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「うわ、すごいなコレ。いじめ?」
フロロが目の前にいる少女に話しかけると、少女は不機嫌顔で振り向いた。
「まーたこんな所に来て。ここは盗賊が来るような所じゃないわよ」
「盗賊だからこそ、神出鬼没なんだよ。……それよりリジアいじめられてんの?」
ソーサラークラスのある廊下、フロロはリジアが荷物を仕舞っているロッカーの中を指差す。彼女のロッカーは内部がひどい落書きだらけだ。筆跡を隠す為なのかみみずが這ったような文字で解読に苦しむが、あまり良い内容ではないことは確かだ。
「これがいじめだっていうならそうなんじゃない?ただ犯人も狡賢いもんで他人に目が触れそうな場所は何もないのよねー。靴箱とか。普段の生活上も何もないわよ。わかりやすく体当たりされたり、とかあった方が反撃しがいがあるのにね」
「でも、ロッカーへこんでるぜ?」
フロロはそう言うとロッカーの扉に出来ているクレーターを指でなぞった。
「ああ、それは腹が立ったんで自分で蹴った跡よ」
「……そう」
小柄な女の子のわりに気が強い子だ。ただ腹が立つ、ということは精神衛生上良いわけでは無いだろう。そうなると仲間の事なので少し気になる。
「ちょっと探ってみるか……」
「え?何か言った?」
フロロの呟きにリジアが反応するが、フロロは首を振る。思いついたら即行動。モロロ族には忍耐の文字はない。フロロは何か語りかけていたリジアを無視して走り出した。
「何なのよー!」
後ろからリジアの抗議が聞こえるが、彼女の為に動いてやるのだ。このくらい許されるだろう。
フロロが所属するシーフクラスがある技術師科の校舎に入る。他の校舎に比べて薄暗いのは気のせいか。
「フロロー、こっちこっち」
フロロが名前を呼ばれた方向に目をやると、窓の外から手を振る人物がいる。同じモロロ族のパウロだ。栗色の髪に先が黒くなった耳がピコピコと揺れている。
「お、もしかして隠し通路開通した?」
窓枠を飛び越え外へ体を投げ出しながらフロロが尋ねるとパウロは大きく頷いた。
「したしたー。ちょろいちょろい」
耳と同じ先だけ黒い尻尾がゆらりと揺れ、校舎の外壁を指す。軒下の様子を見る為の鉄柵だ。フロロはそれを慣れた手つきで外すと中に滑り込んだ。
「皆集まってるの?」
暗い軒下を腰をかがめ素早く移動しながらフロロが尋ねる。
「集まってるー。カロロが家具を運びこんだよ」
パウロはそう答えながらくすくすと笑う。二人はある程度まで来ると本来は床がある頭の上の板をこんこんと叩いた。一瞬の沈黙の後、上から光が漏れる。床板を外したモロロ族の顔が覗いた。
「きたー、フロロきたよー」
黒髪に真っ白な耳のカロロが笑顔で二人を引っ張り上げてくれる。
「おー、すっかり出来上がってるじゃん」
フロロは室内を見回し、感心した。ここは使われなくなった教室の準備室。廊下から来るには空き教室を通って、更に準備室の鍵を開けなくてはならない。それを学園のモロロ族のメンバーが床下から開通させて隠し砦にしたのだ。家具もモロロ族のサイズの物を揃えてある。すでにソファには赤毛のニウロが横になっていた。
「人数揃ってるところで頼みがあるんだけどさ」
フロロが言うとニウロが起き上がり、カロロとパウロは目を輝かせる。
「なになになに?」
興奮するカロロをフロロはなだめた。
「俺の仲間の中でちょっと困ったことになってる奴がいるんだよね。それをちょっと探ってほしい」
「仲間ってあの、面白い奴らか」
ニウロがクリーム色の尻尾をぴんと伸ばす。
「リジアってソーサラーの女の子だよ」
フロロは名前を出した。
「知ってるぞ、先生に怒られてたぞ」
「ファイアーボールで壁に大穴開けたんだよね」
「からかったら怒ったよ。面白かった」
口々に言う彼らをフロロは再び手で制す。
「リジアのロッカーに落書きする犯人を捕まえたいんだ」
「落書き?いじめだいじめ」
カロロが眉を釣り上げた。
「俺もそう思ったんだけど、どうも変なんだよな」
フロロが言うと三人は首を傾げる。
「なんで?」
パウロが身を乗り出してきた。フロロはゆっくり頷き、三人の顔を見回す。
「いじめにしちゃ随分卑屈なんだよな。落書きも絶対にリジアの目にしか入らないロッカーの『中』だけだし」
