1
「だからさ、南の方の国だと水泳の授業があるわけだ。すっげー羨ましいだろ?」
『へえ……』
クリスピアンの熱弁にわたしとヘクターは同時に気の無い返事をした。クリスピアンは不服そうに眉を動かす。
「なんだよ、二人とも。水泳だよ?水泳」
「……水着が見たいならそう言えばいいじゃん」
わたしが冷めた目で見るとクリスピアンは何故か嬉しそうに「ばれたか」と頭を掻いた。
「そんなんだから『この場』にキーラがいないんじゃないの?」
尚も突っ込むとクリスピアンの動きが固まる。痛い所を突かれたらしい。
わたし達がいるのはファイタークラスの教室。他は数名のファイターがうろつくのみのここにわたしが何故いるのかというと、隣りで呆れた顔をして親友を眺めるヘクターに頼まれたからだったりする。
「いや、今日は『用事があるから』って断られただけなんだ。それに対してしつこくするような真似はしてないよ?だから嫌われてなんて……」
クリスピアンがわたしに言い訳、という無意味な行動をする横でヘクターが時計に目をやる。
「そろそろ行こうか」
待ち合わせ場所に移動しなくてはならないのだ。わたしはべらべらと話し続けるクリスピアンの口を押さえ込みつつ頷いた。
教室を出ると真顔に戻ったクリスピアンがヘクターに尋ねる。
「今日のメンバーは?」
「殆どがAチームの奴らだ。だから普段通りリーダーはデイビス。人数も十人くらいって言ってたな……」
わたしは長身の二人の後をくっ付きながら会話を聞いていく。へえ、普段もデイビスがリーダーなんだ。
さて、何の話しをしているのかというとわたしは今日、ファイタークラスのお手伝いをしにやってきた。
ファイタークラスは普段、冒険に出る以外の時には学園に来た依頼の中でも「大規模なゴブリンの巣が発見された」「大型のモンスターが町の外にいた」などの戦闘が中心になるような依頼の片付けをやらされている。上級生になると魔術師クラスに比べて割と暇になるからだ。チームというのはクラスの中でも普段から十人一組のチーム分けが出来ていて、遠征時にその単位で行動したりするそうだ。で、今日は冒険に出掛けている仲間以外の手が借り出され、ファイター以外でも仲間に頼んで同行してもらうらしい。
ヘクターに頼まれたのがわたし。今日は一限以外は暇だったから喜んで引き受けさせてもらった。クリスピアンも同じパーティーのキーラに声を掛けたが撃沈。まあ予想通りではあるけど。他にも何人かの魔術師やヒーラーが同行するとのことだ。
「さくっと終るようなもんだといいなあー」
クリスピアンの言葉通り、まだ今日の依頼が何なのかは知らない。集合場所がグラウンドとのことなので今向かっているのだ。
「リジア・ファウラーです。どうぞよろしく」
わたしが自己紹介をした途端、輪になったメンバーの数人が笑顔のまま固まる。わたしの学園内での噂を聞いたことのある人達なんだろうけど、失礼しちゃう。同じ輪の中でにこにこと手を叩いているデイビスとサラ。その彼らの横にはアントンの姿もあった。同じAチームのメンバーであり、今は冒険に出ていないデイビス達パーティーのメンバーなんだから当然なんだけど、皆の反応ににやにやした顔が気に入らない。
グラウンドに集まったメンバーは十二人。出発前の顔合わせである。
「サラ・ワグナーです。よろしくお願いします」
サラの挨拶が終わり皆のどこかほっとしたような拍手の後、
「ロレンツ・ダフィネだ。よろしく」
わたしの隣りの人物が面倒くさそうに挨拶する。我が学友ロレンツ君。わたしは知らなかったんだけど彼はよくファイタークラスの手伝いに参加するらしい。ヘクターとも顔馴染みなので驚いてしまった。
助っ人となるメンバーはわたし含めてこの三人。他はヘクター達のクラスメイトだ。顔も見覚えのある人が多い。その中の一人に目がいったところで「あ」と声に出しそうになる。体格の良い男の子達の中で一人目立つ少女の姿。赤みがかった茶の髪はつやつやとしており、背もわたしより少し大きいぐらいしかない。大人しそうで可憐という言葉がよく似合う。
例の女の子だわ。
わたしは直感していた。そして思わずアントンを見てしまうが、
「何だよ」
じろりと睨まれただけだった。
前にイリヤが教えてくれた、意外な程どろどろとしたいざこざの話し。アントンはあの子の事が好きで、あの子はヘクターの事が好きなんだよね。でも、振られちゃったんだっけ。……何かこの場の空気が気まずいと思うのはわたしの気が弱過ぎるんだろうか。皆はよくしらっとした顔出来るなあ、と思ってしまう。過ぎた話しは気にしないって事だろうか。
「おし、今回の依頼の話しをするぜ」
リーダーであるデイビスの声にわたしははっとして背筋を伸ばした。
