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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
七話 呼ばざる者、応える者
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「来週末は皆も知っている通り、『体育祭』がある。よって緊急のクエスト以外は募集が無いので気をつけるように」

教官の事務的な言葉にわたしを含め何人かがはあ、と溜息を漏らす。そうか、今年もまたこの季節がやって来たのか。実は今月の頭から気が付いていたことだが、わたしは改めて事実が突き付けられて軽く憂鬱になった。

「なんだ、暗い顔だな。楽しいお祭りだぞ?体育祭の日ばかりは羽目を外していいんだから、もっと喜びなさい」

メザリオ教官は言ってみてから自分でも無茶な事に気付いたのか、ポリポリと頬を掻く。教官もわたし達がこんな雰囲気になる理由を知っているのだ。

プラティニ学園にも学生らしい行事がいくつかある。その一つがこの『体育祭』である。春のこの浮かれ陽気に体を動かし皆で親睦を深めましょう、という一見すると素晴らしい行事だが、ファイタークラスにとってはなんのこっちゃでしかないし、わたし達魔術師クラスにとっては余計なお世話でしかない。そして憂鬱にまでなる最大の理由は、この体育祭の内容にあるのだ。普通の学校、商人育成の商業学校やお役人さんを目指す学校でも体育祭と名の付く行事はあるようで、普通は「玉入れ」だとか「借り物競争」といった行事らしい種目が並ぶらしい。が、我がプラティニ学園は冒険者育成機関。その性質に相応しい内容となっている。

種目は一種類、モンスター狩りである。モンスターといっても教官の一部が造り出したもので人形に近いものだ。学園中に放たれたそれをひたすら狩る。大変生産性の無い行事である。そして一番の問題がこの行事は何故か学年対抗となっていて、要するに最上級生である六期生が「ひゃっはー」したいだけの祭になってしまっている。この学園における一年の差は大きく、決して腕では敵わないし、六期生以下のわたし達は彼等の引き立て役でしかない。

去年は空気を読まないアルフレートが暴走したお陰でわたし達四期生が危うく優勝するところまでいき、六期生はもちろん去年までの五期生にも睨みつけられ、嫌味を言われ、同級生からはアルフレートと何故か友達と思われていたわたしまで冷たい視線に曝されるという苦い思い出となってしまった。

唯一の良いところは、教官は「緊急のクエスト」と言っていたが、わたし達五期生にそんな物は端から回って来ないので一週間程は暇になる。それにまあ、緊急のクエストに借り出される分、六期生は他の学年より人数がかなり少ないはずなのに、まともにやっては敵わないという事実は頼もしいものではあるのだが。

「じゃあ係の者を決めておくように」

そう言って教官が出ていくと、皆立ち上がる。口々に「どうする?」「じゃんけんにしない?」と言っているのを聞き、わたしは隣の席の女の子に尋ねた。

「何、係って?」

「聞いてなかったの?私達の学年からは準備の係を出して、教官の手伝いに行くんだって」

わたしが露骨に顔をしかめると、彼女は「私に文句言われても」と呟き席を立つ。体育祭で狩られる標的となるモンスターは、クリエイト系の魔法を得意とする教官が造った傀儡だ。傀儡術など習っていないわたし達に手伝いにいく価値があるのか疑問なのだが。

「ほら、リジアも早く!じゃんけんするわよ」

クラスメイトから急かされ、渋々わたしも席を立った。


わたしは自分の広げた掌を見つめると、眉をぐぐ、と上げた。たった今じゃんけんをした相手は手放しで喜んでいる。

「やった!これで早く帰れるわあ」

無神経な態度にわたしが睨むとセリスは「な、なによ」と胸を張った。その隣でもじゃんけんを終えたキーラが微笑んでいる。

「単純な人間って『パー』しか出さない、って本当だったのね」

そう言うとハサミを象った手を見せ付けてきた。くっ……。

キーラに負けた相手を見るとわたしと同じ様に広げた掌を出しながら「ひどい……」と呟いている。そしていかにも薄幸そうな顔を更に曇らせているではないか。

「じゃあ係はリジアと、えーと……カーチャで決まりね」

セリスが皆に聞こえるように宣言する。

「今、私の名前忘れませんでした?」

「や、やあねえ、そんな訳ないじゃない」

セリスはそう言いながらも気まずそうにしている。無理もない。わたしも先日の事件で嫌という程関わりあったカーチャだというのに、今セリスが出すまで名前を忘れていたのだから。

