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「これ全部やるってことだよね?私、魔力持つかな……」
カーチャが不安そうな声を漏らす。わたしも苦手分野をやるだけに、精神的に持つか不安だ。
「今日で全部やるわけじゃない。大丈夫だろ」
教官がははは、と笑った。
「あの、それって終わるまで毎日ずっと居残りってことですよね?」
わたしが聞くと教官は天井に目をやりながら「まあ……そうなるな」と小声になる。マジっすか。わたしはムカムカとした気持ちを押さえつつ、人形の一体に手を伸ばした。こうなったら早く終わらせるしかないのだ。教えられた呪文を唱えると右手に空中を漂っていたマナが収縮しだす。不思議と温かい。
「もう少し魔力を抑えろ、リジア」
「まじっすか。結構絞ってるんですけど」
教官の注意にわたしは慌てる。キツイなあ。軌道修正するものの、納得いかないのか教官が寄ってきて眉間に皺寄せる。
「だから違うって!もっと微量でいいんだよ!」
「それが難しいんですよ!」
わたしが叫ぶと教官は「むう……」と呟いた。
「本当に大雑把な奴なんだな……。魔力付加はコントロールの鍛練になるから日頃からやっとけ、って言っただろ!」
そういえばそんな話しもあったような。わたしが過去の回想に入った時だった。ぐにゃり、と手の中にあるものが溶けているような感覚がした。見ると人形が熱でも受けたように溶けだしているではないか。溶けた部分から光に変わり、さらさらと空中に漂っていく。
「リジア・ファウラー、×一個、と」
手帳にメモを走らせるラブレー教官。ま、まさか成績に加味しないでしょうね。わたしは床に手を付くと、その場に崩れ落ちる。
「……ひどい、わたしだって、わたしだって頑張ってるのに……」
「お前……」
教官がわたしの肩を叩いた。
「それで俺が『悪かったな』と言うとでも?」
教官の言葉にわたしは思いっきり舌打ちする。
「お前、それが目上の人間にする態度か!」
「出来た!」
ラブレー教官が言い終えるより早く後ろからした声に、わたしと教官はびくん、となる。
「一体出来ましたよ、教官」
「お、おう」
そ、そうだ、カーチャもいたんだっけ……。一瞬、人形が喋り出したのかと思った、ということは言わないでおこう。カーチャの傍らにひっそりと立つ人形に目を向けて、わたしと教官は同時に目を擦る。
「……なんか一瞬、人形の顔に靄が掛かったように見えたんだが」
どうやら教官と同じ光景を見ていたらしい。
「もしかして作り手の特徴が反映されたりするんですかね?」
そう言いながらわたしは先程、教官が動かした人形に目を送る。隅の方でごろりと横になり、鼻をほじっている人形を指差しわたしは笑ってしまった。
「うるせえ、お前のなんて溶けたじゃないか!」
大人気なく怒るラブレー教官に、わたしは再び舌打ちする。それは一回目で失敗したからじゃないか。その間にもカーチャはせっせと作業に取り組んでいた。次々と出来上がる存在感の薄い人形にラブレー教官は、
「これはこれで生徒の目を翻弄するかもなあ」
と呟く。暗殺部隊かよ……。カーチャの作業分が増える程、厄介になるかもしれない。わたしは腕を捲ると再び人形に向かい合った。
慣れてくれば早いもので、気付けばわたしも順調に数をこなしていた。自分が命を吹き込んだともいえる完成品を見る。何だか顔がつやつやとしていて可愛いと思うのは気のせいだろうか。わたしの作った分は暢気に追いかけっこをしたり、髪を結わいあったりしていた。
「こうやってると、体育祭で壊されちゃうの寂しくなっちゃうね」
カーチャが呟く。わたしも同感だったのでしんみりとした空気になってしまった。
「……よし、次を最後にして今日はここまでにするぞ」
教官の言葉にわたしは演習場の上の方にある窓を見る。かなり日が長くなった季節だというのに真っ暗だ。これはファイタークラスの面々は帰っているかもなあ。わたしは少し肩を落とし、本日最後の一体に向かう。
「おっと」
気が抜けたのか、気合いが入り過ぎたのか手に集まるマナの光が強すぎることに気が付き、慌てて魔力を絞る。……つもりだった。
「ちょっあれっ待って!」
光は弱まるどころか強さを増していく。焦りながら人形から手を離すが、どんどん魔力を吸い取られているのが分かった。これは、ちとまずくないか!?ラブレー教官も慌てて駆け寄ってくる。
「な、な、な、なんだよ!」
教官が後退りした。人形が異様な変化を見せたからだ。体がみるみるうちに膨らんでいく。太っていく、などというかわいいものではない。腕が伸び、足が伸び、頭も大くなっていく。ズウン、と重たい音を立てて床を軋ませるそれを、わたしは尻餅をついて見上げた。巨人だ。絵本で見た巨人がいる。巨人人形はゆっくりとした動作で演習場を見渡すとやおら拳を壁に叩きつけた。お腹に響く石壁の破壊される音。めきめきと骨組みが軋む悲鳴に似た響き。もうもうと煙が立ち込める。巨人人形は満足そうに頷くと、そのまま猛スピードで表に飛び出していった。
わたしは未だ粉塵が舞う景色を見て、ようやく口を開きっ放しなことに気が付いた。呆気に取られ、身動き取れなかったが、慌てて跳ね起きる。
