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「よし、これからの行動を言うぞ!」
フロロは輪になった仲間の顔を見渡した。ワクワク顔のカロロ達とは対象的に、ヴェラは不安と疑問が入り混じった微妙な表情だ。
「カロロ達は適当な場所に隠れてグラウンドを見張っててくれ。『探り』は俺と姉ちゃんでやる」
フロロが告げると四人とも露骨に不満そうな顔になった。
「えーっつまんないよ!」
「この姉ちゃんがやるの?無理だろ」
「僕達の方が出来るぞ!」
口々に文句言うカロロ達を手で制すとフロロは溜息をつく。
「今日は姉ちゃんの修業の日なんだ。しょうがないだろ?」
カロロ達はそれを聞くと「仕方ない」といった様子で顔を見合わせた。
「皆で『聞きに』行けばいいじゃないですか」
ヴェラが不思議そうに聞くと、フロロが思い切り大きな溜息で返す。
「ぞろぞろ行っても目立つだけだろ?本来なら一人で行動するのが基本。あと何?『聞きに行く』って。ラブレー教官に『あんたがやったんだろ?』って聞きに行くつもり?素直に答えるかもわかんないし、それじゃうま味が無いだろ」
「うま味?」
「なるべく深層まで調べて、然るべき人に売り込むんだよ」
フロロの答えにヴェラは目を丸くした。
「う、売り込むって……、お金取るんですか!?」
「例えだよ。物事が自分にプラスになるよう動かす、盗賊の基本だ」
フロロが強調した最後の言葉にヴェラは大きく反応する。
「成る程!」
ウンウン、と頷くヴェラにフロロとカロロは顔を見合わせる。
「……何となくこの姉ちゃんの操縦が分かってきたな」
「それでも大変そうだけど、頑張ってよフロロ」
モロロ族四人が頷き合ったその時、
「こいつを動かしてる犯人が何処かにいるかもしれん!半分は捜索にあたれ!」
グラウンドで巨人を相手に剣を振るっていたファイタークラスの教官が叫んだ。フロロが顔を上げると何人かの生徒が頷き、校舎へ走って行くのが見えた。その中の一人、銀髪に長身の男に目が止まる。
「ヘクターだ」
そう呟くとフロロはにやりと笑う。
「良いネタにありつけそうだな、行くぞ!」
フロロに促され、走り出したヴェラは先を行くフロロに尋ねた。
「な、なんで良いネタがありそうなんです?」
「人間の中には事件を引き寄せる体質の奴がいるもんなんだよー!本人にはその気は無くてもな!そいつにくっついてりゃ『うま味』は降ってくる!」
「成る程!」
元気の良い返事にフロロはちらりと後ろを見た。
「……何やってんの?」
「何って……、メモ取ってるんですけど?」
小さな手帳にペンを走らせるヴェラに、フロロは呆れながら少し感心する。走りながら中々器用な事をする。その器用さが違う方向へ向かえば尚いいと思うのだが。
「何処行くんですか!?」
「とりあえずヘクターの兄ちゃんを尾行る。かなり難度高いから気合い入れろよ!」
相手は腕の良い戦士だ。敵の気配を読む訓練はやっているだろうし、こちらにはヴェラがいる。久々に胸が高鳴る状況にフロロは走るスピードを上げた。
「これ持ってな」
フロロが金属製の何かを投げると、ヴェラは悲鳴を上げそうになるのを堪えながら受け取る。見ると手に収まるサイズのネジ回しだ。
「いいかい?万一見つかったら『体育祭の罠を設置してた』っていう話しにしろよ?変に慌てたりするなよ」
「こ、ここでですか?」
震える声でヴェラは足元を指差す。校舎の外側、窓の下にある落下物防止の狭い縁は、歩く為のものでは無いはずだ。二階でもヴェラからすれば充分怖い高さだというのに、すたすたと歩くフロロを見て、体の小ささはあるとしてもヴェラは感心してしまう。
「で、でも不自然じゃないですか?」
「相手が訝しんでたとしても、ごり押しした者勝ちだろ。良い盗賊っていうのは嘘をつくのも上手いんだ」
「な、成る程」
ヴェラは急いでメモを取った。メモを取る余裕があるなら大丈夫か、とフロロは移動のスピードを上げようとした。すると、視線の下に怪しい人影が写る。既に日が落ちきった時間、普通の生徒は学園内にはいないはずだ。しかし下にいる生徒らしき人物はグラウンドの隅に設置された水道で何やらバシャバシャと顔を洗っていた。服装からしてファイタークラスにも見えない。黒のローブということはソーサラーか。
「……何やってるんですかね?」
ヴェラが小声で尋ねながら眉を寄せた。暗闇の中、水の音が響くというのも中々ホラーな雰囲気だ。グラウンドの方から聞こえる喧騒が無ければ、もっと不気味だったかもしれない。
「鼻洗ってるみたいですよ?」
ヴェラの言葉で漸く、フロロの頭に少女の名前が呼び起こされた。
「まーた鼻血出したのか」
フロロはそう言うと、尻尾を器用に窓の縁に掛け、身を乗り出す。
「よう」
「あびょっ!!」
不意に掛けられた声に少女の体が一瞬、宙に浮いたように見えた。
「よう、カーチャの姉ちゃん。またやっちゃったのかい?」
