2
「……ほんとに来るの?」
「……来るとすればこのぐらいの時間だろうからね。もう少しすれば見回りの教官が回ってくる時間だ」
フロロはパウロからの質問に小声で答えた。
時間は夕方。ほとんどの生徒は帰っている時間で、学園内も静かなものだ。もう少しすると居残りも不可とされる時間になるので、帰宅を促す為に見回りの教官が校舎を巡回するのだ。犯人が来るとすればその合間のこの時間のはずだった。
「俺、寝そう……」
パウロが欠伸を噛み殺した。今二人がいるのはリジアの教室の前にあるロッカー、その上に木箱を置いて中に入って張り込みをしている。モロロ族は暗くて狭いところが好きな性分だ。なんとも落ち着く雰囲気に、つい眠気が襲ってくるのも仕方ない。
「……ところでさあ、フロロは『いじめにしちゃ随分卑屈』とか言ってたけど、どうしてそう思ったの?」
眠気を堪える為か、パウロは話しを続ける。
「……いじめにはしたくない、って感じがするってところかな?他に他人にも見られてしまうような場所だと『いじめ』になっちゃうだろ?靴箱なんかだと蓋がないし。リジアは他に日常生活に支障はない、って言い切ったんだ。要するに犯人は嫌がらせじゃなく、リジアに分かって欲しいんだろ」
「ああ……確かに卑屈……」
パウロは理解出来ない、という風に首を振った。その時、誰かが廊下を歩いてくる音がする。二人は体を固くした。ゆっくり、近づいてくる足音。多分辺りを伺いながら歩いているのだろう。フロロは設置した箱に覗き穴を用意しなかったことに舌打ちした。パウロがごくり、と喉を鳴らす。きい、とロッカーを開けるらしき音がしたのだ。
「今だ!」
フロロの掛け声と共に、二人は箱から飛び出した。
「ちゃりーん!」
よく分からない擬音を口にしながらパウロは床に着地する。フロロはロッカーを開けて身構える人物を睨みつけた。素早くロッカーの位置を確認する。間違いない、リジアのロッカーだ。が、
「見るからに怪しいぞー」
パウロが言うのも無理ない。頭からすっぽりローブを羽織っているのだ。顔が伺えない。
「やいやい、落書きしてるのはお前だろ!」
フロロが指を突き付けると、相手は肯定としか思えない行動にでる。逃げ出したのだ。
「あっ逃げるよ!」
「かけっこで俺らに勝てるわけないだろー!」
猫を思わせるしなやかな動きで二人は後を追い出した。フロロの言う通り、あっという間に犯人との距離は縮まっていく。
「てやーっ」
「とあーっ」
フロロ、パウロの二人は犯人の体に飛び付き、しがみついた。が、
「くっ……!」
犯人も抵抗し、振り払おうと体を振り回す。
「あたっ」
結果、いとも簡単に振り落とされる二人。犯人は再び逃げ出し、二人は打ち付けた尻を摩った。
「……足が速いだけじゃ駄目だな。非力すぎるだろう、おまえら」
「……見てたなら手助けしろよ、アル」
「大丈夫だ、今捕まる」
アルフレートがそう言ってにやりと笑った瞬間、
「きゃー!」
女の声で悲鳴が上がった。
「何よこれぇ……!」
漁師網に似たボーラの中でもがいている少女は涙声を上げている。両サイドにいるカロロとニウロが網の縛り縄を掴んでいるところを見ると二人が罠を張ったのだろう。
「もういいだろう。解いてやれ」
アルフレートが言うとカロロが網の中に手を突っ込み、網の一部分をスルッと引っ張る。すると嘘のように綺麗に少女から網は抜け落ちた。網が落ちるのと同時に少女の顔を覆っていたローブが肩に落ちる。
「……お前は!?」
アルフレートが声を上げた。フロロは少女の顔をまじまじと見た。栗色の髪にどちらかというと気の弱そうな顔、細身の体をした少女とアルフレートを交互に見ながらフロロは尋ねる。
「何、知ってる顔?」
「いや、知らん。こういうノリにするべきかと思ったからだ」
涼しい顔のエルフに四人のモロロ族は深い溜息を漏らした。その様子をおろおろと見ていた少女が口を開く。
「……な、何なのよ、あなたたち」
「何、とは随分だな。態度によっては穏便に済ましてやろうと思ったのに」
「悪役みたいな台詞だな、アル」
そうフロロが突っ込んでもアルフレートは顔色一つ変えない。薄ら笑いのアルフレートに少女が少し怯えたようにきょろきょろとし始めた。
「で、なんでリジアのロッカーに落書きなんてしてたわけ?」
フロロが尋ねると少女は首を振る。
「し、知らないわよ。ちょっとロッカーの位置を間違えただけでなんでこんなことされるのよ。教官に言うわよ!」
「ほほーう、惚ける方向に出たか。……おい女、『デイドリーム・コンフューズ』という呪文は知っているか?」
アルフレートが顔を近付けると少女の顔が歪んだ。
「ななな、何、それ?」
「相手を完全なる傀儡とする呪文だ。もぬけの殻となるばかりか、自白も思い通りになる。……思い通りとは少し違うか。なんせ聞いていない深層心理までぼろぼろと喋るようにな……」
「わわわわかったわよ!言うわよお!」
