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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
十話 討伐!アウラウネ
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4

ぬかるむ地面に足がもつれる。跳ね返る泥が膝裏に当たり不快だ。雨は上がったようだが雫を含んだ枝に捕まる度、衣服を濡らしていった。洞窟を出た辺りで既に見失っていたアウラウネを再び視界に入れることは叶わず、わたしとヘクターは自然と同時に足を止めた。

あがった息を整えた後わたしは呟く。

「いちいち癇に障る奴ね」

アウラウネの妙な動きを思い出し、わたしは眉根を寄せた。どう考えてもわざとわたし達の前に現れたとしか思えない行動。逃げ足に絶対的な自信があるのだろう。実際あの早さにはどんな足に自慢のある人であっても追いつけそうにないではないか。

「ちょっと考え直した方がいいな……。追いかけっこになったら捕まえるのは無理そうだから、不意打ち狙いじゃなきゃ駄目だね」

ヘクターの言葉にわたしも頷く。しかしあの軽快な動きの生物をひっそり捕獲するにはどうするべきか。こういう仕事こそフロロ達モロロ族が向いていそうなのに。

「とりあえず応援呼んじゃう?」

わたしはそう提案してみた。この辺りにいるのは確かなようだから、人数を増やしてみた方がいいかもしれない。

頷く仕種を見せたヘクターがわたしの頭上あたりに視線が動き、そのまま固まる。なんだ?と思いわたしは振り返った。

「あ」

垂れ下がる枝に器用に腕を絡ませたアウラウネがわたしの頭の上で揺れている。ひょい、と素早い動きでわたしに手を伸ばすと何かを取った。そのまま口に運ぶのは……ヘクターがくれた花だった。

「ちょ、ちょっとおおお!」

怒りのあまり手が震える。その反応を楽しむかのようにわざとらしい動きで大きく口を動かし、ごくり、花を飲み込んでしまった。げぷり、という音にぶちギレるわたし。

わたしのぶつぶつ呟く声が呪文の詠唱だと気が付いたヘクターが必死に止めてきた。

「そ、それはマズイ……」

わたしはアウラウネとの間に入るヘクターに涙目で抗議する。

「止めないで!せっかく貰ったのに!」

「後でまた取ってあげるから、ね?」

子供をあやすような口調にわたしは渋々引き下がる。木の枝にぶら下がりこちらを見るアウラウネは、始めから笑ったような顔を更ににたにたとさせていた。ひょい、とヘクターが手を伸ばすと案の定、ひらりと避けて地面にぱたぱたと舞い降りる。そのまま風を巻き起こしながら走り去っていってしまう。流石に追いかける気にならず、わたしとヘクターは顔を見合わせた。

「こっちをからかってるんだね」

そう言ってからヘクターはふふ、と笑う。まともに相手をしているのはわたしだけってことか……。そう考えると赤面してしまった。

「捕まりたくはないみたいだけど、俺達の周りをうろちょろしてるのは間違いないな。変な奴」

ヘクターの言葉にわたしは考える。アウラウネ皆があんな性格なのか、それともアイツの性格がそうなのか。後者だとすれば人間に馴れているが故にちょっかい出してきてるのかしら。だとすれば放っておけば自分で家に帰りそうな気もする。

「うちの犬があんな行動してたのよね。家から脱走した時、捕まえようとすると追いかけっこが楽しいみたいで逃げちゃって、放っておいたら自分から帰ってきたのよ」

「へえー、可愛いね」

ヘクターの暢気な返事にわたしは首を傾げる。可愛い、か?わたしは憎たらしかったけど。

そんなことを考えていると足元が揺れる感覚がした。なんだか感じたことのある感覚。近くを大きな生き物が動いているような……など考えているとみしりみしりという足音が聞こえてくる。

「あいつだ」

ヘクターがわたしの手を取り素早く動く。大きな木の根元に身を寄せると静かに辺りを窺う。足音が大きくなってくることに緊張しながらもヘクターの呼吸が近い為にあわあわとする。顔が近い。やばい、顔が赤くなってきた。

「……まずいな」

ヘクターの呟きに「何が?」と聞き返しそうになったが、わたしの目にもその原因が写る。大きな体に凶悪な顔をした恐ろしい巨人族のモンスター、トロール。その前にへたり込んでいるのはアウラウネじゃないか。

