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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
七話 呼ばざる者、応える者
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4

微かな足音が聞こえる度に心臓が跳ね上がる。わたしは涙目を拭った。抜き身の武器を持ったファイタークラスの面々がうろうろしている学園内にいるのだからしょうがない。クビのかかったラブレー教官の「お前も道連れにしてやるからな」という発言が無ければ、何もかも放り投げて帰っているところだ。

真っ暗な校舎内には他の生徒の姿は無い。とっくに生徒が居残れる時間を過ぎているのだから。やっぱりせめてラブレー教官と一緒にいれば良かった。わたしは後悔に奥歯を噛み締める。カーチャの捜索の為に二手に別れたはいいが、いつ切り掛かられるかおっかなびっくりでまともに歩けないし、肝心のカーチャも見つからない。とりあえずソーサラークラスの教室にやって来たのだが、カーチャの姿は無かった。

「……参った」

声になっていない呟きを漏らすと、カーテンに身を隠しながら窓の外を見た。ここからでもグラウンドで暴れ回る巨人人形と、それを取り囲む戦士達の姿が見える。ローブ姿も増えているということは、他の教官達も駆け付けたらしい。

「ん?」

わたしは真下に見えた黒い影に目を凝らす。……カーチャだ!グラウンドの周りを囲む花壇の脇でオロオロとしているではないか。もしかして鼻を拭いて戻って来たら、わたしとラブレー教官がいないんで困ってる……?わたしは下手に動き回ってしまった事に小さく舌打ちした。直ぐに下へ向かおうと踵を返す。

すると、強い衝撃が肩を襲う。窓に体を押さえつけられ、一瞬にして動けなくなってしまった。カーテンのせいで全く見えないのだが、首筋に当たっているのは間違いなく剣とみていいだろう。

「……動くな」

言われんでも動かんわ!と言いたいところだが、聞き覚えのある声に足の力が抜けそうになる。わたしが抵抗を見せない為か、相手がカーテンに手をかけるのが分かった。ちぎらんばかりに引かれたカーテンが視界を開けると共に、肩にかけられていた手の力が一瞬にして緩められる。

「リジア!?」

目の前にいるヘクターが目を見開いていた。わたしは苦笑いで手を振るしかない。

「な、なんで……、いや、ごめん!」

土下座する勢いで頭を下げるヘクターに、わたしは慌てる。

「違うの!全面的にこっちが悪いから!」

無理矢理頭を上げさせるが、ヘクターは泣きそうな顔で口元を押さえている。

「いや、もっと慎重になってれば……はあ」

こちらの事情など知らない彼は、剣を突き付けたことがよっぽどショックだったらしく、何度も剣先を見ては溜息をついた。ううう、ごめんよー。

「とにかく、こっちに責任があるから!あなたは何も悪くないから、本当に」

ゆっくりと言い聞かせると漸く顔を上げてくれた。ほっ、と息をつくとわたしはヘクターの目をじっと見る。

「……ちょっとお願いがあるの。大変言いにくいことなんだけど」

わたしが言うとヘクターは真剣な顔つきになった。

「どうした?」

い、いや出来ればもっと軽いノリで聞いて欲しいところではあるんだけど。



「成る程ねー。だからあいつ、動きが鈍かったのか」

わたしの放課後の一連を聞き終えたヘクターは顎を撫でながら頷いている。

「鈍い?」

「今の話しだとリジアは『命令してない』んだよね?何か気のせいか、オロオロしてるだけにも見えたんだ。デカイから危なっかしいけど」

成る程……。ということは巨人人形の方もわたしの命令を待っていたりするんだろうか?

「それよりカーチャって子、大丈夫なの?」

ヘクターが尤もな質問をする。カーチャが年頃の乙女であることを考慮して、鼻血はないだろう、と『ちょっと特殊な発作持ちで水を飲みに行った』と説明したのが悪かったかもしれない。しかし、そんな言い方しても実はあなたが一番付き合い長いんですよ、と言いたくなってしまった。

「……大丈夫、だと思う。それよりわたし、カーチャの所に行くわ」

「俺も行くよ」

ヘクターの申し出に、うっ、と詰まるわたし。そうして貰いたいのは山々なのだが、色々厄介なのは間違いない。わたしの困惑を勘違いしたのか、ヘクターが苦笑する。

「わかってるよ、他の皆には適当にごまかすから。ラブレー教官の話しはしないよ」

そう受け取ったか。しかし協力して欲しいことも事実だ。わたしは頷き、ちらりと窓の外のカーチャを見た。

「一つ注意、というか気をつけて欲しいんだけど、カーチャは男性が苦手なのね。絶対に!目を合わせないようにしてくれる?」

絶対、を強調したことにヘクターは驚いたようにたじろぐ。

「あと、下に降りてからもわたしがオッケー出すまで、隠れていて」

「わ、わかった」

厳戒態勢に戸惑った顔をしながらも、ヘクターは了解してくれた。正直、なんでカーチャの為にここまでしてやらなきゃならんのだ、という気もしなくもない。



校舎を出たすぐの植え込みに、身を隠すようにしゃがみ込むカーチャの肩をわたしはぽん、と叩いた。ヘクターには入り口で待機して貰っている。カーチャはびくん、となった後、わたしの顔を見て泣きついてきた。

