藤田家のエアコン ※ 一部実在する商品名が出ています
作者注釈:※ 一部実在する商品名が出ています
当時はまだエアコンがあまり普及していなかったので、エアコンがあることはちょっと自慢できることだった。
そうは言っても、昭和55年当時、エアコンそのものが非常に高額であることと、夏の最高気温が30度を超えることは珍しかったこと、そしてなによりも、当年は記録的な冷夏だったことから”扇風機で十分”と言う風潮もあってあまり普及していなかったような記憶がある。だが、ビーバーエアコンや霧ヶ峰のCMは覚えている。
作者の実家にエアコンが導入されたのは昭和60年前後だったような気がする。
藤田家では新しいもの好きの旦那の要望でエアコンが取り付けられていた。稼業が鳶工であるフジショーの父親は、ある日、愛妻弁当を持ち忘れたためにやむなく利用した工事現場付近の飲食店のエアコンに甚く感銘を受けて、帰宅後にエアコンの必要性を滔々と語り続けたため、彼の妻も不承不承承諾したのだが、いざ取り付けてみると一番恩恵を受けるのが自分であったため、藤田家では夏の昼飯の定番が素麵ではなくなったという。もちろん、麻生家では今日も素麵だった。
そんな背景もあり、昼食が終わらぬうちにフジショーから「家であの話をまとめねーか?」という誘いの電話が来たのだ。美容室の控室で涼んでいるシマオは断る理由もないので承諾したが、母親共々扇風機の前にへばりついていたレイヤは渡りに船とばかりにフジショー宅に向かうことを1も2もなく快諾した。
エレベーターホールから出るとアーケードの方を少し覗く、北側のアーケードの西端の方にシマオが見える。彼がフジショー宅に向かうときは、必ずこの商店街のアーケード下を通る。彼の透き通るように白い肌は、黄色い肌のレイヤや浅黒い肌のフジショーと違い非常にデリケートなのだ。シマオが来るのをしばし待ち、挨拶を交わしてから一緒にフジショー宅に向かう、いつものパターンだ。
藤田家の玄関の呼び鈴を鳴らすと待ちわびたとばかりにフジショーが扉を開けてくる、まるで散歩前の犬のようだ。そして、いつもながら距離感がバグっているレイヤはドアにぶつかりそうになって悲鳴を上げ直後に「あぶねーな!」とドヤる。そんなレイヤに対して「お前が近すぎるだけだろ!ばぁか!」とフジショーが悪態をつき、それを見たシマオがクスリと笑うのもいつもの光景だ。ところが、レイヤはフジショーに何か言い返すでもなく「涼しい!!」と大はしゃぎするのだった。日陰とは言え湿度が高いせいでベトベトとした暑さを感じる中で乾燥した冷気が当たるのだ、かなり心地よい涼しさだ。
フジショーの部屋に通され、彼の母親が3人分のジュースとお菓子が盛ってある鉢が載った盆を持ってくる。フジショーはオレンジジュースが好きなので、フジショー宅で出されるのはPONジュースかバヤリースかファンタオレンジだ。既にコップに注がれている以上、どれが出てくるのかは飲んでみないとわからないが、泡が立っているので今回はファンタオレンジだ。ちなみに、シマオはアップル、レイヤはグレープが好きと、この3人のファンタの好みは三者三様だ。
フジショーの母親は、子供たちが息子の部屋に入った途端にランドセルから筆記用具と自由帳を取り出すのを見てとても安心した。シマオもレイヤもランドセルで来ていたので勉強する気満々なのが見て取れるはずなのだが、いつの時代の母親でも、きっと、我が子がちゃんと夏休みの宿題を終えてくれるのか心配すると思うが、彼女もやはりそうだった。




