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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
九話 さえずり響く前夜祭
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「音痴って言っても二種類のものがあるんすよ」

ギターの弦から手を外すとヤッキ氏は指を折っていく。

「まずは音程は聞き取れるけど上手く声を出せないタイプ。正しい音程を聞き取る耳はあるけど、ようは歌い方が分からない為に調子が外れたり、歌う為に使う喉を使えないんすね」

ヤッキの向かいのソファーに身を預けていたアルフレートは軽く頷いた。

「二つ目がそもそも音程を聞き取れないタイプ。僕は生物学者では無いのでメカニズムなんかは分かりませんが、多分他の人とは違う音の聞き取り方なんでしょうね。本人もその通りに歌っているつもりなもんだから音痴という自覚すら無いんすよ。こちらの方が治すことは困難です」

再び頷くアルフレートを見てヤッキはサイドテーブルに置いた水を飲み干すと話しを続けた。

「アルフレートさんの場合、話しを聞く限りじゃどちらでも無いっすからね……。やっぱりコレは効かないと思いますよ」

「だろうな」

アルフレートはローテーブルに置いたブロンズ像を見るとふっ、と笑う。分かっていた事だ。自分でもまだ何かにすがりつく気持ちが残っていたのか、と自嘲した。

「しかしよく譲って貰えましたね、コレ。バンダレンでもビョールトのギターより古いお宝すっよ」

ヤッキは「どんな脅し方したんですか」と聞きたかったが、流石にそれは止めておいた。先日までの冒険の対価だとすれば納得出来ることだ。使い手に美声を授けるという女神像。ヤッキには使い方は分からなかったが、アルフレートが試したことは確実だろう。それで自分の所を訪ねてきたのであろうことも。

ヤッキはアルフレートが窓の外を眺めているのに気が付き微笑む。

「綺麗でしょう?」

自宅の窓から見える景色はこの季節のものが一番好きだ。ヤッキは風に揺れる小さな花を見た。

「雑草らしいんですけどね。ここからかなり離れた国のものらしいっすよ。旅人の服にでもくっ付いてきたんでしょうね、種が。見た目も可愛いし、そうやって逞しく生きてること考えてそのままにしとくことにしたんす」

「詩人らしい考え方じゃないか」

アルフレートの言葉にヤッキはふふ、と笑う。

「僕はそんな大したもんじゃないっすよ。……それより皆さん元気ですか?」

「相変わらずだ。やかましくてしょうがない」

そう言って眉根を寄せるアルフレートの顔は漸く若い青年らしさを覗かせる。

「この前学園の方向を見上げたら、面白いものが立ってましたよ?かっこいいっすね、アレ」

ヤッキが目を輝かし話すものの姿を思い出し、アルフレートは溜息混じりに「そうか?」と呟いた。学園の教官がやったヘマによって生まれた巨大なゴーレム。学園のガーディアンとしての役割を貰ったらしいが、ヘマをやった教官によく似た容姿が美しくない。大体学園にガーディアンが要るのかも疑問だった。

「そうだ、今度体育祭があるらしいっすね。見に行こうかなあ」

「やめとけ、あんなくだらん騒ぎ」

アルフレートは去年の云われない批判を受けた経験を思い出し、手を振った。それでもヤッキは「楽しみっす」と笑顔だ。

「……音楽の話し以外になると途端に噛み合わないな」

「え?」

「いや、何でもない」

アルフレートはそう答えると出されたお茶を飲み干した。

「さて、そろそろ帰るか。色々助かった。ありがとう」

立ち上がるアルフレートの目にぽかん、とするヤッキの顔が映った。

「なんだ?」

「いや、お礼を言うこともあるんすね」

ヤッキの返事にアルフレートはムッとするとさっさと入口に向かう。どうしてこう、こちらが下手に出ると人間は失礼な態度になるのだろう。

「いつでも来てくださいね」

ヤッキの朗らかな声を聞くとアルフレートは片手を上げ、音楽家という新しい友人の家を後にした。



ローラスに漸く訪れた初夏の陽気の中をアルフレートは目を細めながら歩く。この国に越してからは随分になる。夏でもあまり暑くならないのが気に入っているからだ。家に帰り本でも読むか、と思ったところで「それより何か新しい書物に目を通したい」と思い直した。今日は学園は休み。しかし一応生徒の一員であるアルフレートは学園内の施設を使うことは可能だ。

