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ぱちぱちと爆ぜる木片と赤く照らされる皆の顔。魚の香ばしい匂いにもわたしの心は冴えない。
「どうすんだよ!」
予想通りの反応を見せたのはアントンだった。デイビスにおでこをぱちんと叩かれながらもこちらを指差し、目を吊り上げている。昼休憩を取った河原まで戻り、予定には無かった夕食の時間である。なぜ真っ直ぐ町へ戻らずにぐずぐずしているかというのがアントンが怒鳴る原因だ。すなわち今回の捕獲の標的をわたしがぺったんこに踏みつぶしたこと。それを話し合う必要が出たことだ。
「まあまあ、そんな気落ちしないでよ。わざとじゃないのはみーんな分かってるからさ」
あくまで明るいクリスピアンの慰めには大きく息を吐きながらも「ありがと」とお礼を言う。
「なあ、これいらなくなったら俺にくれない?研究したいからさあ」
ロレンツのずれた提案には睨んで答えた。そんな様子にイライラを爆発させたようにアントンが再び怒鳴る。
「だから!どうすんだよ!これ!」
「うるさいなあ!言っとくけどわたしは海より深く反省してるのよ!どうにか出来るならやってるの!喚いてもしょうがないから今考えてるの!ちょっと黙っててよ!」
わたしが怒鳴り返すとアントンの隣りにいるエルナの目が見開かれる。アントンも一瞬面食らったようだったが、更に顔を赤くして叫んだ。
「そそそそそれが反省してる態度なのかー!」
「半分植物みたいなもんなんだから、栄養たっぷりの腐葉土に入れておくとかどうかしら」
喚き続けるアントンをシカトしてサラが提案してきた。確かに……ぺったんこにはなってるけどアウラウネの様子は「ご臨終」っていう雰囲気じゃないんだよね。顔もあいかわらず笑顔だし。動いてもいないし鼓動も無いけど、元気な時は心臓が動いて体温があって、という体だったのかどうかも分からない。
「もしどうにもならなかったらアルフレートにも聞いてみようよ」
ヘクターがそう言うとにこりと笑う。わたしも苦笑しながら頷くが、あのエルフの手をすんなり借りれるものか……と考えていた。
城壁としての役割を担っていた時代からあるウェリスペルトの円形の外壁。その上から人々の生活を窺わせる明かりが瞬いている。ただいま、ウェリスペルトの町。さっさと帰ってお風呂に入り、汚れた服を着替えたいところだけど足取りは重い。
「学園にアドバイス貰いに行く?それとも依頼人に会いに行く方がいいか……」
デイビスがうーん、と唸る。うう……申し訳ない。本当なら胸はって依頼人に渡せば良かったものを、わたしが台無しにしちゃったんだもん。これで本当にアウラウネをどうにも出来なかったらどうすればいいんだろう。弁償?でもお金で済む問題でもないような……。
町の入り口に来るとこの時間でも長距離バスが忙しなく行き交う光景が目に入る。コルバインが走り行く道の端をとぼとぼと歩いて行くわたしに声が掛かった。
「別に森で発見した時には潰れてました、で良いんじゃね?だって実際にトロールに襲われる所だったんだろ?」
黒髪の戦士ディノがあっけらかんと言うがわたしの気持ちが軽くなるような事は無かった。のだが、
「リジア!手!」
サラがわたしを指差し叫ぶ。思わずびっくりして落としそうになった手の中に有るものを、顔の前に持ち上げて見る。あのぺったんこになったアウラウネの亡骸?である。風船に空気を入れるように薄っぺらくなった体がじょじょに膨らんでいくではないか。あまりのことに呆然とするわたし達が見守る中、すっかり元の大きさに戻ったアウラウネはわたしの手のひらの上にちょこんとあぐらをかくと、こきこきと肩を鳴らす仕草を見せた後「ウケケ」と笑った。
「マルガリータ!」
ひしっと抱き合うアウラウネと派手な装いのマダムを見守るわたし達。ウェリスペルトの中でもお金持ちの集まるマーセスター通り、その中の一軒のお屋敷がアウラウネ——マルガリータちゃんの御宅であった。前庭にある大きな噴水といい薄ピンクの建物といい少々派手な邸宅である。
「ありがとう、世話になったね」
玄関前、でっぷりと太った旦那さんにお礼を言われる。抱き合う奥様とアウラウネの様子を見るに飼っていた本人で合っているようだ。デイビスが簡単に挨拶を済ませ、皆でお屋敷を後にする。ちらりと振り返るとマルガリータがわたしに向かってゆらゆらと手を振り、にたにたと笑う姿があった。……やっぱり可愛くない。
敷地から出て街灯に照らされる通りに出るとロレンツが腕を組み、皆を見渡す。
「で、なんで元に戻ったんだ?」
返事は無い。誰も分からないからだ。もちろんわたしも同じこと。全員が無意味にお互いの顔を見回し、
「ま、いいじゃねえか」
リーダーデイビスの一言により、今回のクエストは終わりを迎えたのである。
「飯食って行こうぜ!」
ディノの大声にロレンツが顔をしかめる。
「さっき河原で魚、食べたじゃないか」
「あんなもんじゃ足りねえよ」
ディノの答えにデイビスも乗っかる。
「いいな、学食押し掛けてやってなかったら『白竜亭』行こうぜ」
うんうんと頷くメンバーが多い。やっぱり大食いの人が多いのね。白竜亭とは学園の近くにある安くてイマイチな味の大衆食堂だ。わたしは眉根を寄せて提案する。
「あそこ行くならローザちゃん家行こうよ。今日行ってないからわたしも行きたいし」
「……学園長の家ってことだろ?良いのかな……」
ロレンツの不安顔にわたしは彼の背中を叩いて答える。
「優しい学園長はきっと、腹ぺこな教え子を救ってくれるわよ」
「よっしゃー」という歓声が上がり、ぞろぞろと移動が始まった。ふと隣りを歩くヘクターが何かを考えるように暗くなった空を見上げているのが目に入る。
「どうしたの?」
尋ねるわたしを見るとゆっくり口を開いた。
「いや、やっぱトロールがあんな所にいたっていうのは学園長にも報告しといた方がいいかな、って」
あんな所とはテオニスの森の事だ。ということはトロールというのは普通は森には現れないモンスターってことなのか。こういうことはヘクター達の方が詳しいのかもしれない。前を行くクリスピアンが振り向いた。
「でもある意味ラッキーだったよな。そのままだったら絶対、トロール討伐の依頼が別に来てたぜ。そのままだったら二度手間だったし」
「……まあ、そうだな」
クリスピアンの言葉に曖昧に頷くヘクターが気になってしまう。が、わたしの目線に気が付くとふ、と小さく笑う。その仕草に聞きそびれてしまった。