01
赤茶色の変わらぬ景色に辟易し、ふと空を見上げる。
ふと目につく星があり、キュィインと軽快な音を立てて望遠レンズを使用する。
空のはるか向こうに青色の星を見つける。
「お嬢。あの星ってなんです?」
俺は、隣を歩いていたお嬢に質問する。
お嬢……七沢・メイリアは歩みを止め、空を眺めている。
空を眺める際に目深に被っていたフードがはらりと風にあおられて、その姿が露わになる。薄いピンク色のロングヘアーに、エメラルドの瞳。可憐な少女の見た目だが、似つかわしくないのはその口元にあるガスマスクだろう。
ガスマスク越しにくぐもった声でお嬢が聞き返す。
「私はサイボーグじゃないから、見えないんだけど?」
「う~ん……青と緑の星?」
俺は再び空を見上げ、外観的特徴を伝える。お嬢は思い出したよう「あぁ」と呟く。
「それはたぶん地球ね」
「恥丘?」
「たぶん違う」
ちきゅう……脳内のデータベースに検索すると、該当する情報があった。
地球。太陽系第3惑星。人類発祥の星。
「へぇ~。お嬢もあそこにいたんです?」
「いたけど……カイもあそこで作られたのよ」
知らなかったな……俺は驚きのあまりお嬢を見つめる。
「初耳」
「まぁ……組み立てて起動したのは火星だけど、部品の製造とかは地球よ」
「Oh 俺にとっても故郷ってわけか」
俺は改めて空を眺める。
へぇ~あれが俺の故郷か。なんか実感湧かないけど。
眺めていると、横で立ち止まっていたお嬢が歩き出したようでザッザっと足音が聞こえてきた。
お嬢はただ小さく呟く。
「故郷って言うほど良いもんじゃないわ……それより行くわよ」
まったくお嬢は人間だっていうのに風情ってもんがないねぇ。ま、人工人格の俺が言えたことじゃないんだけどさ。俺はため息をつきたいが、そんな機能は備わっていない。かわりに胸元の放熱板が開き、そこからシューという排気音を響かせる。
「へいへい。今行きますよお嬢」
長方形の箱を背負ったお嬢の背中を追いかけた。
◇ ◇ ◇
「世界的なミュージシャンが世界同時ライブという偉業を為した年に火星に新資源が発見された。新資源の採掘を行うため、人類は100年の歳月をかけて火星のテラフォーミングを行う『ニューワルドプロジェクト』を実施した。七沢博士を中心としたプロジェクトは火星の空気成分を地球と同じ水準にすることには成功した。だが、火星の緑地化計画は失敗した。
火星に植民していた各国のコロニー船は時折訪れる火星嵐と更なる資源の採掘のため、その地に定住するわけにもいかず新資源を動力に組み込んだ移動都市に発展した。国境なき火星の地で、今も各国の移動都市は資源を求めて移動を続けている」
「突然どうしたの?」
隣でお嬢が怪訝な表情でこちらを見つめている。別にバグったわけではない。
「お嬢が暇そうにしていたんでね。ラジオ代わりにどうかと思いましてね」
「そう……でも、情報が間違ってるわよ?」
「え? 俺の完璧で究極なデータベースに間違いが?」
膨大なデータを蓄積しているこの俺に間違いが?
「お父様は失敗したわけじゃない……失敗させられたのよ」
「……」
お嬢の瞳には、ドロドロとした感情が見え隠れする。
「それを確かめるために、此処まで来たんだから」
「お嬢……どこまでもお供しまっせ」
「ありがとう……カイ」
お嬢は儚げな笑みを浮かべる。
俺は思わず、そんなお嬢を凝視してしまう。
「……なんでそんな見つめるの?」
「いえね、お嬢の照れてるところ珍しいので、記録に残そうと思いましてね」
お嬢はすっと真顔に戻ると、俺の足を蹴る。ゴンと鈍い音が響く。
合金で作られた俺のパーフェクトボディは傷一つつかず、お嬢は足を抑えて恨めしそうにこっちを見つめる。
「……消しなさい」
「いくらお嬢の頼みとはいえ嫌で~す」
俺が揶揄うように否定したが、お嬢はそれ以上食い下がる素振りは見せず地面にしゃがみこんで何かをしている。
「どうしたんですお嬢? 足でも痛めました?」
お嬢の様子が心配になり、俺もしゃがみ込む。お嬢はふと顔を上げ俺と視線が交差する。お嬢の手には赤茶色の石礫が握られていた。
「お嬢……それは?」
「今度カイの整備をするときに中に投げ込んでやるから」
「スイマセンでしたお嬢」
俺は精密に計算され尽くした再現度100%を誇る完璧な土下座を披露していた。
お嬢は博士の娘というだけあって、才気にあふれ機械いじりもできる。
自分自身でメンテが難しい俺にとってお嬢はなくてはならない存在だ。まぁ例えそんなことがなくても俺にとってお嬢はお嬢なんだけどね。
俺の土下座に気を良くしたのか、お嬢は石礫を地面に投げ捨てて立ち上がる。
「分かればいいのよ」
お嬢は手に付着した粉を振り落とすようにパンパンと手を叩き、歩き出す。
土下座から綺麗なトランスフォーメーションを行い、お嬢の後を追いかける。
追いつくとお嬢は少しばかり顔を振り向く。
「続きはないの?」
「続き?」
「ラジオ」
あぁ。まぁ暇だしね。
「お嬢のお願いとあらば喜んで」
「……お願いってほどでもないんだけど」
