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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
六話 愛の神官ローザ
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2

「あーっ!もう!何回目よ!」

ローザは購買のチョコパイを握り絞めつつ悲鳴を上げた。

「はい、15リーフ」

販売のおばちゃんが片手を出してくる。ローザは潰れたチョコパイの代金を払い、リジアに声をかけた。

「リジア、何か飲み物余分に買っていきなさい。ヘクターがミーティングルームにくるから」

「は?今日は午前中、授業出るって聞いてたけど」

「いいから、フロー神を信じなさい」

リジアは「はあ?」と顔をしかめるが、ローザから無言で睨まれ渋々冷たいお茶を買う。

先日のインスピレーションから何日連続なのだろう。これは新記録かもしれない。自分の信仰心が上がったと喜ぶべきなのだろうが、なんせ自分の事に関するアドバイスでは無いのだ。手放しに喜べない。隣りでお茶の釣銭を受け取るリジアをちらりと見た。

「ほんとに来るんでしょうねー?」

「絶対よ。最近のあたしの冴えようは知ってるでしょ。冷たい飲み物も絶対だから」

自信たっぷりだがどこか怒っているようなローザにリジアは反論を止めた。購買所を出て階段を上る。ミーティングルームのある廊下に差し掛かった時だった。

「……すごい、ローザちゃん」

リジアが感嘆の声を出す。

「だから言ったでしょうが」

この台詞を言うのに相応しい人物はこの時のローザよりいないだろう。前からやって来る人物を見ながらリジアはそう思ったに違いない。ヘクターが上着を肩に引っかけやってくる。

「なんだかお疲れの様子ね」

ローザはヘクターに声をかけた。ヘクターはふう、と溜息をついた後、説明する。

「今日は下級生の遠征に付き添ってたんだけど、一人怪我してさ。そいつ担いで帰ってきたんだ」

「それはご苦労様。……リジア」

ローザが腕を突くと、リジアは慌ててお茶を差し出した。ヘクターは一瞬驚いた様子を見せた後、「ありがとう」と言って受け取る。二人の間にほんわかとした空気が漂った。

間違いない。神はあたしを恋のキューピッドにしようとしている。ローザは眉間にしわ寄せた。別にそれ自体は光栄なことであり、神からの提示が無かろうとローザは進んでやってみせたいことだった。自分が知る限り親友の初めての恋なはず。寂しくもあったが嬉しさの方が大きかった。が、祈りによって得られた結果がこうだったことがショックなのだ。

「……あたしの春はまだ先ってことなのかしら」

ローザはむなしく呟いた。



「ローザさん、なんだか疲れてません?」

ミーティングルームのテーブルに向かい合わせに座るイルヴァからの珍しく優しい言葉に、ローザは紅茶を飲む手を止める。

「そう見える?」

「なんだ、相変わらず続いているのか」

アルフレートが興味深げに身を乗り出した。彼にしてもこんな状態の神職者を見るのは初めてということなのだろうか。

「相変わらずよ。なぜか電波がビンビンに合ってるらしくて」

ローザはインスピレーションが連続的に起こる現象をそう言い表すことで自らの気持ちを軽くする。自分でも少し怖かったのだ。急激な精神力の成長なんてことはあり得ない。そしてどんなに熟練の神官であろうと毎日のように神の言葉を授かる者などいない。それは教会の最高位法王であろうと。リジア、もしくはヘクターがフロー神に気に入られているのだろうか。言葉をくれるのはいつもこの二人のことなのだから。二人が何処かへ行ってしまうのではないか、という漠然とした不安もあった。先程のお茶の件だけではない連日の流れを思い出していた。

「……少しの間、ローザの家に押しかけるの止めとこうか」

フロロが思いがけない提案をする。ローザは予想外の心配をかけていたことに、慌てて否定をしようとした。が、

「そうね……、丁度わたしも暫く用事があるし、良いかもしれない」

リジアが腕を組み呟いた。

「私も調べ物があるんだよな……、ちょっとの間忙しいかもしれない」

「じゃあ俺も、たまにはモロロ族の奴らと遊ぼうかな」

アルフレートとフロロがそれに乗っかるではないか。インスピレーションの力を「疲れからくる妄言」のように扱われること自体が不本意ではあるが、それよりも見当違いな気づかいにもやもやとした気持ちがする。

