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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
十話 討伐!アウラウネ
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3

「この辺りから入ろう」

ヘクターが更に迂回するクリスピアン達の後ろ姿を横目で見ながら先を指差した。背の高い草が覆う先に森の入り口が見える。各自、バラバラの位置から中心部にあるマウニの巨木を目指し、アウラウネの捜索を行うのだ。

「さっき騒いでごめんね」

わたしは照れ隠しに呟いた。土に還るためなのか湿った落ち葉が足に柔らかい。

「いやいや、リジアが言わなきゃ誰かしら言い返してただろうし、いつもの騒ぎだから」

そう言って笑うヘクターを見て思う。『誰か』か。あなたの役目だったの?と聞きたくなるが流石に気まずい。ヘクターはわたしが彼らに起こったいざこざを聞いていることも知らないのだから、余計話題には出し辛かった。

真っ昼間というのに木の葉の屋根で薄暗い。でも差し込む日差しが美しいからか不気味さは無い森の中。空気も冷えていて心地良い。歩く度にぱきぱきと鳴る小枝の割れる音まで澄んでいる。こういう場所が本来の住処であるはずのアウラウネ。そりゃウェリスペルトの住宅地に押し込められたら逃げ出すわ。

と考えたところではっとする。森の中ってやっぱり人間以外の生き物の住処なのよね。モンスターだっているはず。いや、彼らの住処にわたし達がお邪魔することになるわけだ。わたしは気付かれない程度にヘクターとの距離を縮めた。

足下を気にするためにどうしても目線が下になる。落ち葉の間から見える赤い色が可愛い木の実を拾いそうになった。が、慌てて手を引っ込める。遊びに来てるわけじゃないものね。

前を行くヘクターが顔を上げる。つられて見ると滑らかな木の肌に絡み付く蔓植物が綺麗な花を付けている。わたしには手の届かない位置にある、白地に薄紫で彩られたそれを一つ手に取ると静かな動作で切り取った。

ヘクターの手がわたしの頭に伸びる。感触で結わき上げた髪の根元に花が添えられたのだと分かった。わたしにその行為をしてくれたのだと思うと飛び回って大騒ぎしたくなる程嬉しい。しかし何だかこの静かな空気にお礼も言いそびれてしまった。



歩き進めるごとに周りの木の様子が違ったものになってきた気がする。わたしの胴回り程の木が並んでいた景色が、今は腕を回しても届かなそうな太い幹へと変わっているのだ。それだけ奥に進んできたのだろう。

「何の気配も無いなあ……」

ヘクターが呟いた。小鳥の鳴き声や小動物が枝を走るような音は聞こえてきたが、アウラウネはもちろんモンスターに出会うことはなかった。

「あ、そっち気をつけて」

ヘクターがわたしの右手を指差した。急に地面が消えているのがわかる。崖になっていたのか……。薄暗いし茶と緑に染まる世界だからか、目につき難い。

「ありがとう」

わたしがそう答えた時、何だか地面が揺れている感触が足に伝わってきた。ヘクターが静かな動作で崖下を覗き込むよう、足を踏み込む。

「……トロールだ。大丈夫、向こう側にいるから」

彼の背中に隠れるようにわたしも崖下を覗き込む。くすんだオレンジ色の肌の巨人が下をのしのしと歩いている姿があった。遥か下に見える景色だというのにはっきりと姿を確認出来る。ばきばきと簡単に踏みしめる木の枝は実際はどのくらいの太さがあるものなんだろう。

「でもこんな所をうろついてるなんてな……、腹空かせてるのかもしれない。少し逸れよう」

ヘクターが左手を指し示す。わたしはへっぴり腰になりながら頷いた。ふあー、初めて見る巨人族だけど、あんなの間近に見たくないわ。

「あいつがいるから他の生き物が見えないのかしら」

少し足を早めながらわたしが尋ねるとヘクターも頷く。

「そうかも。まあ大抵の生き物は人間の方を怖がるわけだから向こうから避けてくれるしね。……でもああいうのは別。逆に向かって来るよ」

それを聞いてわたしは飛び上がる。ヘクターが慌てたように首を振った。

「ごめんごめん、脅かすつもりじゃなかったんだ。いざって時は絶対守るから、大丈夫」

「……素敵」

思わず出た声にわたしははっとして頭を振る。な、何を言ってるんだわたしは。

しかし『モンスター』という言葉の意味が少し分かった気がする。分かり合えない絶対的な何かがある生き物をそういう言葉で括るのかもしれない。



「アウラウネってどういう性質なの?」

ヘクターからの質問にわたしは首を傾げた。どういう探索が効果的か、という意味だと思うがわたしはうーん、と唸る。

「マンドラゴラって分かる?」

わたしが聞くとヘクターはピースサインにした手を逆さにした。

「こんな形の植物のモンスターでしょ?地中にいて、引っこ抜くと奇声あげるとかいう」

「そうそう、その悲鳴で相手を気絶させるのね。それからその弱った相手の養分を奪うって言われてるけど、実際は逃げ出すだけみたいよ」

その亜種になるのがアウラウネ。大きさ、見た目もそっくりだが、体の色がマンドラゴラが薄茶の植物の根の色をしているのに対して、アウラウネは真っ赤だということだ。ただどうして色が違うのか、マンドラゴラとどういった点が違うのかがわかっていない。研究者はいるだろうけど一般的な魔術師の知識として出回る程ではないのだ。

「わたしもわかんないのよね……。でも森に住む生物なのは確かだと思うけど」

わたしがそう答えた時、何かに足が引っかかる。足下には気をつけていたはずだけど今の話しに気を取られたか、派手にすっ転んでしまった。落ち葉が舞い、膝と手のひらに痛みが走る。

「大丈夫!?」

「……いった〜、な、何?」

ヘクターに腕を取られながらわたしは後ろを振り返る。木の根が走るところは避けていたと思ったのに。と、わたしは立ち上がる途中の動作で固まってしまった。後ろで動くもの。人間の膝下ぐらいの大きさのニンジン……いやアウラウネ!

