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タダシイ冒険の仕方 短編  作者: イグコ
六話 愛の神官ローザ
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ローザの一日はお祈りから始まる。

愛の女神フローは大地母神であり、祈りの言葉も大地への感謝が綴られる。代々神官の家系であるアズナヴール家にある祭壇は個人の自宅にあるにしては大きなものだ。フロー神の性格上、絢爛豪華とはいかないが、ちょっとした教会にも見えるこの一室は、家族全員が祈りの場に使用する。祭壇にひざまずき、手を合わせるローザが長い長い祈りを締め括ろうとした時だった。

「ちょっと、まだ?」

姉カミーユに言われ、ローザは舌打ちした。

「まー、舌打ちなんてお下品だこと」

「姉様に言われたくないわよ!」

ローザが立ち上がり声を荒げてもカミーユは涼しい顔だ。

「喧嘩したいの?残念ながらあなたにそんな暇はないわよ」

つん、と言う顔を見せ姉は美しい金髪をかき上げる。

「……どういう意味?」

ローザは柱に掛かる時計をちらりと見遣る。まだ登校までそんなに慌てる時間でもない。

「お父様がお呼びよ」

「ああ……」

姉の言葉にローザは溜息をついた。父と話すのはどうも苦手だ。どうしても体が萎縮するし、朝から顔を突き合わせたくない相手なことは確かだ。そんな肩を落とす態度を見たからか、カミーユはふうと息をついた。

「何かやったの?」

「……特に思いつくことは無いわね」

「じゃあ平気でしょ。何にでも文句垂れるような方じゃないわよ、お父様は」

カミーユはぽん、とローザの肩を叩いた。姉とはしょっちゅう言い合うが、自分の気持ちを何故か察知するのもこの人だ。

「それにしても毎朝お祈りが長いわね。何かお願いでもしてるのかしら?」

「別にっ」

ローザは妙に照れ臭くなり、踵を返すと部屋を出た。



「座りなさい」

父の部屋に入るなり掛けられた言葉にローザは少し肩をすけめた後、それに従いソファーに腰かけた。向かいに座る父親に目を向ける。自分によく似た顔だ。髪形こそ違うが四十過ぎだというのにローザと同じ綺麗な金髪をしている。似ているからこそ苦手なのだ。将来の自分を見るようで嫌だった。

「なんでしょうか?」

ローザの問いに父は足を組み直し、頷く。

「最近の学園生活はどうだ?」

父は学園長を勤めている為か、ローザによくこの質問をしてくるのだ。父が知りたいような内容はローザも何となくわかるので簡単に答える。

「特に問題は無いです。五期生はローラスから出られない、というのが少し不満ですが」

「そうだな……、しかし五期生はまだ授業を受ける生徒もいるからな。まあ考えてみても良いかもしれない」

父は澄んだ青い瞳をすっ、と細めた。

「ああ、そうそう、お前の仲間といったヘクター・ブラックモアは、やはり断ったそうだ」

「でしょうね」

父が言ったのは、ヘクターがプラティニ学園の精鋭部隊に入るように要請を受けたことだ。ローラスの盾となり剣となる。一見名誉あることに思えるが、ローザはヘクターが断るだろうと確信していた。自分の仲間だから、などというくさい発想ではない。自分と同じ人種だ、と感じていたからだ。