「たまには図書室というのも使ってみるか」

はなから当てにしていなかったせいで、未だに入ったことは無かったかもしれない。魔術書などは自分の利益になると思えなかったが、最近フィクション物にも手を出し始めたところだ。暇を潰すにはいいか、と学園に向かうことにする。アルフレートから見れば『新しい』建物、プラティニ学園。なかなか面白いところで、こんなに一度に色々な人種に出会える施設というのも珍しい。長い時を生きてきたアルフレートでもそう思う。

学園内に入ると休日だというのに閑散、といった様子ではない。いたる所に生命の精霊が舞っているのを見ると、自分と同じように休日の学園に身を寄せている者も多いようだった。

「……なんだ、あれは?」

図書室を探す為に案内図のあるグラウンドに来た時だった。演習場という魔術師が魔法の練習を行ったり、戦士が組み手などをやる建物。どうも精霊の動きがおかしい。おかしいといっても不穏な動きというわけでは無く、不自然に活発なのだ。

「あんなに土の精霊がいるもんなのか?屋内なのに」

暫く考えてから覗いてみる事にした。面倒なことなら逃げればいい。先程ヤッキとの会話に出てきた巨人人形が暇そうに窓を掃除しているのを横目で見つつ、演習場の扉の前にやって来ると中を覗き込む。

ぐす、ぐす、という泣き声と一人の男が演習場の中央に座り込む姿があった。思わず顔をしかめる。ぼさぼさの銀髪にひょろ長い体、あれは今噂のラブレー教官じゃないか。いい大人がぐずぐずと泣きながら作業する姿は美しさに欠ける。何をしているのか観察していると、どうやらゴーレムを作っているらしい。方法に少し興味を引かれて中に入ってみる事にした。

「泥団子からマッドゴーレムの大量生産か。なかなか面白いことするもんだな」

アルフレートが言うとラブレー教官ははっ、とした顔で振り向く。見られたからといって涙を拭くわけでもなく、こちらを指差すとわなわなと震えだした。

「お、お、お、お前、知ってるぞ!バードクラスの変わりもんエルフだ!」

妙に声が擦れている。少し笑いそうになるのを堪えながらアルフレートは胸を張る。

「だからどうした」

相手は面食らったように動きを止めるが、次の瞬間、素早い動きで土下座体勢になった。

「お願いします!手伝ってください!」

何を、と聞きたいところだがある程度事情は知っているアルフレートは黙って演習場内を見回した。端からずらりと並ぶマッドゴーレム達。来週から始まる体育祭の唯一の種目、モンスター狩りの標的だろう。教官の脇に転がる無数の土の塊、いや、土だけでなく鉄、ガラス玉や木片もあるということはそれなりにバリエーションを考えているのだろう。

「……喉が嗄れているのはあれか、呪文の唱え過ぎか?」

「そ、そうなんだよ。俺の特殊な製法で生み出したゴーレムの元は少ない材料からゴーレムを作ることが出来るし、簡単な呪文で仕上げられるんだ。でもこの数だろ?喉の方が保たなくてこのざまだよ……」

