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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
四話 騎士達の褒美 魔術師達の試練
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3

「うはあ、やっぱり暗くなってるわ」

わたしは実習場を出て、目の前にある空の色に溜息を漏らす。夕方の赤を通り越して藍色に染まっている。

「鍵閉めなんかは私がやっておくから、お前は早く帰りなさい」

「はーい」

メザリオ教官の言葉にわたしは返事し、校舎へと戻ることにする。

途中、空き教室で見たことのある顔の集団が輪になっているのを見つけた。ソーサラークラスの子たちだ。声を掛けようかと思ったが、何やら真剣な雰囲気に言葉を飲み込む。泣いているらしき子がいるじゃないか。いじめ?と一瞬眉をひそめるがそんな険悪な空気では無い。彼女たちの会話が微かに廊下に漏れてきているのを少し聞き耳立てさせてもらう。

「受け取ってもらえなかったってこと?」

「ちがう〜。なんか今の時間になっても他の人と集団でいて声掛けれなかったの〜」

「何よそれぇ、声かけてみたらよかったじゃない。ちょっと良いですかとか言ってさあ」

「無理よお、だって話したこともないのに〜」

「でもさ、今日みたいな日になにも居残り練習なんてすることないのにね」

「やっぱわかっててそうしてるんじゃん?いっぱい貰えそうで面倒だとか」

「だよねぇ、面倒でしょう。だって逆恨みされても嫌じゃん。やっぱり同じパーティーの人に渡しときなよ」

「そんな〜」

泣き顔の子の声を最後にわたしはその場をそっと離れる。なるほど、そういうかわし方をする相手もいるわけか。やっぱり貰う側としても気使うようなイベント、必要ないよなあ。わたしは無意識にポケットに突っ込んであったタリスマンを手で触り、放した。

自分の教室の前までくると帰り支度のためにロッカーを開ける。

「……おいおい」

自分の鞄の上にあったのは、見覚えのある月のエンブレムのタリスマン。しかも数個。

「まさか代わりに渡しておけ、ってことじゃないわよね」

もしくはわたしに対する無言のプレッシャーか。『抜け駆けは許さない』的なね。……それはないか。なんにせよ、こういうやり方は良くない!とわたしはタリスマンを掴むと、教室に入る。誰もいないがらんとした部屋にわたしが教壇にタリスマンを置く音が響いた。

「……丸見えは流石に気が引けるわね」

武士の情けだ。わたしは教壇の引き出しにタリスマンを移した。ここなら教官が必ず目を通すはずだ。教官から本人に返却してくれるだろう。

校舎を出たところで出会った集団に、わたしは息を呑んだ。

「あれれー、リジアちゃんじゃん」

わざとらしい声をあげるのはヘクターの肩を抱くクリスピアン。なんだか二人ともぼろぼろ、というか戦場から引き揚げる兵士のようだ。クリスピアンの傍らにはキーラまでいる。ふふ、と笑いながらわたしに手を振った。