「またまたぁ~照れちゃっ……スンマセンでした」
お嬢がまた石礫を拾おうとしたので、慌てて謝った。
だけど、ここはお嬢のためにも一肌脱ぐか。頭の中にあるデータベースから何かないかなと思って検索をかける。
おっこれが良さそう。
「火星のテラフォーミング計画の失敗については、色々な原因があるとされているが、一番の問題は機械兵器の暴走と、新資源に適応した生物兵器の影響が大きいとされています。火星には様々な生物が持ち込まれましたが、土壌の改善を目的に持ち込まれましたが新資源に適応することで巨大化した生物。その名を――」
地面からかすかな振動をセンサーが捉える。
俺は目の前にいるお嬢の腰を掴み肩にお嬢を乗せ、勢いよくその場から跳躍する。
今俺たちがいた場所からピンク色の化け物が地面を突き上げて出現した。
「火星ミミズ」
俺はお嬢に細心の注意を払いながら、地面に着地する。
目がないのに……火星ミミズはこちらの方向に向かって突き進む。
「カイがフラグを建てるから」
「え!? 俺のせい!?」
くすん。お嬢のためを思って行動したというのに……。
まぁでも今はそんなことを考えている場合ではない。
「まぁいいか……いつものアレ頼みますわ」
「うん」
お嬢は一つ頷くと、背中に背負っていた長方形の黒塗りの箱を地面に置く。
プシュと空気が抜ける音と共に、箱の一面が開く。これは『ブラックボックス』と呼ばれるお嬢の仕事道具だ。整備関係の工具や様々な生活用品も入っているが一番空間を占有しているの武器類だ。
様々な武器類が所せましに並んでいるが、俺はその中から一つの武器を取り出す。
1mの柄に先端は斧とも槍ともいえる形状。折り畳まれた柄の部分展開し、直線にした状態でぐいっと押し込むとガシャんと音を立ててロックされる。
それはハルバードと呼ばれる武器だ。
俺はそれを手に取り、軽く手で回す。うん。コンディションばっちり。ロックも完璧で外れる様子はない。
俺は肩にハルバードを担いでお嬢に振り返る。
「じゃ、やってきますわ」
お嬢は何も言わず一つ頷いて、親指を突き出す。
これは派手にやってこいっていう合図だ。
俺は迫りくる火星ミミズに対して、真正面から派手に足音を立てて近づく。
やつらは振動を頼りにするから、俺が派手に音を立てればお嬢の方に行くことはない。
いやぁ、でも真正面から見るとマジでキモイな。
なにより図体もでかいし、倒すのには苦労する。地面に潜られると厄介だし。
そうとなればやることは決まった。
衝突の瞬間、俺は足を踏ん張りハルバードの穂先をやや下に構える。
火星ミミズの口の下部分をハルバードが勢いよく切り裂く。青色の血液が飛び散る。
それでも鈍重な火星ミミズの体がもつ質量は強大な威力を秘めていて、関節部に負荷がかかる。だが、それすらも気にせず穂先を持ち上げようと出力を上げる。
胸部の放熱板が開き、煙が勢いよく噴射する。
「ぅぅぅううおおおお!」
別に声を出したところで出力があがるわけではないが、こういうのは雰囲気だ。
穂先を持ち上げ、火星ミミズの力のベクトルをずらすことで、その図体が持ち上がる。ハルバードも軋む音が響くが、これも特殊な合金が使われているのでそう簡単には折れない。
「よっこらせ!」
俺が穂先を振り上げると、火星ミミズは勢いよく宙を舞う。
空中にいると、大きさが良く分かる。ピンク色のボディに先端に牙の生えた口。口の方からは裂傷が走り青い血をまき散らしている。
ハルバードを掴みなおす。うん問題ない。あとは、落下してくる時に無防備な所を輪切りにすればいいだけだ。
うん? 俺のハイパーでウルトラな量子コンピューターが火星ミミズの落下地点を予測する。
俺のやったことは、火星ミミズのベクトルをずらして宙に浮かべたわけで必然的に俺の後ろを弓なりに飛んでいくことになるわけで……。
落下予測地点にはお嬢が居た。
やべ。
俺は背部にあるスラスターを展開し、飛翔する。落下軌道線を予測し、空中でハルバードを投げる。ハルバードが
うぉぉぉぉおおおお間に合え!
ハルバードは空中で火星ミミズに突き刺さるが、落下地点を変えるには至っていない。スラスターをふかし、空中で姿勢を制御する。
火星ミミズに対し、右足を大きく突き出す。
右足はハルバードの柄を叩き、火星ミミズの体に深く突き刺さり……耐えきれなくなった火星ミミズの体の前半分がドパァンという音をたて弾けた。
火星ミミズの後ろの半分は無事に軌道がずれ、お嬢に落ちることはなかった。
俺は、お嬢の近くに降り立ち顔面に着いた血液や肉片を拭う。
「ふぅ……お嬢が無事でよかったすわ」
「派手にやってくれたわね?」
俺の音響センサーがお嬢の声色の変化を捉えていた。
恐る恐るお嬢の方に確認すると……お嬢の顔や外套に火星ミミズの青い血液が飛び散っていた。頬に着いた血糊を拭う仕草にどこか苛立ちを感じる。
おかしいな……表情はさっきみたいな儚い笑みなのに目が笑ってない。近くに敵がいるわけではないのに危険信号が頭の中で響き渡る。
気付けば、恐怖に屈した俺の体は土下座を反射的に実行していた。
「スンマセンでした」