4 それでも
執務室でのことを話し終えたシオンは複雑な面持ちでこちらを見つめるフルクラムに話し続ける。
「私はこのなんてことない日々が好きなんです、メイドとしてお仕事をして休日はお庭でご主人様とお茶を飲む、私にとってこんな素敵な生活はありません」
シオンは胸に手を当て薄雲から覗く夜空を見上げると
「しかし私はその日々が脅かされているならば戦いたいんです、ただ座ったまま幸せが崩れていく姿を見たくないんです」
シオンは言い終えるとゆっくりフルクラムの元に近づいていき、柄にも合わず目に涙を蓄えたフルクラムにそっと抱きつくと
「もし俺と一緒に逃げろと命令したらお前はどうする? 」
フルクラムが震えた声で聞くと、フルクラムの胸に頭を預けているシオンは
「それが命令だとすれば従います」
「私の本意でなくとも」
そう言うと、フルクラムは悲しげに笑みを浮かべて何かを決心した様子で口を開く。
「わかったよ……俺はお前を止めない、いや止められない」
「だが覚えておけ、お前は機械じゃない、人の心を持っているんだ、人の心を持つ以上は決めなければならないこともある」
フルクラムはそっとシオンの頭に手を回して優しく撫でる。
「間違えても気負う必要はない、どの人間も正解より間違いの方が多いんだ」
*
出発日の明朝、日の高く上がらないうちにシオンはバスケットを提げて家の門戸を開けると、近所の市場へと繰り出す。
見慣れた通りしばらく歩くと、朝露に濡れたテントが通りの一角の奥まで続き多くの人で賑わっている。
「モモ1つで700ロンメル2つで1300ロンメル、さあさあ貴重な果物だよっ」
弾けるような声で小柄な少女が店先で客を呼び込んでいるが、シオンに気づくと満面の笑みを浮かべてこちらに大きく手を振って
「おはよー!」
シオンも小さく手を振り返しながら少女の元に近づいていく。
祖母に代わりリーフェが周りの人に手伝われながら営む店先には色とりどり果物や野菜が並べられている
「おはようございます、リーフェ様」
シオンはリーフェに一瞥すると、リーフェは待っていましたと言わんばかりの顔で
「ねね、シオン見て、モモ、モモだよっ!」
「今は壁内の果物は貴重だからこれ逃したら次はないよ〜」
少女は肘で軽く小突きながら歯を見せて笑顔を見せる。
「ちょっと安くするからさ〜 ねっ、たまにはご主人様とどうよ」
シオンは値札をみて困った顔で考えつつも少女の推しに負けて財布を取り出すと
「毎度っ、いくつにする? ひとつ? ふたつ?、食べごろだけど明日食べても美味しいよ!」
そう尋ねるとシオンは笑みを浮かべつつも少し悲しそうな顔で
「一つで十分ですよ」
「私は今日発つ必要があるので」
リーフェは考えの追いつかない様子でポカンとしていたが、表情から何かを察したのか
「まさか徴用じゃないよね、ねぇ」
引きつった笑顔でシオンの腕を掴むと、シオンは何も言わずに目を逸らす。
「で、でも記憶はなくならないんだよね? バックアップがあるって」
リーフェが焦った様子で矢継ぎ早に質問するが、唇を噛んだだけで口を閉じたままのシオンに痺れを切らして
「何とか言ってよ!」
そう叫ぶと市場を行き交う人々が足を止めてこちらを見る。
しかしシオンは何も言わずに周りを見渡して、人々が再び動き始めたことを確認すると重い口を開けるように話し始める。
「記憶のバックアップは取れない、データが暗号化されててどうしようもないみたいです」
「でも私は帰って来る……つもり……です」
リーフェはシオンの頬に両手を当て自分の顔に引き寄せると互いの額をくっ付ける。
「絶対帰ってくるって言って、絶対私より先に死なないって!」
リーフェは語気を強めてそう言うがシオンは口をつぐんだまま何も言わない。
「覚えてる? いつかデパートに行こうって約束したの……約束は守らないとダメだよ……」
「リーフェは待つよ、いつまでもね」