「リジア、こんな時間までどうしたの?」

ヘクターがこちらに近づいてきた。

「今日は教官のアシスタントに入る当番だったのよ。こっちこそびっくりした。どうしたの?」

「なんかあいつがいきなり『ひさびさに居残り稽古しようぜ』とか言い出したから、こんな時間まで付き合わされてた。キーラは……リジアは知ってるか。同じクラスだもんね」

そう言ってヘクターが指差す先にはにこにこと明らかに『良い事したでしょ?』と言いたげな二人。

「俺、荷物取ってくるから待っててくれる?」

ヘクターに言われ、わたしはこくこくと頷いた。ヘクターが校舎に消えていってから、わたしは残った二人に詰め寄る。

「……何やってんのよ」

「あれれ、喜ぶと思ったのに」

クリスピアンが頬を掻いた。

「わざとらしいわよ!大体キーラまでなんでいるのよ」

「知らないの?個人練習で真剣を扱う場合は回復魔法が使える者が立ち会うこと、って決まり」

キーラはうふふ、と笑う。

「あ、そうそう、お陰で俺も良い事あったんだよねー」

クリスピアンはそう言うと、上着のポケットから意外な物を取り出した。

「じゃーん」

「あっ、それって……」

わたしは出されたそれを指差し呟く。月のエンブレムのタリスマン。見た目はみんな一緒なのでわからないが、たぶんキーラの作ったものだ。

「協力してくれたから、お礼よ」

キーラは髪をかきあげた。

「やっぱりわざとじゃないのよ!」

わたしが抗議するも二人はしれっとしたままだ。

「感謝してよね。稽古の間、何人の殺気を感じたかわからないわよ」

「睨んでたねー、『早くどっか行け!』って空気バシバシ感じた。俺ら相当なお邪魔虫だったんだねー」

それってやっぱりヘクターにエンブレムを渡す機会を窺っていた子たちってことだろうか。二人の好意とは裏腹に、わたしが恨まれる率が上がったような気がするのだが……。

「あ、来たよ」

クリスピアンがわたしの背中側を指差す。振り返ると帰り支度を終えたヘクターが立っていた。

「じゃあ俺は帰るからな。……あ、お前剣受けたあと右に逃げるクセ直しとけよ」

ヘクターはそう言うとわたしを手招きする。

「ちぇー、気づいてたのにそこ突いてこないなんて嫌味な奴」

クリスピアンは顔をしかめた。キーラがわたしを呼び止める。

「……ここまでして渡さなかったら、分かってるわね?」

小声で囁かれ、わたしは背筋が寒くなる。こ、こわい女だ。



学園の裏口すぐにあるバス停にくるとベンチに座る。時刻表を見ていたヘクターが戻ってきた。

「大分空きそう。こんな時間だしね」

そう言うとわたしの隣りに腰掛けた。なんだか申し訳ない。彼は知らないが、遅くなったのはわたしのせいといえばそうだ。ふいに先ほどのキーラの声が蘇る。

『渡さなかったら……』

うおおお、わかってるよ!

「あのさ!」

わたしが自分でも驚く大声で言うと、ヘクターも肩をびくんとさせた。

「なに、なに?」

顔を覗き込まれ、綺麗なグレイの瞳と目が合う。いやん、かっこいい。わたしは顔を赤くする。

「……どうかした?」

中々続きが出て来ないわたしにヘクターが突っ込んできたことでようやく我に返る。いかんいかん。引っ張るほど緊張するものだよね、こういうものは。さらっと渡せばいいんだよ!もう一人の自分がしきりに励ますが、すんなり言葉が出て来ない。

「そ、そ、そそそソーサラークラスでさ、先週どんな授業があったか知ってる!?」

「えっ、……ご、ごめん。全然わからない」

当たり前な質問にわざわざ謝ってくれるヘクターにますます自己嫌悪に陥るわたし。

「だよねー。知らないよねー」

乾いた笑いで誤魔化す。

「きょ、今日は?何か変わったことなかった?」

わたしが聞くとヘクターは腕を組む。

「……特にない、かな。あ、帰りにクリスに無理矢理、修練場連れてかれた。リジアが帰っちゃうかな、と思ってちょっとむかついたかな」

「えっ本当!?」

思わぬ彼の言葉にわたしは嬉しさで舞い上がる。

「やー、だって少しでももし待っててもらったら悪いじゃん」

そっちかよ、とわたしは少し舌打ちした。というか、この流れと雰囲気からしてもしかして、もしかしてだけどヘクターって全然タリスマンの事知らないんじゃないの?

わたしは思い切ってポケットからタリスマンを取り出した。

「おー、綺麗だね」

わたしが彼の目の前にぶら下げたタリスマンを見て、ヘクターは感心したように呟いた。

「見ていい?」

わたしは頷いて彼の手に渡す。

「こういうのってタリスマンっていうんだっけ」

しげしげと眺めながら聞かれ、わたしはこくりと肯定する。

「うん。……わたしが作ったの」

「え!すごいじゃん」

ヘクターはまるで壊れ物を扱うかのようにタリスマンを持ち直す。

「いや、材料も作り方も教官の指示通りにしただけだけど。……でも最後の仕上げに魔力を込めるのは、個人差が出るんだ」

大昔の魔法使いが、恋人の無事を祈ってこめた愛の呪文。どうか生きて戻ってきて欲しい、と込めた願い。このタリスマンにはそういうものが込められているからこそ、皆が騒ぐのだ。