「なななんですか、あれはー!!」
わたしは教官に詰め寄った。教官はぶんぶんと首を振り叫ぶ。
「知らん!俺のせいじゃ……」
そこではっとした表情に変わった。
「お前今、どさくさに紛れて俺のせいにしようとしただろ!?」
「半分は教官のせいでしょ!」
わたしが勢いに任せて喚いた時、表から再び破壊音が聞こえてくる。続いて怒声のような集団の騒ぎ。
「まずい、行くぞ!」
教官に促され、わたしは頷いた。すぐに表に飛び出すとグラウンドの方に巨人人形の銀色の髪が見える。
「あっちよ!」
わたし達はそのまま駆け出した。
「校舎でも壊されたらエライことだぞ!」
「演習場が破壊された時点でエライことですよ!……ってなんで!?」
わたしはちらりと目に入った光景に、慌てて後ろを振り返った。既に完成品となった人形達がついて来ているのだ。列を作りながら後ろを走ってきている。
「うわ!ばかっ、まだ出てきちゃいかん!」
ラブレー教官がシッシッと追い払うと、人形達は顔を見合わせ肩を竦める。その顔は「ふう、やれやれ」とばかりにニヤついていた。
「くっ……かわいくない奴らだ」
帰っていく人形達に教官は吐き捨てる。
「教官が作ったやつじゃないですか?」
その声に教官はわたしに詰め寄る。
「なんでだよ」
怒り顔の教官にわたしは首を振った。
「わ、わたしじゃないですよ」
「あのー」
後ろからの声にわたしと教官は飛び上がる。
「教官が『行くぞ!』って言ったからついて来てたんじゃないでしょうか。人数も教官が作った分くらいだったし……」
「カーチャ……、いたんだ」
わたしは思わず呟いていた。
「ひどい!」
カーチャが泣き顔になる横で、教官が手を叩く。
「ということは、だ。あいつもお前の命令は聞くかもしれないぞ?」
その時、またしても破壊の音と足に伝わる振動がわたし達を襲った。
「とにかく、行ってみるぞ!」
教官に言われるまでもなく、わたし達は駆け出していた。
目に飛び込んできた光景に、わたしは息を飲む。拳を振り回す巨人人形の周りに群がるのは、ファイタークラスの見覚えのある面々。既に武器を手にして攻撃態勢に入っていた。
「なんだこいつ!」
「固いぞ!」
叫び声の通り、暴れる巨人人形の足元に攻撃を加えているようだがダメージを負わせるまでには至っていないようだ。その中の一人、一際お美しい顔の人物にわたしは声をあげる。
「ヘクタ……ぐえっ!」
後ろから思いっきり衿元を引かれ、わたしは後ろに戻された。
「何するんですか!」
わたしが喉を摩りつつ抗議すると、ラブレー教官は小声で耳打ちしてくる。
「今出ていくのはマズイ!フランク教官達もいるじゃないか!」
教官の指差す先にはファイタークラスの教官達の慌てる姿もある。だったら尚更、事情説明を、と思うが『マズイ』というからにはマズイことがあるんだろう。多分、ラブレー教官の立場的に。しかし校舎を壊そうとめちゃくちゃな暴れる方をしている巨人人形と、それを止めている戦士達を見ていると暢気なこともいってられないではないか。
「ちゃんと不慮の事故だって説明すれば分かってくれますよ!」
半分、自己弁護も含まれる台詞を言いながら、わたしが教官の腕を引っ張った時、フランク教官達の声が響き渡ってくる。
「見た目からしてラブレー教官の作品じゃないのか!?」
「いや、こんな大作は聞いていない!内部犯を装ったテロかもしれんぞ!」
うわあ、大事になってきてる!わたしが焦りながらラブレー教官を見ると教官は、
「う、うまくやり過ごせば外部の犯行ということに……」
などと呟いている。いくらこの人でも、教官が人間のクズな発言をしているところは見たくなかった。その間にもフランク教官の雄々しい叫びが聞こえてくる。
「このゴーレムを操っている犯人が学園内に潜んでいるかもしれん!半分は捜索に当たれ!」
こんなに事が大きくなるよりは、こってり怒られる方が良いじゃないか。わたしはラブレー教官を急かす。
「早く!ばれた時、余計に怒られますよ!」
「怒られるどころかクビだろ!俺はただでさえリーチかかってるんだ!」
「普段何やってきたんですか!」
生徒からの信頼も無ければ、教官の中でもそんな扱いなら辞めちまえよ!
わたしに反論しようと足を踏み込んだ教官が足元に目をやり、飛び上がる。
「うわ!なんだ、これっ」
下を見て、辺りに拡がる血の海にわたしも悲鳴をあげた。これはもしかして、カーチャの……。辺りを見回すがカーチャの姿がない。点々と続いている赤い跡を見ると、水道にでも行ったのかもしれない。
「か、カーチャです!あのこ、ちょっと重い病気なんです!」
「カーチャって誰だ!?」
ひええ、なんだこの混沌たる状況は!頭を抱えるわたしの横で暫く思案していた教官が、ぽんと手を叩く。
「そうか、そうだ……、あの子、カーチャを捜せ!」
「な、なんでですか?」
いないのは心配だが、カーチャが出てきたところでまともに働けないと思うのだが。わたしは遠目にロングソードを携えるヘクターの姿を確認すると唇を噛んだ。ラブレー教官は真剣な顔つきになるとわたしの肩を叩く。
「隠密部隊に動いて貰うんだよ……。行くぞ!」