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「鍵掛かってますね」
すんなり見つかったラブレー教官の教官室だったが、当然のことのように家主のいない部屋は施錠されていた。
「俺にかかっちゃ、んなもん掛かってないのと一緒だけどな」
そう言いながらフロロが懐から取り出したのは、二本の針金だ。早速鍵穴に突っ込みながらヴェラに問いかける。
「姉ちゃんも練習してるか?鍵開け」
「わ、私はその、勝手に鍵開けるなんて泥棒みたいだと思うんで……」
「バッカだなあ。洞窟奥の宝箱前にしても同じこと言うのかよ」
それを聞いてヴェラは言葉に詰まる。考えていなかったらしい。
「良い盗賊になりたいなら基本だぜ、っと。ほい、開いた」
関心がなかったヴェラでもフロロの鍵開けが素早いことは分かる。まるで盗賊になるために生まれたような人じゃないか。
「あと注意事項としては鍵穴付近は傷つけないことだな。よし、入るぞ」
そろそろと扉を開け、室内を覗き込む二人の顔が中が見えるにつれて険しいものに変わっていった。
「きったねー……」
お世辞にも綺麗な部屋に住んでいるとは言えないフロロが顔をしかめる散らかりようだ。
「うわあ……私、こういうの苦手なんですよね……」
ヴェラは入るのも躊躇っているようだ。フロロが後ろから押して部屋に押し込むことによって漸く足を踏み入れる。
「……で、ここで何すれば良いんです?」
ヴェラは手元にあった妖しい色合いの液体が入った瓶をつまみながら、フロロに聞く。
「ラブレー教官が本当にゴーレムが巨大化することを知らなかったのか、それを覆すような証拠を探す。研究レポートみたいなのは絶対有るはずだろ?」
「無かったら?」
「……そんとき考える」
あったとしても魔術師が書くレポートを解読出来るか疑問だ。しかしフロロは口にはしないでおいた。
「うだうだしててもしょうがないだろ。さあ探すぞ!」
フロロが腕まくりするとヴェラも渋々といったように近場にあった本の山から手にかける。自然と片付けるようになってしまうやり方にフロロが止めに入った。
「こんな状態じゃ多少はばれないと思うけど、家捜しする場合は元の状態に戻すことを考えながらじゃなきゃダメだ」
「な、成る程」
「それに意外とこういう部屋にいる奴の方が目敏かったりする場合も有るからな」
そういうものだろうか。ヴェラは全く理解出来ない感覚に溜息しか無かった。
終わりの見えない作業に入ってからどのくらい経っただろうか。大した時間では無かったが、ヴェラは退屈から欠伸をかみ殺した。手に取るレポートらしきもの全てが見た事も無いような文字で書かれており、これじゃ探す意味があるのか疑問だ。それにこう散らかっていてはどこが手をつけた場所なのかすぐに分からなくなるのだ。
「はあ……」
疲れからヴェラは立ち上がり、腰を伸ばす。ふと目についた机の引き出しを何の気無しに開けた。
「ふうん」
どうしてこう乱雑な部屋に住む人間は引き出しなどの収納場所を使わないのだろう。ラブレー教官もその類いらしく引き出しの中は綺麗なものだ。一つだけ、きらりと輝く緑色の宝石のようなものが転がっている。
「あら綺麗」
赤子の握りこぶし程の宝石に思わず笑みが溢れた。手に取り自然と光にかざす。キラキラと反射する光に目を細めると同時に、宝石にはあるはずのない物に気が付き眉根を寄せた。
「あれ、これ……?」
「やべっ!」
フロロが慌てたように飛び上がるとヴェラの手を掴む。
「隠れろ!」
「え、え、え?」
二人してカーテンの影に隠れるのと同時に、部屋の扉が開け放たれた。ヴェラは心臓が止まりそうになる。カーテンの隙間から見える人物はグラウンドにいた巨人を普通の人間サイズに戻して感情を入れ込んだような姿だ。彼がラブレー教官で間違いないだろう。飛び込んできた教官は大慌てといった様子で散らかった部屋を更に散らかしていく。どうやら何かを探しているらしい。その内何かを思いついたようにはっとすると机の引き出しに手を伸ばした。勢い良く開け放った引き出しに目的の物が無いらしく、ばたばたと中に手を突っ込んでいる。暫く唖然とした後、今度はイライラしたように足を踏み鳴らし、爪を噛んでいる。が、諦めたようで「ちっ」と舌打ちすると、教官用ローブを脱ぎ捨ててソファーにあった鞄を掴み部屋を出て行った。
「……ふう、行ったな」
すっかり教官の足音が消え去ってから、フロロは息をつく。ヴェラもつられて息をはいた。
「ここ調べてたな」