「こ、これ……」

貰って欲しい、と言おうとした時だった。ベンチの背もたれ、わたしとヘクターの間から覗いた頭がじー、っとタリスマンを見つめている。

「い、イルヴァ……」

ウェーブした黒髪に人形のような大きな瞳の顔、嫌になるほど知っている人物がそこにいた。彼女は無言でタリスマンを見つめ続けている。

「……欲しいの?」

わたしが聞くとイルヴァはこくこくと頷く。

「だって皆貰ってましたもん。同じパーティーのソーサラーからこのタリスマンを貰うのが、ファイターとしてのステータスなんです!」

イルヴァはじょじょに興奮した声を上げると「欲しい」を連発した。ああ……、どうすれば。つーかなんでここにいる!?突っ込もうとしたとき、イルヴァに逆に詰め寄られた。

「イルヴァはリジアのナイトじゃないんですか!?」

アメジストのような瞳で真っ直ぐ見られ、わたしはたじたじとなる。イルヴァはこのタリスマンの意味を知っているようだし、彼女だって立派なファイターだ。今日はイルヴァにあげておいてもいいかな、そんな風に思った時だった。

「イルヴァ!」

夜空にきらりと光る物体が、わたしたちの上空を弧を描いて飛んでいく。メダル型のそれを確認できた瞬間、イルヴァが飛んだ。そのまま、

ばくっ

口でくわえる。く、口で取るか、普通。着地したイルヴァの口もとを見るとメダル型のタリスマン。金の鎖が付いていて見るからにお高そう。

「なんれふか?こえ?」

「よくわからない物を口に入れるもんじゃないわよ」

もごもごしゃべるイルヴァにわたしは注意した。

「私が昔、造ったタリスマンだ」

声のした方向に振り返る。

「アルフレート……」

「身体のポテンシャルを底上げする呪文が封じてある。常勝の将軍に贈った品だぞ?彼が老衰で死んだんで私のところに戻ってきたが」

イルヴァはしげしげとタリスマンを眺める。

「くれるんですか?」

「タリスマンは異性から貰うからこそ、意味があるんじゃないか」

さっきの話しと噛み合ってない気がするが、イルヴァはにぱー、と笑った。

「そうかもしれないですね。アルフレートが造ったのならイルヴァも嬉しいです」

満足気に頷くイルヴァ。

「……あげちゃっていいの?そんな大層なもの」

わたしは小声でアルフレートに尋ねる。

「効果は本当だが、逸話は今作った。お前が気を利かせて二人分用意しないのが悪いんだろ?」

彼はそう言うと「借りは大きいからな」と睨んできた。

「じゃあそっちはヘクターさんにあげます」

イルヴァに言われ、ヘクターが困惑顔でこちらを見てくる。

「貰ってくれる?」

自分としてはさらりと言ったつもりだが、やっぱり声は上擦り顔はにやけるのだった。



帰りのバスの中、ヘクターがタリスマンを眺めている。

「聖騎士マクシミリアンのタリスマン、か……」

彼の呟きに一瞬、頭が真っ白になった。え、え?なんでその名前が出てくるの?

「知ってたの!?」

顔から火が出そうだ。

「さあ?」

ヘクターは惚けたように言うと、腰のベルトにタリスマンを括り付ける。わたしは彼がどの程度まで知っているのか詰問したくなったが、

「ありがとう」

ヘクターの一言でショートした頭を抱え、座席に沈み込んだ。

横目でヘクターを見ると、いつもと変わらない柔らかい微笑みがある。なんて気持ちの読めない人だろう。少し恨めしく思った。窓の外にはタリスマンと同じ三日月が浮かんでいる。

「……明日、スペシャルシーフードサンド忘れないようにしなきゃ……」

わたしは今だ熱を引かない頬を押さえ、呟いた。



fin

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