「例えシオンが帰って来なくても、シオンが嘘つきにならないように」
リーフェは目からは大粒の涙を流して掠れた声で
「わからなくてもいい、だけど言ってよ」
「約束を守る、帰ってくるって、じゃないとどうシオンの顔を見れば良いのかわからない」
シオンは唇を震わせて搾り出すように言葉を押し出す。
「私は約束を守る、帰ってくる、あなたとまた笑えるように」
リーフェは持っていた手を緩めてシオンが顔を上げるがその頬には目から一筋に延びる涙の跡があった。
シオンは代金を支払ってリーフェの店を離れようとすると、人混みの奥から
「泥棒よー! 誰か捕まえてちょうだい! 」
奥から流水のように人混みを潜り抜け何かがシオン達の元へ向かってくる。
シオンは反射的にその何かの首元を掴むとリーフェより少し背丈の大きな少年で大きなバケットを両手で抱えているが、オーバーオールなどの服は酷く煤けていてお世辞にも綺麗とは言えない。
「ちっ、また難民かよ」
「しかも常習犯よ、この前も盗みをして逃げたのよ」
周りの人々がシオン達を囲むように人だかりを作って、皆が口々に話し始めて辺りが騒がしくなる。
するとある一人の大柄な男が手を叩くと、皆はその男に視線を注ぐ。
「こいつは盗みを働いた、しかも何度もだ」
「警察は当てにならん、そこでこいつを二度と盗みを働けない体にする」
「これでいいな」
周りの人々は手を叩き男に賛同の意を送り、周りにからは「やっちまえ」や「悪しきは罰せよ」といった野次が飛び交う。
シオン達の元へ大柄な男が近づいていくと、シオンは少年を庇うように自分の後ろへ移動させると
「お金は私が払います、ですから許してあげてください」
「この子の事情も知らずにそんなことをするのはどうかと思います」
リーフェも男に懇願するように見上げて
「カマロンおじさん私からも頼むよ、やっぱりかわいそうだよ」
男はやれやれといった様子で首を振ると
「気持ちはわからんでもない、だがそいつは悪びれる事なく優しさに漬け込んで何度も盗みを繰り返した」
男は巨体を揺らしながらシオンの前まで近づき、見下ろすようにシオンを見ると低い声で
「そういう奴は気づけないんだよ」
「痛い目遭わないと自分のした事の愚かさを、だから死ぬ前にわからせてやる」
「ある意味『優しさ』だ」
そう言って男は手を伸ばすがシオンは片手で男の手を掴むと、もう片方の手で少年を軽く突き放す。
瞬時に少年は自身の重さを感じないかのような身のこなしで積まれた木箱に登り建物のベランダや別の木箱を伝って器用に逃げていく。
男は両手でシオンの手を振り解こうとするがびくともせず
「クソッ、この正義気取りが」
「お前にこの責任が取れるのかっ」
痛みで膝をついた男は歪んだ顔でそう言うと
「私がこの戦争を終わらせます」
「あの子が盗みをしなくていいように、あなた達がまたいつもの暮らしを取り戻せるように」
シオンは両膝をつき男の目を見てそう言うと、男は嘲笑うようにフッと笑い
「バスケットの中身すら守れんような奴がよく言うぜ」
シオンはハッとしてバスケットを見ると先程買った桃が無くなっている。
シオンはリーフェと目を見合わせると、声を出して笑う。
「全然気づかなかったよー」
「全くです、完敗ですね」
シオン達は涙が出るほど笑うと、シオンはお金を渡してもう一つ買おうとするがリーフェは手を差し戻させて
「これは私からの餞別、持っていって」
リーフェは店に戻り桃をいくつか手に取り、程度の良い2つを両手でバスケットに入れる。
男も呆れた様子で立ち上がり自分の店からハムの塊を取り出してシオンのバスケットに入れ
「戦争に行くんなら覚えておけ、一番最初に死ぬのは自分に力があると信じてる奴だ」
「運と力ほど人を勘違いさせるものはない」
男は背を向けて意味ありげにそう言いまた店先に戻っていく。
「あと金は俺が払ってやる、早く帰れ」