「じゃあ、暫くはここで解散ってことで」

ヘクターはそう言うと剣を担ぎ直し部屋を出て行く。イルヴァもそれに続いた。

「ちょ、ちょっと……」

手を伸ばすローザの肩をリジアが叩く。

「早めに帰って休んどきなよ、ローザちゃん」

「三日後の週明けに集まればいいじゃないか。どうせ明日から休みなんだし」

とアルフレート。

「そうだけど……、ほんとあたしは迷惑じゃないのよ?」

ローザは指輪を無意識にいじくりまわした。

「そんなことはわかってるって」

フロロがにこにこしながら言った。その笑顔にローザは何も言えなくなってしまった。



「わかってないっていうの!」

ローザは姉カミーユにぶちまける。カミーユは紅茶に入れた角砂糖をスプーンで崩しながらローザをじっと見つめた。

「それで今日は静かなわけね。……まあいいんじゃない?たまには個人個人で活動する機会があっても」

「そ、それはそうだけど……」

ローザは口籠りながらテーブルの上にいるフローラを見た。専用のお皿に乗ったサラダをむしゃむしゃと食べていたイグアナロボットが「ん?」といった顔でローザを見上げる。姉と二人の食事ではいつもに比べて寂しいので、温室から食堂へ連れてきたのだ。

「でも大変な時こそ、皆にいて欲しいものじゃない?それなのに『大変そうだから帰ろうっと』っていうのが薄情よ」

「わかってないのはあなたの方かもしれなくてよ、ヴィクトール」

姉カミーユの信じられない一言にローザは目を見開いた。カミーユは涼しい顔でお茶を啜っている。姉への話しの仕方がおかしかったのだろうか。今の話しで自分が責められる方がわからない。きっと姉は何が何でも自分を悪人にしたいのだ。こんな人と話していても無駄ではないか。そう思いローザが席を立った時だった。


『汝は裏切られるであろう』


はっきりとした無機質な声にローザは硬直する。まただ。フロー神のお言葉を受けた。今日は二度目ということになる。そしてそのショックよりも大きなものがローザを小刻みに震わせた。最近の流れの中で初めて自分自身のことを示される「汝」という単語。そして……、

「裏切られる?裏切り……、あたしが……」

混乱する頭に先程の声が蘇る。

汝は裏切られるであろう

あたしは裏切られる。これから……。今日のことでもショックだというのに、更にこれから仲間の裏切りを見るというのだろうか。青白い顔で突っ立ったままのローザにカミーユはいぶかしげに声を掛けた。

「どうしたのよ……」

「何でも無い!」

そう叫ぶとローザは部屋を飛び出し、自室へと廊下を全速力で走った。



枕に顔を埋め、ローザは痛む頭を振った。

確かに自分の仲間たちは口は悪いし、態度も悪い。でもそれは言いたい事を素直に言い合える仲だと思っていた。そうではなかったとでもいうのだろうか。本当にぎすぎすとした関係だったのだろうか。自分はそんなに空気の読めない子だったのか?さっきの言葉はまだ彼らのことだと決まったことではない。仲間のことではないのかもしれない。家族?両親、兄弟、家のお手伝いさんたち……。いくつも顔が浮かんでは消えて行く。そしてどうしても残ってしまう顔。一番の仲良しだと信じて疑わなかった少女、リジアのことがどうしても思い起こされてしまうのだ。

リジアが裏切るとしたらどんなことだろう。

ぼんやりと考え続ける。とことん落ち込むところまで素直に考える。それがローザのやり方だった。最悪の展開にも対処するために、どんな暗いことでも考える。そうすれば現実に受けるショックは少ない。他人には見せたことのない、ローザの中で一番後ろ向きな姿でもある。

リジアがパーティーを抜ける……とか。それは考え難い。親の都合でどうしても学園を辞めるとかならあり得る?でもそれでは自分自身が「裏切り」とは思わないだろう。隠し事がある、とかならショックは大きいかもしれない。が、確認しようが無いことでもある。「何でも話して欲しい」とは思うが強制したいとは思わない。個人の考えというものがあるのだから。本人が話したくないのであれば、それを『友情』という名の押しつけで強要するべきではない。ヘクターのことだってそうだ。話して欲しかったという気持ちもあったが、「からかわれたくなかった」というリジアの気持ちはよくわかったし、今ではよく相談もしてくれる。

「……もしかして、もう付き合ってるとかないわよね」

仰向けに体勢を変えながら、一人呟いた。常々鈍い二人だな、と思っていた部分はある。バレバレなリジアの態度に気づく素振りの無いヘクター。それを他のメンバーに気づかれているわけがないと思っていた節のあるリジア。そんな二人にあたしの助言によって春が訪れているとしたら?……鈍いのはあたし!?

思わずベットから起き上がる。ローザは暫く動きを止めたのち、

「はあ〜……」

大きな溜息を一つつくと、再びベットに倒れ込んだ。駄目だ、どうも裏切りとはほど遠い。つくづく幸せな人生を歩んできていたのだな、と今更ながら気が付いてしまった思いだった。

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