1 こんなときでも春は来る
「暖かいですね、ご主人様」
新緑の葉がそよ風に揺られる昼下がりの裏庭で声を弾ませてメイド服を着た銀髪の少女が30代くらいだろうか、仕立てのいいホワイトシャツを着た壮年の男に話しかける。
「ああ、このようなときにも次の季節は来るのだな」
「ご主人様」そう呼ばれたその男は感慨深い様子でそう言うと、座りながら机にあるティーカップを口に運ぶ。
「もうすぐ5年ですか……果たして戦争は終わるのでしょうか」
側に立つそのメイドは少し表情を曇らせながら薄い雲のかかった空を見上げる。
「まあ状況は良いとは言えないが、こうして暮らしていられるだけで十分さ」
「今年もあいつらの墓には行けないな……」
そう言って目を少し伏せると少女が静かに口を開き
「奥様とお嬢さんですか、ちょうどあそこは敵の支配地域でしたね……」
お互い次の会話が繋がらず、少しの沈黙の後玄関から呼び鈴の音が聞こえ、取り繕うようにシオンは玄関へと向かう。
「ご主人様お手紙です」
そう言って両手で『デウィッツィア・フルクラム』と書かれた赤い封筒を差し出す。
フルクラムは手紙を続けて渡された銀製のペーパーナイフで手際よく手紙を開けると、目を通すがすぐに顔を顰めてシオンに手紙を手渡す。
「シオン、お前宛だ。」
困惑した表情を浮かべながらも手紙を受け取り内容を見る。
『貴殿の所有するファミリアを今月末までに司令部まで出頭の上供出されたし ――ザルマン帝国軍統合司令部』
という事務的な口調で書かれたその手紙は、その事の重大さを伝えるにはあまりに冷淡なものだった。
男は屋敷に戻りつつ、振り返って立ち止まったままのシオンに言う。
「上に会って直談判しよう、今はそれしかない」
シオンは唇を少し噛み小さく頷く。
*
装飾の施された門を押し開けて通りに出ると、白を基調とした建物や石畳などによって整然とした街並みが続いている。
その様子はさながら中世から時が止まっているようで、そこに現代に引き戻すかのように自動車が走り去る。
「車でなくてよろしいのですか?」
濃紺の軍服に身を包んだフルクラムにシオンが首を傾げて尋ねる。
「中心部に行くからな、混雑するし地下鉄の方が早いだろう」
そう答えるとシオンと共に歩き始める。
「それにしても休日の昼下がりがこんなことになるとは……申し訳ございませんご主人様」
シオンは少し俯きながら言うと。
「何も悪い事をしていないんだ、謝る必要はない」
フルクラムは困惑気味にそう言い、続けて
「それにしても何故今になって……数は足りなくともファミリアの生産ラインは通常通り稼働はしてるんだ」
独り言のようにブツブツと言いつつ、顔を上げて敵の電波吸収粒子によって覆われた曇天の空を眺め、考え込んでしまう。
そうしているうちに地下鉄の入り口に着き、2人は無言で煤けた階段を降りていく。
*
2人は30分程地下鉄に揺られた後、重要な省庁が集中する第一行政区に到着した。
地下から出るとそこには軍服やスーツに身を包んだ官僚たちが1秒を惜しむように忙しなく行き交う様子が広がる。
「流石首都の中心ですねー、人も車も沢山です」
シオンは調子を少し取り戻した様子で話しかける。
「ああ、ここにいると戦時下という事を忘れさせるな」
僅かに唇を緩めてフルクラムもそう答える。
フルクラムが道端の売店に置かれた新聞の見出しに目をやると
『昨日の人的損害なし、勝利は確実か』
楽観的な見出しに書かれたその内容は終わりの見えないこの戦争から目を背けるかのようにも見える。
「つってもよー、人的被害が出てないのはいいとして、いつ終わるんだよロボット同士の代理戦争はよ」
街の中心部の交差点で信号待ちをしているとき、新聞紙を持った中年の男が隣の同僚と思しき男に話しかける。
「まあいいんじゃねえのか、俺たちの暮らしは変わらないし、前線ではロボットが戦うだけでそれらに奴らは『心』があるわけじゃない」
同僚の男ははぐらかすような態度でそう答える。
フルクラムは歯を食いしばり、信号が青になると早足でシオンの手を引き横断歩道を渡る。
「ご、ご主人様っ」
シオンは心配そうな顔でフルクラムを見つめると、フルクラムは歩を緩めて
「すまない、冷静さに欠けていたな」
と少し息を切らして謝罪し、続けて
「着いてしまったか……」
フルクラムが溜め息混じりにそう言うと、軍服姿の人々が行き交う巨大な門の奥に、白を基調として街並みに合わせられた神殿のような建物が立ち憚っている。
警衛にフルクラムは身分証を見せると門を通され建物へと入っていく。




