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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
三話 ヘクターは夢を見る
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夢を見た。

一人の少女が泣いている。

声を上げて泣いているわけではないが、静かに涙を流す姿が痛々しくてひどく寂しい。

思わずヘクターはその少女の頬に伝わる涙を拭おうと手を伸ばした。

届かない。

目の前にいるのに。

もう一度、手を伸ばす。

少女が驚いたように目を見開くのを見て、反射的に手を引っ込めた。



目の前には見慣れた自室の天井があった。ヘクターはぼんやりする頭を無理矢理起こすと深く息を吸い込んだ。足が木目の床に着いたところでゆっくり吐き出す。

何か夢を見た気がする。長く続いて欲しいような夢だったのが、急激に早く終われ!と意識が変わった途端に目が覚めたのだ。どんな夢だったか思い出そうとするが出来なかった。ひどく喉が渇いている。あまり良い夢ではなかったのかもしれない。

顔を軽く叩くと部屋を出る。廊下を祖父が庭から戻って来るところに出くわした。

「おう、おはよう。なんだ、変な夢でもみたのか?妙な顔して」

祖父に言われてヘクターは苦笑する。

「いや、どんな夢か覚えてないんだ。だから気持ち悪くて」

「そりゃぐっすり寝たってことで良いじゃないか」

祖父はぽん、とヘクターの背中を叩くと片手に持っていた庭の花を手渡してきた。

「ばあちゃんに渡しておいてくれ」

自分で渡せばいいのに、という言葉は口には出さない。祖父の性格はよく知っている。庭で育てた花を渡すことすら恥ずかしいのだろう。

「これ、何?」

「シャクナゲだ。食卓に飾る花を欲しがってたから切ってきた」

「そう、渡しておくよ」

祖父が頷くのを見てから台所に向かう。

「おはよう。あらいい男が花なんて持っちゃって」

祖母が卵を焼く手を止めて冷やかしてきた。

「じいちゃんが庭から切ってきた」

祖母は嬉しそうな顔をしながらも「また孫を使って」とぼやく。

「パンが焼けてるわよ。食パンを隣りのカロリーナから貰ったの。こんなよ、こんな」

祖母は両手で大きな円を作った。

「今度お礼言っとくよ」

「ええ、お願いね」

祖母から花瓶を受け取り、食卓に移動する。

隣りのカロリーナ親子は何かとヘクターの家の世話を焼いてくれる。年寄りの家に男の子一人だと何かと不便じゃないか、と心配してくれているのだろう。ヘクターはいつの間にか隣りで朝食を食べている祖父のすっかり白くなった頭を見た。もそもそ口を動かす横顔は、少し自分に似ている気がする。

ヘクターの両親も、祖父母も決して早い年齢で子供を産んだわけではない。だから祖父母の年齢も、また見た目もヘクターと並んだ際「見ようによっては親子にも見える」とはかけ離れたものであり、現に母側の祖父母はすでに病死している。

この歳になって孫を、しかも男の子を引き受けるのにどれだけの勇気がいっただろう。一度も孤児院行きなどを考えなかった祖父母には感謝しかない。元々風来坊だった両親の代わりに自分を育ててくれた祖父母には両親以上の愛情を持っていると言っていい。ただ、なぜだろう、「両親は?」という質問にはまず本当の両親の顔が浮かぶのだ。当たり前の事なのかもしれないが、それが少しもどかしかった。

「来年にならないとローラスからは出れないんだってな」

祖父が目線は皿の上のパンに向けたまま聞いてくる。

「そうだよ。どこか用事でもあった?」

「いや、……サントリナの友達に会いに行くのはもう少しあとになるな」

サントリナはローラスの隣国だ。ローラスより少し暖かい風と深い青の海を思い出す。

「いいよそんなの。もうこっちの方が馴れたよ」

故郷ウェリスペルトに戻りたい、それが祖父母から唯一言われたお願いだった。ヘクターはすでにサントリナの学園の3期生になっていたが喜んで受け入れた。友と別れる寂しさもあったが、新しい町に行く期待の方が大きかった。ローラスはサントリナに比べて大きく、都会だというイメージもあったからだ。それでもいまだに祖父母は気にしているらしい。

「今度友達連れてくるよ」

サントリナにいた頃は幼かったこともあって、よく家に友達を連れてきたのだ。今は友達と家で遊ぶ、ということも無くなってしまったので余計心配しているのかもしれない。それは年頃からくるものなのだけど。ヘクターは二人を安心させる意味で提案した。

「女の子か?」

「……どっちでもいいよ」

じゃあ女の子がいいなあ、という祖父の言葉を無視して立ち上がった。結局、歳のわりに落ち着いた孫をからかいたいだけなのだ。

支度を終えると台所で洗い物をしている祖母に顔を出す。

「いってきます」

「あら、もうそんな時間?いってらっしゃい」

玄関を開けた先には祖父が育てた植物たちが朝日に向かって敬礼している。門を開けたところで隣家の住人が家の前の掃き掃除をしているところを見つけた。早朝に出る時も必ず姿を見る事から、よっぽど大掛かりな掃除を毎朝繰り広げているのだろう。

