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06

 俺達はドローンの内部から開けた空間へと歩み出る。

 ここはドローンの発着場も兼ねた場所なのか、広場となっており周囲を見渡せばヒノモトの街並みがレンズに映る。

 長方形の巨大な建造物……データベースにはビルと呼称されるそれらが所せましと並んでいる。ビルのなかにはドローンに設置されたモニターより遥かに大きいものが設置されており定期的に映像が切り替わる。

 味が最高の高級レーションや、金融の宣伝など……ヒノモトの元になった国の文化が伝わってくる。

 そんな光景に圧倒されていると、お嬢が隣でボソッと呟く。


「似てる……」

「え? なにがっすか?」

「……なんでもない」


 俺はそう聞き返してお嬢の方を見つめるが、お嬢は答える気がないらしく、目深にフードを被り歩き出す。

 お嬢の言葉は気になるが、追及されてほしくなさそうだし……。


『では、ヒノモトの滞在をお楽しみください』


 後ろからイザナの声が掛かる。

 いつの間にか、ハッチは閉じられておりあの愛嬌のある顔文字がモニターに映っている。


「あぁ。ありがとうな兄弟」

『……どういたしまして兄弟』


 イザナは顔文字でペコリと頭を下げてからプロペラを回転させる。

 なんだよ。結構ユーモアのセンスあるじゃん。

 そのまま上昇し遠ざかっていく、イザナを眺める。


 イザナが去った後、その風圧の影響か一枚の紙がバサバサと音を立ててレンズに覆いかぶさる。

 なんだこれと、手でその紙を剥がし内容を確かめる。

 火星標準時:6月10日の14時からSー1区画でライブします! みんな来てね。という内容の文言と共に、一人の少女が楽器を持った写真がセットになっている。

 これは……俗にいうアイドルライブってやつか?


「なにしてるの?」


 少し離れたところからお嬢の声が聞こえる。

 やべ……俺は遅れちゃいけないと思い、そのチラシを放り出してお嬢の後を追う。


 ◇ ◇ ◇


 俺達はその後、無事にエーテルマースの売却を終え、ある一程度の資金を確保することができた。


「さて、次のデートの目的地はどこっすか?」

「デートじゃないわよ……次は山城工房ね」


 お嬢がそう言って歩き出した直後、俺はお嬢を追い抜いて振り返る。


「俺の完璧な量子コンピューターに目的地はしっかりインプットされてるっすよ」


 お嬢は俺の様子を見て、溜息を一つ。


「大丈夫なんでしょうね?」


 俺は右手でガッツポーズを決める。

 そしてチャーミングポイントのウィンクも忘れない。


「お嬢。お任せあれ!」


 暫くして……。

 目的地はしっかりインプットされてると言ったな。アレは嘘だ。

 俺達は絶賛迷子になっていた。


「はぁ……こんな事だろうと思ったわ」

「いや、いやいや! 仕方ないじゃないすか!」


 イザナに教えてもらったマップは完璧に記憶していた。

 でもなぜ迷ったかと言うと、提示されたマップと現実に大きな乖離があったのだ。

 俺たちが下りた広場とは違い、この地区は貧しいものが集まる場所……つまりスラムのような場所だった。あちこちに地図にはないテントやら家屋が建てられており迷路のような様相を呈していた。


「まぁ……しょうがないわよね」

「いやぁ。お嬢が寛大な心を示してくれて嬉しいっすよ。ただ……俺の傍から離れないでくださいね?」

「えぇ」


 スラムということもあってか、時折俺たちのことをジーっと見つめる視線をいくつか感じる。そういう輩には、これ見よがしにグレイブを見せると去っていく。やつらとしても俺らのことを脅威と判断すれば襲ってこないだろう。ま、弾切れで見せかけなんだけどな!


「でも、もうそろそろのはずなんすけどね」


 俺はレンズの焦点を調整して、周囲をもう一度スキャン。テントやボロ屋の隙間、地面に散らばるスクラップ、時折響くガシャンって金属音――うーん、データベースに「スラム街あるある」って感じの情報しかねぇ。地図のN-2区画はすぐそこのはずなのに、この迷路っぷりじゃ、俺の完璧な量子コンピューターもちょっと混乱気味だ。


「お嬢、ちょっとだけ待っててください。もう一回マップと現実を照らし合わせて――」

「カイ、そっちじゃないわよ。あっち」


 お嬢がガスマスク越しに呆れた声で言うと、ブラックボックスを背負ったまま細い路地の奥を指差す。ん? 俺がスキャンしてた方向と真逆じゃん! お嬢の視線を追うと、確かに路地の先に何か怪しげな建物が見える。


「さっすがお嬢! 目ざといっすね!」

「あなたのCPUが当てにならないから、私が目で見るしかなかったのよ。」


 お嬢の軽いジャブに、俺はわざとらしく「ぐっ…」って胸を押さえるポーズ。まあ、迷子ったのは事実だし、ここは素直にお嬢の勝ちってことで!

