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02

 お嬢に華麗な土下座を再度披露した後に、俺は火星ミミズの死骸を漁っていた。


「お。あったあった」


 紫色の鉱石を見つけて手に取る。サイズ的に問題ないな。

 これは、火星の新資源である『エーテルマーズ』だ。火星の住民……移動都市の多くは、このエーテルマーズを採掘して地球に輸出し、地球から物資を受け取ることで生活している。移動都市の動力自体にも使われており火星で生活するには切っても切れない存在だ。

 かくいう俺もこれなしでは生きていけない。


 胸部の装甲がスライドし、そこにエーテルマーズを押し込む。

 押し込まれたエーテルマーズは体の奥へと移動し、胸部の装甲は元の位置に戻る。胸部からブゥゥゥウウウンとエンジンがふかす音が周囲に響き渡る。新たに生成されたエネルギーが各所に浸透し、先ほどの戦闘で失われたエネルギーが回復する。


 さてと。

 ハルバードは……探してみると、すぐそばに見つかったのだが。


「あちゃ~」


 真っ二つに折れていた。

 蹴りの威力が強かったのか、折りたたむ時の関節部分から折れていた。

 勿体ないし、気に入ってるからここに捨てていくことはできないが、ここまで折れると専門的な設備がないと厳しいかもな。

 俺はそれを拾ってお嬢の元へと向かう。


 お嬢は濡れたタオルで顔や外套を拭いていた。

 お嬢はこちらに振り返ると、残念そうな表情を浮かべる。


「折れちゃったのね。まぁしょうがないわね……元の場所に戻しといて」

「うぃっす」


 地面に置かれていたお嬢の背荷物のとこに歩み寄り、しゃがみ込む。ボタンを押すとプシュという音共に開く。ハルバードを元あった場所に戻す。今度治してあげるからね……。

 俺は愛用していたハルバードにひとときの別れを告げ、立ち上がる。


 俺はお嬢の元に戻ると手を差しだす。


「お嬢」


 お嬢は振り返ると、意図を察したのか濡れたタオルを手渡してくれる。

 俺はタオルを受け取るとお嬢の後ろに移動し、髪の毛や外套などのお嬢からは見えにくい場所に付着していた汚れを落とす。


「髪の毛は女の子の命ですからね~」

「ありがと……でも、元を辿ればカイのせいよね?」

「仰ル意味ガ、良ク分カリマセン」


 お嬢の後頭部しか見えないが、それでも呆れている息遣いをセンサーで捉えていた。

 俺は最終チェックを兼ねて高性能カメラを駆使して髪の隅々まで観察する。


「OKっすよお嬢」


 俺はキレイになったことを伝えると、お嬢は振り返り俺の手から濡れたタオルを奪い取る。お嬢はそのまま俺の背中に回ると、ごしごしと擦りだす。

 お嬢が拭きやすいように身を屈める。


「ありがとう、お嬢」

「別に……あとで整備するとき汚れてたら困るから」


 お嬢の声はそっけないけど、手の動きは意外と丁寧で、俺の背中の装甲の隙間にこびりついた火星ミミズの青い血をごしごしと拭き取ってくれる。こういうとこ、お嬢の優しさが出てるよなぁ……って、感傷に浸る間もなく、お嬢の手が急に止まった。


「ん? お嬢?」


 振り返ろうとした瞬間、背中に何か硬いものがゴツンと当たる。鈍い音が響いて、俺のセンサーが軽い衝撃を検知した。


「お嬢、それってまさか……?」

「石よ。さっき拾ったやつ。ちょうどいいから背中のこびりついた汚れ落とすのに使っただけ」

「いやいや! 俺の精密なボディに石とか使わないでくださいよ! 傷ついたらどうすんですか!」

「合金製のパーフェクトボディなんでしょ? なら平気でしょ?」


 お嬢がニヤリと笑うのが背中越しでも分かる。くそっ、このお嬢、俺をからかって楽しんでるな!