体から枝分かれした根のような細い手足に子供が描いた落書きのような顔。どうやらわたしが躓いたのはこいつらしい。向こうもおでこと思われる箇所を擦るように撫でていて、その度に頭のふさふさとした葉っぱが揺れている。

「い、いたー!!」

わたしが絶叫するとアウラウネは手足をばたつかせて飛び上がった。そのまま地面に着地すると同時にわたしとヘクターの間をもの凄い勢いで通り過ぎていく。巻き起こる風に唖然としていると、

「追いかけよう!」

ヘクターに声をかけられ、ようやく意識を取り戻した。

「う、うん!」

勢いよく返事をし振り向いたは良いが、走る先には既にアウラウネの姿は見えなくなっていた。



「いないな……」

ヘクターが大きく溜息をついた。先程出会ったアウラウネを追いかけ、ひたすら走ってきたが再び見かけることは出来なかった。

「あんなに足が早いとはね……、参ったわ」

わたしも大きく息を吐くと周りを見回す。もう大分マウニの巨木に近付いているはずだ。大きな幹の大木が多く、地形がでこぼことしているので走るのも怖くなってきた。それに日が傾いてきたのか明かりが無いと厳しい。

『ライト』

わたしは明かりの呪文を唱える。光体が現れふわりと浮かんだ。足下が明るくなりほっとするも、ぽつり、と頬に何かぶつかる。間を置かずに雨が葉を打つ音の大合唱に包まれた。

「うわ、ついてないなあ」

ヘクターがそう呟くとわたしの手を取る。

「こっちに」

そう案内する彼に大人しく付いていくことにする。雨宿りの場所を探すらしい。苔むした地面は足を滑らせそうで厄介だ。案の定、何度か滑りそうになるがヘクターが支えてくれた。同じように足二本の体のはずなのに、なぜここまで安定性が違うのか……。わたしの靴の選び方が悪いのかしら、とヘクターのブーツを眺めていると、

「ここで少し休もう。多分、夏の通り雨だからすぐ止むと思うんだ」

そう指し示されたのは木々の合間からぽっかりと口を覗かせた広い洞窟だ。よく見ると太い根が幾重にも折り重なって出来ている。不思議な光景にわたしは暫し根の天井を眺めた。奥を見ると先が見えない程に深く広い。どこに繋がっているのだろう。

「この辺じゃ雨が入り込んじゃうね。もっと奥に行ってみてもいい?」

わたしが指差し尋ねるとヘクターはにこっと微笑み、先を歩き出した。見慣れない世界にわたしはどきどきとしながら後を付いて行く。二人の足音が反響する。目線を下ろすと根の絡まった絨毯があった。

少し行くと隆起した根の塊がぼこぼことある所に出た。

「この辺で休もう」

ヘクターはそう言うとロングソードを傍らに置き、根の隆起に座る。ふうと息つき髪をかきあげた顔にどきりとした。どこに座ろうかな、と考えたところではっとする。

こ、これって所謂「熱いシチュエーション」じゃないのおおお!雨に濡れた二人が人気の無いところで休んで、人様に言えないことになっちゃったりするってやつじゃない!?衣服が濡れて、「寒いね」なんて言ってるうちに……いや、寒くないな。だって夏だもん。いくら涼しい気候の森林の中とはいえ、寒いまではいかないし。じゃあどうやってヘクターを脱がすのよ!?……いや、脱がさないし!脱がさないよ!

「うわー……わたしの頭の病気もここまできたか……」

そんなことをぶつぶつと呟いているとヘクターの大きくした目と合う。

「どうしたの?」

彼に尋ねられわたしは慌てる。

「い、いや、何でもない」

ぶんぶんと頭を振るわたしを不思議そうな顔で見ている。が、ふっと笑った。

「何か急に百面相みたいになってたよ?」

ふふふ、と笑う彼の顔には邪気がない。わたしはもう一度頭を振ると自分の煩悩を追い払った。

ヘクターの隣りに腰掛けると濡れたローブを払う。火を熾すなんてお得意の呪文も披露したいが薪になりそうな物が無い。辺りにはびこる根はみずみずしくて燃えそうにないし。

「ごめん、厄介なことになっちゃって」

はあ、と息つくヘクターに手を振り否定しようとすると耳にごうごうと聞こえる音があった。

「……何、この音?」

雨がそんなに激しいのだろうか、と思ったが違う。これは木の根の音だ。きっと管を勢い良く液体が流れるように栄養を吸う音。木の呼吸の音と言っていいのだろうか。

「これってもしかして、マウニの巨木の根なのかな」

ヘクターがそう呟いた時だった。入り口方向に何か動く気配を感じ、わたしは振り返る。ひょこひょこと軽い足取りで現れたのは赤い妖精アウラウネ。わたし達の腰掛ける近くに同じように腰掛けると、何処から取り出したのか謎のハンカチで顔、体を拭きとりふうと息をついた。

「な、な、な……」

わたしが口をぱくぱくとさせているとヘクターが立ち上がる。素早い動きでアウラウネに手を伸ばすが妖精はひらりと舞い上がり、手足をぱたぱたさせる腹の立つ動きを見せた。そのまま着地と同時に走り去る。

「ま、待ちなさい!」

わたしとヘクターは再び風を切って走るアウラウネを追いかけ走り出した。

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