「……リジアに言わないで正解だったわね」

「何か言ったか?」

呟きを尋ねられ、ローザは慌てて首を振った。



「あたしも恋がしたいわあ……」

ローザが溜息とともに発言すると、ヘクター以外の部屋の住民が露骨に嫌な顔をする。

「……何よ」

一変した部屋の空気にローザは不服の声を上げ、メンバーを見渡した。

「いや別に……」

リジアが目を逸らしながら呟く。

ミーティングルームでは通例となったお茶の時間。お茶の時間などというと聞こえは良いが飲んでは食べ、食べては飲む。要するに六人は暇なのだ。

「お前が恋愛に目覚めるとろくなことがないからな」

アルフレートが舌打ち混じりに吐き捨てた。

「俺、もうストーカー行為は御免だぜ」

かつて使われるだけ使われたフロロも溜息つく。

「ローザさんはちょっと情熱的過ぎますよ」

四六時中、好きな相手の話しを聞かされたイルヴァも首を振った。

「その癖冷めるのも早いんだ、これが」

リジアがそう言うのも無理はない。ローザの恋は熱しやすく冷めやすい。周りを巻き込むだけ巻き込んで、勝手に終わっていくのが常だった。リジアはなおも続ける。

「こないだの男はなんだっけな、『よく見ると変な顔だった』だっけ」

「ローザ以外は初めから気づいてた事実だったがな。ケケケ」

リジアの言葉にアルフレートが笑う。

「失礼ですよう、ちょっとゴリラ系だっただけです」

「イルヴァ、フォローになってないって」

フロロが突っ込んだ。ローザはそんな4人を黙ってつまらなそうな顔で見守った。自分でも迷惑をかけている自覚があるだけに言い返さない。

ふと、目の前でお茶をすする男の顔をじっと見る。長めの銀髪にグレイの瞳。自分とは系統が違うが整った良い顔だ。リジアが夢中になるのもわかる。見られていることに気づいたヘクターは動きを止めた。見てはいるが何も言ってこないのでどう反応するべきか困っている様子がありありとわかる。頬を触ったり、顎をさすったりして落ち着きない。

「……紅茶、おいしかったよ」

相手がぽつり呟いた言葉に、

「お茶の感想を要求してたわけじゃないわよ」

ローザは自分が煎れてやった紅茶のカップをぴん、と指で弾いた。

今の反応、彼の人柄がよく出ている、とローザは思った。アルフレートあたりなら「何見ている」とすぐに喧嘩腰になるに決まっている。

親友の恋の相手としては合格というところか。そう思ったところで再び考えが一回りして元に戻った。

「はああああ〜、あたしも恋がしたい」

毎朝のお祈りはこれに費やされていた。神への祈りに不謹慎な、と思う他宗教者もいそうだが、フロー神は恋愛に関してはむしろ推奨されるべきことだ。命の営み、豊作、実り、結婚といったものを司るフロー神は乱暴な言い方を許されるなら「産めや増やせや」の神だ。綺麗にまとめて「愛の女神」となる。

「ローザちゃんはどう思う?」

リジアの声にはっとしてローザは顔を上げた。

「え、何?」

「聞いてなかった?暖かくなってきたからたまには普通に遊びに行く?って話しをしてたの。イルヴァは海が良いって言うんだけど、まだ泳げる時期じゃないからそれはもうちょっと後で良くないか、って言ってたんだけど」

「ああ、そうね……」

その時、頭の中に電流が走ったような感覚。思わず体が硬直する。

『ロープ』

そう響いてきた。たった一言だけ、頭の中に囁かれた声。インスピレーションだ。巫女や神官など、特定の神に信仰があるもの全てが授かる力、神からの助言が受けられる力である。とはいっても望む時に授かれるわけではないし、ごく簡単な言葉だけだ。今のように前振りなしに突然降って湧いたように浮かぶのだが、これだってそうそうあるものではない。

「……ロープ?」

全く意味がわからない。思わずローザは口に出して呟いていた。他のメンバーもローザをぽかん、とした顔で見ている。

「え?何?ロープが何?」

リジアが聞くがローザは首を振った。

「いや、今そう聞こえたんだけど……」

ローザのインスピレーションの力を見るのが初めてではない皆は特に驚くこともなく、「ふーん」といった様子だ。

「あー、そういえばわたし、靴の紐買いに行かなきゃいけないんだった」

リジアが天井を仰ぎつつ言った。

「俺も剣のベルト買い直さなきゃなー」

ヘクターも続く。

「……今日、どっか買いに行く?」

「え!?ほんと?」

リジアがヘクターの言葉に飛びついた。

「靴ひもにベルトか。ロープと言えないこともないな」

アルフレートが妙に感心気に呟く。

「ま、まあそうね」

ローザは嬉しそうな親友の顔を眺めつつ言った。どうやらインスピレーションの力は効力が発揮できたようだ。思わぬデートのお誘いに、見るからに浮かれるリジアの姿を見てローザは一人呟いた。

「……どうも嫌な予感がする」

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