 仕返しに何か言おうと思い、振り返るとタイミングよくお嬢がタオルを放り投げてくる。レンズにバサッとかかって視界が遮られる。

 タオルを剥がすとそこに既にお嬢の姿はなかった。


「行くわよ」


 声がした方向に視線を向けると、お嬢はもう背負い箱を肩に掛けてスタスタ歩き出していた。

 俺ははタオルを握りしめ、立ち上がりお嬢の後を追う。


「へいへい。今行きますよお嬢」


 ◇ ◇ ◇


 あれからお嬢と俺は歩き続け、日が沈みだしたタイミングで野営をすることになった。簡易的なテントのなかで俺は胡坐を組み、お嬢の為すがままにされている。お嬢はその繊細な手付きで、俺の体中をまさぐる。


「なんか変な事考えてない?」

「イエ。全ク」


 単純にお嬢に俺の状態をチェックしてもらってるだけだ。

 お嬢は一通りチェックが終わったのか、ポンポンと背中を叩く。


「特に問題はないわね」

「あざっすお嬢」


 ちょっと無茶な戦い方をしてしまったが、俺のパーフェクトボディに問題はないようだ。まぁハルバードは折れちゃったけどね。


「ぐぅ」


ん? 謎の音を音響センサーが捉えた。


「お嬢。今の音って……」

「カイは何も聞いてない。良いわね?」

「アッハイ」


 整備を終えたお嬢は、立ち上がりテント内に設置されている背荷物の方へと向かう。ゴソゴソと漁ると荷物から水と銀色の包装されたなにかを持ち出す。


 お嬢は少し離れたところに陣取ると、銀色の包装を破り、中から黄色の長方形が取り出す。お嬢はそれを一口齧ると何とも言えない顔をする。


「お嬢……それって美味しいの?」


 いや、まぁ。お嬢の表情から察するにおいしくはないだろうけどさ。


「時々ご飯を食べなくていいカイが羨ましくなるわ」


 お嬢はボソッと愚痴を漏らして、また微妙な顔で頬張る。

 銀色の包装には『きなこレーション』と記載されている。火星じゃ贅沢な食事は望むべくもないが確かこの、きなこレーションは数ある長期保存の効く食料の中でもマシだと記録されている。


「それでも俺も羨ましいっすよ。味がするってどんな感覚なんですか?」


 お嬢は手に持っていた、レーションを膝の上に置き考え込む。

 ぶつぶつと何かを呟く。


「プラスの情報の飽和、報酬体験……?」


 お嬢は、その後も何か悩んでいるようだったが、結論が出たのか顔を上げ、こちらに目線を合わせる。


「わからないわ」

「わかんないんかい!」


 思わずツッコミを入れるが、仕方ないと言わんばかりにお嬢は肩を竦める。


「言葉で説明するのは難しいのよね」

「えぇ~」

「たぶん……言葉で説明するよりカイが、こういうものかなって実感するしかないと思うの」


 そういうものなのか。う~ん難しいな。

 俺が考えている間にお嬢は食べ終わったのか、空になったペットボトルと銀の包装を纏めてバッグに詰めていた。


「じゃ、私は寝るからおやすみカイ」


 お嬢は寝袋を引っ張り出してきて横になる。


「おやすみお嬢」


 俺も出力レベル落とすか。

 睡眠を必要としない俺は寝る必要はないのだが、夜間はエネルギー削減のために省エネモードに切り替える。

 各種センサー類はオンにしたまま、周囲の警戒を怠らない。


 数時間が経過したころセンサーに微弱な振動を感知した。

 火星ミミズか? と思ったが、微弱な震源地はすぐ傍であった。


 ……火星の夜はよく冷えるからな。

 出力を少しだけ上げて、胸部の放熱板を開きテント内の温度を上げる。

 程なくしてテント内の温度は上昇し、お嬢の震えは止まったようだった。


 お嬢に聞こえないくらいの小声でボソッと呟く。


「良い夢をお嬢」

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