう一度やらせようとしていたのだ」


 ヤバルに代わってジューダスが応える。

 マリアの顔に酷い皺ができる。

 救済教とは、世界の滅びを是とする教えの一つだ。世界が消えることこそ、本当の救いだと説いている。

 神王教とは対立関係にあった。


「そんな、はずない! あの人が救済教なわけが、ない。私を攫ったのは、救済教だったの。イサク様は私を助けてくれた。なのに、どうして、モート伯爵の、兵士に追われなくちゃいけなかったの! おかしいのは、あなたたちよ! いったい、どうしてなの! 私たちが信じるべきは、イサク様なのよ!」

「君は洗脳されているんだ。時間が経てば、きっとすべてわかる」

「時間なんて、必要ないわ。今すぐ道を開けなさい。でなければ、私はアイオーンを解放するわよ」

「忘れているのか。私のアイオーンは未来を視る。君が発動させないのはすでに視ている」

「だったら―――。ヤバル!」


 言葉を返そうとしていたマリアが突然ヤバルの名を叫んだ。朱色の布の一部が剣に形を変える。盾の傘がジューダスたちの上空に展開されているということは、マリアの攻撃範囲に入っているのも同義だった。

 朱色の剣がヤバルに向けて走る。彼の左腕。朱色の布の一部を掴んでいる、彼の利き腕を狙っていた。

 だが。


「!」


 それはポルドレフのアイオーン。盾の形をした剣に阻まれる。


「邪魔を、しないで」


 複数の剣が造り出され、瞬時に放たれる。

 ポルドレフの盾の剣では守れる範囲に限界があった。だが、能力を使ってからの数秒間の条件を満たしていた。

 朱色の剣が、ポルドレフにも狙いを定める。軍人であるポルドレフに多くの剣が集中していた。彼が自身を守っている間に、マリアはヤバルの左腕をもう一度狙うつもりだった。


「弾め」


 低く静かにポルドレフが呟く。

 アイオーンや、側面、肩や足にまで肉薄した多くの剣が、すべて弾かれる。触れているかどうかに関わらず、一定範囲がまるで何かの衝撃を受けたかのように撥ねた。

 余波が伝わったのか、それとも効果範囲内だったのか、ヤバルにも狙いを定めていた剣すらも撥ねて勢いを失っていた。

 ポルドレフの無敵のカウンターは、盾に触れるのが能力条件ではないのだ。彼の周囲一メートル弱で、彼が認識する攻撃をすべて弾く。それがポルドレフのアイオーンの能力だった。

 マリアはポルドレフのアイオーンの能力を正しく知って理解していた。誤算は彼の能力の発動条件の一つでもある、放ってからの溜の時間だ。ジューダスとの会話で感情的になってしまった結果、時間の把握を忘れてしまっていた。

 そのジューダスは、マリアの攻撃がポルドレフによって弾かれたのを見た瞬間、動いていた。

 銀の線が、マリアの喉元に走る。素早く上体を起こしながら前へ踏み込んだ、恐ろしく速い突きが、マリアの首わずか一皮ぶんで止められた。


「さあ、もう我が儘はやめるんだ。君ひとりでは、何も変えられない」

「そんなの、やってみないとわからないじゃない」

「わかる。もう条件は満たした。私たちの勝利だ。君は諦めるしかない」

「どういう――ッ!」


 上空を覆っていた盾の傘が解かれていく。もうすでに矢の攻撃は止んでいた。しかし、マリアの驚愕はそのことではない。

 防御の形が自身の意思とは関係なく解かれていくことに驚いていたのだ。まだ彼女は戦う意思を捨てていない。なのに朱色の布は、次々とぐるぐる巻きの本体に戻っていく。


「君の失敗はいくつもあるが強いてあげるのなら二つだ。一つは、矢から私たちを守ったことだ。見捨てるべきだった。自分だけが助かるのを選択するべきだった。そうすれば、私たちの行動はさらに限られたものになったのだから。もう一つは、ヤバルを止めなかったことだ。軍人ではない彼だから、より手加減してしまったのも頷ける理由だが、しかしここは何が何でもヤバルを妨害するべきだった。三十秒くらいだったか。君は自分のアイオーンの異変に気づいてヤバルに刃を向けた。それで正解だった。そして続けるべきだった。彼が掴んでいるのを振り払うべきだった。殺すのも傷つけることも恐れず、躊躇わず、ヤバルのアイオーンを止めるべきだった」

「なんで。どうして、私の、私の……っ!」

「一分だ。なるほど。本当に、一分近くはかかるようだ」


 ジューダスがマリアの喉元からアイオーンの剣を引いた後ろで、ヤバルが特に誇らしそうでもなく、ただつまらなそうな、どこか申し訳なさそうな顔で立っていた。


「わりいな、嬢ちゃん。あんたのアイオーン、勝手に借りるぜ」


 ぐるぐる巻きの本体がマリアの傍を離れて、ヤバルのところへ浮かんで行く。有り得ないとばかりにマリアは驚くしなかった。盾の傘の防御を解くことも、ぐるぐる巻きの本体をヤバルのところへ向かわせるのも、それらは彼女の意思ではなかったからだ。

 マリアが手を伸ばした先で、マリアのアイオーンはヤバルを守るように佇んだ。


「どうして!」

「嬢ちゃんはまだ知らなかったな。これが、俺のアイオーンの能力だ」


 詳しい説明は省かれた。

 だが、現状がすべて物語っている。

 他人のアイオーンを奪う。それがヤバルのアイオーンの能力だ。

 アイオーンを奪われては、マリアもただの女の子だ。


「返して!」


 マリアは堪らず駆け出した。自身の、あれほど嫌悪していたアイオーンに必死に手を伸ばす。しかし、ポルドレフが邪魔をする。伸ばされたマリアの腕を取り、足を払って、地面に叩きつけた。

