プール
学校のプール最大の難関は、異様に冷え切った消毒槽に腰まで浸かって10秒数えなくてはならないことだ。プールの水は温かいのに、何故か消毒層の水は異様に冷たく、そして、猛烈に臭い。陰部の大腸菌を殺菌するために、水道水よりもかなり濃い塩素が入っているからだ。
消毒層で初めて男女が同じ場所に出るので、外から更衣室を覗くことはほぼ不可能であるにも関わらず、毎度毎度、必ず女子更衣室を覗こうとする男子が現われるものなのだ。そんなバカ丸出し男子が女子更衣室に続く通路の前に立ち塞がる度にギャアギャアと騒ぎ立てる女子たちの様子はもはや風物詩である。玲也はフジショーが女子更衣室側の通路をチラ見していることを知っている。そして、連れ立っているシマオを肘でつついてフジショーの顔を指差しながら笑うと、シマオがため息を付きながら苦笑いするのも、この3人組のプール風物詩だ。
玲也は運動音痴なので未だに25mを泳げない、泳いでいるうちに手と足の動きがバラバラになって沈んでいってしまうのだ。こんな不器用なやつはそうそういないと教諭たちに言われるくらいに運動音痴だ。意識すればする程手足の動きが連動しなくなってしまい、うまく泳げなくなる。だが、シマオが溺れた時はとっさに潜って助け出していたのでまるっきりカナヅチというわけでもない。
今年こそは25mクロールを達成すべく意気込んでいたが、気持ちとは裏腹に体は緊張でガチガチに固くなっていた。なんならお腹も少し痛くなってきていた。シマオは今年も足が攣って溺れないか不安過ぎて挙動不審になっている。ともすれば、プールから逃げ出しそうな勢いである。もちろん、教諭たちもそこのところは承知しているので、出入り口の方には3人いる教諭のうちの1人が立っていて睨みを効かせているので脱走は不可能である。そのせいで、シマオは出入り口に歩み寄ろうとしては元の位置に戻るという動作を延々と繰り返しているのである。そして、フジショーは自由行動が始まる直前まで相変わらずチラ見で川村玲子をガン見している。3人を担当している教諭は『今年もこの子達の行動パターンは変わらないわね』と、可愛い小動物でも眺めるかのように目を細めて見ていたが、シマオの脱走を出入り口に繋がる消毒槽の前でしっかりと防いでいるのだった。
前半は自由行動なので単なる水遊びの時間だったが、どういうわけか玲子は絶対に水の中に入ろうとはしなかった。シマオも、ここで体力を消耗したせいで後半の水泳で力尽きて溺れたので、今回は体力温存のためにプールには入らなかった。玲也は、皆が好き勝手に泳いでいる中、必死でクロールの練習をしていた。皆はしゃいでいる中で一人だけガチで泳いでいるものだから玲也はみんなが邪魔だと思っていたが、皆も玲也のことを邪魔に感じていたのだった。そして、とうとうフジショーが「おい!レイヤ!!なんでお前だけ真面目に泳いでいるんだよ、泳ぐのは後半だろう?」と文句を言ったが、周りの皆もフジショーの言に頷いていた。玲也は気まずくなりつつも「だって、俺、まだ25m泳げてねーもん」と不満を漏らしてやり返すものの、「カンケーねー」とフジショーに一喝されてしまった。
しょんぼりとしながら男子側のプールサイドに上がってからプール側に向きながら体操座りをすると、向こう岸の玲子と目が合った。お互い、とっさに目をそらす。何も悪いことをしていないはずなのだがなんとなく気まずかった。そういえば、去年も玲子は自由時間にプールに入らなかった。今年の水泳の授業のときも彼女はちゃんと50mを泳ぎきっていたうえに、25m泳ぎきると綺麗なターンを披露しながら復路も危なげなく泳ぎ切っていたのだった。それなのに、彼女はどう言う訳か無暗に水の中に入ろうとはしないのだ。
彼女の兄が水死したせいで水遊びをしないという家庭での規則があるのではないかと玲也は勝手に思っていたのだが、実のところ、玲也の推測は正解だ。玲子は他の普通の子供たちよりは水の危険性をよく知っている、どうすれば人は溺れるのか、ということを。
容赦なく照りつける昼前の盛夏の陽射しは上裸の少年たちと少女たちの露出部の肌を容赦なく焼いていく。水中では有り得無いことだが、陸上だと汗が肌を伝い落ちる感触がある。じっとりとした汗が流れ落ちるのを感じるのが2度目になった頃あたりで休憩時間になり、全員、焼けたプールサイドのコンクリートに腹這いになり、甲羅干しをすることになった。水から上がって久しい玲也と、最初から水に入っていないシマオはその他の生徒たちと違い、その体は汗でびっしょりと濡れていた。ましてや、最初からプールに入ってすらいない玲子に至っては水着に汗ジミすら無い。何なら、肌が白いシマオと玲子は白い肌が赤みを帯びており、顔が上気して熱中症になりかけてさえいる。




