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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
八話 盗賊の育て方
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2

「参りました」

すっかり暗くなった廊下の隅、フロロに土下座をするヴェラの姿があった。綺麗な銀髪が床に擦り付けられた姿はあまり気持ちのいいものではない。結果はフロロの完勝、いや勝負にもなっていないヴェラの出来にフロロは溜息しかなかった。

「あのよー、……まあいいや」

「何ですか!言って下さいよ!」

ガバッと上げたヴェラの顔は半泣きの表情だ。フロロは暫く頬を掻いていたが、ゆっくりと口を開いた。

「まず、姉ちゃんはあの罠に引っ掛かるかい?」

フロロが指差す先、無造作に置かれたものはヴェラが設置したトラバサミだ。

「避けますね。……いや暗かったら分からないかも」

「体育祭は昼間だよ」

フロロの間を置かない突っ込みにヴェラは口篭る。

「だ、だって隠すものが無いんですもん……。屋外なら草とかありますけど」

「ちょっとそこの角曲がって、教官室に誰かいるか見てきな」

フロロの急な申し出にヴェラは首を傾げた。

「何故です?」

「いいからいいから」

シッシッ、と手を振るフロロに渋々といった様子でヴェラは立ち上がる。膝の埃を払うとそのまま言われた方向へと歩き出した。明らかに何も警戒していないヴェラの横顔が廊下の角に消えていくと、フロロはにやりと笑う。その瞬間、

「キャー!」

ヴェラの悲鳴と共に、白い煙りが沸き上がる。続けざまに悲鳴を掻き消す無機質なアラームの音。

「ど、どこ!?止めて下さい!」

煙りのせいで足元が見えず、アラームの音が焦る気持ちを加速させ、ヴェラはパニックになった。悲鳴混じりの声でフロロに助けを求めるが変化はない。

「フロロさん!」

怒声を上げた瞬間、ぴたりとアラームの音が止み、ヴェラは床にへたり込んだ。煙りも徐々に晴れていく。視界が開けていくとフロロが窓を開け放つ姿があった。

「どうだった?」

暢気に尋ねるとフロロは窓から床に着地する。

「……びっくりしました」

漸く発せられた自らの声にヴェラは喉を摩った。ただの白煙だったらしく、痛みは無い。煙りが消えつつある廊下の床をフロロが指差す。曲がり角すぐ、窓からの薄明かりで影が出来ている。微妙な位置に発動済みの白煙のトラップがあった。

「人の動線を読む。トラップ設置の基本だね。別に隠す物が無くても盲点はつけるもんだ」

フロロはそう言うと肩を竦め、辺りを見回す。

「ところでカロロ達はどこ行ったんだ?」

「あ、さっき『グラウンドの方が騒がしい』とか言って行っちゃいました」

判定員を頼まれたのにいい加減なものだ、とフロロは眉間に皺寄せるものの、モロロ族なんてそんなものだ。直ぐに納得すると耳を澄ませた。確かにグラウンドの方が騒がしい。何か巨大なものが暴れているような音に、武器を奮う喧騒もする。

「俺も行ってみよーっと」

フロロが駆け出そうとした時、ヴェラが慌てて尻尾を掴み止めてくる。

「ぎゃー!」

堪らず悲鳴を上げると、ヴェラは直ぐに手を離した。

「ご、ごめんなさい!」

「尻尾だってイテーんだぞ!あんた自分に無いからわかんないだろうけどさ」

涙目で尻尾を摩るフロロにヴェラは何度も頭を下げる。

「ごめんなさい!ごめんなさい!でもお願い!弟子にしてください!」

「もういいよ……って、はあ!?」

フロロは再び土下座の体制に入ったヴェラを、呆気に取られて見た。

「お願い!私を一人前にして下さい!」

いきなり何を言い出すのか。この人の行動は理解不能過ぎる。フロロは頭を下げ続けるヴェラを暫く唖然としたまま眺めていた。

「姉ちゃんは何で盗賊になろうと思ったんだい?」

とりあえずヴェラを落ち着かせてから、廊下に座るとフロロは尋ねる。

「駆けっこが速かったからです!」

笑顔で答えるヴェラにフロロは顔を引き攣らせた。

「……まあ、イメージとしては盗賊はすばしっこいもんな」

戦闘で前線に出て、素早さで敵を翻弄する役目を負うのも盗賊の一面だろうが、実際の仕事を考えると器用さの方が大事だ。手先の器用さに加えて、要領の良さ、これが何よりも重要だとフロロは考えていた。しかしヴェラに抜け落ちた部分を指摘することになるので、フロロはとりあえず黙っていることにする。