「しょうがない、なっちゃったからにはがんばりましょうね」

わたしはそう言うとカーチャと握手した。カーチャはどこか嬉しそうに顔を綻ばせる。彼女こそわたしのロッカーの一番無気味な落書き、血文字の『呪』を書き続けた犯人だったりしたのだが、その不幸すぎる境遇故に憎めなかったりする。

まず外見が普通過ぎる。ソーサラークラスに多い陰気さも無ければ華やかさも無い。ローブ着用以外は自由だというのに、黒のローブに白のシャツ、黒のズボンをきっちり着ていて模範生のようだ。かといって「真面目そうだな」という取っ付き難さも無い。よく見ると可愛らしい顔だというのに、何故か集団の中に入ると彼女の顔だけ霧がかかったように霞む、という摩訶不思議な現象を巻き起こす。

クラスの中での立ち位置も……まあこれは今年に入ってから初めて気が付いたことなのだが、成績優秀とも言い難く問題児扱いも無い。友人が多い社交的な存在ではもちろんないし、友達がいないような様子で心配になる事もない。とにかく何もかもが普通なのだ。人間、普通が一番とは言うがここまでくると逆に個性的な気もする。そのキャラクターが彼女の印象を薄め、誰もが「いたっけ?」と首を傾げる存在になっているのだ。

「……早く行った方がいいと思うけど。……リジア?」

カーチャが話していることに気が付いてわたしは慌てる。

「ご、ごめん。ぼーっとしてた。何?」

「今日から早速なんだって。ラブレー教官の手伝いらしいから、怒られる前に早めに行かない?」

「げっ」

その名前を聞いてわたしは思わず声を上げた。よりによってあの『変態教官』だとは……。いや手伝いの内容からしてあの教官の所しか考えられないのだから、それで皆、じゃんけんに必死だったのか……。今更気が付いた自分に情けなくなり、わたしは大きく溜息をついた。周りは既に帰り支度を整えてぽつぽつと帰り始めている。と、わたしは肩を叩かれた。

「キーラ。どうしたの?帰らないの?」

わたしが尋ねるとキーラはわたしの腕を取り、顔を寄せてくる。何ともまあ、良い匂いに女同士だというのにクラクラとしてしまう。

「良かったわね。ファイタークラスも準備の為に駆り出されてるらしいわよ」

「えっ、本当?」

聞き返すわたしにキーラは頷く。思わず顔がにやけたせいか、彼女もにやりと笑っている。

「クリスのクラスが丸々駆り出されてるんですって。『一緒に係やろうぜ!』とか言ってきたから断ったのよね」

……報われない奴……。わたしは赤毛の戦士クリスピアンの顔を思い出し、そっと涙を拭った。

「シーフも呼ばれてるから今年は罠も設置するのかもね」

話しに入ってきたのは燃えるような赤い髪が美しいセリスだった。

「へー、じゃあフロロもいるのかな」

わたしは言ってみて首を振る。あいつのことだ。呼ばれてもバックレそうだな。

「クリスは力仕事を手伝わされる、って言ってたから仕事は一緒じゃないでしょうけど、ヘクタ……」

キーラが言い終える前にわたしは慌てて彼女の口を押さえる。文句を言いたそうなキーラの顔がわたしの背後を見て目を見開いたものに変わった。セリスが悲鳴混じりに叫ぶ。

「やだ!どうしたのよ、あんた!」

……遅かったか。振り返ると鼻を押さえるカーチャの姿。

「吐血よ!」

わたしは我ながらフォローになっていない台詞を叫ぶと、カーチャの腕を取り教室を飛び出した。

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