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「リジア・ファウラー」
教官に名前を呼ばれ、わたしは立ち上がる。教壇に向かい手渡された自作のタリスマンを受け取った。
「なかなかよく出来ていた。加護の呪文まで大味なのがお前らしいがな。魔力付加の呪文は呪文のコントロールには良い練習になるから、これからもがんばりなさい」
わたしは褒められているのかどうか微妙なお言葉を頂き、少し頬が引きつる。
「次、セリス・ミュラー……」
席に戻るとしげしげと自分の作ったタリスマンを眺めた。月をモチーフにしたエンブレムに小ぶりのジュエルズアミュレットがはめ込まれていてデザインも可愛い。鎖はやや太めなので普通に考えたら男物だ。でもこれなら自分で着けちゃおうかなあ、そう考えた時、後ろからひそひそと話し声が聞こえてくる。きゃいきゃいとした楽し気な雰囲気に思わず耳を傾ける。
「ねえ、やっぱり同じパーティの人にあげるの?」
「そりゃあ、ね。自分で作ったタリスマンぶら下げても虚しいし。っていうか約束しちゃったのよね」
「ええっ、それってやっぱり、ジャンに?」
「まあねー、ファイターの間でも有名な話しになっちゃってるみたいだから『貰えないのは肩身狭い!くれ!』とか頭下げてきたし」
「やっぱりそうなんだ。毎年の恒例行事になってるもんね」
「あんたもあげるんでしょ?ランディに」
「うーん、でもやっぱり恥ずかしいよぉー」
後ろの女子二人の会話を聞き取ることに神経を集中しすぎたのか、わたしは不意に腕を突かれ飛び上がる。
「ひゃあ!」
「ちょっと、変な声出さないでよ」
わたしは慌てて姿勢を低くしながら隣りにいる人物、腕を突いてきた張本人を見た。
「脅かさないでよ、キーラ」
「脅かしてないわよ。誰かさんは上の空だったみたいだけど」
キーラはそう言って、ふふふ、と笑った。キーラは同じクラスの中でも同年齢には見えないぐらいに大人びた見た目だし落ち着いている。どこか一歩引きながら周りを眺めている感がある子だ。憂いある雰囲気といい飛び抜けた美人であることもあって、確か上の学年からものすごいメンバー勧誘があったと噂で聞いていた。
「そんなに深く考えずにさらっと渡せばいいのよ?どうせ皆渡すんだから」
キーラの色っぽい視線にやられてわたしはふらりとする。
「……別に深く考えてないもん」
「そう?ふふふ」
いたずらっぽい笑みを浮かべる彼女に逆に聞いてみる。
「キーラは誰に渡すの?」
「わたし?わたしは自分で使うわ。うち、二人ファイターがいるから、一人に渡したら色々面倒でしょう?」
キーラはそう言うと無造作に自分のタリスマンを鞄に仕舞う。そしてにこりと笑う彼女を見て思う。こ、こいつは『モテる女』だ……!しかも自分で分かってるモテる女だ!
「リジアはちゃんと渡してあげなさいよ。良い事教えておいてあげる。あのね、毎年タリスマンを作る授業の後は騒ぎが多いのよ。このタリスマンに関する逸話はリジアも知ってると思うけど、騒ぎが起きる理由はね、ソーサラーの皆が皆、同じパーティーの人間に渡すとは限らないからよ」
「……っていうことは?」
「好きな人が同じパーティーにいるとは限らないでしょ?だから告白のアイテムとしての意味が大きくなってしまったコレを、違うパーティーの人に渡しちゃう人も多くなってきたわけ。その後の混乱は想像出来ない?貰えなかったファイター、他所から貰っちゃったファイター、自分のパーティーのファイターが余所者からタリスマンを受け取ったと知ったソーサラー、裏切り者の烙印を押されるソーサラー……」
キーラの話し方はなんだか怪談のようで、わたしは背中がぞくりとする。
「『彼』、モテるんでしょう?いいのお?今更嫉妬するもなにも無いだろうけど、彼がごたごたに巻き込まれたら……」
阿鼻叫喚地獄絵図よ、とキーラは締めくくる。流し目にした青い瞳がきらりと光った。わたしがごくり、と飲み込んだのが聞こえたのかキーラは笑みの色を濃くした。
「大事にならない方法、教えてあげようか」
「大事なんて、そんな……」
否定しながらも聞く気満々のわたし。
「簡単なことよ。リジア、あなたが彼に気持ちを伝えて、『他の人からは受け取らないで』そう言えばいいのよ。皆が幸せになれると思わなくて?」
い、いや、わたしがあなた程の色気と豊満な胸があったら良かったんですけどね。わたしの腕を取ることで二の腕に当たるキーラの大きな胸を感じながらわたしは思う。つーかそんなこと言えるぐらいなら初めから悩んでないわ!キーラは絶対楽しんでいる。彼女の微笑みを見ながらわたしは思った。
ソーサラークラスにこの時期になると毎年やってくるこの雰囲気。それは魔力の護符、タリスマン造りの授業があるからだ。タリスマンに限らず様々なマジックアイテムの生成もソーサラーの大事な仕事になる。そしてタリスマンにも色々な種類があるが、今回造ったこの護符に限ってどうしてこんな学園全体が浮き足立つかのような騒ぎになるのには理由がある。
数百年前、まだ世界に戦乱の火が多く上がっていた頃、ある一国の騎士が自国の何倍もの兵力との戦闘に赴く為、戦場へ向かう。その際に肌身離さず持っていたとされるのが、自国に残してきた彼の恋人の造ったタリスマンである。