「おばさん、おはようございます」

ヘクターが声をかけると隣人のカロリーナが猛烈な勢いで走ってきたので思わずたじろいだ。少し太めの彼女が走ると迫力を感じずにはいられない。

「おはよう!パン、どうだった?」

「美味しかったですよ。いつもありがとう」

「良かったわあ。ミシェルにも言っとくわ。ああ、娘と作ったのよ!」

『娘』という単語を強調される。ヘクターはきっと料理が出来る娘、ということを自慢したいのだろう、と解釈した。

「今度ミシェルにも会ってやって!お茶でもしに来たら……ああ、なんなら今呼んでくる?」

カロリーナの申し出を「遅刻してしまうので」と断ると、ようやく解放された。



いつもの場所から大型の馬車に乗り込む。歩いて通えないこともない学園までの道のりだったが、この大型馬車、通称『バス』で通うことを選んだ。毎日朝から夕刻まで走り回される授業にくたびれたのもあるし、乗り物に乗った際のひたすらぼーっとする時間が好きだったからだ。

しかし、その理由も今は変えた方が良いかもしれない。

二列に伸びる客席の右側後ろから二番目、彼女はいつもそこに座っている。大きな鞄を隣の席に置いて分厚い魔術書と睨み合っている。

「おはよう」

ヘクターが声をかけるとぱっと顔を上げ、大きな緑色の瞳と目が合った。忽ち笑顔になったかと思うと、今度はあわてふためくように本をしまいだしたり忙しい。少女が鞄に本をしまったところで鞄を網棚に乗せてやる。

「ありがとう」

少女の言葉を聞いてから、ヘクターは少女の隣に座った。じっとこちらを見る瞳に顔を向けるが、目を逸らされてしまう。少し寂しい気もするが、何か言いたい事があるのかもしれない。しばらく待つが何も言葉が無いのを確認し、こちらから声を掛けることにする。

「リジアは行きたい所決まった?」

ヘクターが聞くとリジアは首を振った。

「行きたい所はいっぱいあるけど、ここ!って所が無いんだよね」

今日はメンバー達と次に行く冒険の地の話し合いをする予定だった。この時期が一番どきどきとして楽しい。

誰かが窓を開けたのか、リジアの金色の髪が揺れる。二の腕に触れたそれがくすぐったくて手を出しそうになるが止める。気にするだろう。

「でもまあ、何処に行くことになっても楽しめると思うんだけどね、わたしは」

そう言って笑う彼女を見て、ヘクターも頷き笑った。

前から思っていたことだがこの少女と話している間、夢を見ているふわふわとした感覚に似たような不思議な気分になる。きっと彼女の雰囲気がそうさせているのだろう、とヘクターは一人納得した。

「ヘクターは?」

リジアに顔を覗きこまれ、ふと今朝見た夢が朧げに思い出される。確かこんな情景があった気がする。……駄目だ、思い出せない。リジアの不思議そうな顔を見て、自分が彼女の質問に答えていないことに気づく。

「いや……、俺もどこでもいいんだ。行ってみたい場所はいっぱいあるしね」

そうだよね、と言って笑うリジアを見て安心する。

そうだ、彼女は泣いてなんかいないんだ。

そう納得したところで「何故そんな事を?」と再び首を傾げてしまった。

学園に到着するとリジアと別れる。リジアはソーサラーを目指す。校舎は魔術師クラスが纏まって入る東側の校舎。ヘクターは西側の校舎に向かう。

途中、クラスメイトの何人かに出会って近況を報告しあいながら自分の教室に向かって廊下を歩いていると、見知った顔を見つけた。ふわふわと羽根が揺れる帽子をかぶった少女に近づくと声を掛ける。

「おっす」

少女は振り向くと長い睫毛を瞬かせた。

「おはようございます、ヘクターさん」

相変わらず丁寧な挨拶だ。それにある意味いつもと変わらない格好、赤を基調とした古めかしい騎士のコスプレにヘクターは少し嬉しくなる。

「今日も面白い格好だね」

ヘクターが言うとイルヴァは心持ち嬉しそうに本日の衣装の説明をしてくれた。

「最近はタヌキにも怒られなくなりました」

タヌキとはファイタークラスの授業を受け持つ一人の教官のあだ名だ。自分の武勇伝を語るのが大好きな割には締まりのない体をしているので、ファイタークラスでは侮蔑している者も多い。

イルヴァの服装をこのタヌキだけでなく、生徒の間でも怪訝な顔でみるものは少なくなかったし、「ルックスは最高なのにな」と笑うのがヘクターの周りの人間の評価だった。そのため同じパーティに入る前から彼女のことは知っていたが、ヘクター自身の思いとしては「楽しそうだからいいんじゃない?」とある意味冷めたものだった。彼女の服装が派手なことよりも、それを貫く彼女自身が良いものだと思ったのだ。

ヘクターが、

「よく似合ってるよ」

と言うと、イルヴァは「早くリジアに見せたい」と言い、口元がほころぶ。そんな彼女と後ほど会う話しをして別れる。

彼女はリジアが好きなのだ。「いつか、リジアと騎士とお姫様ごっこしたいです」と言ったイルヴァを思い出す。リジアは丁重にお断りをしていたがヘクターも「似合いそうなのに」と思ったのだった。その遊びはよくわからないけれど。

自分は?自分の夢は?

思考する頭に一振りに剣が浮かぶ。が、首を振るとそれを胸の隅に追いやった。今は考える時期ではないのだ、と納得させながら。

「どうした?何か悩みがあるなら相談のるぜ、兄ちゃん」

ずしり、と肩が重くなる。

「……危ないだろ、フロロ。急に乗られたら首に悪い」

ヘクターは前振りも無く肩に乗ってきたモロロ族の青年に注意した。

「そう言うなよ、あんたが悩んでると俺もつらいぜ」

フロロは降りる気配もなく少しずれた返事を言ってのけた。

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