 細い路地を進むと、だんだん人の気配が減ってくる。代わりに、油と鉄の匂いがセンサーにガンガン入ってくる。路地の突き当たりに、ついに目的地――山城工房が姿を現した。


「お嬢……これ、ほんとに山城工房っすか?」


 俺のレンズが捉えたのは、めっちゃ怪しげな建物だ。スラムのボロ屋に囲まれた一角に、まるでそこだけ時間が止まったみたいに建ってる。外壁は錆と煤で黒ずんで、ところどころ鉄板で補強されてる。窓は鉄格子でガッチリ封鎖、ガラスなんて一枚もない。入り口の看板は山城工房って書いてあるけど、文字が半分剥がれて山なんとか工房みたいになってる。看板の下には、折れたドローンのプロペラや謎の機械パーツが山積みで、時折バチッと火花が散ってる。

 うーん、兄弟の「評判が良い」って話、ほんとに信じていいのか……?

 お嬢も立ち止まって、フードの下から工房をジッと見つめてる。ガスマスク越しでも、なんか警戒してるのが分かる。


「……確かに怪しいけど、ヒノモトで武器修理ならここが一番らしいわ。行くわよ、カイ」

「そうっすね~悩んでも仕方ないですし。 けど、俺が先頭っす。もし変なトラップあったら、俺のパーフェクトボディでガードしますよ!」

「その前に、また迷子にならないように気をつけてね。」

「お嬢、痛いところ突くっすね……」


 お嬢のニヤリとしたツッコミに軽くよろけつつ、俺は工房の入り口に近づく。センサーでドアをスキャン――爆発物なし、電子ロックなし、ただのボロい鉄ドアだ。表面に「ノックしろよ!」ってスプレーで殴り書きされてるのが、なんともスラムらしいな。ガンガンってノックすると、キィィって不気味な音とともにドアが開く。

 中は薄暗くて、壁には工具や武器のパーツが乱雑に吊るされてて、床にはケーブルとスクラップがゴロゴロ。奥の作業台で、ゴーグルつけた人影が何かガチャガチャやってるのが見える。……ん? なんか小柄だな?


「お嬢、あのちっこいのが店員っすか?」

「カイからしたらほとんど人間なんてちっこいだろうけど……まぁたぶんそうね」


 ふーむ。まぁ此処で見つめていてもしゃあないか。大丈夫だとは思うけど何かあった時の為に俺が前に出るしかない。俺はお嬢よりすこし前に出て声を張る。


「すいませーん、山城工房の方すか? 武器の修理と弾薬の補充をお願いしたくて来たんすけど」


 人影がピクッと反応して、作業台から顔を上げる。ゴーグルをずらしたその顔は――おお、予想外! 油汚れのつなぎを着た、髪をツインテールにまとめた少女だ。歳は15くらいか? 手に持ったスパナを軽く振って、ニカッと笑う。


「よお、いらっしゃい! 山城工房、店長のミナミだ。武器修理? 弾薬? どんなブツ持ってきたか、さっさと見せな!」


 ミナミって少女のハキハキした声に、俺とお嬢はちょっと面食らう。うーん、このスラムの怪しい工房で、こんな元気な店長って…データベースにないパターンだぞ!


「お嬢……とりあえず、見てもらいましょうよ」

「……そうね」


 お嬢にそう提案すると、ブラックボックスをガソコソと漁り、折れたハルバードをお嬢から受け取る。俺はミナの勢いにまだちょっとビビりつつもハルバードだったものを台の上に置く。


「これっす……愛用のハルバードなんすけど、ちょっと派手にやっちゃって……」


 ミナがハルバードをひったくるように手に取って、ゴーグル越しにジーッと観察。

 そしてなぜか小刻みに震えだす。一体どうしたのだろうかと前のめりになっていると、ミナミは突然のその小さい拳で台をドンと叩く。


「おめぇ! なにしてくれとんじゃ!」


 ミナミは先ほどの様子とは打って変わって、すごい剣幕でこちらを睨みつける。


「こんなすっげぇ武器なのに雑に扱いやがって、軍用のすげぇ合金も使ってるんだぜこれ。職人もめっちゃ丁寧に作業してるってのに、なにしてくれとんじゃ!」


 このちびっこの圧に押されて俺たちは何も言えずポカーンとしてしまう。


「どうした!? ぐぅの音も出ねぇってか!?」


 何か言わないとと思い、咄嗟にひねり出した言葉が……。


「ぐぅ」


 思わず、そう発言してしまった。

 ミナミも怒気の表情だったのに呆気にとられた様子で呟く。


「……ぐぅの音出るじゃねぇか」


 俺の会心の一撃は決まったようで、ミナミの怒気は収まったようだ。

 いやぁ良かった良かった。

 俺が胸を撫でおろしていると、ミナミが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「なんか……その音が生々しかったんだけど何の音なんだ?」

「あぁ、それはお嬢の腹のお――」


 ガキン。

 後頭部を謎の衝撃が襲う。

 急激なショックで一時的に俺の思考は解けて落ちた。


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