7人のイケニエ
シマオの母親が控室から出ていくのを見届けると、玲也はシマオから離れて、彼が座っていたであろう椅子のテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座る。シマオは2つあるカップのうちの1つを玲也の手前に置く。シマオが着座したタイミングで玲也が口を開く「さっき葬式の行列を見た」「ああ、与兵衛家の納骨式だね」「よへえけ?」という玲也の問いに、「ああ、地元の人はお互いを”屋号”で呼び合うらしいよ」と答える。またまた知らない言葉が出てきたので目が点になる玲也「や、、、やごう?」「小屋の”屋”に1号2号の”号”で”屋号”、それぞれの家の呼び方のことだよ」「へぇ~」。与兵衛家は一番多嘉良川に近い方側なので、図書館の南側にある墓地まで一番遠い家である。そのため、団地の前を通って墓に行く必要があるのだ。
「そうすると・・・あと3人で7人のイケニエか」と漏らす玲也に「どうやら”奉納品”は”生贄”説は本当かもしれない」とシマオは話を飛躍させる。「お客さんたちが、最近、神社の手入れをしてないから、その祟りとして子供たちが死んでるって言ってたんだ。」「呪いとか祟りとか、本当にあるの?」と尋ねる玲也に「そんなのあるわけないじゃん、誰かがそう思えるようにしてるだけだよ」とにべもなく答えるシマオ。「それに」と付け加える「図書館の島田さんの話でも、吉祥天の死後に起こった洪水で村の子供が7人死んで、その後、3家族が田島村を出て行って新しい村を作った翌年に起こった洪水でも7人が死んだ。これはただの偶然だよ。」「偶然にしてはどっちも人数が7人って、変だね」と玲也は指摘した。さらに「それに、川村さんが言ってた。7人が生贄になればお兄ちゃんが蘇る」って言うのと、何か関係あるのかな?」という玲也の考察に、「それなんだよなぁ」と吐き捨てるように言うシマオだった。
「川村さんってさ、この団地に住んでるけど、本当は宝田村に関わってるんじゃない?」と言う玲也に「その可能性は高いね」とシマオも頷く、「聞いてみようか?」という玲也に「それはやめた方が良い」「なんで?」「もしこの4人の水死に川村さんが関係しているとしたら・・・、犯人かもしれないんだよ?村との関わり、死んだ人との関わりを疑われた真犯人って物凄く危ないんじゃないかな?」と言うシマオに、母親と一緒に見た推理ドラマの犯人の行動を思い出してゾッとした玲也は思わず「まさかね・・・」と呟くと、「まさかとは思うけどね、念のためだよ、フジショーがいたら大騒ぎになるところだったから、今日は来ないでくれて助かったよ」と吐露するシマオ。確かに、この3人の中で最も常識人なフジショーがこの話を聞いていたら冷静ではいられなくなっていたかもしれない。「とにかく、この話は僕たち2人だけの秘密にしておこう、色々と危なすぎる」と提案するシマオに、玲也は頷くしかなかった。
「もし、川村さんが関わっているのだとしたら、7年前の事件のことを調べないといけないね」というシマオに「でもどうやって調べるの?」と尋ねる玲也、それに対して「図書館には過去の新聞も置いてあるはずだよ、新聞だって”図書”だからね」とシマオは答えた。「よし!行こう!!」と衝動的に立ち上がる玲也に「まあ待ってよ、新聞にはまだ習って無い漢字とかが沢山あるんだから、今すぐ行ってもなんて書いてあるかわからないだろう?」と窘めるシマオに「田島のおじさんに聞けばいいじゃん」という玲也。「あの人は僕たちの家庭教師じゃないんだよ。」続けて「あの時はたまたま教えてくれただけで、本当はあの人のお仕事の邪魔なんだよ」とシマオは言う。田島主任司書はただの暇そうなおじさんではないのだ。
しょげる玲也に向かって「いったん家に戻って、国語辞書と漢字辞書を取ってくるんだ、その後、うちの店の前に自転車で集合しよう」とシマオが提案するとパッと明るい顔になった玲也は素直に頷き、サッサと店を出る。シマオはそれをやれやれという感じで見送ると、接客中の母親の代わりに丁度客の相手が終わった父親に向かって、これから玲也と一緒に図書館に自転車で行く旨を伝えた。シマオはいつも店の控室で勉強をしているのでどちらの辞書も手元にある。家から持ってくるのに使った手提鞄に辞書を詰め込むとそれを控室のテーブルの上に置き、自宅の鍵を持って控室の出入り口に近づいていた父親から自宅の鍵を預かる。自転車の鍵は自宅にあるのだ。鍵を受け取ると裏口から出ていくのだった。裏口からB-6号棟とB-7号棟の間を通るほうが近道だからだ。というより、島野親子はいつもその経路で店舗と自宅を行き来しているのだ。
普段ならシマオが玲也の自宅がある9号棟のエレベーターホールまで行くのだが、今回はシマノ美容室からの出発となる。何で違う経路で行くのか玲也はわかっていなかったが、今回はフジショーを誘っていないため、彼の自宅の前を通らないようにしたほうが良いというシマオの配慮からだ。そういうことで、フジショー宅のあるA-5号棟からは少し離れていて植木が多数ある、団地内中央広場から南に向かう遊歩道を通って図書館に向かう。A区1号棟の南側を東西に横切る遊歩道から市道にで出た後は前回行った時と同じ経路になる。こうすれば、フジショーに内緒で行ったことが彼に気付かれにくくなるはずだと、シマオは計算していた。
玲也が自転車に乗って9号棟駐輪場から向かって北北東方面のシマノ美容室の前に行く途中、10号棟の東側に自転車に乗ったシマオが現れた。2人が店の前までくると、「ちょっと待って」と玲也に断りを入れたシマオは店に入り、母親に何かを渡した後、奥の控室から辞書類が入ったカバンを持ち出して来て自転車の前かごに乗せた。こうして出発の準備が整った2人は団地の中央広場の時計塔の西側を通って広場を縦断し、3号棟と中央公園の間にある、南北に伸びている団地内遊歩道に向かって進んで行った。




