表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
十話 討伐!アウラウネ
35/39

6

「っか〜!頭燃えそう!」

わたしは古代語のテキストを前に悶絶する。今日の授業で習った範囲を一気に頭に叩き込もうとしたが土台無理だったらしい。魔法とは関係のない単純な知識としての分野だったので、興味は薄いしいつも以上に脳に入っていかないのだ。

「古代人がどんな文学に興味があったなんてこっちは興味ないんだけどなあ」

わたしはぶつぶつ呟きながら教官の書き込みが残る黒板を眺めていた。すると脇から声が掛かる。

「おい、面白いこと分かったぜ」

真っ黒頭に真っ黒ローブ、半分眠そうな目でこちらを見るのはロレンツ。わたしがテキストを机に置きつつ「何が?」と尋ねると、教室の扉を指し示した。

「図書室行こうぜ。サラとも約束したから」

「……あ、こないだのアウラウネの話し?」

サラの名前が出てきた事でわたしはぴんとくる。ロレンツはにやっと笑うと頷いた。



「なんか懐かしい感じだわ!」

二期生の時に同じクラスだったわたしとロレンツと向き合い、サラは妙に嬉しそうだ。そんなサラを横目にロレンツは一冊の冊子を取り出すと図書室の広い机にぽん、と置く。

「何これ?」

『人面植物の生態、分類における考察』とある表紙にわたしは首を傾げる。中をぱらぱらと見るが小難しい内容のようだ。見慣れない単語が並ぶ様子を見るに随分専門的なレポートみたいだけど。

「教官から借りてきた。まだ研究段階のレポートみたいだけど、中々面白かったぜ。モンスターの生態を研究する学者の中でも植物系を専門にする人が書いたんだってさ」

へえーと返事するわたしとサラにレポートの一ページを広げて見せるロレンツ。

「マンドラゴラって分かるか?」

彼の質問にテオニスの森でヘクターとしたやり取りを思い出す。

「引っこ抜くと悲鳴上げるやつでしょ?」

わたしが答えるとロレンツは頷く。

「そう、森に棲息して普段は地中に埋まって養分を吸ってる。でも引き抜かれると『この世のものとは思えない悲鳴』を上げて相手を失神させるモンスターだ」

「通常はその隙に逃げるだけなんだけど、大きく成長した個体は失神した相手の養分を吸ったりするみたいよ」

サラの淡々とした話しに、

「そうなんだ、こわっ!……あ、マンドラゴラって漢方に使われたりするから人間を怨んでたりするのかな」

わたしがそんな返しをしているとロレンツが手で割って入ってくる。

「そんなもんでいいだろ、今回はこっちの話し」

そう言って指差すのはレポート内にある赤い人面植物の絵だ。わたし達が捕まえたマルガリータより随分凶悪な顔になっているがアウラウネのイラストらしい。下にずらずらと並ぶ難しそうな文章にわたしはロレンツの顔を見る。

「マンドラゴラとアウラウネの違いを中心に書いてる。なんで色が違うのか、とかな。これによるとアウラウネっていうのは他の生き物の『瘴気』『負の感情』を吸い取るんだ」

ロレンツの言葉にわたしとサラは顔を見合わせる。

「負の感情っていうと怒りとか悲しみとか、そういうこと?」

サラは少し訝し気だ。そんなものが栄養になるのか、というのはわたしも気になる。が、町に戻った時のことを思い出してはっとする。

「それで人間が集まる『町』に戻ったら元気になったってわけね」

わたしは口にしながら不思議な仕組みに感心していた。ロレンツはうんうんと頷くと人差し指を立てる。

「それだけなら悪い気を吸う良いモンスターみたいに感じるけど、もう一個、少し問題な特性がある。栄養となる負の感情を作り出すために周りを混乱させることが出来るらしいんだ。いたずらして怒りの感情を湧かせるだけに留まらず、生態系をねじ曲げるような混乱も引き起こすんでレポートには『危険生物に指定するべき』って主張がある」

一瞬の沈黙の後、わたしはあの巨人モンスターを思い出す。

「トロールのことね」

「そう、本来岩場や荒野が住処のトロールが森にふらふら現れたのもアイツの仕業だと考えていいだろうな。実際鉢合わせしたお前らにはあの破壊力が森に現れた危険性、何となく分かるだろ?」

ロレンツがにやっと笑うとサラは大きく頷いた。

「確かにあの調子で木をなぎ倒されたら溜んないわね……。他の生き物も寄り付かなくなっちゃうし、住居構えられて集団になったらすごく厄介よ」

成る程、そういう混乱もマルガリータにとっては『美味しい好物』になるわけか。わたしにちょこちょこいたずらしてきた姿を思い出し、苦笑した。腹立ってしょうがなかったけどああいういたずらで済ませてくれれば可愛いと言えなくもない。そこまで考えてふと思う。

