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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
四話 騎士達の褒美 魔術師達の試練
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「ちくしょー、俺も『貰えない組』に入るとは……。あいつらの笑った顔が目に浮かぶぜ」

クリスピアンの反応を見るに、キーラから貰えない、ということよりも貰えない俺、にショックが大きいみたいだ。気持ちはわからなくない。ここまではっきりと勝ち組負け組が分かれてしまうのなら必死になるのかも。

「キーラ以外に貰えるかもよ?」

わたしが言うとクリスピアンは首を振った。

「無理だろー、俺は。同じメンバーにいるファイターと気まずくなってまでくれる子なんていないよ。粘着質なファンが多そうなヘクターとかならわからないけ……」

そこまで言うと『まずい』という顔に変わって、彼は口に手をあて黙った。

「全部言ってるのと同じですけど」

「……だよねー、俺、こういうところ怒られるんだよね、キーラに」

だろうな。何となく想像ついた。

「まあ俺のことは気にせず幸せになってくれい、リジアちゃん。ヘクターも待ってるぜ、きっと。早くしないと他の子から貰ってるかもよ?」

「……残念ながらわたしも今日のイベントは関係ないのよ」

わたしが声低く言うと、彼はきょとんとした顔になる。

「なんで?」

「今日は午後から教官のアシスタントに付く当番の日なの。お昼は教官と打ち合わせしながらだし、夕方まで下級生の授業に付き合って終わり」

それを聞いてクリスピアンは「あちゃー」と呟いた。

ソーサラークラスに限らず五期生になると下級生の授業を手伝う当番がある。四期生までは午後までみっちり授業があり、五期生以降はあっても午前授業だが六期生になると大抵は冒険に出ているのでアシスタントは暇が多い五期生の仕事になる。一人一回ぐらいしか回って来ない仕事だが、よりによってこんな日にわたしに当番が回ってくるとは。つまり唯一の余時間であった今、たった今が彼によって潰されたわけだが、そんな事も知らずにクリスピアンはきょとんとした顔で聞いてくる。

「帰りに渡せばいいじゃん」

「帰ってるでしょ、そんな遅くなったら」

「一緒に帰ってるじゃん」

「別に毎日一緒に帰るなんて約束してないもん」

「ええ!?」

そんなに驚くことだろうか。一緒に帰っていること自体たまたまだし、今でもたまにお互いの時間が合わない時は自然に別々に帰るし。

「そういうわけで、わたしにはこのイベントは関係なし。明日になって渡すのも何だかね。他の子から貰ってるだろうから。いいのよ、珍しく腰の低いメザリオ教官が見れたし」

今日の仕事はメザリオ教官のアシスタントだ。教官も今日のことは知っているらしく、しきりに「悪いな」と繰り返していたのだ。わたしといえばがっかり半分、ほっとしている気持ちも隠せない。なぜなら余計な緊張が解けたからだ。渡さなくていい言い訳が出来たからだろう。

「じゃあね」

わたしは手を振りその場を離れる。後ろから「ドンマイ」という声が聞こえた。



教官室の一角にあるテーブルに向かい合って座るわたしとメザリオ教官。他の教官達は皆出ているようだ。

「その、悪いな」

お弁当を食べながらメザリオ教官がぽつりと言った。わたしは教官が奢ってくれたサンドイッチを食べながら答える。

「いいれふよ、気にしないでください」

教官は「そうか」と呟いた。

「今日はお前が当番だと聞いて、私も驚いたんだ。……その、なんだ、今日は実習の授業なんだ」

ぶほっ!わたしは口の中のハムサンドを軽く噴出する。

「……おい」

「すいませんっ、でも、じ、実習って……」

わたしも去年まで先輩がアシスタントに付く授業を受けていたからわかっている。実習の日、先輩たちはわたしたちのサポートだけでなく、手本を見せてくれたりしていたのだ。わたしがやるのか!?手本を!

「まあそうはいっても二期生の授業だからな。今日はエネルギーボルトの試し撃ちの日だ。大丈夫だろう」

教官の言葉にわたしも胸を撫で下ろす。なんだ、エネルギーボルトか……。これならわたしが唯一胸を張って『大丈夫』と言える魔法だ。

教官は顔についたハムサンドの欠片を拭きつつ、この後の説明をしてくれた。今日の授業は二クラス合同の実習であり、生徒数は80人を超える。教官は始めの説明はやるが、その後は各生徒の評価も付けていかなくてはならないので、その場で手取り足取りわたしがアドバイスしていってやって欲しい、とのことだった。授業後は教官とともに実習場の結界を張り直してお仕事終了、と。

日が長くなってきたこの頃だとしても、明るいうちに帰れるのか微妙なところなのではないか。たぶんわたし以外のメンバーは今日もローザのお宅でくっちゃべってるだろうけど、終る頃にはみんないないだろうな。わたしは改めて諦めの溜息をついた。