「ちょっと……早く逃げなさいよっ」

わたしは必死に小声で呼び掛けるがアウラウネが動く様子はない。もしかして腰抜かしてるんじゃないわよね。

時計塔ぐらいありそうな巨体が動く。どしり、という足音にアウラウネの体がふわりと浮き上がる。その時、わたしの隣りの人物が動いた。飛ぶような勢いでトロールの元に向かうとアウラウネに伸びていた腕を斬りつける。真っ赤な鮮血が飛び散った。

おおおおおおお!トロールの怒りの咆哮が鼓膜を震わせ、わたしは身を竦める。痛みの為の怒りなのか周りの木を軽々とへし折っていくトロールに腰を抜かしそうになったが、ヘクターが攻撃をかわし続ける動きにはっとする。応援を呼ばなきゃ!

わたしはぱっと浮かんだ呪文をとりあえず唱え始めた。何でもいい、合図になれば。手を頭上にかざすと上空に向かって発動させる。

「ライトニングボルト!」

バチバチ!と耳障りな破裂音を響かせながら電流が空へと伸びて行く。目が眩む光と上空を覆っていた枝葉がなぎ倒される派手な音に一瞬、トロールがこちらを向くが再びヘクターの剣が走る。トロールの雄叫びが響く中、丸太のような脛を赤い線が走ったのを見た。



トロールの膨れ上がった腕が振られる度、黒く変色した爪が木の表皮を削る度にわたしは小さく悲鳴を上げる。ヘクターの剣が再びトロールの足を薙ぐ。足下を狙ってるんだ、とようやく理解した。その成果が出てきたのかトロールの動きは鈍い。始めから軽快な動き、というわけではなかったが明らかにふらつきが見られる。それでもあの腕の一撃が擦るだけで人間なら吹っ飛んでしまうだろう。ヘクターに両腕が伸びる度に心臓が跳ね上がる。

「おうおう、やってるかあ」

この場に合わない間延びした声と共に出現した相手をわたしは振り返り見た。木の間から顔を覗かせたのは随分身長差のある二人。刈り上げた金髪に逞しい腕をジャケットから覗かせる戦士と栗色の髪美しい女の子。

「デイビス!サラ!」

「ちょっと待ってな」

デイビスは軽い調子でそう言うとサラに脱いだジャケットを渡した。雨で変色したそれは重そうだ。

「リジア、大丈夫だった?」

サラに尋ねられてわたしは首を振る。

「わたしは何もしてないもの。それより……」

わたしが視線を動かす先を見たのかサラがにっこり微笑む。

「ここは任せましょう」

サラの柔らかい声と被さるようにデイビスの吠えるような掛け声が響く。すでにトロールへと向かっていた彼のバトルアックスがトロールの足へ走る。骨が砕ける鈍い音とトロールの一際大きな怒りの声が森に響き渡った。あの巨人に臆せず飛び込む二人は単純にすごいと思うが、何の相談も無しに呼吸を合わせるヘクターとデイビスに普段の鍛錬が垣間見れた気がした。

もう一度デイビスのアックスがトロールの膝あたりにぶつかるとぐらり、巨人の体が傾く。

「やれ!」

デイビスの大声が響く。ヘクターが地面を蹴り、剣を走らせるのは巨人の首元。銀の一線が走った直後、ざあ!と辺りを血飛沫が舞う。ま……、う、

「あう……」

ヘクターの格好良さよりも目の前の光景のグロさにわたしはふらり、体勢を崩す。

「きゃ!ちょっとリジアー!」

サラがわたしの腕を取り、慌てて抱き起こそうとする。わたしはふらふらする頭を振りながら「面目ない……」と呟いた。そのまま尻餅つくようにへたり込むとお尻に妙な感覚がする。何かを踏みつぶしてしまったような、気持ちが悪い感触にすぐに意識を取り戻し立ち上がる。

「あ」

「げっ」

サラのぽかんとする声とわたしのだみ声が被さった。わたしの下にあった、いや「いた」という方が正しい。それは真っ赤な体のアウラウネ。わたしの体重でここまで?というほど見事にぺったんこになっているではないか。

「そ、それってもしかして……」

口をぱくぱくさせながら目を大きくするサラにわたしは引き攣り笑顔で答える。

「探してた……妖精さんよ」

わたしがひょいと持ち上げ平面の世界の人となってしまったアウラウネに溜息つくのと、こちらに戻ってくるヘクターとデイビスの目が見開かれたのは同時だった。

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