この話しが本当かどうかはわからない。が、実際騎士の出身国が何倍もの兵力の隣国と戦争になり、辛くも勝利しているというのは実話だったりする。
こんなロマンチックな逸話のあるタリスマンを造る授業があることは、すぐに学園のソーサラー以外にも広まっていき、大抵は同じパーティー内の戦士に渡すことになるので、貰えなかった戦士は涙に暮れる、というちょっと迷惑なイベントになってしまっている。
授業で造る物なもんだから一個しか造らない、というのも話しが大袈裟になる理由だ。一個しか無い物なので『いつも世話になってるから』という気楽な渡し方が出来ない。『初めて造った大事な大事なタリスマン様』になるのだ。
わたしは腕を組み、廊下を歩きながら唸る。
「やっぱりヘクターも知ってるわよね……。こんだけ有名な話しだし」
今回のタリスマンを造る授業はわたしたち五期生だが、もちろんわたしも去年以前から知っていた。先輩たちが泣いて笑って大騒ぎの現場を何度も見てきている。
「こんだけいらない騒ぎが毎年起こってるのに授業が無くならないのって、絶対教官たちも楽しんでるわよね……」
そう呟き廊下の曲がり角を進んだ時だった。がつんっと景気の良い音と共に頭に衝撃が走る。
「いだっ!」
わたしは頭を押さえてしゃがみ込み、ぶつかったのであろう相手も顎を押さえて座り込んでいる。涙目になりながらも相手の顔を見ると、ヘクターのクラスメイト、赤毛のクリスピアン君であった。わたしの頭がもろに顎に決まったらしく、クリスピアンの目の焦点は少し定まっていない。
「だ、大丈夫?」
わたしが問うと、はっとしたように顔を上げる。
「俺の方こそ、わ、悪い。……ってリジアちゃんじゃん」
クリスピアンは手を合わせて頭を下げつつ「ゴメンっ、許して」を繰り返している。そんなに謝られると、逆にムッとしてくる。
「お互い様なのに暴れたりしないから、止めてよ」
「い、いや、姫に怪我させたらヘクターが恐い……ってゴメンなさい、もう言いません」
わたしの能面のように変わる表情を見たのか、クリスピアンは土下座した。この人までからかってくるって、どういう風に話してるのよ、と彼のパーティーメンバーであるキーラの顔を思い浮かべる。どうせお子様なわたしを二人してからかっているのだろう。
「どうでもいいけど、どうしてこんなところにいるのよ」
わたしが聞くとクリスピアンはばつが悪そうな顔になった。ここはソーサラークラスとソーサラーの教官室の間にある廊下だ。ファイタークラスの彼が用事があるとは思えない。ふと、ある考えが浮かぶ。……ははあん、さては、
「キーラの様子を見に来たのね」
わたしは腰に手を当て睨みつけた。考えてみればわたしと彼の身長差を考えると彼の顎にヒットしたのが不思議なのだ。背の大きな彼の体を考慮すればクラスピアンの方が腰を屈めて身を潜めるようにしていたとしか考えられない。「ばれたか」とクリスピアンは肩をすくめた。
「で、キーラが誰にあげるか、とか聞いてない?」
ばれたらどうでもよくなったのか、クリスピアンは堂々と聞いてくる。
「……何の話し?」
「またまた、惚けちゃって。リジアちゃんもあげるんでしょ?タリスマン」
はあ、とわたしは溜息をついた。
「やっぱり知ってるんだ、その話し。ていうか、今日が返却日ってことまで知ってるんだ?」
尋ねながらわたしは思う。彼の好きそうな行事だもんなー。タリスマンを実際に造ったのは先週のことだ。授業終了後、一度教官に提出して、返ってきたのが今日のことだ。
「そりゃあ知ってるさ。学園に入ってからの一番のイベントだもん」
「底の浅さが伺えるわね」
わたしの言葉にクリスピアンはがっくりと肩を落とす。
「そう言わないでくれよー」
クリスピアンはソーサラークラスのわたしでも名前を知っているぐらい、魔術師クラスでも話題に上がるような所謂『モテる人』だが、ノリの軽さがヘクターとは対象的だ。ようするにモテるけど本気の人は少ない可哀想な人、といえる。タリスマンをあげる程の人は少ないのかも。
「……話し戻るけどさ、知らない?キーラが誰にあげる、とか」
真面目な顔に戻り、聞かれるが答えていいものかわたしは口籠る。キーラとクリスピアンが同じパーティーとは何分目立つ二人なため知っていたが、もう一人いるからあげない、ってはっきりと言ってたもんなあ。もう一人って誰だっけ?
しかしクリスピアンはわたしが口籠るイコール知っている、と解釈したらしく食い下がってくる。
「教えて!頼む!俺の学園生活がこれに懸かっていると思って!」
余計言い辛いわ!……ということは言えないな……。逆に正直に伝えた方が傷は少ないかも、と思い渋々わたしは口を開いた。
「あげないんだって、誰にも」
「へ?」
「同じパーティーに二人戦士がいるから、揉め事は起こさないように自分で使うんだって」
それを聞いて一瞬固まっていたクリスピアンだが、はああ〜と長い溜息をつく。
「なるほどね、誰にもあげない、か。はあ、そうだよな、わかってたはずなんだ、そういう女だって……はあ、いかにもあいつらしい」
がっくり、という言葉がぴったりな反応を見せてくれるクリスピアン。慰めるべきなのか、ほっとくべきなのか。
「……いや、リジアちゃんは気にしないでくれ」
クリスピアンは、はは、と力ない笑いを浮かべた。目の端光ってますけど。