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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
二話 アルフレート、思いに耽る
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1

「一度は行ってみたや音楽の都」

アルフレートは朝食である林檎をかじりつつ呟いた。

古めかしい本が並ぶ棚から数冊、迷うことなく取り出していく手つきからして、彼がこの本の山を全て内容も把握していることが伺える。茶の表紙の分厚い本を引き抜いた時、ひらひらと何かが舞い落ちていった。アルフレートは腕に抱えていた本を机に置くと、それを拾い上げる。

「……ああ、なつかしいな」

黄ばんでいて端も少し破けている一枚のメモ用紙。乱雑な字で『クリストフに返すこと!』と書かれていた。たぶんこの本を仕舞う前に本の上に置かれていたものだろう。ということはこの本はクリストフのものだ。

まあ、いい。どうせ返す友も、このメモを書いた友ももういないのだ。アルフレートは窓辺に置かれた揺り椅子に目を移す。かつてのこの家の主の顔を思い出した。何十年も前に死んだ人間の友、ウェインは非常に勤勉なやつだった。だからこそアルフレートが気に入った数少ない人間となったわけだが。

ウェインと出会ったのはウェインが二十歳そこそこの若者だった時だ。それからの何十年間、彼が失敗するところも、成功するところも見てきた。彼が言語学を専門に勉強をする、と言い出した時はアルフレートは必ず成功する、とわかっていた。なぜなら彼の言葉選びは常に的確で言語中枢が人より優れていることを知っていたからだ。そしてそれは本当になった。彼が恋に落ち、結婚するところも見てきた。寂しくはなかった。なぜなら相手の女が傲慢でヒステリーなところがあると知っていたから、すぐに駄目になると思ったのだ。そして、本当に駄目になった。

老いた彼が日に日に弱っていく姿も見てきた。白髪が増え、目が悪くなり、ぼんやりすることが多くなった。そして、この家で安らかに息を引き取ったのだ。寂しくは無かった。なぜなら人間が自分たちよりも遥かに弱い生き物であり、遥かに寿命が短い生き物だと知っていたから。

ウェインが呟いた台詞を思い出す。

「僕と一緒にいた時間は、君にとってはあっという間の出来事なんだろう。僕という存在は君の人生の何分の一を占めたのだろうね」

アルフレートは悲しい、とは思わなかった。なぜなら彼はエルフだからだ。長寿の種族エルフは生き物の生き死にに、あまり感情が動かない。そういうものだと知っているからだ。それは他の種族には理解しにくい感情かもしれない。時の流れを共有しえないエルフ特有の心の守り方なのかもしれない。



用意した本を抱えて家を出る。数日前より大分強くなってきた日差しに目を細めた。

アルフレートの住む家はウェインから管理を頼まれた小さな家だ。まさかウェイン本人もこんなに長い間住まわれているとは思ってないに違いない。しかし学園にも近いところがアルフレートには気に入っていた。そして何よりこの町が好きだった。時が止まっているかのような古めかしさを感じさせる時もあれば、常に新しい波が渦巻く喧騒もある。

「……重いな」

いくら近いとはいっても少々欲張りすぎたかもしれない。肩に引っ掛けた袋の重みを感じながら、持ってきた本の冊数に後悔し始める。荷物を持つ手を反対に変えた時、横から声がかかる。

「おはよ、アル」

能天気な台詞にアルフレートは返事を迷った。

「何だよソレ。行商でも行くの?」

構わず相手は話しかけてくる。猫のような耳に尻尾、身長はアルフレートの半分ぐらいだが軽快な動きを見せる異種族。

「何度も言ってるだろう、フロロ。私の名前を変な風に略すな」

「いいじゃない、そんな長い名前をしてる方が不便だよ」

フロロはけろっとした顔で言って抜ける。

「お前がそんな呼び方するから、学園でモロロ族の奴らに同じように呼ばれて迷惑してるんだ」

アルフレートはそう言うと眉間の皺を深くする。学園にはフロロの他にも彼と同じモロロ族が何人かいるのだが、いずれもフロロと同じような馴れ馴れしさに加え、どうもテンションの高さに付いていけずにアルフレートは苦手だった。モロロ族はフロロなど大人しいほうで、皆「絵に描いたように陽気」という性格だ。そのおめでたさはアルフレートと正反対の位置にいる。

ふとアルフレートは随分前に出会った草原の民族を思い出した。そういえば彼らもアルフレートが引いてしまうぐらいおめでたいやつらだった。毎日宴会を開き、毎月のように祭りを開催する。結婚式といえば三日は続き、葬式でも「故人が寂しがるから」と理由をつけてどんちゃん騒ぎをするような種族だった。その時は「こういうやつらに関わるのは極力避けたいものだ」と思ったのだが、まさかこうして一緒に旅をする仲になるとは。

人生とはわからないものだ、と長い長い年月を振り返りアルフレートは噛み締めた。



学園の門まで来た所で肩にかかる重みに限界がきた。袋をどさりと地面に下ろす。

「おい、持ってくれないか?」

隣りにいるフロロに聞くと、彼はひょいと肩をあげた。

「冗談だろ?アルより俺の方が非力だっつーの」

そう言うと門の中を指差した。

「あ、ちょうど良い所にいい人がいるじゃん」

アルフレートたちより前を歩く一人の女。すらりとした体に長い艶やかな髪。

「じゃ、俺は先行くから」

薄情な台詞を残すとフロロは校舎の方ではなく裏庭の方に駆け出した。アルフレートはふうと息を吐くと前にいる人物に声をかける。

「おい」

呼びかけにくるりと振り向いた彼女は長い睫毛をぱちぱちとさせるとアルフレートに近づいて来る。

「おはようございます、アルフレート。朝から偉そうですね」

「お前よりは偉い自信があるからな、イルヴァ」

アルフレートの態度にもイルヴァは不愉快な顔は見せない。いつもの無表情があるのみだ。彼女の場合は『何を考えているのかわからない』のではない。何も考えていないのだ。

アルフレートは昔会った、一人の女剣士を思い出した。いつも無表情を崩さない鉄の女。口数少なく、甘い言葉にも崩れない彼女は腕も立つことから周りから羨望の目で見られていた。実際は彼女は寂しがりやでマイナス思考の塊だったが。そのことが原因で独り身のままだった彼女をアルフレートは「最も愚かな人間の一人」に認識していた。強いのではなく弱い自分をさらけ出すことも出来なかった彼女を、アルフレートは手を差し延べることもなかった。

アルフレートはイルヴァを見た。彼女の場合は少し違うようだ。不器用だから無表情、無口というより、生れつきのものを無理していない感じだ。その理由にイルヴァは言いたいことはそのまま言うし、自分の欲望にも正直だった。それは賢い生き方の一つだ、とアルフレートは考えるのだった。



「ここに置いておきますよ」

「ああ、悪かったな」

ミーティングルームに来たアルフレートは本を運んでくれたイルヴァに礼を言った。イルヴァが大きな瞳を見開いてアルフレートの顔をじっと見ている。

「なんだ?」

「アルフレートに褒められるなんて、珍しいことです」

イルヴァは「うふっ」と笑うと廊下を去っていった。

「……あいつが驚くこともあるんだな」

アルフレートは自分でもズレていると思いながらも呟いていた。

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