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03

 テント越しにも火星の空が明るくなったのを感じる。体内時計で確認しても、起床時間だ。

 出力を通常運転レベルに引き上げる。ブゥゥゥウウンという音とともにテント内の空気が振動する。

 未だ寝袋に包まっているお嬢に声をかける。


「お嬢朝ですよ」

「んー……」


 お嬢はのっそりと上体を起こす。髪の毛はぼさぼさで、今にも眠りそうな眼で、頭を揺らしている。

 各種センサーでお嬢のバイタルチェックを行う。体温……通常。心拍数は……低めで、まじで寝ぼけてるっぽいな。お嬢は朝が弱いからな仕方ないな。


 朝の支度を行うために、背荷物の方に向かう。

 背荷物から、鉄製のコップと水とか様々な物品を取り出す。

 鉄製のコップに水を注ぎ、掴んでいる腕にエネルギーを回し、コップに熱を伝導する。プクプクと水面から気泡が出るのを確認して、お湯を別のコップに移し、そこになんかの植物を乾燥させたものを突っ込む。


「お嬢。じっとしといてください」

「ん……」


 お嬢の背中に回り、そっと髪に櫛を通す。


「朝ごはんは?」

「んー……いらない」

「じゃ、せめてこれだけでも」


 先ほど植物の乾燥させたものを突っ込んだコップをお嬢に差し出す。

 お嬢はそれを受け取るとちぴちぴと飲みだす。

 お嬢が小さい口で一生懸命に飲んでいる姿……データに類似性あり。地球原産齧歯目リス科のリスとの一致率87%


「ふぅ……目。覚めたわ」

「それはようござんした」


 お嬢はガスマスクを手に取り、さっと口元に宛て、近場に置いてあった強化外骨格のスーツを装着する。強化外骨格のスーツを着るだけでも歩行も荷物を背負うのも楽になる。あの大きなブラックボックスを背負いお嬢はそのままテントを出て、撤収の準備をするので俺もそれを手伝う。


 テントの撤収を終えた後、俺たちは火星の荒野に並び立つ。


「それで今日は到着するんだっけ?」


 お嬢の質問に対して、俺は顔面のレンズから立体映像を投影する。そこには火星のおおまかな地図と、ゆっくりと移動する青い点と赤い点が存在している。

 自分たちの居場所を示す緑のマーカーとその近くに青い点。


「そうっすね。98%の確率で今日中にはブルーユニオンの移動都市『ヒノモト』に到着できると思いますね」

「……残りの2%はなに?」

「突発的な緊急事態への対応……いわゆるアクシデントってやつっすかね?」


 そう告げるとお嬢はゲンナリとした表情を浮かべる。


「もう火星ミミズの血を浴びるのは懲り懲りよ」


 お嬢の言葉に、俺は少し笑いそうになるが、顔面のレンズをクールに光らせて平静を保つ。今でも頭部の記録データに火星ミミズの血を浴びたお嬢の様子が保存されている。あれはひどい様と言える。


「まぁ、今回は大丈夫っすよ。センサーで周辺をスキャン済みですし、ミミズの活動エリアはもう抜けたはずです。運が悪くなければ、今日は平和に進めるかと」

「運が悪いって言葉を聞くと余計不安になるんだけど……」


 お嬢は眉をひそめつつ、肩にブラックボックスを背負い込む。そして、火星の赤茶けた地平線を見据える。空は薄いオレンジ色に染まり、遠くには細かな砂嵐が渦を巻いているのが見える。あれが近づかなければいいんだが。


「じゃ、行くか。お嬢、足元気をつけてくださいね。岩場が多いんで」

「わかってるわよ。あなたこそ、私より重いんだから転ばないでね」

「転んだら起こしてくれます?」


 俺がそう質問すると、お嬢はフイっと目線を外し歩き出した。

 あれぇー? お嬢? 助けてくれないんです?

