3
「といわけで、犯人捕まったけど」
翌日の朝、フロロはカーチャの手を取りリジアに説明した。
「本当にごめんなさい」
「え、あ、そ、そうなんだ……やややややだな〜も〜、言ってくれれば良かったのに。良くないか?……まあもう止めてくれればいいよ」
どうも煮え切らない様子にフロロはリジアの腕を引き、耳打ちする。
「リジア、カーチャのこと知らないんだろ」
「……ごめん。今初めて見たって言ってもいい」
「ひでーな」
「わたし、結構顔覚えるの得意なはずなんだけどな……」
リジアは頬を掻いた。ふと、思い立ったようにロッカーを開ける。
「『どれ』を書いてた人?」
リジアの言葉にフロロは目を丸くする。一人じゃないってこと、そしてリジアはそれをわかっているということだ。
「これ、です。ごめんなさい……」
「ああ、この血文字で『呪』の人だったのね。これが一番病て……いや、深刻そうだったから、わかってよかったわ」
「他のは誰だかわからないです……ごめんなさいごめんなさい」
「いや、いいからいいから。ところでコレ、どうやって書いてたの?まさか体切ったりしてないわよね」
リジアがそっとカーチャのローブの袖を触った時だった。
「リジア、フロロ」
廊下を歩きながら声をかけてきた人物に三人は一瞬、顔を強張らせた。なんてタイミング、全員がそう思っているに違いない。
「おはよ。……どうしたの?」
ヘクターが軽くあげた手を止めて三人の顔を眺める。その時、
「はうう!!」
カーチャが奇声と共に逃げ出した。フロロは呆気に取られた後、慌てて後を追う。
「は、早いな」
そう呟いてしまうほど、カーチャの逃げ足は昨日よりも随分早い。曲がり角を何回曲がっただろう。ようやく追いついたフロロはカーチャの背中に飛び乗った。
「どうしたんだよー!リジアはヘクターに告げ口したりする奴じゃないぜ!?」
「ちちちちがうの……合わせる顔がないのよー!!」
「兄ちゃんに!?いいから止まってくれよー!」
あんたどうせ顔覚えられてないじゃん、と思いつつカーチャの顔をぐい、と掴む。すると、ぬるっと嫌な感触が手のひらに伝わってきた。
「……げっ」
自らの手のひらを見て、フロロは青ざめる。真っ赤じゃないか、これは……血?
その頃にようやくカーチャが足を止める。はあはあと肩で息をするカーチャにフロロは問いかけた。
「な、何これ?……血?」
「……誰にも言わないで」
「い、いや言わないけど、大丈夫なの?」
カーチャがくるりと振り向き、フロロは思わず「ひっ!」と悲鳴を上げた。顔が真っ赤だ。頬を染める、というレベルではない。文字通り真っ赤なのだ。
「……これが彼と仲良く出来ない理由よ。わたしは絶対に彼と話すことが出来ないの」
ぽたぽたと廊下に染みをつくる元凶を、フロロは恐る恐る凝視する。カーチャの顔の中央、鼻から垂れるソレを見つけた。
「鼻血、かよ……」
こくん、とカーチャが頷く。
「顔を見たり声を聞いたりするだけでも『予兆』が来るのよ……。目が合ったら最後、このぐらいの惨事になるわ」
ふっと苦笑しながら目を伏せるカーチャを見て、フロロは掛ける言葉を失った。
「悲劇、だね。ソレは……」
隠し砦のソファーでカロロが呟く声にフロロは頷いた。
「まあ笑い堪えるの大変だったけどな」
フロロは天井を仰ぎ見る。
「でも、フロロがここに留まってる理由がわかったよ、俺は」
ニウロが棒付きキャンディを口の中で転がしながら言った。モロロ族は流浪の民、年単位で一つの町に留まることは珍しい。今ここにいるモロロ族のメンバーは皆、フロロを慕って残っているにすぎない。
「面白いもんねー、ここ」
パウロが寝転がりながら足をばたつかせる。
「確かに。今の話しの子といい変な奴ばっか」
カロロも頷いている。
「だろ?」
フロロが言うと三人はにまー、っと笑った。
「中でも俺の仲間が一番面白いな」
フロロの言葉にカロロが首を振る。
「俺のメンバーも面白いよ!」
ニウロとパウロも手をあげた。
「うちも変人ばっかだぜ?」
「僕の仲間も面白いよ!良い奴らだし」
しばらく四人の間で「どこが一番個性的か」という話し合いが続く。フロロが負けまいと冒険の話しを出そうとした時だった。
「面白い話ししてるじゃないか」
戸口から聞こえたエルフの声に、四人の体が固まる。
「……まさか、その『面白い』というのに私は含まれていないよな?フロロ」
アルフレートの言葉にフロロは苦笑する。モロロ族の隠れ砦が早くも崩れてしまった。でも、自分のパーティーのやつらなら、案内してやってもいいかもしれない。フロロはそう考えてしまった。
fin