涙目で手を振り、アルフレートから距離を取る少女。アルフレートは再びニヤリと笑う。
「じゃあもう一回確認するけど、アンタが落書きしてたんだな?」
フロロが詰め寄ると渋々といった様子で少女は首を縦に振った。
「ごめんなさい……」
謝って済む問題ではないが一応しおらしい様子には見える。フロロは深く息を吐き出した。
「だって……だってくやしいじゃない。わたし、ずっと彼のこと追いかけてきたのに」
少女はそう言うとボロボロと泣き出す。アルフレートとフロロは顔を見合わせ、他のモロロ族メンバーは慌てたように騒ぎだした。
「泣いた!」
「泣いたよ!」
「追いかけてきたって誰を!?」
カロロの質問をフロロが引き継ぐ。
「ヘクターの兄ちゃんのこと?」
少女はコクリと頷いた。
少女の名はカーチャ。ソーサラークラスでも目立たない存在らしい。生まれた時からもの静かで影薄く、成績も中の中。フロロはリジアから一度も名前を聞いた事のないことを納得した。顔もかわいくないと言い難い。しかし美人かと言われれば首を傾げるところだ。ようするに特徴という特徴が無い。目を引く要素もマイナスになる要素も無いのだ。外見どころか中身までそうなのだとしたら数十人という数が集まる教室で目立つのは至難の技だろう。もしかしたらリジアに名前を聞いても少女の顔を思い出すのに時間がかかるかもしれない。
「追いかけてって……、ストーカーでもしてたか?」
ニウロが悪意無い顔でさらりと聞くとカーチャは顔を赤くした。
「……否定しずらいわ。だってサントリナから追いかけて来たんだもの」
「サントリナ?ローラスの隣りの国のサントリナのことか?」
アルフレートがぽかんとした顔で言うのでフロロが頷く。
「兄ちゃんはサントリナ出身なんだよ。この学園には途中から移ってきたんだ。ああ、アルも同じ時期に入ってきたんじゃなかった?だから知らなかったのかもね」
「よく知ってるな」
アルフレートは素直に感心する。
「わたしも元々はサントリナにいたの……。向こうの学園に入学して、彼に出会って」
「惚れちゃったんだ?」
カロロがカーチャの顔を覗き込む。
「お前らうるさいからちょっと黙ってろ」
アルフレートが言うとカロロ、ニウロ、パウロは肩をすくめて笑った。
「向こうの学園では一期生は戦士も魔法使いも同じクラスになるの。わたしと彼も同じクラスだったのよ。彼、向こうの学園でも同じように目立っていて、……ううん、ここで以上に目立ってたと思う。もっと天真爛漫で、子供だったからだと思うけど。いつも周りに人が集まるようなタイプで、でも威張る感じは無くて、みんなにやさしくて」
「今でもやさしいぜ?」
フロロが言うとカーチャは首を振る。
「ここの学園の人はみんな知らないのよ。彼がどうしてああいう性格になったのか。……向こうの学園の人はみんな知ってるから彼が引っ越すことになって、みんな泣いてた。彼、ヘクターって両親いないのね。その都合で途中でローラスに越すことになって……」
「可哀想って?」
アルフレートは心底呆れた様子だ。それを見てカーチャは増々顔を赤くした。再び涙が目に浮かんでくる。
「ごめんなさいごめんなさい……。馬鹿だよね」
「馬鹿っていうか……」
フロロも力なく答える。馬鹿というよりは呆れて何も言えない。
「そんな理由は無理矢理自分が兄ちゃんを追いかける都合のいい理由付けに使ってるだけだろ?あんた一人が追いかけてきて、兄ちゃんの生活に何がプラスになるんだよ」
泣いているカーチャにイライラして、フロロはついキツくあたってしまった。
「ほんとだよね。何も意味ないよね。……彼、わたしのこと覚えてもいなかったし」
わっと泣き出したカーチャの言葉にみんなが顔を見合わせる。
「一年だとはいえ同じクラスになったのに?」
「まあわかる気がするけど」
「なんで覚えてないってわかったの?」
モロロ族3人が矢継ぎ早に言葉をぶつける。カーチャは少し顔上げると答えだす。
「……こっちに来て、初めて顔を合わせた時に『すいません、教官室どこですか?』って、聞かれたのよ〜!」
しゃくり上げながら言った少女の言葉にアルフレートがぶほっと吹き出した。フロロが腕を突いて抗議する。
「まあ、それは可哀想だけど、でもリジアにあたって良い理由にはならないだろ?」
フロロがなだめるとカーチャは何度も頷いた。
「ほんとにごめんなさい。リジアは、本人は気にしてるみたいだけど、色んな意味ですごく目立っていて、しょっちゅう魔法で壁を壊したりするけど、それって魔力が高いってことだし、顔も可愛いのに、変な格好してて目立つし、……ごめんなさい、上手く言えなくてごめんなさい」
「……ようするに羨ましかったってことだろ?」
フロロは舌打ちを堪えて言った。
「うん……いつのまにかヘクターと仲良くなってるし、くやしかった」
「素直に悔しいという言葉が出てきたことは一歩前進したということだ。謝罪も含めて、本人に言うんだな」
アルフレートはやれやれといった様子で立ち上がった。