「でもそうなると町に住んだ方が幸せ、っていうか合ってるんじゃない?だって人が大勢いる場所なら常に負の感情は漂ってるわけで」

わたしが言うと二人も頷く。

「現に元気になっちゃったもんね。……森には遊びに行ってみたけど『食べ物』が少ないんでびっくりしたのかも。もう逃げ出したりしないんじゃない?」

サラはそう言うとふふ、と笑った。

「にしても、今回楽しかったわー。いつもと違うメンバーで行動するのってわくわくしたし、リジアとロレンツとこうやって久々にお話出来たし」

サラの笑顔にわたしとロレンツはもじもじとする。こういうことを普通に言えるのも、その笑顔もなんだか眩しいのだ。根暗二人の居心地が少々悪くなるのも仕方が無い。

「ロレンツもたまには良いんじゃない?わたし達が旅に出てる間って勉強ばっかりしてるんでしょ?」

わたしが彼の腕を突くと嫌そうに首を振った。

「俺はやっぱいいや。毎回付き合わされる度に向いてないって実感するんだよな。雨降って最悪だったし、ディノはうるさいし、疲れたし」

最後の一言にわたしが呆れているとサラが手を叩く。

「そうそう、ディノってロレンツとは幼なじみなんだって!ロレンツが研究科に進んじゃうから一緒にパーティー組めなくて、がっかりしてたんだってね」

「へー、それでこういう機会には誘いがあるんだ?」

わたしは黒髪の戦士の姿を思い出し納得する。随分対照的な二人なのが面白い。

「向いてないもんはしょうがないだろ?俺は研究の分野でサポートするから、何かあれば聞きにきてくれよ」

「あら頼もしい」

ロレンツににこにことしていたサラの顔がふ、と真顔に戻る。

「ところで……ずっと気になってたんだけど」

そう言うとサラは目線だけを図書室の入り口へと向けた。ロレンツも同じように何かを横目で確認する。

「あー……あれだろ?ソーサラークラスでもずっと張り付いてるぜ」

「二人とも、気にしないでいいわよ」

わたしはそう答えると大きく溜息をついた。図書室の入り口からじーっとわたし達を見る人物。ファイタークラスのエルナである。背中に背負うソードが小さな体には重そうだ。赤み掛かった茶の髪の下から覗く大きな目がわたしをずっと見ている。何度か目線を合わせたが、あちらは視線を逸らすこともはたまた話しかけてくることも無く、ただじっと見ているだけなのが怖い。

サラとロレンツが落ち着かないようにきょろきょろと視線を動かす中、図書室の反対側の入り口が勢い良く開かれる。遠慮の無い態度で入ってくるのはひょろひょろとした長身に緑頭の目立つ風貌の男、アントン。

「おいサラ、ミーティングだとよ」

そう言い放つと何故かわたしとロレンツを順に睨む。わたしはしっしと手を振った。

「はいはい、鋭い眼差しかっこいいですね」

「……ほんとに可愛くねえ女だな」

頬をぴくぴくとさせながら吐き捨てるアントンが、自分の入ってきた入り口とは反対側を見るとぎくりと固まる。

「な、なんでお前ここにいるんだよ!」

エルナを指差し怒鳴るアントンにわたしはイライラとしてきた。わたしが粘着される原因の半分がアントンだからだ。確かにファイタークラスの彼女がこんな所にいたらびっくりはするだろうけど一々うるさい。「こんな所で油売ってる暇あったら……」と続く喚きにわたしは立ち上がる。

「可愛い子からかいたいのは分かったから、早く行けば?サラを呼びに来たんでしょ?」

わたしの言葉にアントンが振り返り、何か言いたそうに口を開くがサラが「はいはい行きましょうー」と廊下に連れ出した。後に残されるのはわたし、ロレンツ……とそれをじっと見るエルナ。なぜ彼女に粘着されているか、という理由だがこの前の一件で何度かわたしがアントンから庇ってやったことが原因らしい。じっと見る彼女の熱い視線からわたしは背を向ける。これがヘクターを巡る嫉妬の視線ならまだ分かるのだが、ひたすら「お熱」な空気をばんばん感じる。大変苦しい。

「お前って変な奴に好かれるよなー」

妙に感心げに呟くロレンツをわたしは睨みつけた。あれが彼女の身の守り方であり、悪いのは執拗に絡む人間の方だ、と無理矢理思い込むことにする。しかし、これをヘクターは長期間やられてたのか……。彼のような大らかさが無いわたしはすでに限界なんですけど。

「俺がお前を女として見れない理由が分かった気がするなー」

「何、遠回しに『自分はまとも』アピールしてんのよ!」

わたしは机にあるレポートでロレンツの頭を叩くと、再び大きく溜息をついた。



fin

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