「よ、よかった!無責任に帰ったのかと思った」

「……そうしようかと思ったけどね」

わたしはそう答えてから声を潜ませる。

「実は、後ろにヘクターがいるわ」

「ええ!」

カーチャの顔がみるみるうちに赤くなった。わたしは有無を言わさず話し続ける。

「適当に理由つけて、彼にはカーチャの目を見ないように言っておいたから、何とか保ってちょうだい。手助けしてくれるらしいから」

それを聞き終わると、暫く真っ赤だったカーチャの顔が、段々と暗く曇っていった。ふっ、と目を伏せると植え込みの枝をいじりだす。

「良いわよね、リジアは……。普通に話せるし、そうやって頼み事も出来る仲なんだし」

こ、これは……、『恥ずかしさ』を通り越して『やさぐれモード』に入ったと見ていいんだろうか。とりあえずわたしはヘクターに出て来てもらうことにする。校舎の玄関口に向かって手を振ると、あらかじめ打ち合わせした通りにヘクターが出て来た。彼にしては恐る恐るといった様子に見える。考えてみればわたしでも「女嫌いの奴だから気づかいよろしく」と言われても困る話しだ。戸惑いの表情のままゆっくりこちらに来ると、わたしの後ろに隠れながらカーチャに挨拶する。もちろん目線は彼女に合わせないよう虚ろになりながら。

「ど、どうも。初めまして」

それは禁句かもしれない!わたしが慌ててカーチャを見ると、更に顔を暗くする姿があった。気まずい。非常に気まずい。ヘクターも気まずいようでちらちらとわたしを見ている。

「……怒ってるよね?やっぱり出て来ない方が良かった?」

そう耳打ちされるが「て、照れてるんじゃないかな」と答えるのが精一杯だった。



とりあえずラブレー教官を捜すことになったわたし達。教官がいないとカーチャに何をして貰いたかったのかが分からないからだ。

「全然やられそうにないわね……」

わたしは植え込みの影から巨人人形と皆の熱戦を窺い見た。人形の方もわたわたと不器用に手足を暴れさせているだけだが、教官を始めとする戦士達の攻撃もまるで効いていない。

「早いとこ何とかしないとな」

ヘクターの呟きにわたしは頷いた。物陰に隠れつつ、校舎をぐるっと回ると裏庭方面にやってきた。学園長が育てているモッコウバラの並ぶアーチを潜ると、わたしは正面を指差した。

「いた!」

指差す先にいたラブレー教官がびくん、と体を揺らす。駆け寄ってみると明らかに焦っている。

「……もしかして帰ろうとしてませんでした?」

教官の姿を見て、わたしは訝し気に尋ねた。ラブレー教官は何故か教官用のローブを脱ぎ、茶の皮鞄を抱えていたのだ。

「そんな訳ないだろ?」

額に汗を光らせながら答える教官。うそつけ!

「呆れた教官ですね。行動によっては全部密告してもいいんですよ?」

冷ややかな台詞を吐いたのはカーチャだった。教官は驚きに目を見開きながら、わたしに耳打ちしてくる。

「何かキャラ変わってないか……?」

「まあ、ちょっと色々ありまして……」

わたしが無意識にヘクターの方を見たのに気付いたのか、教官は「あ!」と叫びヘクターを指差す。

「お前知ってるぞ!こいつファイタークラスの奴じゃないか!てめぇ、『男』に身を売りやがったな!?」

「変なこと言わないでよ!」

わたしは詰め寄る教官に怒鳴り返す。ヘクターの顔が明らかに「本当に教官なのか?」と語っていた。

「彼はわたしのパーティメンバーなんです!だから協力して貰うことにしたんですよ」

頭に血を上らせながらわたしが言うと、教官は「そんなに怒るなよ」と頬を掻く。

「ま、いいや。丁度良いかもしれないな。いいか、これから俺の言う通りに動くんだぞ?」

帰ろうとしていた奴に指示されたくないが、一応話しは聞いておくことにする。わたしは頷いた。

「まずこれから演習場に戻るぞ。計画は向かいながら言うから、ばっちり頭に入れろよ」

教官はそう言うと、演習場方向へと歩き出す。後ろに続くわたし達の顔は不信そのものだったに違いない。

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