教官が立ち去った室内、物が積み上がり辛うじて姿を覗かせている、といった感の机を前にフロロは小声で呟いた。
「それより明らかに帰ろうとしてましたよね……?」
ヴェラはそう言うと窓の外に視線を移す。ここからでも巨人の頭が揺れているのは見える。あれをほったらかしとは無責任な創作者だ。
「嫌な事は先送りするタイプなんじゃないの?……何も無いな」
机の引き出しに小さな手を突っ込み、フロロがぼやく。
「絶対ここに何か隠してたっぽいんだけどなあ、あの様子だと。今の状況で持ち出すならレポートだろうし……」
「あ、そういえばこれ持ち出したままでした、私」
ヴェラは手にあった緑色の宝石をフロロに差し出した。
「こんな物持ち出そうとするって、本格的に夜逃げする人みたいですよね」
「そ、それだ!」
フロロがヴェラの右手を指差し叫んだことで、ヴェラはびくんと肩を震わせる。
「え、え、え?これ……」
「魔導師の中には膨大な情報を魔法石に蓄積させる、って聞いた事ある!それ、多分普通の宝石じゃないんじゃないか!?」
興奮気味のフロロにヴェラの脳裏にも思いつく事があった。すぐに宝石を光にかざす。
「それで、これ……」
ちかちかと輝く光に埋もれる封じ込まれた文字のようなもの。ヴェラは初めてみる魔法のアイテムに感動してしまった。
「よし、それを解読する方法を見つけないと……」
「楽しそうな話ししてますね」
急に現れた第三者にフロロとヴェラは飛び上がる。二人の間から顔を覗き込ませる人物はにこにこと笑顔で二人を見ている。
「が、学園長」
「おっちゃん、久しぶり」
金髪をなびかせる美しい顔の人物にフロロは片手を上げた。自分でさえ出現に気付かないとは、とフロロは苦笑してしまう。
「親しいんですか?」
ヴェラがフロロに小声で囁くと大きく頷いて返す。
「俺の仲間の父ちゃんだし。見りゃわかんじゃん。そっくりで」
ヴェラの頭にローザの顔が浮かんで消える。似ているな、とは思っていたが本当に親子だったのか。しかし自分と同じ年の子供がいるようには見えないのだが。ヴェラは学園長の顔を改めて見た。
「あ、ああれ?あれ?」
学園長の手にはいつの間にか緑色の宝石がある。光にかざす仕草で目を細めているではないか。「ふむ」と呟くと短く何かを唱えた。すっ、と宝石から光が漏れる。壁に光によって何かが浮かび上がるが物が多過ぎる為に影で上手く読み取れない。学園長はおどけたように目を見開く仕草をすると光を天井に向けた。
「おお……」
フロロは思わず感嘆の声を漏らす。初めてみる光景だ。紙に書いたようなレポートのような文章の連なりが天井にぼう、と浮かび上がっている。その中にある文字を断片的に読み取ると、フロロは顔をしかめた。
「全然読めないです……」
ヴェラの小声に学園長はふっと笑った。
「古代語とクレーデル語が混ざって普通には読めなくしてあるね。どっちも希少文字だ。読めなくても無理は無い」
しかし何語か判るということは、学園長は読めているのだろう。ヴェラは素直に感心する。
「リジアの名前があるのが気になるんだけど」
そう言いフロロが指差したことに学園長は目を大きくした。そして直ぐに目を細める。
「読めるのかい?」
「古代語は少し。あと俺クレーデルの方の生まれだから」
「……そうか。多分ラブレー教官は自分以外の細胞からゴーレムを作り上げたらどうなるか、を実験してみたかったらしいね」
「それでリジアをアシスタントに?」
フロロの質問に学園長は首を振る。
「いや、それは偶然だろう。不公平にならないように教官の指名は禁止しているんだ。……あんな産物を見たら教官もくだらない考えは捨てるはずだしね。彼もそこまで馬鹿じゃない」
それに、と学園長は言葉を続ける。
「君が見つけた書き込み部分は『特異な体質の媒体で試しても面白いかもしれない。例えばあのリジア・ファウラーとか』っていう呟き程度の物だ。真剣に実験を考えていたわけじゃなさそうだよ」
「でも」
フロロが反論するより早く、学園長は宝石を振る仕草をし、光を引っ込める。そして、
「きゃ!」
パン!という風船が割れるような音にヴェラは悲鳴を上げた。キラキラと輝く破片が空を漂い、消える。
「これで良い」
学園長は満足そうに呟いた。
「壊しちゃったんですか!?」
ヴェラが驚くと学園長はにっこり微笑む。
「これで彼のお遊びも出来なくなるだろう?こんな危険な遊びは学園内でなくとも許されないことだ。……何、後は私に任せなさい」
そう言うとフロロとヴェラの頭をぽんぽんと叩いた。