「今回は逃げたペットを捕まえて欲しい、って話しなんだ。ここウェリスペルトに住む金持ちからの依頼で、逃げ出したのも自宅から。だから町の周辺にはいると思うんだけどな」
デイビスの話しに時間が掛かる依頼だと判断したのか、クリスピアンがふうっと溜息をついた。
「で、ペットっていうのがアウラウネっつー妖精らしい」
そう言って頬を摩るデイビス。思わずわたし、サラ、ロレンツは顔を見合わせる。
「アウラウネって……そんなもん飼ってるの?」
わたしが聞くとデイビスは頷いた。
「妖精を飼うっていうのも変な話しだけどな。金持ちの考える事はよくわかんねえなあ」
「妖精っていうより……モンスターだぞ?」
ロレンツが「意味わからん」とばかりに吐き捨てる。そう、アウラウネとは元は妖精族だがエルフなどと同じようにこっちの世界に移り住んだ種族だ。しかし言語は有さないし敵対心の強い個体が多いのでモンスターの括りにされる事が多い。そして何より見た目が……ニンジンのお化けみたいなものでお世辞にも可愛いとは言えないと思うんだけど。
「でもアウラウネだったらいそうな場所は一カ所しかないわね」
わたしはロレンツの顔を見る。彼の方も深く頷くと南西方向を指差した。
「テオニスの森だ。ウェリスペルト近郊にはあそこしか広大な森は無いし、アウラウネは必ず森に向かう」
「へえ、何でだ?」
戦士の一人が感心した後、口にした疑問にはサラが答える。
「アウラウネは妖精というより木の精霊の亜種なの。逃げ出したっていうのもこんな町中にいるのが耐えられなかったんじゃないかしら」
そう考えると可哀想な気がしてくる。捕まえて連れ戻すのもどうなんだろうね。
サラもロレンツも同じ事を考えていたのか微妙な顔をしている。が、
「早速絞り込めたわけか。いやー、助っ人頼んで正解だったな!」
黒髪の戦士が嬉しそうな声を上げた。周りも「さっさと済ませて帰ろうぜ」などにこやかに話している。そうなると水を差すような発言はしにくくなってしまう。それに「可哀想だよね」なんて言ってもどうしようもない事だし。わたし達は依頼を完了させることが仕事で依頼人に意見するのは別問題だもの。
「じゃあ暗くならない内に終らせようぜ」
デイビスがよく通る声を響かせると学園の門へ足を向けた。
「歩くとあっついね」
わたしは町を出た所でローブの裾をぱたぱたと振った。季節はすっかり夏。クリスピアンじゃないけど水泳の授業なんて羨ましいかも。街道の脇を彩る植物も青々としている。じいじいという蝉の鳴き声が更に暑さを加速させる気分だ。
「うん、空も大分低くなったなあ」
ヘクターが手を伸ばせば届きそうな入道雲を眺め、目を細めた。すると後ろを歩いていたクリスピアンが割って入って来る。
「ジジ臭い反応だなあ、こういう時は『海行くか』とかそういう流れだろー?」
「ちょっと黙っててよ」
わたしは発情男を睨みつける。ヘクターとのこういうのんびりした会話が好きなんだから。
デイビスとサラを先頭にした隊列は何と無くぐらいの雰囲気で二人一列になり進んでいく。クリスピアンの隣にいた黒髪の戦士、ディノがにこにこと話し掛けてきた。
「噂には聞いてるぜ。随分あちこちで活躍してるみたいだな」
意外な言葉にわたしは「そうなの?」とトンチンカンな返しをしてしまう。ディノは大きく頷いた。
「お前らぐらい色んな所に出向いてるパーティー自体、あんまりいないぜ?俺だってずっと隣町との往復くらいだ。羨ましいぜ」
ディノの言葉にクリスピアンもうんうん、と頷いている。
「俺らもそんな感じだな。早くキーラを首都に連れてってやりたいんだよなー」
あれ、でもこの前キーラが「首都に行って来たのよ」なんて言ってたんだけど。……誰と行ったんだろう。わたしは口には出せない疑問を考え、首を捻った。そこへ前を歩くロレンツの声が掛かる。
「一番の問題児が一番冒険者としては満喫してるんだなあ。分からないもんだな」
その台詞にわたしは慌ててロレンツの腕を突いた。
「……ちょっと、余計な事言わないでよ」
「余計な事?……お前の授業での失敗談なんて俺だって思い出したくないぜ。本気で命があぶな……」
「そういうのが余計なのよ!」
わたしがロレンツの髪を引っ張るのを見る周りは、少し不思議そうな顔をしている。
「何かやっぱりいつもとは雰囲気違うなあ、ロレンツ」
ディノが笑うとクリスピアンも同意するように頷いた。
「普段はもっとつまんなそうだぜ。気難しい顔しちゃってさ」
「へえ、そうなんだ」
今度はわたしがにやにやとロレンツを見る。すると顔を赤くして怒りだした。
「あ、当たり前だろ!普段とは違う顔触れの中に入らされるんだから」
確かにわたしもファイタークラスの雰囲気に憧れは持ってたけど、落ち着くのは根暗の集まる我がソーサラークラスだったりする。結局似た者同士なんだよね。