フロロが聞くと黒髪の少女カーチャは苦笑いで答える。
「こんな時間まで何やってんの?」
続けざまにしたフロロの質問にカーチャはびくり、と肩を震わせた。慌てたようにフロロに言い返す。
「そ、そっちこそ何やってるの?そんな壁にへばり付いて」
「俺達も体育祭の準備で居残りなんだよ」
「そ、そうなんだ……」
そう呟き目を伏せるカーチャにフロロはにやっと笑った。
「否定しないんだな」
「へ?」
「俺達『も』、って言ったのを否定しないって事はカーチャも体育祭の準備で居残りなんだろ?ソーサラークラスは何やらされるんだっけ?」
フロロが隣りを見るとヴェラは少し考える。
「えっと、確か傀儡の作成を手伝うとか……」
「ちょっと私、用事あるから行くね!?」
大声でカーチャに遮られ、ヴェラは危うく手の中のネジ回しを落としそうになった。駆けていくカーチャの後ろ姿をぽかん、と見つめる。
「これでソーサラークラスからの手伝い組が何かやらかしたのが分かったな」
「あ、それで慌ててたんですか」
ヴェラの間の抜けた返事に被さるように、グラウンドの喧騒が大きくなった。暗闇に巨人の影がゆらゆらと揺れている。妙な踊りをしているようにも見えて滑稽だ。
「アルならもっとネチネチと聞き込むだろうな……。まあそれは俺の性格には合わないや。よし、次行くぞ!」
「え、あ、はい!」
ヴェラはフロロの小さな背中を追い、遅れないよう足を進めた。
「何、やってるんですかねえ……?」
窓から教室内を覗き込み、見えた光景にヴェラは首を傾げる。ここはソーサラークラスの教室だろうか。黒板に残る古代語や教室の後ろに備え付けられた発動体が並ぶ棚など、少し見慣れない雰囲気だ。その中央に二人の人物。見知った顔だが状況が妙だった。金髪のやや小柄なリジアに銀髪頭のヘクターが土下座している。リジアの方もそれを止めさせようとしているようだ。二人してコメツキバッタのようになっている光景が面白い。
「リジアを侵入者と間違えて、兄ちゃんが押さえつけたんだってさ」
フロロがそっと呟いた。
「聞こえるんですか!?」
ヴェラは驚いてフロロを見る。しっー、と注意されて慌てて顔を竦めた。ヴェラには断片的にくぐもった声しか聞こえない。窓はきっちり閉められているのだから当たり前だ。次第に声のトーンが落ちていき、完全に聞こえなくなる。
「……あの二人、付き合ってるんじゃないですか?」
暇になったヴェラが珍しくニマッと笑い、からかうようにフロロへ問うが返ってきたのは溜息だった。
「あんた程勘の働かない人も珍しい……」
「な、わかんないですよ!?フロロさんが知らないだけかも!」
しかしフロロは「ないない」と手を振った。ヴェラはむう、と黙り込む。
「……よし、ラブレー教官の教官室を探すぞ」
「え、ちょっ、なんでです?」
急な展開についていけずにヴェラは慌てた。中の二人の会話を聞いてのことだろうが、ヴェラには聞こえないのだ。
「移動しながら話してやるから」
フロロに促され、ヴェラは仕方なく後を追う。窓から頭を覗かせないよう、そろそろと這っていくと隣りの教室を再び覗き込んだ。誰もいないのを確認すると二人とも体を滑り込ませる。フロロに上着の裾を引っ張られ机の下に隠れると、廊下を先程の二人が駆けて行くのが見えた。フロロが大きく伸びをする。
「さて、誰もいなくなったところで教官室探すか」
「ラブレー教官ってソーサラークラスの受け持ちなんですよね?だったらこの近くなんじゃないですか?」
フロロが大きく目を見開くのを見てヴェラは相手を軽く睨んだ。
「……何ですか?」
「いや、初めてまともな事を言ったなあ、と思って」
「馬鹿にしないで下さい!」
顔を赤くするヴェラを適当に受け流すと、フロロは真顔に戻った。
「早いとこ移動しよう。ふざけてる場合じゃなかった」
「何か……あったんですか?」
ヴェラの問いにフロロは「歩きながら」と廊下を指す。
「グラウンドで暴れてるあのでっかいのは、やっぱりラブレー教官のゴーレムらしいな」
「じ、じゃあ教官捕まえてグラウンドの皆に差し出しましょう!」
フロロは隣りを歩くヴェラに指を振った。
「それがなあ、最後の仕上げをやってあんな化け物にしちゃったのはリジアみたいなんだ」
ヴェラはうっ、と言葉に詰まる。が、「でも」と続けた。
「それでもそんな危険がある事をやらせた教官の責任だと思いますよ?その、リジアさんは色々と有名な方ですし……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。まあ俺もこう見えても『仲間意識』ってやつは持ってるんでね。リジアが学園から追い出されるようなことは避けたいわけよ」
フロロの言葉にヴェラは大きく目を見開いた。
「お、追い出される?」
「問題起こすことの多いお嬢さんだからね。ここぞとばかりに退学に持ってく連中だっているかもしれないだろ?」