「本日は前々から発表してあった通り、攻撃系呪文の基本といえる『エネルギーボルト』を実際にやってもらう」

広々とした実習場にメザリオ教官の声が響き渡る。わたしの前には年下の少年少女の緊張した顔が並んでいた。

「皆にも先ほどから見えていると思うがあそこに」

と言って教官が指差すのは大きな二重丸が描かれた的だ。全部で五つ等間隔で並んでいる。特殊な術法を掛けられたもので少々乱暴に扱ったところで傷一つつかない。特に魔法に対して耐性が高いので的の役割としては充分なものだ。

「あの的に向かって呪文を放ってもらう。呪文がキチンと、素早く唱えられるか、的にちゃんと当たるか、出現した光弾の大きさはどのくらいか、これらが評価の対象だからな。……まずは私が手本を見せるのでよく見ているように」

教官は一歩前に出ると胸の前に手を突き出す。

「万物のマナよ」

唱えているのは教科書通りの組み立てのエネルギーボルト。この程度の呪文なら詠唱を省略、手印も略すのが普通だが、今は駆け出し魔法使いたちへの手本である。

「エネルギーボルト」

教官の声に反応した魔力の塊が、胸の前に出現した。光の束のようなそれは的に向かって飛んでいく。パアン!と景気のいい音をたてて、エネルギーボルトの呪文は的に衝撃を与えた。

『おおおー』

自然と生徒たちから拍手が起きる。それに応えるように教官は軽くお辞儀した。

「この呪文は一番簡単な攻撃呪文だが、一番各個人の魔力の大きさが反映される呪文でもある。魔力の鍛練の成果を見たければこの呪文を唱えてみるといいぞ。……さて、彼女だが」

教官はそう言うとわたしの肩に手を置いた。

「彼女は上級生の中でもトップクラスの魔力がある。これは鍛練のものというより、生まれもっている才能だ。しかしそれゆえにコントロールに苦労しているのは否定できない。彼女程の魔術師がこの呪文を唱えるとどうなるのかも、見せておこうと思う」

わたしと教官の間に緊張が走る。前もって聞いていたとはいえ、『絶対に失敗してはいけない』というプレッシャーがのしかかった。そんな事情は知らない下級生たちは目を輝かせてこちらを見ている。たしかに今の説明じゃ『すげー才能の魔法使いなんだぜ』という意味に捉えかねないではないか。多分だがメザリオ教官もフォローのつもりで説明しだしたはいいが、途中で何言ってるかわかんなくなったんじゃなかろうか。

「……大丈夫だ、生徒の方向に暴走させる、なんてことがない限りは平気だ。的に当ててくれさえすればいい」

教官が小声で言ってくるが、彼の緊張も伝わってきた。教官にオッケーサインを送るとわたしは的の直線上に進み出る。深呼吸一つ、わたしはエネルギーボルトの呪文を唱えはじめた。


万物のマナよ 我が力を餌食とし 我が呼び声に応えよ 我が前に光もたらし破壊を与えよ


「エネルギーボルト!」

腕一抱え程あろうかという巨大なエネルギーの塊が現れる。大きさはともかく、形が波うっていて見るからに不安定だ。やばいかも、とは思いつつヤケクソ気味に撃ってみることにした。わたしが指を的に向けると、それに反応して的へと走っていく。

バアン!だか、ガツン!だか、何ともいえないド派手な音を撒き散らし、わたしの放ったエネルギーボルトは的を粉砕した。過剰なエネルギーが暴走したからかマナの引き起こす風が演習場に巻き起こる。下級生から「ひっ!」という悲鳴が漏れた。

その後の沈黙とともに、わたしの背中にどっと流れる嫌な汗。

「……このように、的は一つ減ったが全員最低一回は出来るようにきちんと列を作りなさい」

教官の冷静な声に下級生たちは焦りながらもばらけていった。わたしだけには見えていた。メザリオ教官の額に流れる大粒の汗が。



「そう考え込むな。お前のお陰でふざける生徒もいなかったしな、今日は」

メザリオ教官は実習場の内部を周りながら声をかけてきた。

「恐怖政治と一緒じゃないですか」

わたしは教官と同じく実習場の壁を指でなぞりながら答える。二人の指先から光が漏れ、それが壁にルーン文字を描いていく。結界の張り直しである。

「そう言うな。また今度ハムサンド奢ってやる」

「スペシャルシーフードサンドの方がいいです」

わたしは購買で一番高いサンドイッチの名前をあげた。教官は少しの沈黙ののち、

「そうだな。今日みたいな日に当番に当たった不運も含めて、奢ってやる」

と言って頷く。こんな教官が見れたことに、今日一日の運勢はプラスマイナスゼロにしてもいいかな、とわたしは考えていた。

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