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柘榴

作者: 罰歌

 僕は、柘榴という物が、一体何なのか知らなかった。

 小学生の時に何かがきっかけで初めて最初に字を見た時は、読み方もわからなかった。

 だけれども、その時に触れた時に幼いながら、なにかとても硬く、それでいて中にみずみずしいものを感じた。結果として、その第一印象はあまり間違ってはいなかった。


 僕がまだ小学生の頃、小学校からの帰り道だった。ランドセルがいまだに大きく感じる程に、背が低く、骨格がしっかりしていなかった。

 転ぶか転ばないかのぎりぎりで歩いて帰るのは、とても憂鬱だった。

 小学校から家までは、子供の足では結構な距離になる。それはどこまで行っても家につかないのでは、といつも途中で錯覚させてしまうほどだった。

 そんな帰り道でも、大抵の子供は無邪気である。僕の前を歩いていた近所の子たちも騒いでばかりだった。

 僕はどこか冷めていた子供だったと、母は今になって言う。


 その日は、秋の頃には珍しく、夏と錯覚させるほどの日差しが、辺りを焦がしていたのを覚えている。

勿論、その日も帰り道を歩いていた。

 蹴っていた筈の小石は、道の隅へ転がり、他の石にまぎれて消えてしまった。目の前を通り過ぎた三毛猫が、どこか見下したかのような目をしていた。

 僕はなんとも言えない、虚しい気持ちに襲われた。

 そんな時だった。普段は気にも留めないような道の端に、何か赤い物がごろり、と転がっていた。一瞬これは見てはいけないものなのでは、と錯覚させるほどの赤さだった。

 恐る恐る近づいて見れば、むっと何とも言えない匂いがした。それは、果実の香りだけではなく、焦げるような日差しの匂いなども混じっていた。ふいに、転んだ時に出た血の匂いを思い出した。


「なあ、そこの少年」


 じっと、破れた皮から姿を覗かせていた、艶めかしい艶の赤い粒を見つめていて、そしてそっと指を伸ばした時だった。

 まるでチャイムだったのかと思ってしまうほどのタイミングで横から話しかけられた。僕の横には、この植物の持ち主であろうおじいさんが玄関から顔を出していた。


「おいで」


 なぜか、初対面のおじいさんに緊張することも無く、僕は玄関をくぐった。今思えば、あれが人見知りをしなかった唯一の時だろう。

 庭の中は、芝生が短く刈られていた。


「こっちだ」


 そう言っておじいさんは僕を庭のさらに中へと誘った。

 知らないおじいさんの後をついて行くと、そこには一本の木があった。その周りには、その木以外に高い植物も、置物も無かった。その木は庭を見降ろしているようだった。

 何処か漂う木の神秘さに、恐る恐る近づく。

 すると、ある事に気が付いた。その木はさっき見ていた赤い物がいくつも付いていたのだった。幹にそっと触れれば、血管が這っているかのように暖かく感じた。


「おまえさんは、これを知っているかい」


 そっと撫でていた僕におじいさんは質問を投げかけてきた。

 僕はおじいさんの方を見て、首を振った。


「これはな、柘榴と言うんだ」


 そう言って、おじいさんは腕を伸ばす。その腕は意外にも長く、届かないと思っていたその赤い実―――柘榴にしっかり届いていた。

 おじいさんは何でもないかのように、ちぎり取った。そして僕の手のひらに乗せてくれた。それは、さっきの道路でかいだような匂いと違い、より生命を感じるような強い匂いだった。


「物珍しかったんだろう。たしかに、この辺りでは見ないからな」


 僕の手のひらの上に、もう一つ別の命が置かれたようだった。今さっきまで脈打っていたかのような、鮮やかな赤だった。持った手の、指の隙間からどろりとした血が溢れてしまいそうにも感じだ。


「くれてやる」


 おじいさんは、そう言った。


 僕の思い出は、いつもそこで途切れる。

 あの時、僕はあの柘榴をかじりついたのか、どうだったか、今ではあやふやだ。

 でも、確かにあれ以来だろう。僕は柘榴について夢中になっていた。花の形や葉っぱの特徴。実の形状や艶。全てが気になって、図書館ではそればかり眺めていた気がする。

 柘榴は花が好きだった。勿論、それ以上に実は好きだ。だが鮮やかな花がぽとりと落ちて、辺りを飾るのが好きだった。


 今日、僕の家のザクロは収穫期を迎えた。

 誕生日プレゼントで手に入れたものだった。

 実は日に日に大きくなり、いつ爆発してもおかしくない程だった。だから僕は、急ぎ足で家に帰る。

その木を前にすれば、何故か今でも興奮してしまう。まるで宝石か命を前にしたかのような神秘さを今でも感じる。

 ゆっくりと、僕は手を伸ばした。


 齧ってしまえば、赤い筋が、つう、と口から溢れた。

 みずみずしさと、甘さと酸味。それは、ひとつの生を口にしたようであった。




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