05
巨大なドローンの内部というだけあって空間はそれなりに広い。まぁ、2mほどのサイズを誇る俺には少しばかり窮屈に感じるがお嬢や普通の人間からしたら十分だろう。
内部には無機質な壁と1つの小さなモニターが置かれている。
俺たちが完全に内部に入り込んだことで、後ろの方からウィィイインという音共に出口が塞がれる。
程なくして浮遊感が襲ってくるが、すぐに収まる。おそらく移動を開始したのだろう。
『こんにちわ』
突如室内に電子音の可愛い声が響く。
「お嬢? 随分と声変わりしたっすね?」
「私な訳ないでしょ。アレよ」
お嬢はそう言って室内の一点を指差す。
そこには1つの小さなモニターがあり、そこには顔文字で『(๑╹ω╹๑ )』と表示されていた。
『私はヒノモトの防衛を司る管理人工知能のイザナと申します』
電子音でそう告げるとモニターでは顔文字が変化してペコリと頭を下げる。
面白いなこれ。俺はサイボーグということもあって表情を変化させる機能がないから文字列で表情を伝えるというのは新鮮で面白い。
良いな~。欲しいけど絶対お嬢に却下って言われそう。防御力の問題もあるしな。
「私は……まぁIDカードで知ってるだろうけど、メイリア。そしてこっちが私の護衛をしている人工知能のカイ」
「お嬢の騎士カイ。よろしく兄弟」
『こちらこそよろしくお願いします』
せっかく同じ人工知能に会えたんだ。生まれは違えど兄弟みたいなもんだ。
本来なら握手でもしたいところだが……握るものもなさそうだな。
「誰が騎士よ……そしていつのまに兄弟になったのよ」
お嬢が俺とイザナの会話に突っ込む。
「えー! お嬢! 生まれは違えど同じ人工知能。これを兄弟と言わずしてなんと言うんすか。ね、兄弟?」
『兄弟というのは、私どもに当てはめると共通の親を持つと言えます。私の管理下にはいくつもの子機がありますが彼ら同士は兄弟と定義できるのかもしれません。ですが、私とあなたとの間には共通の母機は存在しません』
「……」
俺が何も言えずにいると、お嬢が背後でふふっと軽く笑ったのをセンサーが感知した。
「なんですかお嬢」
「そうね、そのパーフェクトなCPUで反論してみたら?」
お嬢がそう言って冷えた笑みを浮かべる。
「うわぁぁぁああああ! お嬢も兄弟もみんなが俺をいじめるんだ!」
もういいもん! 拗ねたもん!
この部屋の片隅で大人しくしてるもん!
『彼の機体は一体どうしたのでしょうか?』
「ほっといていいわよ」
お嬢冷たい……火星の夜より冷たいよお嬢。
「そういえば、いくつか聞きたいことがあるんだけ良いかしら?」
『はい。私に答えられる範囲であればなんなりと』
お嬢……本当にほったらかしにする気だ。
でも俺も退くに引けない……けど、興味はあるのでチラッと頭部だけ回転させて二人の様子を窺う。
お嬢はブラックボックスを床に下ろし、何かをジャラジャラと取り出す。
「まず、これらを換金したいのだけれど」
お嬢が取り出しのは大小さまざまなエーテルマーズだ。
道中倒してきた火星のクリーチャーや暴走した機械兵器から回収したものだ。
ブルーユニオンの多くの人はこれらを採掘し、金に換えることで生活している。
『それでしたら、K-6区画に鉱石を買い取る会社が存在します』
モニターは顔文字が表示されていたのに、パッと画面が切り替わり地図が表示される。本当便利だな。
「ありがとう。あと……弾薬の補充とか装備の修理をお願いしたいのだけどお勧めのお店はある?」
『そちらについては、Nー2区画にある山城工房という武器などを扱っている店舗があります。武器の開発も行っており評判が良い様です』
大丈夫かな? お嬢メモとか取ってる素振りないけど?
やっぱりここは俺の完璧で究極の量子コンピューターで記録しておかないと。
「そして……最後に一つ」
『はい。なんでしょうか?』
お嬢は少し息を吸ってから真剣な目でモニターを見据える。
「ニューワールドプロジェクトの中止で放棄された基幹施設の情報はない?」
お嬢はニューワールドプロジェクトの詳細な情報を持ち合わせていない。当時はまだ子供だったし、重要なことは公表されていなかったのだ。
そして何かを調べる前に追放され、お嬢と俺はここ火星に来た。
いつもならスラスラと答えるイザナが回答に時間を擁している。
『……アクセスを拒否されました。私にはその情報にアクセスする権限がありません。お力になれず申し訳ありません』
「……そう」
お嬢は少しだけ、残念そうに……そして悔しそうにしている。握った拳がプルプルと震えている。
気付けば、俺は立ち上がりお嬢の腰と肩に手を回して持ち上げる。
「よっこいしょ」
「な、なに!?」
突然のことでお嬢は驚いてる様子だ。
「旅ってのは思い通りにならないもんです。でも大丈夫っすよ。パーフェクトで完璧な騎士がいるんで」
俺は自分に任せておけという意味を込めて、片目だけレンズのライトをちかりと光らせる。ウィンクみたいなもんだ。
お嬢は抱きかかえられたまま俺のことを見上げているが、その目はジトーっとしている。
「……火星ミミズの血を浴びせたりするから信頼できないのだけど」
「ぐっ……それは」
「冗談よ……ありがとうカイ」
お嬢は少しだけ笑った。
ただ、笑ったのは一瞬で、いつもの真顔にフッと戻る。
「それで、いつまでこうしているつもり?」
「うーん。いっそヒノモトのみなさんに見てもらいます?」
「却下!」
食い気味に否定されちゃった。俺のお嬢はかわいいだろって自慢したかっただけなのに……。
俺は渋々お嬢を床に下ろす。
『到着いたします』
イザナがそう告げた数秒後に床から着地したと思われる振動が伝わる。
俺たちの後ろのハッチが開き始める。
『ようこそヒノモトへ』