考察1
たからしまのちズ
ななつのこたち ひとつのこ
しまのなかに ひとつのこ
いちねんにつき ひとつのこ
ふちまでいって およぎましょ
しままでおよいであがりましょ
あがればしまのこのたから
「これってさ、ものすごく変な字の書き方をするやつが書いたものだとしたら、意味が違う文章になるんじゃねーの?」と玲也が問題提起する。要は見え方の問題だ。世の中には”シ”と”ミ”と”ツ”の書き分けができない人がいるし、文字を一定の大きさで書き綴れない人もいる。現代人のように電子情報機器で活字の読み書きに慣れてしまうと忘れがちだが、手で書く以外の手段がなかった頃は色々な人の書き癖に慣れていないと、その文章の内容を読み解け無いことも少なくなかった。筆者に至っては自分の手書き文字を自分で解読できない。
この怪文書の字は文字の大きさがバラバラで字間の大きさもまばらだが、比較的隙間の大きいところが3箇所あり、内容的にもそれであっているように思えるのだが、それでも、読みにくい部分が多々ある。字間の問題で言えば”たからしま”の”しま”の部分の”し”と”ま”の字間がものすごく微妙なので「これって実は"ほ"じゃね?」と玲也は言った。”しまのなかに”の部分の”し”と”ま”の字間は他と比べるとかなり狭いからだ。
「”の”のところ、上に突き出してるから実は他の字なんじゃね?」というフジショーに「レイヤも突き出てるよ」と乗っかるシマオ。それを聞いた玲也が恥ずかしそうに頭を掻く。シマオはさらに問う「君たちなら"たからしま”と言う?それとも”たからじま”って言う?」それに対して、2人は「「じま」」と答える。「なんで”しま”なんだろう、もしくは、”ほ”・・・であれば文章の意味が変わってくる」と考察を述べるシマオに「宝島カンケーねーじゃん」と玲也が言えばフジショーが「えぇ〜〜〜」とブータレる。
「カタカナとひらがながめちゃくちゃに混ざっているのかも?」という玲也の指摘に「レイヤ以外にそんなことするやついる?」とフジショーがからかうのでシマオがフフッと笑う。小さく「うるせぇ」と抗議しつつも「”た”が”ナニ”に見えるんだよな」と言う玲也に付け加えるようにシマオが「もしくは"ナこ”かも」と言うと、「意味わかんねー」とフジショーが最もな感想を述べた。
そんな時、襖の向こうから「麦茶持ってきたわよ」と声をかけながらフジショーの母親が入ってきた。慌てて例の紙切れを隠すフジショーだが、それを見た彼女はくすっと笑いながら「あらあら、お母さんに隠し事?」と問うが、フジショーは「べ、別に?何でもいいだろ!」と必死になって取り繕う。彼女は息子の勉強机に3人分の麦茶が入ったコップとお菓子が入った木製の鉢が載った盆を置くと、意味ありげな笑みを浮かべながら「ごゆっくり~」と言って息子の部屋を出て行くのであった。