拒否が無いのを手伝って貰えると理解したのか、聞いてもいないことをべらべらと喋りだす。

「成る程、これはゴーレムの元ってことか」

アルフレートは泥団子のようなものを一つつまみあげる。これ自体からも僅かに力を感じる。なかなか面白い。

「すごいだろ。学園長にメインの研究レポートはパーにされたが、頭に残ってる分だけでもこれぐらいは出来るんだぜ?」

にまにまと笑うラブレー教官にアルフレートは向き直ると、懐からブロンズ像を差し出した。

「……なんだよ、これ?」

「美声を授けるとても貴重な力を持ったアイテムだよ。これさえあれば一晩中でも魔法が唱えられるぞ?」

アルフレートがにこにこと答えると教官は暫くぽかん、と動かなくなる。そのうちがくり、と膝から崩れ落ちると再び涙を流し始めた。

「む、無理だよお!もう気力が無いんだ……。日の光を浴びたい!綺麗な空気が吸いたいんだ!!」

普段、教官室に籠りっぱなしの人間が大変らしくない台詞を吐きながらおいおいと泣く姿は、アルフレートでなくても呆れるものだったに違いない。

「俺だってあんまり良くない実験なのは分かってたさ。でもな、研究者としての血の方が勝ってしまったんだろうな……」

ラブレー教官はそう懺悔を漏らす。確実に「分かるよ」と言って欲しい空気が漂っていたが、アルフレートは黙って居並ぶゴーレム達を眺めていた。

フロロ達から事情は聞いていたが来週の体育祭までにゴーレムを揃えなくてはならないというこの教官は、アルフレートが考えていた以上にやり手らしい。すでにこの揃えようだ。弱音を吐く暇があるならさっさと終らせればいいのに、とも思ったが本人が言う通り「気力」が続かないのかもしれない。別にこの教官に同情する気持ちはさらさらないし、手助けする気持ちもさっぱり沸いて来なかったが、ある考えが浮かんできたことでアルフレートはにやりと笑った。

「……仲間から話しを聞いたんだが、あのグラウンドにいるカラクリはあんたの細胞から生まれたんだってな」

返事を貰えたことで嬉しくなり、一瞬笑顔を見せたラブレー教官だったがアルフレートの不気味な笑みに頬が引きつる。なんだろう、すごく嫌な予感がする。教官は「さて、作業に戻るか……」とアルフレートから離れようとした。がし、と後ろから肩を掴まれ、ラブレー教官は体を強張らせる。

「良い考えがあるんだよ……」

耳元で囁かれるねっとりとした声に蛇に睨まれたカエルになった教官は、ぎこちない動きで振り返った。

「な、何でしょう……?」

その質問にアルフレートはさっ、と先程のブロンズ像を出す。対象に美声を授けるというブロンズ像。先日の冒険で音楽の都から頂戴してきた物だ。生憎彼の希望は叶えられなかった為、使い道を失っていたところだった。

「もしあのあんたの分身ともいえる人形達に、声を授けてやったらどうなる?なかなか面白そうだと思わないか?」

アルフレートの言葉に教官は更に頬が引き攣る。

「い、いや……、声帯だとかの体の構造まで一緒かどうか……。それに、これ以上『あいつら』関係に首突っ込むと、本当にクビになっちまう」

上目遣いで見る教官をアルフレートは「気持ち悪い」と吐き捨てた。

「なら話しは終わりだ。頑張りたまえ」

踵を返すアルフレートにラブレー教官は反射的に飛び付いてしまう。

「て、手伝ってくれよおー!あんたぐらいの使い手なら、ゴーレム作りぐらい簡単なもんだろう!?」

「そう、簡単だからつまらん。つまらん事には興味が無い」

「わ、分かったよ!さっきの話しを聞くから!」

ラブレー教官は言った後にしまった、と顔を歪ませる。アルフレートがさっと振り返りニンマリと笑った。

「立場を分かってる人間は好きだよ、ラブレー教官。さあ、さっさと何体か人形達を連れてきたまえ」

教官はにこにこと笑うアルフレートに「何を考えているんだ」「なんでそんなに偉そうなんだ」など疑問は尽きなかったが、声に出す言葉は何も無かった。

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