「……まあいいんじゃない?きっかけなんて大した問題じゃないし。で、何で俺の弟子になりたいの?」

「弟子になりたいというか……、立派な盗賊になりたいです。今のままだと、パーティ内でも居場所が無いというか」

ヴェラの言葉にフロロは緑頭の目付きの悪い剣士や、乗り心地の良さそうな肩をした体格の良い戦士などが思い出された。彼等が悪いわけではないが仲間意識が足りない気もする。フォローが少ないのかもしれない。

「成る程ね。じゃあ盗賊に一番大切な仕事は何だと思うよ?」

「……め、目立たないこと」

ヴェラの答えにフロロは頭を掻く。初めて聞く意見で斬新ではある。暫く黙っていたフロロだったが、何か思いついたように口に笑みが漏れた。

「正解は『情報収集』だ。これさえあれば足が遅かろうと、トラップが解除出来なかろうと生きていけるんだ」

フロロの怪しい笑みにヴェラは興味深そうに頷く。

「成る程!良くわかります。よく酒場で聞き耳立ててるイメージありますもんね」

「そう、それに自ら動くことも大事だな。聞き耳立てるだけじゃなく、首を突っ込む。これぞ盗賊の基本!」

フロロのビシッと立てられた人差し指を、ヴェラは「おおー!」と感嘆の声と共に見つめた。

「てな訳で、今グラウンドの方が騒がしいね。丁度いいから調べてみるか?」

フロロは単に自分が興味があっただけだったが、ヴェラの教育を体よく切り上げる良いきっかけに手を叩く。ヴェラも乗り気で頷いた。

「わかりました!何だか盗賊の面白さが漸く分かってきた気がします!」

「いいね、その調子だ!」

二人は頷き合うとグラウンドへ向けて走り出した。



「何だ、ありゃ」

フロロは校舎の入り口からグラウンドを眺めると、初めて見る異質な生き物に目を丸くした。

「カッコイイですね!」

ヴェラが目を輝かせるが、フロロには暴れる巨体の姿がある人物が似ていることが気になった。

「ラブレー教官に似てるな」

「誰です?」

魔術師系クラスの授業しか受けもっていないラブレー教官をヴェラが知らないのは当然の事だった。が、フロロはちっちっ、と指を振る。

「学園内の人間は全部押さえとかなきゃ。あれは魔術師クラスじゃ『変態教官』で通ってる若い教官だよ」

「変態なんですか?」

「なんでも研究内容が不気味だとか、見た目が気持ち悪いとかそんな理由みたいだけど」

フロロは答えながら周りの状況を窺い見る。混乱気味に手足をばたつかせる謎の巨大生物に、それを囲む戦士達。設置前のテントがグラウンドに置いてあるのを見ると、ファイタークラスのお手伝いを邪魔しているというところか。しかし何故?

「フロロー」

声の方向に二人は振り返った。モロロ族の三人が手を振りながら走ってくる。カロロが息を弾ませながらグラウンドを指差し口を開く。

「あいつすごい強いんだよ!ファイターの剣が全然効かないんだ」

「でも動きがマヌケでおもしろいよ!何がしたいんだろうね」

「リジア達が向こうにいたよ!何かこそこそしてたけど」

パウロの言葉にフロロは身を乗り出した。

「リジアが?こそこそ、ねえ……」

「ラブレーってあの変な教官と一緒だったよ」

ニウロが言うとフロロとヴェラは顔を見合わせた。

「これは、面白い匂いがするなあ」

フロロがにやつくとヴェラがきょとんと答える。

「匂い?それより手伝わなくて良いんですか?校舎、壊されたりしませんかねえ」

巨人を指差すヴェラにモロロ族が揃って首を振る。

「それは俺達の仕事じゃないな。俺達がやるのは……」

フロロはグラウンドを指差した。

「匂いの元を嗅ぎ回ることだ」

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