「面白そうなことしてるな」
ふいにかけられた声に四人の尻尾は固く伸び、一斉に戸口の方へ振り返った。準備室の扉を開けてゆっくりとした足どりで入ってくる人物にフロロは溜息をつく。
「脅かすなよ、アル」
フロロが睨むとアルフレートはにやりと笑った。
「アルだ!」
「アルが来たよ!」
「アル〜」
跳び回るパウロ達。
「ええい!跳ぶな踊るな飛びつくな!」
アルフレートは太股のカロロを引きはがす。その様子をただ見ているフロロにアルフレートは言った。
「お前がモロロ族の中じゃ二枚目キャラって本当だったんだな……」
「まあね」
フロロは素っ気なく受け流す。
「アル!どうやって入って来たんだよ」
カロロが腰に手を当て怒ったように拗ねた。
「世の中には鍵開けの呪文が……って、そんなことはどうでもいいじゃないか。何か興味深い話しが聞こえてきたんでね」
「リジアの話しか?」
アルフレートの言葉にパウロが反応する。
「そう、本人は犯人探しも諦めているようだが、私としては謎が転がっている状況を放置しるのも気持ちが悪い。解決しないことには学園の風紀も乱れるではないか」
偉そうなことを言っているが暇なのだろう。フロロは「素直じゃないなあ」と呟いた。
「まず、事の始まりから考えてみるとしよう」
アルフレートのすっと伸ばした人差し指をフロロたちは見つめた。
「リジアのロッカーに落書きが始まったのはいつだ?」
「間違いなくあの兄ちゃんが俺らの仲間に入った時からだね」
指を当てられたフロロが答えるとニウロが質問する。
「兄ちゃん?」
「ファイターのヘクターだよ」
カロロが答えた。
「あの兄ちゃんか。あの兄ちゃん、優しいぞ」
「知っているのか、ニウロ」
アルフレートが意外だというように聞く。
「フロロの友達だって言ったら飴くれた」
「へえ……」
ニウロの答えにフロロはヘクターが飴を持ち歩いていることが意外だと思った。
「そう、彼は誰に対しても優しい男だ。あんなんじゃ人生損するんじゃないかと思うほど。そして見て分かる通りの色男だ」
「アルもカッコイイよ」
パウロが茶化す。が、アルフレートは面白くなさそうに即答する。
「そんなことは知っている。……話しを戻そう。そんなわけで彼はモテる男だ。しかもファイターとしての腕も良い。当然のように他のパーティーからの勧誘もかなりの数あったようだ」
「でも俺らのところに来たんだよな」
フロロが言うとアルフレートは頷いた。
「なぜかは知らないがね。結果、彼を取られたことになった連中は気に食わなかっただろうな。そして落書きが始まる」
アルフレートは部屋をゆっくりと歩き出す。自分の発言に注目するように、という探偵の振る舞いのように。
「ここで第一の疑問。なぜ落書きはリジアだけに絞られたものなのか?」
アルフレートの疑問にフロロは手を挙げ答えた。
「リジアが女の子だからだろ?優秀な人間をメンバーに誘えなかった恨みよりも恋敵だからだ」
「その通り。犯人は女であると私も思っている。流石我が友」
「俺は?」
「俺はー?」
「僕は?」
「お前らなんて友達じゃないっ」
手を挙げるカロロたちを睨みつけるアルフレート。
「そして第二の疑問、なぜイルヴァには何も被害がないのか?」
「変態だから?」
フロロの即答にアルフレートは一瞬の沈黙の後、首を振る。
「それもあるが……、私が推したいのは二人のクラスの違いだ。イルヴァはファイタークラス、リジアはソーサラークラス。私は犯人は少なくとも魔術師クラスの人間だと思う」
「なんでー?」
カロロがフロロに尋ねる。フロロは腕組みを解くと説明を始めた。
「戦士系クラスと魔術師系クラスは結構な隔たりがあるんだよ。戦士系は男が多いし魔術師系は女が多い。自分と同じ立場の奴が上手くいっているから恨みに思っている、って言いたいんだろ?」
アルフレートは頷いた。
「で?それでどうするの?」
パウロは明らかに「飽きた」と言っている顔だ。
「推測はそこまでなんでね。ここからがお前たちの仕事だ」
アルフレートの言葉にフロロは呆れた声で答える。
「張り込むんだろ?」
元からそのつもりだったのだ。更にいえばアルフレートの推測など、フロロが既に考えていたことだ。全くの時間の無駄じゃないか……。講釈好きな仲間の顔を、フロロは睨みつけた。