小さくも大きな一歩
4月11日 話統合
執務室から追い出されたグレンとユーリは、図書室に来ていた。茶色い趣のあるドアを静かに押し開け中に入る。
迷路のように棚が並び、天井まである棚には、隙間なく本が詰まっている。その様子に、目を奪われつつも目的の人物を捜す。
「ケン。いた」
ユーリが声を張り上げる。
「ユーリ、静かにして。ここ図書室。でも久しぶり」
ユーリが声をかけた先には、ユーリと同じくらいの年の少年がいた。少年もまた、黒髪黒目をしている。少年は手にしていた本を棚に戻し、ユーリに返事をする。
グレンはユーリの横を通り抜け、ケンと呼ばれた少年に抱き着く。
「グレンも」
「こんにちは。ケン兄」
そう言って微笑むとギュッと抱きしめられる。
「もうかわいいんだから。で、どうしたの? 何か用?」
「用ってことはないけど。父さんに呼び出されて、アレクに会った帰り」
「アレクって、アレキサンドル・イーガ=ツェリ?」
「知ってんの?」
ケンはグレンから離れて、ユーリに向き直る。
「うん。朝、父様と一緒に会ったよ。騎士隊隊長らしいけど、エイス様の命で国中を回ってたんだって」
新しい事実にユーリの顔が輝き出した。
とてもわかりやすい顔にケンがふきだす。
「話が聞きたいんでしょう? なら、訓練所に向かおう」
「訓練所? どうして?」
「騎士隊の隊長でしょう? まだ、日が高いから、エイス様とのお話が終わったら、そっちに向かうんじゃない? それに、今日は、新しい魔法の実験もするんだって。父様がいってた」
「レイが?」
ケンは、レイの子供でケン・シックザール=ベルニコフという。
「よし。行ってみよう」
ユーリの決意にグレン達3人は、訓練所へ向かうドアを開けた。
訓練所まであと半分という所で、後ろから足音がした。
振り向いてみるとアレクだった。
「よう、ユーリ、グレン。ケンも一緒だな」
「アレク!! 今、アレクに会いに行こうと思ってたんだ」
「あと、魔法実験があるって聞いて」
ユーリとケンがアレクに答える。
その間に、グレンが近寄って行くとアレクに抱き上げられた。
「アレク。あるけるからおろして」
そう言って、グレンは子供ではないと主張してみる。
「今は、2時少し前。あと、10分で魔法実験が始まる。間に合わないぞ?」
しかし、アレクは、腰に付けた時計を見てそう言った。
若干笑っているのが腹立たしいが、見たかった実験について言われグレンは押し黙る。
時間や、長さ、重さなどの単位は、日本、というより、地球で多くの国に採用されていた単位と同じであった。
時間は24時間で、分、秒があるし、長さはcm、m、重さはkg、gなどまるっきり同じだ。数字の桁は、万、億など、日本と同じで、無量大数まであるらしい。
それはさておき。
訓練所までは、子供の足で10分。3歳児のグレンがいるとなるとギリギリの所だ。
結局、アレクに抱き上げられたまま、訓練所に向かった。
訓練所は、王宮の南西にある門を抜けていく。
「アレクは、国中を廻っていたんでしょ? どこが一番食べ物がおいしかった?」
「うーん。悩むな。どこもおいしかったんだが、一番なら、イリア州のヴィオレ地方かな」
道すがら、ユーリが質問する。
「ワインがとてもおいしいし、パスタも他と違ってかなりおいしい」
「いいな~」
日本と同じ名前の食べ物が多くあるのも不思議な気分にさせた。時間や長さの単位、食べ物は、世界共通で遥か昔に栄えた文明の名残らしい。
ユーリとアレクの会話を聞き流しながら、そんなことを考えていると、いつの間にか門を過ぎ騎士達の寮が近づいていた。いつもより高い目線からは、グラウンドが見え、騎士がいったりきたりしている。
近づいていくにつれ、白い円が2つあるのに気付いた。
近寄っていくと向かって左側の円の中に、2人の青年がいるのに気付いた。どちらも背が高くアレクより少し小さいくらいに見えた。一人は茶色の短髪。もう一人は朱色の髪で、襟足が長くなっている。
アレクが近くにいた責任者と思しき騎士を捕まえ、2人について聞いた。
「彼らは?」
「あ、アレク隊長。お帰りなさい。それに、ユーリ様、グレン様、ケン様。いらっしゃいませ。円の中の2人は、最近入った新人騎士です。魔力が全く無いらしいので実験に協力してもらっているのです」
グレン達に笑顔で挨拶を交わし騎士が答える。
「魔力が無いのに王宮騎士隊入りか。剣の腕は上級だな」
「今日の実験ってさ、何?」
アレクの呟きを無視したケンが、騎士の服を引っ張って尋ねる。
「失礼、ケン様。今日は、遠距離用移動陣の作動実験です。魔力が無い人でも動かせるかを検討します」
騎士が言うには、遠距離の移動は、神が作ったという各大陸をつなぐ魔法陣と、王都から神と賢者が住まう場所であるアカシア島までの魔法陣しかなかった。
また、遠距離移動用の魔法陣を発動するには、かなりの魔力を消費するため、特定の人しか使えず、遠距離移動はもっぱら馬車になっていた。
そこで、魔力の無い者でも使える移動陣を開発していた、ということらしい。
「で、今日が実験です。出発地点と到着地点に陣を描き、出発地、到着地両方に外部から魔力をためます。これで、移動者が、魔力無しでも大丈夫なはずです。そして、移動者が目的地の情報を読み上げることで発動します。今は、現在地から、東に、何mというようになっていますが、もし成功したら将来的には、その土地の名前だけで発動するようにする予定です。今日は最初なので、距離は、100mにしてみました」
「ううん。十分だよ。魔力なしで、100m移動できたらスゴいじゃん」
ケンの言葉にユーリとグレンも頷く。
前を見ると、どうやら到着地に魔力を入れ終わり、出発地に魔力を注ぎ込んでいるところだった。
緊張の面持ちで見つめていると、どうやら魔力を入れ終わったらしく、2人の兵士が発動用の移動座標を読み上げていた。
読み終わると同時に、まばゆいばかりの光に包まれ、気付いたら100m先の目標地点に2人がいた。
「せ、成功だ!」
その一言をきっかけにあらゆる所から歓声があがる。
グレンもアレクの腕の中から飛び下り、ユーリと跳ね回る。そこに、魔法陣の中にいた2人が近づいて来た。
「セイル班長。実験は成功みたいです。一応、今から検査をうけますが、多分大丈夫です」
茶髪の男の言葉に、朱色の髪の男が頷く。
2人は近くでみるととてもかっこよかった。向かって右の茶髪の方は、瞳が淡い茶色で意志が強そうな目をしている。そして左側の朱色の方は、目はとても綺麗な―空というよりは、透き通った海の―青で、楽しげな雰囲気が伝わってきた。
「ああ。ご苦労だった。そうだ、医務室へ行く前に紹介しよう。王宮騎士第一騎士隊隊長のアレキサンドル・イーガ=ツェリ様。また、こちらが、ユーリ王子とグレン王女、宰相閣下子息のケン様です」
そう言ったセイルに、2人は姿勢を正す。
「こちらの2人は、向かって右がリヒト・フリューゲル。左が、ジョシュア・フューレンです」
セイルの言葉に2人は軽く礼をする。
「リヒトにジョシュアか。俺のことはアレクでいい。これからよろしくな」
「「はい。よろしくお願いします」」
2人の声は綺麗に重なり青空に響いた。