 うつ伏せの上体のマリアを、背中の上からポルドレフが体重をかけて押さえつけた。ただの女の子には、大の大人ひとり分の体重は重すぎる。右腕を背中に回されているため、派手に身体を動かすことすら許されなかった。


「すまない。マリア、大人しくしていなさい」

「返して。私のを。アイオーンを。私を、私を返しなさい!」


 ポルドレフの力に必死に抗って、砂で汚れた顔をあげて、マリアはヤバルを睨んだ。憎しみ、怒り、恨みの感情を鋭い目つきに込めている。敵意を向けていた。


「裏切り者! 私は絶対に赦さない! あなたを。絶対に! 絶対にだ! 赦さない!」


 ヤバルは怯まず、マリアの敵意を拒絶しなかった。ただ受け止めて、マリアを見下ろしている。


「お前は強いよ」


 ぽつりと漏らしたのは、マリアを称賛する言葉だった。

 心からの言葉だ。

 彼女のアイオーンを奪い、その力、その能力を知ったヤバル。今、彼がその気になれば、此処にいる国衛軍百余りの数を相手に立ち回ることも可能だ。港町プロピナを灰に変えることも、不可能ではなかった。

 港町プロピナで、マリアを背負って逃げているときも、彼女の脅しは決して見せかけではなかった。

 マリアは、そのような強力なものを持ちながら使わなかった。例え脅しはしても、命を奪おうのは彼女の本意ではなかったのだ。

 故郷を焼き払った力を使わない信念を、例え大切な人が危険な状態であろうとも、貫いていた。

 人によっては弱さや臆病と取られるのを、ヤバルは強いと称した。


「お前は強い。恨みたきゃ恨め。憎んでもいい。俺のことを忘れてもいい。だから、ここは諦めろ。これは、俺が預からせて貰う」


 マリアのアイオーンが、ヤバルの意思に従い、完全に朱色の布をしまう。本体のぐるぐる巻きだけが残された。


「ソフィア……そんな……。私の、私が……」


 己の魂の化身ともいえるアイオーンが、ヤバルの手で操られている姿を見て、マリアの蒼い瞳を絶望が覆った。もう自分には戦う力がないのだと、思い知らされたのだ。

 故郷を滅ぼし、人々から恐れられる元凶。

 憎み、恨み、嫌悪する自身の力。

 そんな力に頼ってきた。しかし、それが今、手から離れてしまった。


「あ、あああああああああ、あああああああああああああああ……ッ!」


 己を曲げてまで使った力を奪われてしまった。

 すべてがどうしようもなくなって、マリアの理性が壊れたのか、彼女は声をあげて泣き出した。人語もない、ただの泣き声だ。感情だけが、マリアの喉で悲しみと絶望を鳴らせた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ッ!!」


 広い草原にどこまでも、風に流されて、大切な人へと届けとばかりに。

 マリアは絶望に、泣いた。

 イサク・ジズは、もう彼女には救えない。

 ジューダス・ガリラヤが指揮を飛ばす。七分隊が戻ってきて、二分隊も加わる。二つもの分部隊が警戒に当たる中心で、マリアにアイオーンを抑制させる拘束具をつけさせていった。

 希望を壊された少女の声を止める者は、誰ひとりいなかった。

 ヤバルは、泣き叫ぶマリアの自由が奪われていくのを、彼女の傍で、しかし意識はどこか遠くで見守っていた。目に力は無く、僅かにふらついてもいる。

 港町プロピナに着いてからというもの、彼の身体には厳しい環境や運動が、すでに限界を超えていた。緊張の糸が解けたことが影響して、ヤバルは身体が訴える休息のサインに抗えなくなっていたのだ。

 国衛軍ジューダス・ガリラヤ中尉が、港町プロピナの関所で構えているプロピナの兵士たちへ向けて宣言した。


「聞け! プロピナの兵士たちよ。国衛軍第六部隊、ジューダス・ガリラヤ中尉がここに宣言する。我々国衛軍は、救済教の脅威に勝利した。魔女の拘束に成功し、無力化した。もはやプロピナの堅牢な壁を脅かす存在はいない。救済教、イサク・ジズの企みはすべて潰えた。もうここにはプロピナの敵はいない。ここにいるのは、プロピナを守り、救済教に勝利した我々、国衛軍だ!」


 ヤバルの身体が大きくふらつく。

 彼の耳には、ジューダスの声は遠くて、代わりに自称職人の声が五月蠅く響いていた。


「見つけたぞ! 滾る魂の熱を! やはり見つけたぞ、見つけたぞ! だがこれは奴の欠片だ。残り滓だ。だが見つけた。あいつはいる。この世界に! あいつはいるぞ! ソフィアはいるぞ!」

「……うるせえぞ。クソジジイ」


 姿のない声だけの老人に掠れた声を溢して、ヤバルに限界がきた。

 ぐらりと大きくふらついて、地面に倒れた。誰かの呼びかける声に応えることはできず、ヤバルの意識は暗闇に飲み込まれる。

 軍人に囲まれる少年を、マリアのアイオーンが朱色の布の隙間から暫し見つめて、静かに消えた。

はいっ。

長らく止まっていましたが、ようやくの更新です。今年中にできてほっとしております。

と―――。

初めましての方は、初めまして。

久しぶりの方は、お久しぶりです。

折り返し地点の六章前編です。とても時間がかかりましたが、めげずに書き続けてなんとか更新できて良かったです。


これから次の段階へ向けて話は進行していきます。

どの程度で、どれほどの長さになるのかもはや未知数になってきましたが。最後まで書き上げる所存です。


では、六章〈望まれた光〉後半をお待ち下さい。

それでは。これにて。

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