 俺はお嬢の背中を追いかけた。


 ◇ ◇ ◇


「おー。見えてきたっすね」

「そうね。あともうちょっとね」


 俺たちの視線の先には、ブルーユニオンの移動都市『ヒノモト』の姿があった。

 その外観は巨大なドームとそれを支える6つの巨大な脚部。元々は植民船として開発されたが、定住が難しい火星の環境で改造を施し、移動能力が付与されたという歴史を持つ。

 まだまだ距離的には遠いのだが、それでも見えるあたりの全貌の巨大さがよくわかる。

 そんな移動都市を眺めている間に聴覚センサーにブゥゥゥゥウウンという音を検知した。


「お嬢」


 俺は短くそう呼びかけると、お嬢は少しばかし振り向く。


「なに?」

「なにかしらが飛翔しながらこちらに向かってきてるっすね」

「……ヒノモトのドローン?」


 まぁ確かに……移動都市は周辺の警戒のためドローンを飛ばして偵察しているらしいが、音が聞こえる方向が違う。

 俺は真後ろを振り向く。


「どうやら暴走した機械兵器みたいっすね」


 レンズの先には、複数機のドローンがこちらに向けて飛翔している。

 2対のプロペラを持ち胴体にはカメラと下部に銃座が据えられている。そして、ランプが紅く明滅を繰り返している。


「2%を引いたってわけね……」

「どうします? ヒノモトまで逃げますかい?」

「逃げたって追いつかれるだけでしょ。ここで迎撃するわよ」

「イエッサー」


 まぁ飛ぶ相手に逃げられるわけないか。

 お嬢はブラックボックスを地に下ろし、中から2対のなにかを取り出しこちらに投げる。

 火星の日を浴びて、鈍く輝く黒い銃身。

 そのコンパクトさとは裏腹に関節モーターに対する負荷で、この物体の内に秘める重量が良く分かる。お嬢も良く投げれたなコレ。あぁ強化外骨格のおかげか。

 普段滅多に使うことがないこれはブラックボックスに収納された50口径の特殊自動拳銃。その名をグレイブとバロウ。まぁ俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。


「ヒュー。まぁ対空相手だと近接武器じゃキツイんで助かるっすね」

「ヒノモトまで行けば弾薬補給できるしね」

「なるほど。確かに」


 弾薬の補給が難しい放浪生活だと使う場面は慎重にならざるをえないが……補給の目途が立ってるいるならお構いなしだ。


「じゃ、お嬢。俺の後ろに」


 お嬢はそそくさと俺の背中に移動する。


「討ち漏らさないでね」

「OKお嬢」


 俺は両手にグレイブとバロウを握り締め、接近してくるドローンの群れを見据える。レンズが焦点を調整し、ターゲットの速度と距離を瞬時に計算。プロペラのブゥゥゥンという音が近づくにつれ、空気中の振動が音としてセンサーに伝わってくる。


「総数は13機。距離500メートル。速度は時速80キロ。武装は短機関銃ってとこっすね。お嬢、耳塞いでおいてください」

「わかったわ」


 右手に持ったグレイブを構え、引き金を引く。ズドン、という重低音が空気を震わせ、50口径の弾丸がまるでそれが運命だったかのようにドローンの胴体に直撃。

 そのあまりの威力に胴体部分は砕け散り、4枚のプロペラが宙を舞う。

 続けて左手のバロウを発射。こちらもズドンと鈍い音を立て、もう一機が空中で爆散する。破片が四散し、火星の大地に広がる。


「やっぱコレだよなぁ~!」

「余韻に浸っている暇があったらさっさと撃って!」


 耳は塞いでるけど目は見えてるから、余韻に浸っているのがバレたようだ。

 お嬢の声に促され、俺はさらに連射を重ねる。グレイブとバロウが交互に咆哮し、ドローンの数がみるみる減っていく。

 あと1機。

 カチッ。


 あっ……やべ! 弾切れた! 久々に使うから、装弾数のこと忘れてた。


「カイ!」


 お嬢の声で振り返ると、ブラックボックスから取り出した一発の弾丸を投げる。

 俺は左手に持っていたバロウを手放し、その弾丸を空中でキャッチする。


「あざっすお嬢」


 右手に持ったグレイブのスライドを引き、チャンバーに直接弾を込める。スライドが戻り、スチャっと音を立てて構える。


「グッバイ」


 トリガーを絞り、重低音と共に銃弾が飛翔する。

 真っすぐ飛んで行った銃弾は最後のドローンを打ち抜いた。

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